マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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リヴィン・イエスタデイ

 廃墟に存在する砕けた石の上に腰掛けている。両腕の中にはヴィヴィオの小さな姿がある。今、彼女は元気な姿を見せずに、静かに寝息を立てながら眠っている。空を見上げれば青い空が廃墟の天井を抜いて見る事が出来る。この位置からは太陽を見る事が出来ない。だが砕けた廃墟の割れ目からは緑が伸び、廃墟の穴を通して天へと伸びる様に植物が生えている。どこか幻想的な感じがするこの空間、空から日が差し込んでいる為に、非常に気持ちよく、暖かくいられる。影と光が適量なのだ。故に夏でもウトウトしそうな程度に涼しい。待ち合わせにはもってこいの場所だ。……まあ、実際にヴィヴィオは陽気に耐えきれずに子供らしく眠ってしまった。それでいいと思う。膝の上に退かせる少女の頭を撫でて、起こさない様に注意を払いつつ、

 

 廃墟の入り口に感じる気配に視線を向ける。

 

「来たか」

 

「あぁ、受け取りに来たぞ」

 

 銀髪眼帯、背の低いコート姿―――スカリエッティが戦力として保持するナンバーズ、その一人であるチンクが廃墟の入り口に立っていた。その片目は真直ぐ此方へと向けられている。彼女が何を受け取りに来たのかはもはや語る必要はない―――スカリエッティ、いや、最高評議会が最終兵器として保持している聖王の”ゆりかご”を動かす為に、最高評議会から奪取する為にスカリエッティは聖王のクローンを欲しがっている。つまりスカリエッティの計画にヴィヴィオの存在は必要不可欠なのだ。ゆりかごと言う戦力を奪い、手に入れるのと同時に最高評議会の”三人”にチェックメイトをかける。そんなところだったとスカリエッティの話を思い出す。

 

「ま、妥当か」

 

「だろうな。私は確かに絶対服従だが―――それでも善悪の区別がある」

 

 だからこそチンクは信用できる。ナンバーズの中でも善悪の区別をつけておいて、それでいても行動するのが彼女だ。トーレはプロフェッショナルであろうとする意識が強すぎるし、クアットロは善悪をどうでもいいと思っている、後発組はそこまで大人ではないし、ディエチやウェンディ、セインは善悪に対して迷うようなところがある。全体的に見て一番精神が成熟しているのはチンクだ。故にこういう事で裏切らない事を期待できるのもチンクだ。

 

 唯一残された片目をチンクがヴィヴィオへと向けてくる。その小さな体は視線にさらされながらもくぅくぅと小さな寝息を立てながら寝ている。その平和過ぎる姿にチンクが少しだけ頬を緩める。暢気なものだと俺でさえ思う。

 

「この先どうなるか解っているのであればそう寝ていられるわけでもなかろう」

 

「いや、本能的にヴィヴィオはどうなるかを理解しているよ。その程度解らない聖王じゃない―――確実に見て、聞いて、覚えているさ。そしてそこから理解して、それでいてヴィヴィオはどうしようもないんだよチンク。まあ、正直ここら辺はどうでもいい話だろう」

 

「いや、別にどうでも良くはないぞ? なんだかんだで話している時間はそうつまらなくもなかった」

 

 そう言うとチンクは入り口近くに折れた柱を見つけると、そこに腰掛ける。近寄ってこないのは今自分とスカリエッティが敵対関係にある事を考慮しているからだ。だからこれが俺達の距離、これ以上は互いにキルゾーンとなる。不用意な戦闘を避ける為にこれ以上は絶対に近づかない。どうしたものか、そう思いながらヴィヴィオの頭を撫でると、チンクが口を開く。

 

「その腕はどうした」

 

 何の事かと思って自分の腕を見る―――義手は抉れていて、内部が見える様になっている。それを見てあぁ、と言葉を漏らす。そう言えばそうだった、と自分がやったことを今更ながら思い出す。

 

「六課に義手を預けている間に盗聴器と発信機を仕込まれてたから抉り取って捨てたんだよ。ほら、お互いに聞かせたい言葉と聞かせたくない言葉とかあるだろう? プライバシーは法律で守られているし。捨てても問題ないだろう」

 

「お前は犯罪者相手に何を言っているのだ―――まあ、無駄に自傷でもしたいのであればいいのだろう。地味に妹たちが心配しているぞ」

 

「お前らもうチョイ犯罪者らしく”げへへへ、ぶち殺してやらぁ!!”ぐらいの気迫で来いよ。正直困るんだけどそういうスタンスは」

 

「割と芸風が移ってるんだ。そこらへんは気にしないでほしい―――あぁ、あとクッキーが無くなったからまた欲しい、と」

 

「自分で作れよ」

 

 敵対関係にあるはずなのに、口から出てくるのはくだらない世間話だ。記憶をバックアップした際に最新の情報も得ている。だからどういう状況なのかは理解している。それでもこうやって馬鹿な風に話し合えるのはやはり相互に理解ができているからだろうからか。まあ、この関係も結局長続きしない事は双方ともに理解している。何せ、最終的には雌雄を決すために戦わなくてはならないのだから。ただこの関係の間に一切の憎しみが存在しない事が救いなのだろうか。少なくともナンバーズを恨む理由なんて自分には存在しない―――スカリエッティに関してだけは話は別だが。

 

 そこは大人さ、分別は出来る。殺すべきやつと殺しちゃいけないやつは解っている―――ただ全力で戦った結果殺してしまうのであればそれはもう”しょうがない”って話だ。

 

「聖王、か」

 

 ヴィヴィオを眺めながらチンクがそんな声を漏らす。その言葉に視線を向ける。視線を受けたチンクが溜息を吐きながら首を横に振る。そこには彼女なりの感情の色が感じられた。―――チンクはナンバーズの中でも珍しい程の世話焼き、責任感を持っている。それは特にゼストが蘇った後、その面倒を見ていたからこそ発生した成熟だ。故に彼女には他のナンバーズにはない苦悩がある程度見て取れる。それは……少しだけ、見てて面白い。

 

「ベルカ人として伝説に相対する気持ちはどうなんだ?」

 

「嫌に感傷的だなお前」

 

「そう言うな。私だって感傷的になりたいときはある。だから感想をくれないか? 今、一体どういう気分なんだ。一体どう感じて聖王のクローンを敵へ渡そうとしているんだ」

 

 そうだな、と一旦言葉を置いて止める。どんな気持ちか―――それを問われると正直困ってしまう。数週間前までだったら苦悩で満ちている、と答える事が出来ただろう。だが全てを思いだして、全てを飲み込んだイスト・バサラは前とは違う。ここにいるのは常人ではなく狂人の類だ。だから答えるべき事は一つで、

 

「特に何も感じないな」

 

 そう答えるしかなかった。

 

「あぁ、そりゃあ申し訳ないって気分は少なからず存在するさ。だけどぶっちゃけた話罪悪感はないさ。やらなきゃいけない事はやらなきゃいけないだろう? そこに罪悪感を持ち込んだりしてもしょうがない話なのさ。塵は塵に、灰は灰に、死者は死者として思い出の中でひっそりしていてくれって話だよ」

 

「では続けて質問だ―――その話がそうであるのなら、嫁は死んでおくべきではないのか?」

 

 チンクの言葉に自分の頭を掻いて、まず告げる。それは見当違いの話だよ、と。

 

「いいか? 世の中誰もが生きる権利っつーもんがある。だけどな、死んでおく権利ってのもあるんだよ。いいか? アイツらは生きたいって言ったんだ。偽物のままでもいいから生きたいって言ったなら生きればいい。ティーダは偽物である事が申し訳ないって言った。だからアイツの思いを尊重して殺した。だから生きたいつってるやつは生かす、関わっちまったらどうにかする。ただ耐えきれないなら殺す。それだけのシンプルな話だよチンク」

 

 なら、と言ってチンクが折れた柱から降りて、そして立ち上がる。真直ぐと再び此方へと視線を向けて、口を開く。

 

「オリヴィエ・クローンの場合はどうなる。それは生きたがっているのか? もしくは死を求めているのか? いったいどちらなんだ?」

 

 その言葉に対して笑みを浮かべる。そして答える。

 

「―――知らねぇ」

 

「……はぁ?」

 

 その声にチンクが呆れた様な溜息を吐いて、半眼で此方を見る。そんな事をされたって無駄だ。ヴィヴィオがどうしたい、と言わない限り解らない事だ。だから俺の予測で決着をつける事は出来ない。ただ一つだけ解っている事はある、と言うよりも解りきった事はある。

 

「何事も決着を付けなきゃいけないんだよ。昔からズルズル引きずってる事何時までもだらだらと続いていても仕方がないだろ? いい加減終わらせなきゃ平和に暮らせないだろう―――」

 

「―――イングが、か。なるほど。究極的に利己的というか、行動が一貫して”自身と身内の為だけ”という事で完結しているな。確かに”らしい”な、イスト。個人を尊重しておきながら結局やる事は自分勝手。間違っているかどうかが問題ではなく、自分の感じた事が正しいと信じれば破滅するまで突き進むか。愚者の理論だと罵倒する者もいれば、間違いなく正しく生きていると言う者もいるだろう。究極的に言えば―――」

 

「おいおい、何言ってんだよお前」

 

「……それもそうだな」

 

 チンクの言葉を中断させる。究極的に言えば―――その先の言葉は解っているので言わなくていい。自覚している事だ。いや、自覚させられた事だ。ずっと昔に、妹の様な存在に。だから言わなくていい、一度言われればそれで覚えるから。だから、と言う代わりに少しだけヴィヴィオを揺らして、そして起こす。気づけば青い空も段々と赤みがさしこんでくる時間となっていた。予想外に長く過ごしていたようだ。やる事は多いのに、いつもいつも無駄に時間を使っているな、と思う。

 

「くらうすー……?」

 

 眠そうに、目を擦りながらヴィヴィオが此方を見上げる。求めている答えは解っているが、

 

「いや、クラウスはもういないよヴィヴィオ」

 

 そう言うとヴィヴィオは此方の服にしがみ付いてくる。だがその手をほどき、ヴィヴィオを持ち上げ、そして膝の上から床へと立たせる。不安そうに此方を見るその姿を最後に一回だけ抱きしめてから、口を開く。

 

「しっかり恨んでくれよ」

 

「あっ―――」

 

 そのままヴィヴィオの意識を落とす。ヴィヴィオの体を再び持ち上げて、前へと一歩進むと代わりにチンクが後ろへと下がる。数歩、そうやって前に進んでからヴィヴィオを床に降ろし、今度は此方が後ろへと下がる。数秒後、ヴィヴィオまで到達したチンクがヴィヴィオを持ち上げて、肩に乗せる。その首に手を当て、

 

「本物だな。これで最後の契約成立だな。これより我々は一切の友好も交渉もなしに敵となる―――これでいいな?」

 

「ま、一度手を切っておきながら結局こうやって一回手を組んじまったのはかっこ悪いけどな」

 

「何を言ってるんだ。全て計画通りなんだろう? 受け取れ」

 

 チンクがヴィヴィオと引き換えに此方へと向けてデータディスクを投げ渡してくる。それを片腕で掴み、懐へとしまう。契約完了。スカリエッティが欲しかったヴィヴィオは此方から相手へと渡り、スカリエッティから欲しかった情報も此方へと渡った。これで本当にお互いに利用価値はなくなった。あとはお互いにけずり合い、滅ぼし合うだけだ。

 

 だが今のままでは駄目だ。

 

 聖王が復活し、ゆりかごが浮かんでからではないと本当の意味での勝利は掴めない。というよりも、レリックが揃った今、戦う理由はそれだけだ。どこからどう考えても無理無茶無謀の三拍子が綺麗に揃うセット。それと戦うために今は行動していると、そう言ったら正気を疑う人間はどれほどいるのだろうか。

 

 だけどそれは自分にとっては十分に大きな意味を持っている。

 

 少なくとも有象無象を犠牲にする程度には。

 

「解りやすく外道だな、お前は」

 

「知っているよ」

 

 そう言い、少しだけ自虐的な笑みを浮かべる。これでもし、”計画”を失敗させたら間違いなく歴史に名を残す犯罪者で―――成功したとしても犯罪者だ。だが、それでも聖王とゆりかごは滅びなきゃいけない。ゆりかごなんてものが残っているから聖王は蘇る。あんなものが残っている間は本当の意味ではクラウスの記憶から誰も解放されない。本当に自分勝手な話だが、後に来る平穏と家族の心の安らぎの為に、ゆりかごは壊して、そして聖王には消えてもらう。

 

 管理局を、六課を、そしてスカリエッティを全て利用する。一回もミスは許されない。細い綱を渡って歩くようなギャンブル。ここからは計画を全て成功させない限りは絶対に負けるけど―――それでもやるしかない。

 

 やるしかないのだ。

 

「さらばだイスト・バサラ。次は戦場で会おう。その時は」

 

「あぁ、死力を尽くして互いの信念を貫き通そうか」

 

 互いに戦った結果死ぬのであれば後悔はないと、そう告げてから背を向ける。結局の所この流れになる事に変わりはない。一番大事なものが変わらないのであれば、こうなるしかない。そして俺はそこらへん、非常に頑固だ。そして手が届く範囲も知っている。だからそれ以上手を広げようとはしない。ここが俺の限界だ。

 

 だからさようならヴィヴィオ―――こんにちはオリヴィエ。

 

 次に会う時は絶対に殺す。




 通称:オリヴィエ絶対に殺すマン。スカさんに渡さなきゃ早くオリヴィエにならないって事で交換。やだ外道、とか言いつつ襲撃ももうすぐですな。

 アステル遊んでたら執筆遅れた(

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