マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ユー・アー・ミー

 ―――手を伸ばしてアインハルトの頭に触れる。さらさらと指の中で流れる指の感触を感じられるのはやはりこの精巧に作られた義手のおかげなのだろう。自分の記憶にある通りの感触と、全く変わりがない事に寂しさを感じ、それを振り払う。頭に手を乗せた時は細めていた目を、アインハルトは開いて左腕へと向ける。そこには何もない。そこに視線を向けてアインハルトは―――別段、これといった表情の変化を見せない。彼女はこういう姿を見慣れているし、何より機動六課へとやってきているという事は聞かされているという事だ。だから彼女の頭を撫でてから、それをゆっくり離す。何故かその手に感じる感触を珍しいとは思わず、身近に感じる。何故だろうか。自分にとっても心地の良い感触だった。

 

「良く来たなアインハルト。その様子を見るとお前も元気そうだな、お兄さんは嬉しいぜ」

 

「師父こそ戻ってきてくれて嬉しく思います。次に会おうと約束したのが数週間後なのに、四年間も待たされて驚かされてしまいました」

 

「そうか、心配かけた様で悪いな。長期出張するかどうかは未定だったんだよ」

 

 そっと手を差し出し、アインハルトの頬に触れる。何かをするわけでもなく、アインハルトはそれを黙って受け入れる。何故だろう。彼女を見ていると自分が”自分”であると迷う事無く理解する事が出来る。いや、何故かは確信している。自分の様な”偽物”と違ってアインハルト・ストラトスこそがこの世で、唯一、本物として君臨できる覇王、覇王の後継者なのだ。だからこそ、彼女を見ていると自分のそれが後付で、”自分”というものを見直せる。だから彼女を見て落ち着く事が出来る。

 

「で、幼女と見つめ合っている元先輩はロリコン道を突っ走るのか。これはスレの立てがいがあるなぁ……」

 

「そこの魔王は殴り殺すぞ」

 

「やんのか保育園長」

 

 右腕を戻したらそれを即座になのはの胸倉を掴む為に持って行く。やんのかおら、と言いながらなのはが逆に此方の胸倉を掴みながらメンチを切ってくる。

 

「な、なのはさんもイストさんも!」

 

 焦ってギンガが仲裁に入ってくるが、その前にお互いを解放してハイタッチを交わす。止めようと走って寄ってきたギンガが途中でコケそうになるが、何とか持ち直して惚けた表情を向けてきている。大体なのはとのこういうのはノリとネタだといい加減にギンガは覚えるべきなのだ。まあ、根が善良過ぎるからこそあっさりと引っかかったり苦労するのだが。それはそれで間違いなく美徳だからそのままであってほしいものだが。

 

 ともあれ、ヴィータが溜息を吐く。

 

「ギンガ、お前今日の休み時間は少しだけ長引くって他の連中に伝えてゆっくりしとけ」

 

「あ、はい! 了解しました!」

 

 短く敬礼したギンガは隊舎の中へと戻って行く。そしてそうだなぁ、とヴィータの言葉に短く言葉を付ける。溜息を吐きながら、ここら辺は俺達じゃなくて―――いや、俺も確実に関わっているというか、騒動の中心だけど。”こういう事”に関しては適任の人物がいる。だから、

 

「はやてちゃんだね」

 

「だなぁ」

 

 間違いなくトップの仕事だ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――改めて名乗らせていただきます」

 

 応接室、ソファに腰掛けるアインハルトに相対する様にはやては座り、その右隣に小さいリインフォースツヴァイの姿がある。自分の姿ははやての左隣―――ではなく、機動六課に所属しているわけでもないので、アインハルトの横だ。死亡扱いをされてはいたが、正式には聖王教会の騎士として登録されているのだ。故に立つべきサイドはあちら側ではなく此方側、という事になる。……まあ、やっぱり記憶やら死亡扱いやらでそこらへんごちゃごちゃしていて頭痛くなるのだが。

 

「覇王クラウス・G・S・イングヴァルトの子孫で覇王流(カイザーアーツ)の正統な後継者、アインハルト・ストラトスです。家名に関しては世代を隔てる過程で変わってしまっただけなので気にしないでください。歳は十で、一応聖王教会に所属という形になっています。宜しくお願いします」

 

 ぺこり、とはやてにアインハルトが座ったまま頭を下げる。そしてそれに対応する様にはやてが苦笑交じりで自分の紹介をする。やはり、少しだけアインハルトの生真面目さというか、”早熟”加減に驚いているのだろうか。精神的な観念で言えばアインハルトは間違いなく同年代よりも二~三歳程精神が成熟している。それはアインハルトが生まれた時から常にクラウスの記憶と共にある為だ。まあ、自我が生まれる前からその記憶があったからこそ、アインハルトは特に問題も苦しみもなく生活しているのだろう。

 

「んでここへ来たのはカリムの紹介やあらへんな」

 

「えぇ、別の司祭様でしたね。こっちへ行くと決めてから聞いたことでしたが、寧ろカリムさんの方は今は放っておいた方が何かと都合がいいと思っていたそうでして」

 

「あぁ、ウチとしてもその方が助かったんよなぁ……」

 

 聖王教会も決して中身は一枚岩ではない、という事だろう。昔シュテルに地球の宗教に関して話を聞かされたことがある。聖王教会にはプロテスタントやカトリックの様な大きな別れを生む様な考えの相違はない。それでも細かい所で派閥や個人が成りあがろうとすることで起きる敵対は存在する―――こればかりは英雄を崇めるのか、神を崇めるのか、対象が違っていても結局のところ人間が自分の地位を向上させようとする欲に変わりはない。

 

「なるほど、”仕事と所属を間違えるな”って警告やね、これは―――めんどくさっ」

 

「はやてちゃんはやてちゃん! 実際めんどくさいかもしれないですけど本人の前でめんどくさいって言うのは流石に失礼なんじゃないかと思うんです!」

 

「大丈夫やよリイン―――この園長先生は自分がものすごーく大きな爆弾だって自覚しているし、そのお弟子さんも自分が迷惑の塊やって理解しておいてこっちへ来とるんやから。そうじゃなきゃ態々カリムは止めようとしたなんてことも言いはせえへんやろ。つまりこっちのちっこいのはちっこいので確信犯や。うわぁ、何でこうも関係のない所で面倒を背負わなくちゃいけないんや……」

 

「はやてちゃん! 失礼です!」

 

 ツヴァイが浮かび上がると腕を両腰に当ててはやてを叱り始めるが、それを気にしない様に、げっそりとした表情をはやてが浮かびあがらせながらツヴァイを指で掴むと、それ後ろへと投げる。キャー、と軽い悲鳴を上げながらツヴァイは回転しながら後ろへと飛んでゆく。その光景をアインハルトはちょっとした驚きとともに見ている。―――これははやてのペースに状況がハマったかな、とその様子を見ながら思う。はやても決してわざと馬鹿をやっている訳じゃないのだ。

 

「あぁ、すまんすまん、ちょっとぐちぐちしてもうたな」

 

「あ、いえ、気にする必要はありません」

 

「いやいや、ええんよ好きな事を言っても。機動六課のバックは聖王教会やし。スポンサー様の御意向に逆らえんのが下の人間なんやで? アインハルトちゃんはそのスポンサー側の人間に自由にさせてもらっているという事は此方側でもそう縛れたものやないんのよ。だからほれほれ、言いたい事があったら存分に言っていいんやで?」

 

「はやて、お前割とキャラ変わってないな」

 

 イエス、と言いながらはやてがサムズアップを向けてくる。何故かその様子にイラっと来るのでデコピンでも叩きこんでやろうかと思ったが、近くに指ではじいて飛ばせる者はないし、はやてがいるのはテーブルの向こう側なので今回は諦めて置く事とする。ともあれ、

 

「で、アインハルト。べつにこの超ハンサムなお兄さんの顔を見に来た事が目的じゃないんだろ? 何か目的やらやりたい事があるのなら素直にゲロった方が楽だぞ」

 

 ゲロらなかったらどうするんですかねぇ、等と言いながらはやてがゲスな表情を浮かべてくるので、反射的に極小の空破断を指先で弾く様に生み出して、はやての額に叩き込む。それを打ち込んでからあぁ、そう言えばこの手段があったなぁ、と今更ながら額を抑えて悶絶するはやての姿を見ながら思う。

 

「私の目的は決まっています」

 

 アインハルトが此方へと一瞬視線を向けてから額を抑えるはやてへと視線を向ける。そして、それからゆっくりと口を開く。

 

「―――師父と一緒に暮らす事にしました」

 

 そして、

 

『やーいロリコン!』

 

『出て来いよなのは! 盗み聞きとかしてねぇで出て来いよなのはぁ!』

 

 返事が全くないというか、なのはの気配が遠ざかって行くのでたぶんそれが言いたかっただけなんだろう。あとで、なのはが忘れた頃に横を抜けながら腹パンを決めると心に誓う。あの外道後輩は最近調子に乗り過ぎている。ここは一人、年長者と元先輩として社会に出てからの年上との付き合い方に関して肉体言語で教える必要がある。あの女、最近ハッチャケすぎなのでどっちが上なのか改めて解らせなくては。

 

 ともあれ、

 

「あぁ、うん。ここら辺ネタ一切抜きで話す事にするけどアインハルトちゃんそれでええん?」

 

 はやての言葉にアインハルトが頷く。

 

「問題ありません。元々師父の事は本当の両親以上に身近に、本当の両親よりも慕っています。それに私が一緒に居る事が今は何よりも、師父の手伝いになるでしょうから―――それにこの世で現在、師父を誰よりも理解できるのは私です。だとすればこれ以上疑う必要もないでしょう。そこに私が存在する価値がある以上、そこへ行くことに私は意義を感じます。だとすれば行動へと移すのみです―――黙って傍に立ってやるのがかっこいい、でしたよね、師父」

 

「お、おう」

 

 この少女、四年間でイケメン力を磨いたのか、なんだか少しだけ輝いて見える。薄汚れた心を持っている自分には少しだけ眩しいような存在だ。しかもそのまま此方へと笑顔を向けてくるので少しだけ困る。ここはどうするべきなのだろうか……そう迷ったところで、片腕では特に何かができるわけでもないし、黙ってアインハルトの頭を撫でておくことにする。

 

『えらい懐かれてんな。聖王教会で教育何やらやってたってのは知っとったけど一体どんな危ない薬を飲ませたん? ん? 魔法の白いお薬か?』

 

『危ない話はやめろよ……。で、何をしたか―――草笛』

 

「は?」

 

 思わずはやてがなにそれ、といった表情で此方を見てくる。驚き、というよりは若干呆れた様な表情だった。別段隠すようなことも出ないし、口に出して答える事にする。

 

「教会側はアインハルトに色々教えてほしいって言ってたけどさ、常識的に考えて六歳の子供に拳の作り方を教える? 訓練させる? トレーニング? ばっかじゃねーの。やるわけねぇだろぉ!? ……っとまあ、常識フィルターが働いたイストさんはむしろそんなつまらない事で人生を潰すよりはもっと子供らしい遊びで暴れ回った方が楽しいと思ってだなぁ」

 

 あぁ、懐かしいですね、とアインハルトは目を閉じながら微笑む。

 

「草笛なんて初めてでしたし、泥団子なんて一度も作った事はなかったですし―――肩車なんて、一度も両親にしてもらった事はありませんでしたね。思い出せば毎日が新鮮な発見と経験ばかりで多く驚かされていました。クラウスの記憶を持っていて、それでなんでも知ったかのような気持ちでいましたが、それが一瞬で崩れる思いでした」

 

『―――ま、つまり年相応のガキとして扱ったって事だよ。親は家の意味ばかり考えて、教会は将来性と覇王の再来ばかりとしか見ないから誰かがガキとして扱う必要があった、ってだけだ。両親連中はアインハルトと違ってクラウスの血が薄くてな、アインハルトの様にクラウスの記憶を持たずに生まれたから』

 

『あぁ、そりゃあ懐くわけや』

 

 甘える事の出来ない環境で甘えられる相手を用意するからこうなる。解っていても誰かが子供を子供として扱わなきゃいけない。親も教会も無理、記憶のせいで友達は相手が幼稚に見えるから作れない。だったら誰か、上の人間がとことん甘えられるように、馬鹿ができる様に子どもとして扱ってあげなきゃいけなかったのだ。それが偶々俺だった、という話だ。―――まあ、イングとの衝突があったからこそ接し方が解ったという部分もあるが。

 

『ま、そんなわけでお兄さんは別に何かを教えたわけでもなく、ただ遊んであげている近所のお兄さん的ポジションなんですよ』

 

『その割には師父って呼ばれたりして偉い慕われているな』

 

「師父?」

 

「何でもないさ」

 

 誤魔化す様にアインハルトの頭を撫でる。彼女が自分を師父、と呼ぶのは彼女が此方を父の様に思ってくれている、という事の表れだ。それは信頼であり、愛情の証でもある。それ自体は問題はない。ただ問題なのは、彼女が俺と”同類”であると理解してしまった事だ。彼女は俺が理解者であり、彼女が理解者であると知ってしまった。

 

 今は欠片も見えないが、これが彼女を歪めなければ良いな、と思う。

 

 ―――それに。

 

 ヴィヴィオが問題だ。




 アインハルトちゃんに父性を感じさせちゃったんでこんな感じですなー。つまり与えられなかった子に与えてしまった、という事ですな。言い返せばパパーパパーってな状態なわけで。

 それにしても身内に引っ張り合いは何時みても醜い。そしてなのはさんへかまされる腹パンの行方は

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