「―――ふぁーあ、眠い」
フォワードは陸士108隊へと出向研修へとでて、非常に暇だ。つまり丸一日教導やらお仕事をする必要のない日が出来たという事になる。こんな日こそはアインハルトにゆっくり稽古をつけてやろう―――と言ったのだが、アインハルトはヴィヴィオと一緒にシャマル同伴の元、どこかへと去ってしまった。そうとなるとこのイスト・バサラは本格的にやる事がない。今まではヴィヴィオの面倒を見るか、アインハルトの面倒を見るかでこういう暇な日を乗り越えられたが、ロリっ子が二人ともいなくなってしまえば仕事の無いお兄さんになってしまう。
即ちお荷物。
もはや定位置となった食堂のテーブル横のソファに座り、テーブルに突っ伏す。特にやる事もないならナンパも悪くはないのだろうが―――結婚しているのでやめておく。妻に対しては真摯であるべきだと自分の価値観は言っている。だったらどうするべきか。体でも鍛えるべきなのだろうか。いや、それも駄目だ。ぶっちゃけ保護している立場の六課からすれば無駄にハッスルしないでくれた方が助かるに違いない。今はまだ六課に迷惑をかける予定はない。
だからテーブル横で丸まっているザフィーラへ視線を向ける。
「おい、何か芸をやれよ」
「そうだな、ケツを噛み千切るのは得意だぞ」
「お前も大分このノリに慣れてきたせいでビックリした顔が見れないし、お兄さんちょっと不満。ほら、初期の頃のリアクションを見せようよ。こう、びっくりマークを浮かべるぐらいには良いリアクションをさあ」
頭の上に魔力を使ったびっくりマークを形作る。それをザフィーラは見て、そしてあくびを噛み殺し、再び体を丸まらせて目を閉じる。このクソ犬、と一瞬自分の中で思い、ステイステイ、と落ち着かせる。まあ、今は許してやろう。そのうちヴィヴィオとアインハルトをけしかけてどうにもならない幼女パニックを食らわせてやるので。そうなった時に必死に助けを求めても笑顔で突き落としてやる。
「邪悪な事を考えているな」
「もちろん」
「お前が何時も通りで安心した」
それはそれで安心していいのかという話にもなるが、一週間前に降った大雨の日とは違って今日はすこぶる快晴、暖かい日差しがガラス張りの窓から差し込んで体を温めてくれる。流石に八月ともなるとエアコンがきいている食堂でも日差しだけで結構熱く、暖かく感じるものだなぁ、と思う。こんな日は汗を思いっきりかくぐらいに体を動かすのが一番気持ちがいいのだが、それが許されないとなると非常に暇だ。
「ふぁーあ……ねみぃ」
「寝たらどうだ」
「冗談言うなよ。寝たら寝たで物凄い勿体ないじゃねぇかよ。動かせる体があるんだし、俺達は”持って生まれた”側の人間だぞ。そりゃあできるんならやるべきなんじゃないのかなぁ」
「だが不許可だ」
「世の中、立場と法律よなぁ……」
まあ、ぐちった所でかっこ悪いだけなのでこれ以上いう事はない。テーブルから持ち上げていた顔を再びテーブルへと降ろし、ぐったりとする。結局の所これが今の自分にできる事だ。あぁ、何てつまらない事だろうか。外出禁止、派手なトレーニング禁止、そしてネタの禁止。これは間違いなくはやてが本気で俺を殺しに来ていると認識しても絶対に問題はないはずだ。そうでなくてはこんな制限が存在するわけがない。
「おのれはやてぇ……俺を殺しに来るか……!」
「だぁーれが殺人犯や」
「む、主よ」
「あぁ、ええって」
食堂に入ってきたはやてが片手を上げながら此方へと近づいてくる。それに反応したザフィーラが顔を持ち上げるがはやてが必要ない、ともう片手でザフィーラを抑える。そうやって部下を使う姿は間違いなく昔の少女ではなく、隊長としての風格が出てきている。思えば最初はやてに会った頃からは大きく変わったものだと思う。上半身を持ち上げ、頬杖をついて近寄ってきて相対側に席を取るはやての姿を見ながらぼんやりとそんな事を思う。
「ん? なんや、私に見惚れたか」
「ぺっ」
「無言で唾を吐くとは殺したくなるリアクションを……!」
実際に唾を吐いているわけではなくて形だけなのだが。まあ、ともあれ、
「……大きくなったなぁ、ってなぁ」
「なんや、急に老け込んで。まだまだ老け込むには若すぎるやろ。それにまだ二十五やろ? だとしたら全然前線で活躍できる年齢やないか。んな爺臭い顔しなくてもええやろ。むしろまだ三十前である事を喜ぶぐらいじゃなきゃあかんって」
―――二十五歳。そう言われてはじめて気づく。あぁ、そう言えば今は八月だ。忘れていたが誕生日が七月なので八月である現在、ぶっちぎりで誕生日を超えていたのだ。つまり二十四歳ではなく二十五歳。これでまた一歩三十路に、加齢臭が気になってくる年齢に近づいてくるとなると少し鬱になりそうなところもある。そっかぁ、と呟きながら頬杖を崩し、テーブルに横っ面を置く様にしてぐでり、と体から力を抜く。
「……やっぱり誕生日だって忘れてたん?」
「お前社会人になって一々誕生日とか覚えていると思ったら大間違いだぞ。二十代はいる前は祝い事で事あるごとに友人集めて誕生会とか誕生日祝ったりするぞ? だけどな? 二十代に入り始めると”歳を取った”って感覚が”老いちゃった……”っていう感じに変わってきてあぁ、また一年が過ぎちゃったという気持ちが重くのしかかってきてなぁ……」
「それ、心にぐっさり突き刺さり始めるの数年後だからやめーや。……やめーや」
そんなわけで何時の間にか二十五歳。ついに二十代も半ば、という年齢になってしまった。少しずつ老いて行くなぁ、とは思うが後期のクラウスを見ている限りまだまだ余裕だってのは解る。ただ肉体的ピークは確実にもう終わっている。体を衰えない様に鍛えてはいるが、それでも肉体が一番輝いていた時代は二十歳前後の頃だ。今は体を鍛えていてもあの頃程の成長は体にはないし、少しずつ、ゆっくりとだが衰えるだろう―――技術的成長のせいで伸びているように見えるが。こうなってくるとまだ成長中の若者が非常に羨ましくなってくる。
「はぁ、二十歳の頃の我が肉体の輝きが羨ましい……あの頃に戻らねぇかなぁ……」
「若くて済まないなぁ!」
キラ、とエフェクトが突きそうなポーズではやてがドヤ顔をするので反射的に握り拳を作って威嚇するが、はやては見下した視線を送ってくるので一応脅迫しておく。キャー、と可愛らしい悲鳴を上げるのでマジ殴ってやろうかと思うと、下の方でザフィーラが視線で諦めろと訴えてくる。あぁ、そう言えばお前が八神家被害者筆頭だったな、と思い出す。
「アインハルトもヴィヴィオもいねーとお兄さん暇で暇でしょうがないわ」
「あぁ、アインハルトで思い出したわ」
ぽん、と音を立てながらはやてが手を叩く。
「今まであんまし時間作れなかったから聞けんかったけど―――アインハルトとヴィヴィオ、一緒にしても大丈夫なんか? いや、一緒に居る所を見ると平気なんやろうけど」
アインハルトが自分みたいなリアクションをヴィヴィオへと向けないか、という事だろうか。だとすればそれを心配する必要はない。―――アインハルトがヴィヴィオに対して、ヴィヴィオの”過去”に対して向けるのは、
「無関心だよ」
「無関心っつーとヴィヴィオには興味がないんか?」
「いや、ヴィヴィオが子供過ぎて話にならねぇって事だよ。ヴィヴィオがアインハルトと同年齢で、普通に会話ができる年齢だとするだろ? それでしっかりと”オリヴィエ”として会話して、行動するんだったらアインハルトのリアクションも変わってくるさ。だけど現状ヴィヴィオはどちらかって言うと記憶に振り回されているっつーか、ほとんどうわごとって言うか……あー、これ、どう説明すればいいんだろうなぁ……こういう時は学が足りなくてボキャブラリーが少ないのが恨めしいな」
「ニュアンスは通じるから問題ないで」
なら問題はないか、と思っておく。クラウスを飲み込んだ側からすればアインハルトの行動の意味はよく解っている。そういう関係含めて面倒を見なきゃいけないのが教師の辛い所だ。社会常識を教えるだけではなく、人間関係や精神的部分、そういう所をちゃんと面倒見れてこその教師だ。……少なくともそうなりたいとは思っていた。今でも同じ思いなのかは……どうなのだろうか。それを判断するのは少しだけ難しい。
俺が教師……改めて考えると笑っちまうなぁ。
そう思って溜息を吐こうとした所で、食堂に入ってくる三つの姿を見かける。朝から出かけていたはずのアインハルト、ヴィヴィオと、そしてシャマルだ。此方を見かけると手を振りながらアピールしてくるので苦笑交じりに手を振り返すと、少しだけそわそわしている娘共の姿がある。はて、何かあるのかね、と思ったところでテーブルの下から脛に蹴りが叩き込まれるのを感じる。視線を前へと向ける。
「ほら、行きぃや。待ってるで色男」
「はいはい、隊長さん……すっかり俺よりも偉くなりやがってこの豆狸は……お前、おっぱい大きく見えるのは背が低いおかげだって理解しておけよ」
「今からリインをここに召喚する。ユニゾンしてラグナロクをぶっぱする。私にはそういう選択肢がある」
「落ち着け主―――事実だ」
ザフィーラが割とガチで蹴られているが、この二次被害に関しては完全に知った事ではないのでテーブルを横に抜けて、死体蹴りされているザフィーラに軽く武運を祈りながら此方へと向かってくる少女達に合流する。少しそわそわしながらも、両手を背後に回すアインハルトと、そして片手をシャマルに握られ、もう片手でウサギの人形を抱くヴィヴィオ。何事かとシャマルへと視線を向けるが、うふふ、と片手で口を隠す様に笑うしかリアクションは帰ってこない。
「あの……師父?」
「はいはい、大好きな師父ですよ?」
「えーと、その―――すみませんでした!」
そう言ってアインハルトは背後に回していた手を前に出す―――包装された箱を手にしながら。それは間違いなく一般的にいってプレゼントの部類に入るものだが、
「その、先月誕生日である事を忘れててすみません! ヴィヴィオさんと一緒に選んできましたので、その、あの、ごめんなさい!」
アインハルトは箱をこっちに押し付けると頭を下げ、そのまま走り去ってしまう。風の様に走り去って行ってしまった。その光景を呆然として眺めていると、シャマルが漸く口を開く。
「今朝アインハルトちゃんが誕生日を祝ってないって事を思い出してね、申し訳なさそうに保健室にプレゼント選びに付き合ってくれないか、って。そこをヴィヴィオちゃんにも見つかっちゃったから三人でプレゼント選びに出かけてきてたのよ。自分がどうでもいい、と思っている事って他人からすれば割と重要な事かもしれないわよ?」
知っている。それは知っているが、予想外のパンチだったので久しぶりに効いた。意識外の事をやられると、何というか非常に心に響く。本当にウチの弟子は可愛いもんだなぁ、と思う。他の連中もあの子位可愛ければ世のなか平和なんだろうと思う。
「くらうすあけないの?」
「あぁ、今開けますよ」
受け取ったプレゼントの箱をなるべく破らない様に開けると、その中から金色の懐中時計が現れた。ふたにはベルカの剣十字が掘られており、片手に収まるサイズのそれに同じ金色の鎖が通されている。まず間違いなく数千というレベルの品ではなく数万はするものだ。予想外に高級品が出て来た事に頬が若干ひきつる。
「くらうす……?」
「あ、いえ、もちろん嬉しいですよ? ありがとうございますヴィヴィオ―――でもこれちょっと高級すぎてお兄さん困ってるなあ……!」
「アインハルトちゃん、誕生日を忘れてたこと結構気にしてたらしいわよ? あ、お金の方はイストさんの口座から抜いているんで」
「ありがたみ半減だよ!!」
はやての奴が年齢の話を出してきたのはこういう事の伏線だったのか、と今更ながら暇そうにテーブルからにやにやしているはやての姿を見る。サムズアップしながらザフィーラを踏むのはそろそろやめてあげてほしい。ザフィーラがリアクションに困っているどころか慣れた表情をしているのでこっちが困る。
「ありがとうございますヴィヴィオ、大切にしますね」
しゃがんでヴィヴィオの頭を撫でるとヴィヴィオが嬉しそうに声を漏らす。まったく―――ここにいる連中は本当に平和で、馬鹿で、そしてお人よしだ。
「―――ッ」
急に隊舎内にアラームが鳴り響く。背後に聞こえるホロウィンドウの出現音に振り向けば、はやての横にホロウィンドウが出現していた。それに二三はやてが頷くと、ホロウィンドウは姿を消し、はやてが椅子から立ち上がる。
「ガジェットや。行くでザフィーラ。シャマルは保健室で待機、馬鹿はヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃんを頼んだで。こっちには来ないけど傷ついたらマジで私のクビが飛ぶんで」
「あいよ」
「了解しました」
「任せろ」
食堂の中で暇そうにしていた隊員達やスタッフが一気に忙しく動き始める。はやて達が忙しそうにそれぞれの居場所へと向かおうとすると、懐中時計をポケットにしまい、そして箱をテーブルの上に乗せておく。そしてしゃがみ、ヴィヴィオの腰に手を回して一気に持ち上げる。
「それでは、あぁ、行こうかヴィヴィオ」
持ち上げたヴィヴィオを肩に乗せて目的地へと向けて歩き出す。
「ままはー?」
「全部終わったら会えるさ。ほら、なのはだし。だからお前も不安そうな表情を見せるなヴィヴィオ。サクっと全部終わらせて何でもない日常が待ってくれているはずさ。だから少しだけ、今は我慢しようぜ。その後にはたのしいことが待っているはずさ」
「うん!」
そう言って頭に抱きつくヴィヴィオを肩の上に乗せて、行くべき場所へと向けて歩く。
大事な話があるので活動報告の確認をお願いします。
簡単に言うのであれば【てんぞーの作品の許可のない宣伝を禁止しました】。
重要な事ですので活動報告の確認をお願いします。
あ、あとヴィヴィアインprpr。