イストと二人で床と天井を抜いてできた穴を抜け、上の階へと一気に跳躍する。穴を抜けた先はやはり少し汚れ、砕け、そして燃えていた。既に地上本部の至る所にはスカリエッティの手の者が、ガジェットが侵入しているのだろう。そしておそらくそれだけじゃない。魔導ジェネレーターをガジェットごときが落とせるはずがない―――間違いなくナンバーズがここへ来ている。彼女たちが来ているのであれば少々話は変わってくる。
彼女たちが辿り着く前にレジアスへと辿り着かなくてはならない。
その為にも一気に跳躍し、そのままぶち抜いた穴を飛ぶように抜けて行き、上層へと向かう。ここまで階段で登ってきたのは三十と数階、非常階段が破壊されてしまった今、上の階へと移動する方法はこれしか存在しない。だがこの方法はかなり目立つ。故に、
『接近を感知』
『ガジェット!』
脳に声が響くのと同時に頭上からガジェットが狭い穴に流れ込んでくるのが見える。そして反応しようとする自分の前に、イストが出る。右手を此方へと向け、前に出るなと言うように。
「今日のオッサンはVIP待遇だ―――気を楽にしてなぁ、ナル!!」
『ナハトの尾よ』
言葉を口にするのと同時にナルの所有する、生み出せる盾と鞭を合一させたような武装が生まれる。左腕を大きく振るい、しなる鞭の根元をイストが握ると、それを全力で前方へと向けて振るった。まるで意志が込められたように鞭は振るわれ、ガジェットを貫きながら爆発を引き起こし、頭上へと続く穴をふさぐ敵を爆散させる。初めて、ではないが久しぶりに武器を握るイストの姿を見て思い出す―――そう言えば基本的に武器であれば何でも使える男だったが、覇王の記憶で更に磨かれたな、と。
「チッ」
軽くイストが舌打ちすると再び上層からガジェットが入り込んでくる。その数はまだ十数機、数としてはそこまで多くはないがこの穴を埋めるには十分すぎる程の数だ。先ほど爆散させたガジェットの残骸が降り注ぐ中、それが体に中って落ちてくるのを無視しながら再びイストが腕に繋がった鞭を振るう。有機物と無機物の中間の様なデザインの鞭は再び通路の壁を叩きながらガジェットを貫通し、壁へ叩きつけながら爆発を巻き起こす。再び残骸が降り注いでくる。それによって視界が狭まり、穴が抜けにくくなる。
明らかだ―――此方の動きを止めに来てる。
「止められるかイスト!?」
「任せろ―――ナル、氷結ッ!!」
『―――アズール』
鞭が青く染まり、それが空間を抜けるのと同時に壁が、穴と穴の間のフロアの隙間が、氷結し、壁となって塞がって行く。その向こう側から氷を砕こうとするガジェットの姿が見えるが、それが魔力で生み出された氷の壁を破壊するまでには数秒必要とするだろう。その前にイストと共に加速し、一気に穴を抜ける。背後で聞こえる破砕音が氷の破壊を知らせてくれるが、その時には既に遠く通り過ぎている。
「もう一発ッ!!」
イストが右拳を振るい、再び天井と床をぶち抜き、上階へと突き抜ける穴をあける。そこから現れるのは次のガジェットの大群だ。背後から氷を割って出現してくるガジェット、そして正面から出現してくるガジェットが挟み込んでくるように迫ってくる。それを、
「しゃらくせぇ! めんどくさいから嫌だったけど突き抜ける!」
『ツッコミいれたい』
「ロックに行くぞ」
アギトの声がする。全力で答えたい所だが、そこはグっと我慢して、そして武器を消し、拳を構えたイストの背後へと回る。次の瞬間にはイストが加速し、ガジェットへと正面からぶつかる。その拳はガジェットを貫きながら、止まることなく前進する。その動きに遅れる事無くついて行きながら、アギトがホロウィンドウを出現させる。
『順調に階を登って行ってるぜ!』
『あまり派手にやると壊れるので注意を』
「あいよ」
ホロウィンドウに表示されているのは地上本部の構造だった。そこにはどんどんと上へと向かって突き進んで行く自分達の姿がアイコンで表示されていた。目の前で爆炎と瓦礫を正面から受け止めながらも突き進むイストの姿は一切緩む事もなく、特に堪える姿もなく、余裕の様子でガジェットの群れを粉砕しながら進んで行く。そうやって再び天井へとぶち中るが、
「ヤクザキーック!」
蹴りでガジェットごと踏み潰しながら天井に穴をあけ、その向こう側へと道を作る。穴の向こう側へイストと共に抜けた瞬間、横から一瞬の閃光が見える。それに素早く反応し、槍を振るって迫ってきた閃光―――魔力弾を切り裂きながら床に着地する。イストも同様の動作で迎撃しており、そしてその視線の先を追えば―――オレンジ髪の少女が銃を二丁構え、此方へと向けていた。
「お―――」
イストが口を開こうとした瞬間、少女が引き金を引く。銃口から魔力弾が発射され、それがイストと此方を狙う。それに対してイストが庇うように動き、前に出る。イングができる様に、イストが魔力弾を掴もうとし、魔力弾が掴もうとした瞬間に爆裂する。それでも動く要塞の様に硬いイストが傷つけられない。魔力弾を掴み損ねた所でイストの動きは止まり、此方の前に立ってオレンジ髪の少女と相対している。……イストの様子からして、知り合いだ。
「ティア―――」
「馬鹿。アホ。屑。屑屑屑―――屑」
「―――」
口を開いた少女の口から飛び出してきた言葉にイストの動きが固まる。そしてイストが言おうとした名前で思い出す。ティアナ、とはたしか妹分の名前ではなかったか。そして確か……そう、機動六課の所属だったはずだ。レジアスが機動六課を煙たがっているのは解る。だから機動六課がここにいないのは理解できる。ただそれが彼女がここにいる理由にはならない。
「辞表叩きつけてID誤魔化して幻影使って乗り込んできたわよ馬鹿! キャリア台無し、周りには迷惑かけまくって、たぶんスバルは涙流して絶望してる! でももういい、解った。馬鹿は死んでも治らない。叩いて叩いて叩いて叩いて潰して潰して潰して追って這いつくばらせて泣いて! 謝らせて! それでやっと何とかなるのよね?」
ドンビキだった。
『ティアナさんガチギレやん。ネタがはさめない雰囲気』
『寧ろこの空気でネタを挟めたら勇者確定』
『割と余裕だな』
そうイストに伝えると、イストは曖昧な笑みしか浮かべてこない。その視線の先にはもちろんオレンジ髪の少女の姿がある。ただ彼女を見れば解る―――覚悟を決めた者の目だ。狂気にも通じる、手足が折れてでも果たすべき事を果たそうとする気概を持ったものの目をしている。こんな若さでそこまで追い詰めたのはまず間違いなく裏切ったこの男だろう。
「あー、ティアナ? 俺―――」
「ぶち殺す。立場とか、犯罪とか、もうどうでもいい。ガチでキレた。今度ばかりはどうでもいい。なのはさんを見て気づいた。私に足りなかったものが」
「才能持ってるぶん壁をぶち抜いたら妹分が明後日の方向へ進み始めた。ごめんティーダ、どうしようこれ……」
死人に口なし。答えが返ってくるわけでもなく、イストは困ったような表情を浮かべてから溜息を吐いて、
「まあ、この程度なら10秒で終わるな」
「この……!」
ティアナが銃を向けてくるがイストが拳を構える。その動きでティアナの動きが止まる。イストの言っている事は正しい―――この少女は良くて今はエース級だ。何もかも投げ捨てて戦ったとしても、同じことをしているイストには勝てない。それは確定している事実だ。イストの十秒という宣言は挑発でもなんでもなく、事実を語っているに過ぎない。
が、
「―――ほう」
声が増える。
ティアナの背後、廊下の曲がり角から現れる姿がある。一つは背の低い白髪の女の姿。コート姿の下にはボディスーツを着用しており、それに続くのは両手に光の刃を握った、黒髪ボディスーツの女だ。その姿は何度も見た事があるので見間違えるはずもない。
「戦闘機人……!」
「なるほど、面白い状況だな―――レジアスかゼスト、イスト?」
「そう言うお前は新人の実地研修、といった所かチンク」
チンクの言葉に答えるとチンクが少しだけ眉を歪める。何が問題だったのかを一瞬考えるが……あぁ、そう言えば自分の返答が少しだけ、軽いかもしれないと思う。が―――まあ、この状況も特に問題はないな、と判断する。
ナルとイストがユニゾンを解除する。
「頼んだぜナル」
「任された。行こう、騎士ゼスト」
「あぁ、そうだな」
イストに背を向けて歩きはじめる。何も迷う必要も疑う必要もない。
―――イスト・バサラの敗北はありえないのだから。
◆
「―――で、余裕のつもり?」
ティアナは一度も此方から視線を外さない。何やら完全に突き抜けてしまって兄貴分としては不安な部分もあるが、同時に少しだけ、嬉しい部分もある。ティアナが急激な速度でその才能を開花させ、強くなっているのは六課に世話になっていたころと、今の様子を比べれば一目瞭然だ。まず集中力が違う、執念が違う、覚悟が違う。そうやって此方の背中を追いかけてきてくれるのは嬉しい―――が、優先順位は家族の”次”だ。
「ユニゾン解除をか? 余裕っちゃあ余裕だな。俺負けないし」
ギリ、と音を立ててティアナが強く歯を噛み合わせる。ティアナも解っている。彼女が圧倒的不利である事を。それでも抑える事は出来なかったのだからここへ来ているのだ。いや、だからこそティアナの成長がここで起きているのだから。そう、それでいいのだ。小利口にまとまり過ぎなんだ、ティアナは。人間、なのは程度ぶっ壊れなきゃ壁を突き抜ける事は出来ないのだ。
どこのガキが九歳で世界一つを背負って戦えるんだばぁーか。
「しかし次会ったときは敵同士だと言ったがこんなに早く機会がやってくるとはな」
「……」
チンクがティアナを間に挟むようにして此方へと声を投げてくる。その手には既にスティンガースナイプ、投擲用ナイフが握られている。その動作に合わせる様にディードも油断なく武装であるツインブレイズを装備している。その構えを見るからに、ほとんど教育は完了しているらしい。一番面倒見の良いチンクに付けるのは選択肢として間違ってはいない。
「さて、三つ巴か」
「チッ」
そうやって舌打ちする感じ、ティアナは若干荒んだかもしれない、と思う。だがそうだな、お前の認識は間違っているとチンクには言わなくてはならない。笑みを浮かべて、そしてバリアジャケットの上着を脱ぎ捨てる。両手を合わせ、拳を、腕を確かめながら軽く肩を回す。
「―――あぁ? 何を勘違いしてるんだお前ら」
その言葉に真っ先に反応するのはティアナで、半瞬遅れてチンクだ。唯一本気での相対経験がないディードが遅れるが、ここが実戦経験の差だろうが。そういう未熟さは実に”可愛い”ものだと思う。だから、まあ、許そう。ティアナの無謀も、チンクとの相対も、ディードの未熟も許そう。ただ勘違いしてはいけない。
「三つ巴? 何言ってるんだお前。お前ら二対一とか一対一とかでまさか俺に勝てるつもりでいるのか。舐めてるのかお前ら。それともなんだ、自殺する為にやって来たのか? おいおい、伊達や酔狂で”王”って名乗ってると思ってるのか? ―――あまりにも稚拙過ぎるぞお前ら」
威圧する様に言葉を放ちながら右腕の鉄腕を展開し、拳を作る。足を振り上げ、そして強く踏み込む。その衝撃で廊下に罅が走り、壁が砕け、そしてフロア全体が脆くなるのを足から伝わる感覚で理解できる。震脚、その一撃でフロアを破壊する程度造作もない。
「あぁ、つまりなんだ。お前ら三対一で来い。まあ、それでも俺に勝つ事とか刹那程の可能性だけどな。ほら、来いよ―――じゃなきゃ一方的に蹂躙して終わりだぜお前ら」
宣言するのと同時に、ティアナが迷う事無く発砲してきた。その動作にチンクが舌打ちし、そして銃撃に合わせる様に前へと進み出る。
「合わせろディード!」
「宜しいので」
「それ以外に勝機はない!」
ティアナの放って来た魔力弾を殴る事で迎撃しつつ前へと踏み出す。動きにティアナがついてくる。その目は此方しか見ていない。それが駄目だと指摘するべき相手は俺ではなく、なのはの仕事だ。甘い女だ。これにティアナが敗北した後、絶対に叩きのめして抱きしめるだろうから、甘えさせるのは彼女に任せるとして、今の俺はどう足掻いてもヒールなのだから、ぶちのめす。どうせそれしかできる事はないし、それしかやるつもりはない。
だってほら、俺悪役だし。
「シュトゥラの覇王を超える今時代の王、鉄腕王―――さ、鏖殺開始するぜ」
宣言と同時に―――叩き潰した。
ガチギレティアナちゃん。遅くなったが~頭冷やそうか~ティアナ砲撃コンテストが後日が開催されるでしょう。神速のハイペリオン10連射が見れるかもしれないなあ。まあ、静かで頭のよい子程キレたら怖いってお話で、
主人公についにボスモード搭載って事で。武器なら何でも使えるって設定を多分ほとんどの人は忘れている(ニコリ
次回はおっさん回ですなぁ……。