マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ソフトリー・シフティング

 ―――一週間も経過すれば機動六課での生活のサイクルも大分慣れてくる。とはいえ、今までの生活サイクルとは勿論違っている。他の一般的な隊員とは少しズレているのが自分の生活リズムだ。と、くるのもそれは自分の生活には重い制限は存在しない。それを信頼と、そして思惑からの理由だと自分は見ている。だがそれとは別に、合わせる事の出来ない人間は存在する。だから半ば隔離気味になるが、時間帯をズラして活動する事を義務付けられている。食堂で取る朝食や昼食はまず間違いなく他の隊員が終わった後、最低一時間後とかになっているし、人通りの多い場所を歩くのも遠慮されている。まあ……昔馴染みは平気でも、機動六課の中には俺に殺された人間の知り合いが混じっているのかもしれない。そう考えたら簡単に合わせられないのも納得できる。まあ、だが、

 

 そんな生活も一週間ほど続いて、やっとというべきなのか、

 

「もう良いそうだ」

 

「あん?」

 

「好きにすればいい、だそうだ」

 

 ―――本当に自由に機動六課内を歩き回る許可が得られた。それは一種のサインだ、隊長であるはやてから俺への。自由に歩いて、会って話していいよ―――ティアナに、という事なんだろう。そんな事をこの一週間ヒモ生活を続けている部屋のリビング、ソファの座りながら思う。ソファの横で丸まっているザフィーラは眠そうにそんな事を伝えてくる。そうか、とその姿に返答し、ソファに背中を預ける。そしてそこで天井に視線を向ける。

 

「どうすっかなぁ……」

 

「ヴィヴィオはアイナが見ていてくれるらしいぞ」

 

「逃げ道を塞がないでくれるかなぁ」

 

 それにザフィーラは答えを言ってくれない。暗にティアナに会えって言っているのは解っているが……こう、ティーダの事もあって色々とティアナには昔から顔を合わせづらい所があるのだ。だから直ぐに会いに行く、というのはちょっと心情的に難しい。というかできるのであれば後回しにしたい事だ。何せティアナの目的と言ったら自分が失踪した原因を探す事ではなかったか。そんな失踪の原因の張本人が記憶を失っているとはいえ、どんな顔をして会えばいいんだ。

 

 しかも逃げ道であるヴィヴィオはアイナ、寮母がいるのでどうとでもなる。中の人を言い訳に使いたくても、記憶のフラッシュバックなどは全く予測できないし、勝手に発生するもんで、その時はその時という結論に至って納得しているのでどうしようもない。あぁ、と声とともに溜息をもらす。

 

 ―――人間関係って……なんで、こうも……なぁ……。

 

「とりあえず遠くから眺めることから始めたらどうだ? 別段今すぐ声をかけるだけじゃなくて、少し離れた場所から見ればよかろう。今なら演習の最中だ―――気づかれる事なく様子を見ることも可能だろう。……そんなに怯えているのであれば今日は様子を見るのにとどめて、また今度話しかければいいだろう」

 

「お、恐れてねぇし! お、お、臆病なんかじゃねぇからな!」

 

「そこは声が震えているってツッコムべきなのか」

 

 ネタは素直に拾っておけ、とザフィーラに伝えて、そうだなぁ、と答える。それもそうだ。見るだけ……見るだけなら何の問題もないはず。いや、やっぱり人間関係に関しては少しだけ、自分は臆病なのかもしれない。戦いだったら即座に踏み出せるのに―――はたしてこうやって臆病になっているのは、

 

 家族が一人もいなくなって寂しくなっている俺の心なのか、

 

 はたまたオリヴィエを失って人に接する事が怖くなった覇王のものなのか、

 

 もしくは―――混ざり合ったものなのか。

 

 

                           ◆

 

 

 機動六課には巨大な空間シミュレーターが存在する。本局でも採用されているようなタイプだ。一つの部隊には勿体ない程に優秀な奴であるのは暇な時間に機動六課のデータを見ているから知っている。機動六課の背後の巨大な湾の上に立つ空間シミュレーターは空間に対して物質を生み出して街や場所を再現できる、という凄まじいものだが―――それが一部隊の訓練や演習のために使われていると知ったら憤慨する連中は多いんじゃなかろうか。それでもまだ、こうやって機動六課は活動して、そしてシミュレーターを保有している。それはバックボーンの強さと、そして隊長の優秀さを表している。

 

 世の中、誰もが頑張っている、という事だ。

 

 湾上のシミュレーターの様子を陸の上、ガードレールの前から見る。下にはシミュレーターへと続く道が存在するが、それを渡って向こう側へと向かう勇気は自分にはない。ただ空間シミュレーターを見渡せるこの場所からは色んな姿を見ることができる。まず一つは空に浮かび上がり、バリアジャケット姿で技能教導をしているなのはの姿だ。少し離れているここからでも良く栄えて見える。遠くからでも見られている事を意識して”見えやすい”動きをしている辺り、ちゃんと教導官として育っているんだなぁ、と自分が知っていたなのはとは変わっている事に少し寂しさを感じながら思う。

 

 その周りには他にも動きがある。

 

 空を素早く飛び回り、槍を握った少年と相対するように技能教導をしているのは、おそらくシグナムだ。彼女の姿はザフィーラ同様変化がない。プログラムだから当たり前と言ってしまえば当たり前だが、そこには別種の懐かしさもまた存在してしまう。軽く瞬きをすれば瞼の裏に、荒野の大地に立つシグナムの姿を思い出せる。

 

「……駄目だな、感傷的だわ」

 

 女々しいぜ覇王さんよ。

 

 心の中でそう呟いても返事が返ってくるわけではない。覇王は過去になった存在だ。つまり過ぎ去った存在、過去が言葉を語りかけて来る事はありえないのだから……答えはない。ただ強い、執念が、記憶として残っていて、それが俺の意志とせめぎ合っている。この数日で心を常に強く持たなくてはどんどん飲まれるだけだと理解してからは寝ている間も決して完全には意識を落とさず、常に身構えている。自分を真に理解してくれる人がいないこの場所では―――本当に安らげる時間なんてないのかもしれない。

 

 いかんなぁ……俺も感傷的になってる。

 

 これも全部覇王ってやつが悪いんだ……とは言えない。その道を選んでしまったのは理由は解らないが、俺なのだろうから。だとしたら選択に対して責任を持つべきなのも俺だ。面倒臭い。何時からこんな面倒な男になったんだ俺は、と溜息を吐きたくなる。もっと軽く、そしてスマートな人生じゃなかったっけ。……まあ、理由は解っているし、始まりが何であるかも理解しているから何も言えないのだが。

 

「おい」

 

 声がする。横へと視線を向ければ、何時の間にか動きやすい服装の鉄槌の騎士……いや、ヴィータが存在していた。デバイスのグラーフアイゼンを肩に乗せて、睨むように此方を見上げる。

 

「ザフィーラやシャマルから話は聞いてるけどマジっぽいな、お前」

 

「あん?」

 

 ヴィータは此方を睨む視線を外して、視線を空間シミュレーターの方へと向ける。その様子から少し前まで彼女もあちら側で教導に混じっていたのだと見えるが、此方側へとやってきたのは態々俺を見かけてくれたからだろうか。……どうなんだろう、それを自惚れとして処理するのは簡単だ。ただ鉄槌の騎士ヴィータは……凄く、面倒見の良い心優しい女だったと記憶している。躊躇はしない。ただ静かに心を痛める、そういうタイプだった気がする。……少なくとも最初は。空間シミュレーターの方を眺めながら、繰り広げられる光景を見る。

 

 空に生まれる道、ウイングロードを走っているのは……スバルとギンガだろうか? 自分が知っているよりも大きく成長した彼女たちは自分が知っている姿よりもかなり変わって来ていて、それだけ自分が忘れてしまった時間の長さを感じさせる。少し離れすぎて詳細は掴めないが、二人が繰り出す格闘の技術も昔よりも遥かに磨かれている。その基礎や基本を自分が教えて人生の指針にしたと思うと少しだけ、誇れる。

 

「なあ、イスト」

 

「んだよヴィータ」

 

 そこまでヴィータとは交流があったわけじゃない。少なくともイストは。だけど何故か、別にこうやって呼び捨てするのには躊躇はなかった。遠慮がいらない……なのはに相対するのと同じような感覚だった。だからヴィータに対して名前で呼び返す。そして、

 

「お前、今日は会うのやめとけ」

 

 ヴィータがこっちを見ずにそう言っている。そしてそれを聞いて、やっぱり不器用な奴だなぁ、と。彼女の様子にそんな事を思う。

 

「駄目か」

 

「あぁ、今のお前をアイツらに合わせることはできねぇな。なんだよその雰囲気、一体誰を相手に戦うつもりなんだよお前。常時戦闘態勢って感じだぞ。いいか? あっちをよく見ろよ」

 

 そう言ってヴィータがグラーフアイゼンをシミュレーターの方向へ―――そこで槍を持つ少年と相対するシグナムへと向ける。その様子をよく見る。シグナムがレヴァンティンを振るいながら技術指導しているのは見える。言葉は聞こえないが、動きがそういう動きだってのは同じ教育者の立場から理解できる。ただそのシグナムはちょくちょく視線を外しては、此方へと思いっきりチラチラと向けている。

 

 なんだアイツ。仕事真面目にやれよ。

 

「お前に反応して少し興奮してる」

 

「アレは修羅か……いや、間違ってはないんだけどさ」

 

「そう思うんだったらその剣呑な気配をどうにかしろよ」

 

 シグナムが槍の少年を百メートル程殴り飛ばす光景を見ながら、軽く頭を掻く。剣呑な気配、と言われても正直困る。自分としては割と普通に生活しているつもりだったが―――やはり抗って生きようとしているとそんな風に周りに映ってしまうのだろうか。最近日に日に自分のキャラがもっと暗鬱としたものになってきているようでいけない。軽く頭を掻いて、サングラスを取って顔を少し叩いてから再びサングラスをかけ直す。そしてキチガイを思わせる様なスマイルを浮かべてみる。

 

「どう!?」

 

「救急車必要か?」

 

「お前相手にボケは通じないってイスト君覚えた」

 

 はぁ、と溜息を吐く。いや、まあ、解っていた事だ。ザフィーラが部屋から追い出したのも再確認の為じゃなかろうか。アレらと比べてしまえば俺が若造だというのはぬぐえぬ事実だし。だからとりあえず、少しだけ気を楽にする。何も気負う必要はない、心のガードを少しだけ、深呼吸と共に降ろしてみる。要は心を落ち着かせているだけだ。たったそれだけでどうという訳ではないが、ヴィータは此方を片目で見て、軽く頷く。

 

「今は大分マシだな」

 

「何時食うか食われるか解ったもんじゃないから気合入れてるだけなんだけどな」

 

「あぁ、だからか」

 

 そう言ってヴィータはデバイスを肩に担ぎ直しながら、此方へと視線を向けてくる。

 

「お前、なんて言うかよ……すげぇ似てた」

 

 あちゃぁ、と声を漏らして額を抑える。誰に、という必要はない。その言葉の意味は理解できる。だからこそ俺、どうなのかねぇ、と思うところはある。ただ自分にできる事と言えば気合を入れて馬鹿をやるだけだ。今、この機動六課で自分ができることはそれだけだ―――はやてが何かを持ってこない限りは。いや、今日このシミュレーターを見て大体何をやらせたいかは解ったが、まあ……無理だな、とは思う。

 

「世の中ままならないね、ヴィータ」

 

「ハッ、今更だろそんな事。どうしようもない事ばかりで世の中は溢れている癖にひょんなことからどうにかなっちまうんだよ。絶望して、絶望して、そして絶望してたら何時の間にか希望を見つけちまうんだよ。ホント、神様ってやつは残酷だね。なんでもっと早く助けてくれないんだ、なんでもっと早く希望をくれなかったんだ。そんな事ばっかり救われた後に考えちまう。それが言いがかりで、神様なんてどこにも存在してないのに、それでも恨む対象を、救いを求める偶然を求めちまうのが人生ってやつさ」

 

「……」

 

「おい」

 

「いや、その通りだなぁ、って思ってただけさ」

 

 ……あぁ、そうだよなぁ……お前もそう思うよなぁ、クラウス……。

 

 どうして、どうして、どうして。世の中そればかりだ。タイミングが悪かった。それ一つですべて済ませられるほど人間は上手くできていない。そして、覇王クラウス・G・S・イングヴァルトは間違いなく納得できない側の人間だ。彼はオリヴィエを愛して、そしてその結末に納得がいかないからこそ死して記憶だけになっても、執念が人格を歪ませるほどに強い。俺とクラウスが唯一相容れない所はそこだ。

 

 救えるなら救う。其処だけは俺達は全力だ。

 

 ただ俺は諦められる。

 

 死んで、失ってしまったらそれは悲しい事だと認めて前へと進んで、死ねる。

 

 クラウスはたった一度の恋に永遠にしがみ付いている。

 

「センチメンタリスト? ロマンチスト? 行き過ぎた想いや願いは呪いになるってやつだなぁ……あぁ怖いなぁ……、英雄って人種は」

 

「英雄ってのはそもそも千人単位ぶっ殺して生まれるもんだからまともなワケねぇだろ。頭がイカレてるから英雄って呼ばれる事が出来るんだよ」

 

 ヴィータの言葉に苦笑して、シミュレーターの方を見る。だとしたらなのははまだまだまともな人間で、英雄って呼ぶことはできないんだろうなぁ、と俺達の基準で考えてみる。まあ、所詮は戯言だ。英雄の定義なんて辞書にやらせてればいい。所詮は興味のない事だ。

 

 それよりも、

 

 先ほどから探している姿が見つからない。

 

 彼女もまず間違いなくこの空間シミュレーターにいる筈なのだが―――と、その姿をシミュレーター内部に再現された廃墟で探していると、その姿を見つけた。白いバリアジャケット姿にオレンジ色の髪、成長した姿は自分が知っている子供の姿とは大きく違っており、懐かしさの中に寂しさを感じていた。やはり、少しだけ”置いて行かれた”という感覚がある。両手にデバイスを握り、屋根からへと飛び移るその姿を見て、やはり管理局員になったんだなぁ、と少しだけティーダの姿を思い出して浸り、

 

「あ、やべぇ」

 

「どうした」

 

 満足したので返ってヴィヴィオの相手でもしてようかと思ったが、

 

「―――ティアナに見つかった」

 

「おい」

 

 シミュレーターにいる彼女が此方へと視線を向けているのを見つけた。




 サブタイのネタがドンドンなくなって行く。140話以上もかいてりゃあそうなるか……

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