マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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レイニング・ダウン

「―――私の勝ちですね」

 

「―――っ」

 

 一分の隙もなく、それは敗北だった。ありえないという事は出来なかった。誰よりも彼女の努力と、そして才能を知っていて、認めていたのは自分なのだから。こうやって自分が地に膝をつき、動けなくするためには凄まじい労力と覚悟、それに時間が必要とされた。だがそれでも彼女は……オリヴィエはそれを成し遂げた。慢心はなかった。なぜなら誰よりも彼女の事を知っていたから。手加減はしなかった。なぜなら誰よりも彼女を愛していたから。出せる全力を尽くした。誰よりも何よりも止めたかったから。それでも勝つことはできずに、残されたのはこんな結果だった。

 

 即ち敗北。

 

「クラウス―――」

 

「―――謝らないでください、オリヴィエ。貴女は、王は、過ちを認めてはいけない。貴女は、間違ってはいない。間違ったという事になってはいけないんですオリヴィエ。それが―――」

 

「上に、立つ者の……王としての責務。そして……最後に、止まれる場所であった貴方を倒して超えてしまった私が絶対に譲ってはならない事。そうですよね、クラウス」

 

 そう言って見下ろしてくる彼女は―――泣いていた。

 

 

                           ◆

 

 

「いたっ」

 

「もう、しっかりしてよ」

 

 ぼやける視線で前方の姿をとらえれば、ぼんやりとしたティアナの姿を視界に捉える。その姿を見て、自分が今まで眠っていた事を認識する。つい先ほどまで起きていたように思いだせる記憶は夢の内容で、久しく見ていなかった内容だ。それもこれもアインハルトが傍にいてくれるからだ。あの存在は一種の精神安定剤だ。傍にいるだけで俺の自己を確立させてくれる。ただそれに頼り切るのは若干恥ずかしい所だ。頭を掻きながら少しずつぼやける視界のピントを合わせる。

 

 ……まさか寝落ちするとは。

 

 俺も疲れたのか歳を取ったのかねぇ、と口に出すわけでもなく呟く。寝落ちなんて今更経験するとは思ってもいなかった。体調管理などはちゃんとやっているし。となるとまたフラッシュバックか、と少しだけセンチメンタルな気分の己を反省する。現状の所アインハルトがいるおかげで自分とクラウスの心のせめぎ合いは5:5、といったところだ。もう少し気合を入れなきゃとは思うが―――まあ、それは今はいいだろう。時が来ればどうとでもなる、そんな気がする。

 

 視線をティアナから外して横の席へと向ければ、そこにはアインハルトの姿がある―――ただし此方はつい先ほどまでの自分の様に眠っており、そしてそんな彼女と同じ椅子に座っているヴィヴィオはアインハルトと椅子を半分ずっこしながらテーブルに寄り掛かる様に眠っている。その微笑ましい空気を見て、先ほどまで見ていた夢の、記憶の内容を思い出す。クラウスとオリヴィエはあんな風に分かれるしかなかったが……数百年の時を超え、生まれ変わりと言える二人の存在がここに会って、こうやって平和な時を過ごせるのであれば、それはそれでもういいのではなかろうか。

 

「ふぁーあ、何か眠っちまったな。面倒かけたな」

 

「いいわよ、どうせ今日暇だし」

 

 窓の外へティアナが視線を向けると、自分もそれにつられて視線を外へと向ける。ガラス張りの壁の、窓とも壁とも言える六課隊舎の食堂の外側では大雨が降っていた。空を暗雲が多い、雷を鳴らしながら大雨がドラムのような音を立てながら窓へと雨粒を叩きつけている。この様子を見る限り外で何かをするのはハードどころか推奨されない。空間シミュレーターであれば結界を張って雨を無視しながら何時も通り訓練やら演習ができるが、

 

「空間シミュレーターもメンテが必要って徹底的についてないわよね、というか日にちが重なっちゃった、というか」

 

「永遠に晴れているわけがないからどっかで雨は降らなきゃいけない。それが偶々今日だった、ってだけだよ」

 

 幸いソファ型の椅子に座っているのでアインハルトやヴィヴィオがずり落ちる事なんてない。ただそれでも心配なものは心配だ。椅子から二人の姿をそっと持ち上げて、刺激しない様に自分の太ももを枕代わりに横に寝かす。これで無駄に転がったりしない限りは落としたりしない筈だ。まあ、落ちようとしても受け止めるのでそこらへんは大丈夫なのだが。と、そこで若干呆れた様子のティアナの視線が此方へと向けられていた。なんだよ、ティアナへと言うと、

 

「何というかすっごい休日のお父さんというか、オッサンじみてきてるわよ」

 

「止めろよ。俺だって割と自覚してるってか、この隊、年長者がいねぇんだから俺が少し背伸びしてやんなきゃいけない所が所々あるんだからさあ……というかガキが多すぎるんだよここ。明確に年長者って言えるのはヴォルケンぐらいだけどアレは例外だし、それ抜けば寮母のアイナさんぐらいだからなぁ……戦闘班の方で歳食ったベテランいないのがキツイってか痛いな」

 

「だからって戦いもしない人が年上ぶったってしょうがないでしょ。まだえーと、二十四なんでしょ? だったらそこまで年上って言えるわけでもないじゃない。もうちょっと責任感とか肩から降ろしてもいいんじゃない?」

 

「英雄三人娘がそこらへん道しるべであろうと頑張っているのは解るんだけどな。いかせんあの三人娘もまだまだガキだ。道を間違えるかもしれないし、迷う事だってある。完璧な人間を生み出す事の出来ないこの世の中じゃ少しだけ道理を知っている奴が道を教えなきゃいけねぇんだよ。それは少しだけ人生を多く経験している先輩としての”義務”、つまり大人の義務なんだよティアナ。だからお兄さんはまだ若く見えても”オジサン”じゃなきゃいけないんだ……オーケイ?」

 

「全くオーケイじゃないわよ。めんどくさっ」

 

「言うなよ……」

 

 めんどくさい事は自覚しているのだから。誰よりもこの状況で一番面倒なのは自分なのだから。家族とは引き離されて、死亡扱いで、元管理局員で騎士で、変な記憶を持っている代わりに持っているはずの記憶をなくして、娘の様なもんがいて―――これだけ面倒で地雷臭い男なんて世の中早々現れはしない。俺が女だったらこんな奴とは付き合いたくないレベルだ。世の中もっとスマートでクリアにならないか、そう願わずにはいられない状況だ。並んで、眠るアインハルトとヴィヴィオの髪を片手で軽く梳きながら、雨降っていると本当に自由がなくなるのでどうするべきかを考えて、

 

「よし、此処は暇だしスレでも見るか」

 

「しょーもな」

 

「言うなよ。いや、マジで解っているんだから」

 

 ネット環境が整っているのでこれ以外にやる事がない。ホロウィンドウから”管理局員だけど問題ある?”が存在するスレにでも行こうとしたら、

 

「あ!」

 

 食堂の入り口の方から声がしたので出したばかりのホロウィンドウを消去する。声の主はエリオだった。どこか若干憔悴した様子だったが、またキャロと鬼ごっこでもしていたのだろうか。ともあれ、此方を見つけると少しだけ疲れた表情を見せながら片手を上げて挨拶してくる。

 

「すいません、大人の近くにいたら助かる確率が20%程上がるのでここに居させてください」

 

「ねえ、私この姿を見ていると泣きそうなんだけど」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返しながらエリオがティアナの横に座る。その疲れた表情を見ると大体何があるのかを察せる。しかし口にしていいのかはまた別の話だ。とりあえず心の中でエリオにエールを送る事しかできない。しかし最近、ますます成長しているというか、魔法の扱い方が上手くなってきてスピードが段々と狂う様に早くなってきている。まだまだフェイトの領域には届かないが、それでも十分にAランク以上の速度は安定して出せるようになっている。こうやって才能のある子供を見ると追い抜かれる不安以前にどこかうれしくおもえてしまうのはやはり、自分は戦いから離れた方がいいんだろうと思う。

 

 いや、これが終わったら本当に前線から離れてゆっくりと田舎で暮らしたいと思っている。ただそれをこの環境が、状況が許してくれない。それが許されるように……少しずつ、状況を進められれば良い、のだと思う。ただ現状、はやては此方へ状況や情報を寄越すつもりは全くないらしく、何か情報が入ってくるわけでもない。ここら辺、なのはやフェイトもしっかりしていて何も漏らさないから流石社会人、と納得できる。

 

「僕、最近思うんです……どうやったらキャロに反撃できるんだ、って」

 

 疲れ切った表情のエリオが目に生気を宿すことなく呟く。非常に疲れている様子からも何か鬼気迫る感じを受けとるが、その姿に対して自分が言えるようなことは何もない。ティアナもエリオの雰囲気に圧されていてか、エリオに対して何も言わない。

 

「だからですね、僕考えたんですよ。どうやったら嫌われるか、って。割と真剣に。ほら、キャロの好意は割と通じてるというかあからさま過ぎて朴念仁装う隙間さえないんですよ。アレも戦略の一部だと思うと怖いです。しかも”10歳だから同じ風呂場に入るのは合法合法!”とか言って風呂場に突撃してくるおかげで無駄に死角に潜りこんで逃げ出す技術だけカンストしそうな勢いで鍛えられていますし」

 

 そこで顔を覆いながらエリオはふぅ、と溜息を吐く。余りに不憫なので食堂のカウンターの方へ視線を送ると、カウンターの向こう側で働いている者がコクリ、と頷き返してくれる。前々から思っていたがこの食堂、スタッフが非常に優秀だ。一体どこから連れてきたのだろうか。

 

「それでね、キャロに嫌われれば問題ないと僕思ったんですよ。ヴァイスさんとかザフィーラさんとかにオフの時に相談しましてね、やっぱり好みのタイプがいけないって結論に至りまして。えぇ…………だからこう、ちょっとキャロに酷い事言ったりもしてみたんですよ、ちょっと心が痛んだんですけど。チビとか、ペッタンコとか」

 

「アンタ良く生きているわね、女子に身体的特徴でけなしたらそりゃあ戦争よ」

 

 そう言われるとエリオが俯く。

 

「僕も……そうなったらいいなぁ、って願望程度には思っていたんです」

 

 何というか―――ここへ来た時点で大体オチは見えた。だからそっとエリオの肩に手を伸ばして、そして優しく触れてあげる。ティアナも大体悟ったのかあぁ、と声を漏らしながらエリオを優しい目で見始める。

 

「それでも……それでも……なんか割とハァハァとか息遣い荒くなったり此方を見る目が若干とろんとしてたりなんですかアレ! なんですかアレ!? なんか軽く無敵っぽいんですけどアレ!? フリードを盾にしなかったら即死でしたよ! 人生の墓場的意味で!!」

 

「フリードの扱いが何時も通り過ぎて安心するわねぇ……」

 

 あのミニドラゴン、初めて会ったときは驚いたので反射的に頭を砕きそうになったが、どうやら壁扱いされているらしい。竜種と言えばそれなりに尊敬される生物なのだが―――まあ、それがこういう扱いを受けているので機動六課はむしろ何時も通り外道六課というか、身内に厳しい芸風に変わりはないなぁ、と非常に安心できる。いや、安心してはいけない所なんだろうが。

 

「ぶっちゃけ一対一で置かれた場合、僕に勝ち目がないのでなるべく生き残る勝率の高い人の傍にいる様に行動することを心がけているんです。ヴィータ副隊長とかそこらへん非常に常識的で助かるんですけど―――なのはさんは何で見かける度にバインドを用意するんでしょうか」

 

 アレはネタと面白い事に対して全力であれという昔の隊のルールを守り続けているだけだから深く考えない方がいい。しかしぶっぱ系ロリにはこんな風にキチガイになる法則でもあるのか。アインハルトとヴィヴィオだけはそういう影響がない様に育ってほしいと切実に思う。とりあえずその第一歩としてはなのはやはやてから引き離す事なんだろうが。

 

「と、そういやぁ朝からフェイトそんを見ないなぁ」

 

「フェイトさんなら急な仕事が入って昨夜から数日いなくなるって話だった気がするけど」

 

「―――呼んだかな?」

 

「ひやっ!?」

 

「わぁっ!?」

 

 やっほー、と何時の間にかフェイトがエリオの背後に存在していた。音も気配もなくいきなり登場するものなので非常に心臓に悪い―――というか俺にさえ気づかれずに接近したとかこの女、一体何のつもりなんだ。なのはの悪戯、というかネタ属性がついにこの女にも付与されたのかと、軽く溜息で呆れを表現しながら吐く。

 

「そんなに驚かなくたっていいんじゃないかな? 折角ものを取りに来るついでに皆の顔を見に来たのに」

 

 何言ってんだこいつ。

 

「だったら少しはアピールしながら来いよ。ほら、私ここですよー、って」

 

「それじゃあ驚かせないでしょ」

 

「おまえなぁ……」

 

 そう言ってふふ、とフェイトが笑う。その姿を見てもういいや、と思う。なのはだったら割と真面目に出会いがしらでド突いてくるし。というか本日は朝になのはに腹パンを決める事が成功して非常に気持ちがいいのでこれぐらいは許しておく。なのはが壁に手を上げながら絶対やり返すと言いながら睨む姿は実に最高だった。さて、腹パン対策を忘れないようにしなければ。

 

「っと、イスト、横いいかな?」

 

 エリオとティアナ側は二人で埋まっていて場所がないし、となると自分の横しかないか、壁際だし。

 

「あいよ」

 

 特に問題はないし。少しだけヴィヴィオとアインハルトを押して、場所を提供するとフェイトがありがとう、と言いながら此方の横へ座ろうと近づいてくる。

 

 と、そこでふと気づいた。フェイトがイストさん、ではなくイストと呼び捨てで呼んだ事に。個人的にはさん付けだと物凄い背中がむず痒くなるのでこっちの方が助かるのだが、何故だろうとは少しだけ気になる。

 

「あ、フェイトさん足元」

 

 テーブルの出っ張りが、とエリオが言おうとした瞬間、フェイトの足がでっぱりに引っかかり、足が絡まる。

 

「あっ」

 

 そんな声とともにフェイトの体が此方へと向かって倒れてくる。自分の横にはアインハルトとヴィヴィオがいるので避け様にも避けられない。あぁ、これは受け止めるパターンだなぁ、と思って手を伸ばそうとしたところで、

 

「わ、わわぁ―――!?」

 

 フェイトがパニックでか軽くスパークした。その事に一瞬体がビクリと反応して硬直する。

 

 そして、その隙にフェイトが此方に倒れ込んだ。

 

 正面から。

 

 顔と顔を衝突させる感じに。

 

 ―――もっと具体的に言うと倒れた拍子に唇が重なっていた。

 

 そして―――、

 

「っ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ……」

 

 漏れだせたのはその声だけで、次の瞬間には彼女が体を引きはがしていた。頬を赤く紅潮させながら両手で頬を抑え、口をパクパクさせ手から一気に顔を赤くさせ、そして電光石火の勢いで後ろへと下がり、

 

「ご、ご、ごめんなさい―――!!」

 

 そのままどこかへと彼女が走り去って行く。エリオとティアナが呆然としてその光景を眺めている。そして自分も、ただ流れる感情と記憶を押さえつけて、何とか笑みを形作る。ズキズキと痛む頭を無視しながら、両手で顔を覆う。とりあえずどう言葉を作ればいい。どうリアクションすればいいか。それを短く考える。だが今の彼女は彼女だし、そうだなぁ、と一瞬悩んでから、

 

「御馳走様でした」

 

「最低」

 

「イストさん刺されそう」

 

「スターライトブレイカーなら刺さった事がある」

 

 知ってると言い返されながら、テーブルに突っ伏す。ティアナから向けられる侮蔑の視線を受け流しながら、小さくつぶやく。

 

「……何をして、どう動こうかなぁ……」

 

 相変わらず外の雨は酷く、空は晴れそうになかった。




 ちと他所で俺が勝手に降臨扱いされたりで困った事迷惑がかかってしまったのでもっかい言っておく、ってかハッキリ言っておく。

 他所の感想やスレとかで名前を出したりして迷惑かけないでね? 別に身内で話してワイワイやる分には構わないけど、それを別の人の所でやって雰囲気悪くしたり壊したりするのは非常に困る。正直評価はどうでもいいし、読者が増えるのも減るのもどうでもいい。ただ楽しくやっている所に迷惑をかけるのだけはいただけない。

 なので貴様ら、名前引っ張り出して迷惑かけんなよ。

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