マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ストラング

 ―――結局の所、医務室からでる事が出来るようになったのはそれからさらに次の日だった。検査に検査を重ね、思考力テストを行い、そしてほぼ常に誰かに監視されつつも、漸く医務室の外へと出る許可を得る。なのはに渡された服装を医務室の中で抱きかかえ、それを見る。茶色のそれは管理局員の制服―――機動六課の制服だ。べつに所属するわけでもないのにこれを渡されるという事は、暫くは機動六課の預かりでいろ、機動六課が預かっていますよ、というサインだろうか。いや、考えるの面倒だ。どうせはやての事だ―――制服着ているのでウチの人間です、なので動かせます、とかなんとか、そんな理論を持っているに違いない。

 

 まあ、ここ数日、というより機動六課へとやって来てからあの狸少女の姿は見ていない……どういう風に育ったのかを見るのは少々楽しみだ。だからさっさと機動六課の制服に袖を通し、着替える。今まで着ていた患者服はたたんでベッドの上に乗せ、少しだけ綺麗に整えておく。ぐちゃぐちゃにしておく必要もないし。窓を鏡代わりに自分の姿を確認する。髭は剃った、髪型も整えてある。サングラスで傷のついている目元は隠している……少しマフィアっぽく見えるが、それでも顔をそのまま見せるよりはマシ……だと思いたい。特に問題はないのでこれで大丈夫と判断する。

 

「そんじゃ、世話になったな」

 

 この一週間ほど世話になったベッドに背を向けて医務室の入り口の方へと向かうまあ、正直そこまで名残惜しさは感じない。医務室の扉を開けて、そして抜ける。そこに広がるのは変哲もない廊下だが―――何故か医務室から抜け出せたことが大いなる一歩の様に感じれて、妙な解放感が今の自分にはあった。体を伸ばし、どうしようか、そう思った時に軽く腹に衝撃が走る。

 

「くらうす!」

 

「おうふ。ヴィヴィオ、もう少しレディならこう……ソフトと言いますか、優しくしませんか」

 

「んー!」

 

 話を聞かずに小さな存在が腹に抱きついてくる。視線を下へと向ければ腹に顔をうずめる様にヴィヴィオが抱きついている姿が確認できる。そして視線を持ち上げれば、その奥になのはと、そして金髪の女―――おそらく、大きくなったフェイト・T・ハラオウンの姿を確認できる。なのはと横に並べるからこそ一瞬でフェイトだと解った。雰囲気的にちょっと落ち着いたかもしれないなぁ、とは思うがこんなもんだろうと思い、腹に抱きついてくるヴィヴィオを持ち上げ、肩の上に乗せる。

 

「おぉ?」

 

「ちーっす元後輩」

 

「ちーっす元先輩」

 

「なのは、その挨拶でいいの……? あ、あとお久しぶりですイストさん……此方からすれば数日前に戦ったばかりなのですが」

 

「ま、覚えてないもんはしゃーないさ。人生前向きに生きなきゃ面倒ばかりだよ……そうですよね、ヴィヴィオ?」

 

「だよー!」

 

「この男、完全にヴィヴィオを手なずけおったな」

 

 と言うよりは此方が一方的にヴィヴィオに懐かれているだけだが。彼女が一体何を俺に対して感じているのは解らないが、中の”クラウス”を感じ取っているのだろうか。まあ、子供は元気の内に遊ばせておくべきだというのが自分の意見だ―――たとえそれが聖王の再誕とも呼べる存在であろうとも。まあ、子守には慣れているもので、肩の上に乗せて少し揺らせば楽しそうに頭にしがみついてくる。

 

『少し真面目な話、いいかな?』

 

「ヒャッハー!」

 

「ひゃっはー!」

 

『どうぞ』

 

「ごめん、念話だけ真面目で顔は世紀末って止めない? あとヴィヴィオが真似しちゃってるから切実に止めてください。顔芸もやめてください。真似する前にホント、お願いしますからやめてください」

 

 ツッコミに回ってくれる奴がいるとホント楽しくなるな、と思いながら意識を半分念話へ、もう半分をヴィヴィオへと向ける。右肩の上に乗せる彼女の姿を小さくだが右へ左へ、と揺らしながら飽きさせない様にしつつ念話で会話する。

 

『なんか私より慣れてる』

 

『当方に子育て経験あり』

 

『お仕事の話をしようよ……』

 

『解ってる解ってるって―――そんなわけで元先輩にはこの機動六課に暫くの間保護って感じで監視されてもらうつもりだけどこれは了承してもらっているし問題ないよね? ただ此方としてはあんまり勝手に街にでたり、聖王教会の人間に接触しないでくれると助かるかなぁ、って思ったりするの。ホラ、ルール破った元先輩を追いかけてブラスターモードで叩き込むのって結構しんどいし』

 

 そこでフルドライブ前提で話を進めているからこの後輩は軽く頭がおかしいと思う。俺でさえそう言うのに対しては腹パン程度で済ませるのに。まあ、元後輩らしい個性なのでそれはそれでアリなんじゃないか、とは思う。何せエキセントリックなのは我が家もその規模においては負けていない筈だから。

 

「ですよね、ヴィヴィオ様」

 

「ねー」

 

「本当に懐かれてますね……」

 

 なんだかフェイトが悔しがっているが知った事ではない。恨むならベルカ人ではない事を恨んでほしい。ともあれ、なのはに話に対して了承の意志を伝える。逆らう理由もないし、まあ、なのはが言っている事は理解できる。古代ベルカ関連のものは何であれ、聖王教会に対しては劇薬だ。

 

『んで先輩はしばらくの間一部の人間しか会えない状態で、私達が仕事している間ヴィヴィオの子守を寮母のアイナさんと一緒にしていて貰うけどそれでいいかな? 本当は新人の練習とかに投げ込みたい所だけど―――』

 

『―――ティアナか』

 

『うん、まだちょっと不安だし後数日はこっちで様子を見てから許可を出すから』

 

 さて、この場合不安なのは俺の方なのか、もしくはティアナの方なのか―――さて、それに関しては確実に議論する必要はない。確実に心配されているのは俺だ。昨日からまた二度三度と、脳が記憶の整理を行うために白昼夢という形でクラウスの記憶を追体験している。その度にぼーっとしたりしているし、若干不安定と言えば不安定だ。……まあ、色々あるんだろうし正直こういう扱いなのはべつにかまわない。自分でも自分の地雷っぷりは解っているし。

 

『ま、子守が仕事ってのも平和で別にかまいやしないさ。俺なんて戦わない方が丁度いいぐらいなんだし』

 

『ごめんね、元先輩』

 

『謝られる必要は感じないな元後輩。好きなようにやって感じたままにやりな。大義じゃなくて自分の信念に従ってバカスカやるのが俺達の流儀だぜ』

 

『うん、言われなくても解ってるよ元先輩―――だからしばらくヒモ生活な』

 

「オォゥ……」

 

「おぉぅ?」

 

「イストさん、お願いですからヴィヴィオの教育に悪そうな事は止めてください」

 

 フェイト、意外と教育肌というか……なんというか、愛が深いタイプか。まあ、母性の強そうな女性ではあるが。いや、ここら辺は正直どうでもいい。それに俺もある程度は自重した方がいいだろう。ヴィヴィオが俺を通して変な事を覚えたりしたら首を吊る必要がリアルに出てくる可能性がある。……しかし現代に覇王に聖王、これで冥王でも揃えばベルカの戦乱再開しそうで非常に恐ろしいラインナップだ。

 

 と、

 

「おーっす、元気そうやなロリコン」

 

「ぶち殺すぞ豆狸」

 

 後ろからの声に振りかえればそこには姿だけを大きくした、少しだけ威厳の増えた女性の姿があった。髪型と顔が変わらないから彼女が即座に八神はやてである事に気づき、そしてなのはとフェイトが即座に敬礼を取る辺り、隊内での風紀というか規律はしっかりと守られている事を認識する。ここら辺は意外としっかりしてんだなぁ、と彼女たちの変わらなさにも苦笑し、

 

「おーっす?」

 

「ヴィヴィオ、それは真似しなくていいです」

 

「そうなの?」

 

「えぇ」

 

 後ろから物凄い視線で睨んでくるフェイトが怖いので絶対に振りかえらない。そのまま少しだけ冷や汗を感じつつも、視線をはやてへと向けていると彼女が口元を抑え、軽く笑っている姿が見られた。こいつ、他人事だと思って笑っているなぁ、と少しだけ睨んでやると、いやいや、と腕を振られる。

 

「無敵の鉄腕王も聖王様には形無しって所やなぁ」

 

「んだよ鉄腕王って」

 

 ほら、と言ってはやてが腕を指さしてくる。その先にはヴィヴィオを右肩から落ちない様に抑える自分の腕がある。何処からどう見ても人間のものにしか見えないそれはなのは曰く、”恐ろしい程に頑丈で、耐久性に特化した”義手だ。自己再生能力以外は普通の腕にしか見えない、それ以上の特別と言えるほどの機能は存在しない義手らしい。ただ、一度ガントレットの様な姿へと姿を変えたとなのはは言っていた……様な気もする。

 

「ほら、折角王様の記憶があんねんで? それだけの実力が発揮できるならそりゃあ王様の一つでも名乗ってもええ気がするんけどな―――そんなわけで名乗ってみない!? 鉄腕王!?」

 

 こいつ、一体何を言ってんだ。……まあ、ノリが激しく何時も通りなので、結構人間って変わらないものなんだなぁ、と納得し、はやてに近づいて迷う事無くデコピンをその額に叩き込む。いたぁ、と声を漏らしながらはやてが額を抑えて蹲る。

 

「あ、頭取れるかと思うたわ……!」

 

「もっと優秀な頭に取り替えろよ」

 

「スカリエッティ辺りなら実際やってくれそう」

 

「なのは、目がマジだからやめようね? こんなでも部隊長で親友なんだから」

 

「お前ら給料楽しみにしてろよ」

 

 はやての軽く脅迫を込めた声にフェイトとなのはが後ろで震え始める。ヴィヴィオが肩の上で首をかしげているが、彼女にはまだ早すぎる世界だ。こういう真っ黒な部分は気にしなくていいんだよ、と頭を軽く撫でてから、改めてはやての姿を見る。背は……そんなに大きくなったわけではないが、その物腰や雰囲気は他の二人同様に変化が出てきている。あの頃―――初めて彼女たちを拾ってきた頃の自分の雰囲気に似ているなぁ、と見て思い、

 

 ―――はやての姿がディアーチェとダブる。

 

「……」

 

「くらうす?」

 

「大丈夫ですよヴィヴィオ。寂しいのは少しの間だけですから」

 

 ぽんぽん、と肩の上のヴィヴィオを叩いて、そして口を開く。

 

「んで、俺はそれだけか?」

 

「あぁ、チョイ待ちぃや」

 

 はやてがホロウィンドウを浮かべるとそれを此方へと投げてくる。目の前で止まったそれを左手で掴んで確認する。そこには機動六課内での扱いを文章化させたもののほかに、機動六課内の施設をアクセスする為のアクセスキー、そして自分の利用する部屋や建物の地図が入っていた。あぁ、そっか、とホロウィンドウを受けとりながら思う。自分には今、デバイスやデバイスの機能の代わりをしてくれる彼女がいないのだ。こうやって誰かにホロウィンドウを出してもらわなくては出す事も出来ない、若干不便な事になっている。

 

「六課内は完全に整備できているからどこでも自由にホロウィンドウは出せるで。困ったことがあったらアイナさんに頼むか自己解決で。基本的にウチらは仕事があるんであんまりかまってやれへんけどちゃぁーんと監視は付いているからナンパしてシケこむとかはなしやからな。私、”シグナムって恋愛経験なさそうでチョロそうやな”って発言忘れへんからな」

 

「それテメーの発言だよボケ狸」

 

「たぬき!」

 

「あ、今の結構グサっとささった」

 

 視線を持ち上げてヴィヴィオへと視線を向けると、左手でサムズアップを向ける。それに応える様にこっちを見たヴィヴィオが笑顔と、そしてサムズアップを真似してくる。うむ、実に可愛らしく、そして愛らしい。ただ今やっている事を聖王教会の人間か、信者にでも見られたら確実に卒倒されるのでもう少し自重した方がいいんだろうか。

 

 ……いや、まあ、クラウスが黙ってるしいっか。

 

 中の人が過剰反応してないって事はおそらくこれで正しいはずだ。ホロウィンドウで軽く隊舎や寮の地図やら構造を頭の中へと叩き込み、そしてホロウィンドウを消す。とりあえずは、これからお世話になる寮母への挨拶をするのがベストなのかもしれない。

 

「んじゃ俺は素晴らしきヒモ生活をこれから始めることとするけどその前に地球出身修羅の三人娘達、この世界で一番イケメンな元先輩に対して一言」

 

「くたばれ」

 

「ロリコン」

 

「えーと、その―――」

 

「じゃあ、行きましょうかヴィヴィオ」

 

「最後まで言わせてくれないんですか!?」

 

 フェイトが後ろで何かを言っているようだが、それを軽く無視して歩き出す。相変わらず特に何かをしているわけでもないのにヴィヴィオが嬉しそうで何よりだが、

 

 まあ、なんだ。

 

 ―――それでもやっぱり、寂しく感じてしまうのは彼女たちを己の一部として考えていたからだろうか。




 ヴィヴィオちゃんが可愛い。えぇ、特にオチなしですよ。

 しばらくはこんな感じで。

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