マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ウェルカム・バック・イディオット

「―――大丈夫ですか?」

 

「あー……うん、大丈夫大丈夫。大丈夫ですよ?」

 

 予想外にショックを受けていない自分がいる。”思考調査”と言えばレアな技能だ。相手の意志に関係なく直接脳内の情報を閲覧する事が出来、調べることのできる技能。それはつまり俺の脳内が見られたという事だ。言葉を話さない相手や、黙り続ける犯罪者相手に対して行使される最終手段としても認識されており、犯罪者は誰だってそれの行使を恐れる。なぜなら自分の意志と関係なく情報が引き出されるのだ。どれだけ黙ろうとも、逃れることはできない。

 

 ―――だが俺は清廉潔白だ。何も嘘をついていない。

 

 時空管理局本拠での事件も、それ以前の出来事も全て報告書にして提出したし、語った。だからやましい事なんて一切ない。胸を張って自分に隠す事はないと断言できる―――少なくとも新暦71年の自分は。ホロウィンドウを確認して”現在”が新暦75年である事は確認したし、それを疑う事は出来ない。だから……思考調査を施されるとは、

 

「この四年の間に何かやらかしましたか」

 

「過失致死・器物損害・違法研究に加担・テロリズム・誘拐」

 

「タンマ。……タンマ。ちょ、ちょっとタイムいいですかねぇ」

 

「声が思いっきり震えてますけど」

 

「芸風です」

 

 なら安心ね、等と言ってホロウィンドウに書きこむのはやめてくれないだろうか。ともあれ―――この四年間、空白の期間、俺は一体何をやってたんだ。軽く頭が痛くなる思いだ。頭を押さえようとしてやはり、腕がないのは不便だなぁ、と今更ながらない事の不便さに認識させられる。この四年間の間に義手になったのであればどこかにあるはずだが……あぁ、そうか。犯罪者相手に一番の武器を持たせておく道理もないだろう。

 

「ちなみに罪の内容は?」

 

「此方で把握しているのはありますが―――イストさんの中からその情報が記憶が消えているので確認できません」

 

 

                           ◆

 

 

「……ふぅ」

 

 シャマルがいなくなった病室で改めてベッドに横になり、体を休ませる。いや、身体ではなく心、というのが正確な話だ。簡単に情報を整理する。

 

 ……えーと、まずは今は新暦71年ではなく、新暦75年。俺の記憶は新暦71年の空港で終わっていて。その後に火災があったらしくて―――そこから今までの記憶がない。だけどその間に俺は重犯罪を働いたらしく、約五日ほど前の戦闘で管理局と交戦の末に捕まった。

 

 ここまではいい。全く問題はない。問題なのはこの先で―――馬鹿娘共もがそれに加担していたという話だ。レヴィ、シュテル、ディアーチェ、ユーリ、そしてナル。家族たちが全員関わっていただけじゃなくて、時空管理局本局で殺したはずの”シュトゥラの覇王”イングヴァルトのクローン、イングまで生きていて加担していたという話だ。頭が痛くなりそうな話だ。というか頭が痛くなる話だ。実際に考えただけで頭が痛くなる。馬鹿娘共はいい、アイツらは絶対に付いてくるだろうから。ただその中にイングが加わっているのと、そして更に共謀相手がスカリエッティとなると物凄く頭が痛くなる。

 

 ―――記憶も穴だらけで頼りにならない。

 

 特にスカリエッティ周りの記憶に関係する事は酷く穴だらけで頼りにならない。思い出そうとすれば記憶に空白があるのを感じられて、酷く不愉快な気分になる。他にも思い出さなきゃいけない事はあるのに、それを思い出せないイライラも存在する。……ただそのイライラや焦りを感じた瞬間、それをかき消すように冷静に落ち着く自分がいる。そしてその奥を探れば―――出てくるのは覇王イングヴァルトの記憶。

 

 ―――転写された覇王の記憶。

 

 それもまた、問題だ。

 

 この頭の中には自分の物とはまた別人の、戦乱の時代を生き抜いた覇王の生涯の記憶が存在している。それがこの捕縛から五日間ひたすら昏倒し続けていた理由で、そして脳はその整理を行っていたから起きる事が出来なかった、とはシャマルの言葉だ。なら夢で見た、見覚えのないあの景色や経験した事のないあの光景が当時、戦乱のベルカを生きぬいた覇王の物だったというのか。だとしたらそれは、何というか、

 

「……すっげぇ普通だったなぁ」

 

 確かに感じる感情やら思い、願いとかは確実に普通と呼べる領域を軽く超越したところにあった。夢で見ているのに、まるで自分で狂おしい程の感情を感じられた。目を閉じて思い出そうとすれば彼が感じたオリヴィエへの思いを自分の物として感じることができる。だけど―――何というか、それはあくまでも普通の人間の延長線で、別段特別に生まれてきた訳でもなんでもない、ただの戦争の被害者というだけだった。

 

「結局今も昔も戦争に泣かされたのは一緒だった、て訳か」

 

 学説によれば覇王と聖王が別々の時代の生まれ……なんて話もあったが、この記憶を見る限りは完全に否定できる。厄介なもんを抱きこんだとは思うが……まあ、四年間の間の自分は相当無茶や手段を選ばなかったようだ。

 

 一体何を見て、何を思って、こんな”地獄”を受け入れたのだろうか。

 

 それは、覇王が思った事を知りたいと思う共々、知ってみたい事だ。

 

 まあ、それは優先事項としては低い方の事だ。シャマルの話では脳が記憶の整理を終わらせたから目覚めたと言っている。だから後はそれを思いだし、そして馴染ませるだけ。偶に白昼夢やフラッシュバック、そういった形で記憶がよみがえり馴染もうとするから注意しろ、という話だから自分ではどうしようもない。それよりも問題なのは今の自分の身柄だ。

 

 ”記録的”には犯罪者なのだ。間違いなくデータとしても、そしてそれは管理局のデータベースに、この……機動六課という部隊の人々の記憶にも残っている。というか交戦したのだから俺は犯罪者で確定なのだが―――記憶がない事が逮捕へと踏み切らせる事を鈍らせている。

 

 精神は犯罪を犯す前の健全な状態。だけど記録としては犯罪者となっている。だがここで犯罪を犯した事もない人間の精神が急に逮捕されて罰せられたところでどうなる?

 

 ……この四年間の記憶を保持しない事が保身に繋がるとはなぁ……。

 

 何とも奇妙な世の中だ。その上に覇王の記憶を保持しているのだから簡単に犯罪者扱いする事は出来ない。覇王と言えばベルカの英雄で、聖王程信仰されているわけではないが、それでもマイナー派の宗派としては立派に存在するのだ。……まあ、聖王教会がそんな重要な記憶を持った人間が逮捕された、なんて聞いたらそれはもうリアクションが想像しやすい事になる。正直な話、そういう争いに巻き込まれるのはごめんだ。

 

 ホント、四年前の俺は一体何を思っていたのだ。

 

 念入りにスカリエッティに関する記憶を消去させて、

 

 ”こんな所に送り込んで”一体、如何して欲しいのだろうか。

 

「そのうち思い出すって信頼されてるか、思い出させられるか、そのどちらかを疑ってねぇな、俺。まったく今も昔も未来も成長しねぇったらありゃしねぇ」

 

 必要な事なら絶対に思い出す。時が来れば理解する。その確信が何故か自分の中にはある。はたしてこれがクラウスのものか、はたまた俺のものなのか、それは判別はつかないが、確信を抱いているのであれば問題ない。自分はそういう人間だし、疑いを抱くのは他の連中のやる事だ。自分が信じたのであれば愚直なまま突き進めばいい。実に楽な事だ。とりあえず、

 

 ……身柄は機動六課預かり、自由じゃねぇけど仕方がないか。

 

 これから身の振り方をどうするべきか、そう思ったところで扉が静かに音を立てながら開く。またシャマルか、と思って扉の方へと視線を向ければ―――そこに立っていたのは見た事のない女だった。服装はシャマルと同じ茶色の管理局員制服。茶髪のサイドテールを長く伸ばし、どこかで見た事があるようで、ない感じの女だ。体の”揺れ”で判断しようとするが、見た事のない揺れだ。似ているようで……違う。が、首から下げている物を見て誰か判別がつく。

 

「お前……なのはか?」

 

「元先輩ちーっす」

 

「うわぁ……」

 

 大きくなったなのはの姿に声を漏らし、その姿に苦笑する。記憶がないために俺が知っているなのはは四年以上も前の姿だが、その時の姿と比べて今のなのはの姿は何というか、すっかり大人の姿をしていた。あの頃、管理局へと本所属したころの自分の姿を見ているようで、どこか懐かしい感じがしながら新鮮な姿がそこにはあった。それを見て、冗談でもなんでもなく、今が自分の知る四年先である事を理解する。

 

「お前本当に俺の元後輩かよ。俺が知ってる元後輩つったら……こう、もっと目に入らないぐらいチビで貧乳でなぁ……」

 

「今では巨乳防御できる程度になったから今のは聞き流すけど、ツーストライクでピッチャーにホームラン叩き込むのが流儀だからね?」

 

「あぁ、お前俺の元後輩だわ」

 

 全く変わってないなのはの様子に安堵し、二人でくすくすと笑う。なのはがシャマルのデスクから椅子を引っ張ってくると、その手に握られている物を見せてくる―――人の腕、義手だ。それを振りながらなのはがベッドの横まで移動してくる。上半身を起き上がらせ、なのはを迎える。

 

「これ、元先輩の義手ね」

 

「武器を俺に返していいのか?」

 

「思考調査で白だって出ちゃってるしヴェロッサが聖王教会というかカリムさんにもう話を流しちゃってるだろうしあのコウモリ、無駄に警戒して拘束しているだけ無駄無駄。馬鹿元先輩じゃなくて元先輩だし今はそれでいいよ」

 

 なのはが左腕の義手を此方の左腕のあるべき場所へと持ってきて、ジョイントに合わせてくる。機械と神経がつながる一瞬に全身がしびれるが、その痛みを何故か既知として感じた。もう何度も何度も繰り返してきたような、体が慣れてしまったような、そんな感覚だった。

 

「ちなみに馬鹿元先輩と元先輩の違いとは」

 

「馬鹿は殴って正す」

 

「なるほど、正論だなぁ」

 

 やっぱり変わらないな、この娘は。そう思って軽く笑い、なのはから右腕の義手を受け取る。記憶にはなくても、体が覚えている。右腕を左腕で掴み、それを右二の腕のジョイントへと持って行くと見なくともそれがはまり、右腕がつながる。そうして得た左腕と右腕を動かしてみる。

 

 どちらも見た目は普通の腕そのものだ。指を、手首を、肘を曲げても義手特有の駆動音は一切感じない。腕の表面に触れて感じるのは人間の皮膚と、人肌の暖かさだ。それを強く握れば、その下に金属が存在しているのが解るが、接合部分を見ない限りはこれが義手である事に気づく事はほぼ不可能だ。触覚があって、限りなく本物の腕に近く、そして体温までついている。義手としてはまず間違いなく最高峰の作品だ。―――これ、一体何年ローンで購入したんだろう。貯金は大丈夫か、我が家。

 

 と、そこでなのはの視線が此方へと向いているのに気付いた。

 

「んだよ」

 

「いや、元先輩戻ってきてくれたんだなぁ、って」

 

「何を言ってんだテメェ……」

 

 そう言って嬉しそうに笑みを浮かべてくるので何も言えない。もしかして予想以上に激しく戦っていたのだろうか。いや、まあ、それにしても今更ながらなのはのスターライトブレイカーには抗えるとは思えないので一発で決着がつきそうなものだが。義手にしたってベオウルフ打てばぶっ壊れそうなものだ。一発相殺出来たって次が来たらアウトだし。

 

 まあ、どうでもいい思考だ。

 

「んで俺の生活ってどうなるの?」

 

「シュテルちゃん達が捕まるまではここで監視という名目で適当に過ごしてて。欲しいものは大体なんでも揃うから問題はないよ。ただね、今聖王教会の人間に渡すと物凄い面倒な事になるから、なるべくなら六課にいてほしいな。あ。外に出る時は誰か監視つけるから一言だけ言ってね、面倒だし」

 

「お前ホント成長したなぁ、高町なのは元後輩」

 

「見て育ったのがいい人だったんじゃないのかなぁ、イスト・バサラ元先輩」

 

 このノリ、実に懐かしい。職場が変わってからはこういう馬鹿な絡みも結構減った感覚だ。だから軽く右手を出そうとすれば、相手が同じタイミングで右手を持ってきて、それで硬い握手を交わす。タイミングもばっちし。

 

「ホント、大きくなったなぁ……俺ももう23歳か? 来月で24だからそう考えるともうオッサンの領域に片足突っ込んでるなぁ……」

 

「六課で暇をさせているつもりはないから起き上がれるようになったら働いてもらうよ」

 

 俺の扱いは監視か保護じゃないのか、と軽く戦慄を感じていると、部屋に近づく気配を感じる。また誰か部屋にやって来るのか、と今度は誰の大きくなった姿を見れるのか、と期待を込めて扉の方へと視線を向ける。

 

「ままぁー?」

 

 小さく、母親を求める様な声を発するのはウサギの人形を抱いた幼い少女の姿だった。まだおそらく九歳未満の少女。金髪で、可愛い服を着ていて―――そして、彼女と、同じような、瞳の、色を、していて、それは、どうしても、頭痛と、記憶と―――彼女の名を呼び覚ます。

 

「ヴィヴィオ!」

 

 なのはが焦ったような、怒る様な声を発すが、自分の視線は少女に向けられ、彼女の視線も此方へと向けられている。肥大化する頭痛を無視しながら、彼女を見て、そして浮かび上がった言葉を、名前を口にしようとして、

 

「―――くらうす……?」

 

 ぷつり、と視界が黒に染まった。

 

 その中でひたすら反響するのは彼女の声。

 

 シュトゥラの学院で笑みを向けながら、こっちを見て、

 

 ―――クラウス。

 

 その声が耳から離れず、脳に張り付いて痛みを引き起こして、

 

 意識が落ちた。




 ラ ス ボ ス 登 場 

 ヴィヴィオがラスボスなのは確定的に明らか。真のベルカというものの恐ろしさを貴様らは何時か知るだろう。

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