マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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リメンバー・ワン

 ―――二人で廊下を歩く。次の講義までは十分に時間がある。そこまで焦る必要はない。横に並んで歩く彼女が今ではしっかりと自分の横に並んで歩いている―――数年前は運動音痴で、小走りで横に並ぼうとしていた光景が少しだけ懐かしい。だからそれを思い出して軽く苦笑してしまうと、横から彼女―――オリヴィエが不思議そうに首をかしげながら此方へと視線を向けてくる。

 

「どうしたのですかクラウス?」

 

「いえ、少し懐かしい事を思い出してしまいました。数年前までは運動音痴だったオリヴィエが今ではヴィルフレッドから武道を学び、投げたり殴ったりとできる様子を見ていると少しだけ複雑な所がありまして。でもそれでもそれが懐かしい、とも思えて」

 

「クラウスは”男は女を守るもの”、という考えの持ち主ですか?」

 

 そうですね、と一呼吸間を開けてからオリヴィエの言葉に返答する。

 

「義務だとは思っていませんが、そうやって誰かを守れる男である事は非常に”かっこいい”と、僕はそう思っています」

 

 その言葉にオリヴィエは笑みを浮かべる。その両腕についているのは女子らしからぬ少々堅苦しいガントレットだが―――それはガントレットではなくオリヴィエの義手だ。”鉄腕”と呼ばれるエレミアが作った義手。元々オリヴィエの腕は不自由だった。それこそ日常の生活が厳しい程に。だがこうやって、鉄腕を得てからの彼女は日に日に強く、そして逞しくなっている。それとともに彼女の笑顔が増えるのは喜ばしい事だ。

 

 魔法を見てはそれを覚え、動きを指示されればそれをすぐさま覚え、難題も一度解けば二度と間違えることはない。聖王家の中でも彼女は飛びきり優秀で、楽しそうにしているのはいいが、

 

 ―――ふと、何時か遠い所へと去ってしまうのではないのか。

 

 手の届かないどこかへと消えてしまうのではないか。

 

 そんな否定の出来ない不安が常にそこにはあった。

 

 

                           ◆

 

 

 目覚めは唐突に訪れる。目が起きるのと同時に吐きだす言葉は決まっている。

 

「―――イチャイチャしてんじゃねぇよ。ケッ」

 

 ……と、言ったところで今はどうか知らないが、ナルに手を出していた俺が言えたことじゃないよな、と軽く反省しておく。しかし今の夢、というべきなのだろうか。凄い厄介だ。―――何故ならそれが自分の経験した事の様に感じる体。これが自分の、ではなく覇王の記憶であると解っていても、この胸には確かに、イングヴァルトが―――いや、クラウスがオリヴィエへと向けていた恋慕の情と、そして彼女が変わって行くことへの不安が存在している。なるほど、これは……辛い。自分が感じているという事実と一切変わりがない。こんな事がこれから何度と繰り返されると思うと軽く鬱になる。

 

「クソがッ」

 

 本当に、何で俺はこんな事をしてるんだ。両手をベッドシーツの中から出して、顔を覆う。チラリと見た空間は前と何も変わらない病室だった。ただ、今は太ももの辺りに軽い感触がある。それが何であるのかは、大体察しがついている。それをなるべく刺激しない様に、上半身を持ち上げる。そして持ち上げたところで横へと視線を向ければ、足と腕を組んだなのはの姿が見えた。片手を上げると、彼女も片手で挨拶してくる。

 

「どれぐらい寝てた? あ、あと子持ちおめでとうございます。まさか元後輩に先こされるとはこのバサラ兄貴の目をもってしても解らんことだった」

 

「二時間ぐらいだよ。あと馬鹿な事を言っている辺り大丈夫だって判断して方がいいのかな」

 

「少なくとも幼女をぶち殺そうとは思わねぇよ」

 

「あ、解るんだ?」

 

「解らいでか」

 

 ベッドのすぐ横に座っているなのはが心配なのかは解っている。過去に俺はティーダのクローンを”クローンだから”という理由で殺している。そして今、自分の自分の太ももで寝息を立てている少女は見間違えるはずがない―――オリヴィエのクローンだ。その目の色が何よりも特徴的だ。ヘテロクロミア、それは聖王家に連なる者の証であり、この少女の姿はオリヴィエを幼くした姿に似すぎている。……イストであり、そしてクラウスである己が見間違えるはずがない。

 

 優しく、そっと、右手を伸ばして太ももを枕代わりにしている少女の、オリヴィエの頭を撫でる。優しく、優しく、髪を梳く様に撫でて、そして手を離す。小さく寝息を立てている少女の方へと視線を向けたまま、なのはを見る必要はない。

 

「レイジングハートを出さないのか?」

 

「なんとなく今の元先輩なら殺さないだろうなぁ、って。所で時を超えた邂逅の気分は?」

 

「……さてな」

 

 髪から今度はオリヴィエのクローンの頬に触れる。確か……そう、なのはは彼女の事をヴィヴィオ、そう呼んでいた。だからたぶん彼女はヴィヴィオなのだろうか。……あぁ、ヴィヴィオって名には聞き覚えがある。それを思いだしてしまい、少しだけ笑い声を零してしまう。それをなのはに見られ、なのはが首をかしげるような気配がする。だから笑い声混じりに教える。

 

「いやな、そう言えばオリヴィエは周りに”ヴィヴィ様”って呼ばれていた事を思い出したなぁ……ヴィヴィオ、って名前を聞くとどうしてもそこらへんを思い出しちゃってさ」

 

「大丈夫元先輩?」

 

「おう、大丈夫さ。俺は俺だよ。ちゃんとそこは間違えないからドンと大人に頼れよ元後輩。お兄さんは何時だって先を歩いてるんだぜ?」

 

「記憶を抜かれて前後不覚のくせに偉そうなことを言うんだね」

 

 それは言わないでもらいたいと、そう言おうとすると、太ももを枕代わりにしていた少女、ヴィヴィオが目を覚ます。それは顔を上げて、此方を見て、そしてなのはの方を見る。少しだけ、困ったような様子を見せるので、ヴィヴィオを腋の下で持ち上げ、それをなのはの方へと渡す。少しだけ驚いた様子だったが、なのははヴィヴィオを受けとり、そして此方からヴィヴィオの頭を撫でる。それに、彼女は目を細めて、笑みを浮かべる。片手でなのはの制服を掴み、もう片手で此方の服の袖をつかむ。

 

「くらうす!」

 

「……えぇ、そうですよ、オリヴィエ」

 

「ちがうのー。ヴィヴィオー!」

 

「すみませんね、ヴィヴィオ」

 

「ん。くらうす」

 

 そう言うとオリヴィエ/ヴィヴィオは微笑んでくる。名前を呼ばれて嬉しそうに。それでも俺の事をクラウスと呼んで。はたしてこの少女に俺の事がどんなふうに映っているのだろうか……それは解らないが、少なくとも俺の方はヤバイ。どこからどう見ても彼女の事がオリヴィエにしか見えない。見えてこない。だから非常に困った話だが……ここら辺無理やり精神力で抑え込めば口に出さないし、態度に出さなくても行ける。とんだ爆弾を残してくれたものだ、未来の俺は。

 

「さて、何時までものんびりしている訳にはいかねぇよなぁ……どうせやる事あるんだろ? 俺にも」

 

「まあねー。働かざる者食うべからず、ヒモに生きる価値はないからね」

 

「ままー?」

 

「ヒモは生き残る事の出来ないって時代、って事なだけだよヴィヴィオー?」

 

 この女とんでもない事を言いやがった。いや、ヒモはヒモでいけない事だって解っているし結構最低な感じだとは解ってるが、それを六歳か五歳ぐらいの少女に言って教えるのは正直どうかと思うが―――いや、シュテルとかの教育方針を確実に間違えた人間としてはかける言葉が見つからない。妙にヴィヴィオに懐かれているなのはだが母性は胸だけにしておいてくれと思っておく。

 

 ともあれ、ベッドから抜けて体を起き上がらせる。五日ぶりの床の感覚らしいが、そんなものお構いなしに体は好調だ。寝ている間に魔法による状態維持が施されていたのだと思う。服装は病院に寝泊まりしている人が着る様な患者服―――これにも大分慣れたもんだと思う。軽く右肩を回し、左肩を回し、そして首をゴキ、ゴキ、と音を鳴らしながら左右へと倒す。

 

「おー!」

 

 ヴィヴィオがその様子を楽しげに見ている。うーん、若干やり辛さを感じてガク、っと両肩を落とす。だがそれに続く様になのはから声がかかって来る。

 

「よっ、覇王様!」

 

「くらうすがんばってー!」

 

 俺は一体何と戦っているんだ。軽く体の調子を確かめるつもりが何故か何かを要求される形になってきた。なのはは別にどうでもいい。アイツが煽ってくるのはかなりしょっちゅうある事だ。だけど問題はオリヴィエ/ヴィヴィオだ。彼女の前で無様を働く事は一人の男として、そして元聖王信仰者として、決して許されない事だ。どうしたものか、と悩むのは一瞬の事だ。魔力が封じられてはいないので、魔力を使ってバリアジャケットを生み出し、着慣れた姿へと姿を変える。髪を魔力で出来た紐で後ろで縛り、ベッドの横、少しだけ広い空間で、

 

 バク転する。そのまま一回転せず、逆さまに、両手で体を支えるように倒立して立つのだが―――そうやって本来は両腕に負荷を与える筈なのに、恐ろしい事にそういう負荷を両腕は感じさせなかった。魔力の運用無しでの軽い動きで、体を支えているのに、腕には一切の無理もなく、軽々と体を支えていた。こりゃあ凄いと、そう思ったのもつかの間、逆立ちしているだけでは見ている方も暇だろうと、軽く体を上へと飛ばし、足で着地する。

 

 そこから軽い拳を繰り出す。

 

 ―――姿が重なる。

 

 腕を引いて蹴り、肘、肩を前に出して引きながら回し蹴り、踏み込みながら掌底を繰り出して後ろへ滑るように体を戻し、動きを止める。再び拳を繰り出す。だがこれは自分の知らない動きだ。そしてそこから知らない動きへと繋がり―――己の動きに繋がってから知らない動きへと繋がる。右腕を突きだした状態で動きを止めると、横からヴィヴィオが嬉しそうに両手を叩く音がする。ただそれよりも恐ろしい事があった。

 

「―――それは間違いなく元先輩の動きだよ」

 

 振り返り、なのはを見る。なのはは此方へと真剣な表情を向けてくる。

 

「それ、元先輩の動きだよ。戦闘での音声記録を再生したら”強くなるために覚えた”とか、そんな感じの理由で覇王の記憶を叩き込んだらしいよ。おかげで先輩、イングさんみたいにというか……イングさんと全く同じように動いてたし、話さなくても呼吸ピッタリだったよ?」

 

 なのはの言葉に頭を抱え、そして納得する。あぁ、そうだな、とどうしようもなく納得できる。そりゃあそうだ。覇王の、クラウスの記憶と言えば永遠に続く戦場の記録。一騎当千へと捧げた人生の記録だ。それを取り込むという事は彼の一生を抱え込む代わりに彼の技術と経験をそのまま飲み込むという事だ。時間をかけずに一気に強化ができる、という事だ―――その弊害を考えさえしなければ。

 

 まあ、理由を聞いてしまえば実に”俺らしい”方法だな、と納得するしかないのが非常に困った事だ。たしかに危険だし、リスクがおかしいぐらいに高い。覇王という男の人格はまず間違いなく”超人”と呼べるクラスの精神力の持ち主で、その記憶を持つという事はその精神力とせめぎ合う事だ。

 

 アインハルトやイングは良い。彼女たちは生まれた時から飲まれている状態が普通なのだから。だが俺はそうじゃない。不自然な状態でぶち込まれたのだろう、打ち勝つ必要か飲まれて人格を変革させられる必要がある。それでも負けないと信じて、確信して、この方法を選んだ俺は……実に俺らしい。

 

 うん―――四年たっても俺ってば全く進歩がねぇ。

 

 そんな事を思いながら振り返り、軽く体をほぐしたところで、ヴィヴィオが手を振っているので手を振りかえす。ただそうやって構いすぎると興奮しすぎて色々とやらかしそうなので、距離感は程々にしておいた方がまだ、不安定な自分としては良い方なんじゃないかと思っている。

 

 まあ、やる事は決まっている。

 

 思い出して、聞きだして、そして助ける。

 

 それが向こう側でなのか、此方側でなのかは判断がつかない。ただやる事に、目標に変わりはない。欲しいものは平穏で、家族と共にゆっくりと生きる事。戦うばかりの人生にはもう……疲れた。それは俺もクラウスも同じ意見だ。だから今のこれが一つの大きな事件だというのだれば、それをさっさと終わらせて、助けるやつを助けちゃって、

 

 そしてまた。皆でテーブルを囲んで馬鹿な話をしながらメシを食べる。

 

 そんな日々を取り戻したい。

 

 そんな日々を謳歌したい。

 

 その為に躊躇する事は―――一切ないと断言できる。

 

 戦乱のベルカに名を轟かせた覇王すらその為の踏み台にしてくれる。




 そんなわけで9章の導入部分、状況解説部分ですね。現在新暦75年6月中旬といった感じです。

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