マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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フォーリング・ヘヴン

『―――アレ、リアクションが薄いね? うん? 折角こう、満を持して登場したのだからもう少しリアクションは濃い目の方が喜ばれるぞ? んン? あぁ、なるほどなるほど、これは失敬。久しぶりに私のプリティな顔を見る事が出来たから嬉しさのあまり硬直しているのか。あぁ、それだったら納得だ実に納得だ! そう、何て言ったってこの私は美容健康にも割と気を使っていて―――あ、ウーノ君? 今から本題に入るのでそのフライパンを降ろして欲しい。それ、割と痛いのだよ』

 

 あぁ、そうだった、とホロウィンドウに映っている男は笑みを浮かべる。

 

『はぁーい! スカリエッティだよー!』

 

 迷う事無くホロウィンドウを叩き割り、そして拳を構える。無言でチンクもスティンガーを握り、そして戦闘を続ける為に構え直す。が、その瞬間再びホロウィンドウが出現する。それに対して舌打ちしたのは俺だけじゃなかった。まず間違いなく相対している小さな姿も露骨に舌打ちをしていた。

 

『チンクさんや、流石にそれは酷いんじゃないかな、博士の繊細なハート傷ついちゃうよ』

 

「スパゲッティ博士に傷つくようなハートあったんすか。へぇ、超意外っす。いやマジでマジで。流石スパゲッティ博士やわぁー。俺、人体実験とか逆立ちしながら挑戦する様なキチガイ大魔王がガラスのハートだって初めて知ったわあぁー。あ、スパゲッティ博士だしガラスのハートじゃなくてミートボールハートか。やべぇ、超意味わからなくなってきた。お前もうちょっと解りやすい名前にしろよオラ」

 

『流石の私もボール代わりに蹴られ続けた事を抜いてここまで理不尽に扱われた事はない―――新しい』

 

「二人が揃うと一向に話が進まないのがこれはいいのだろうか」

 

 どちらかと言えば完全にいけないんじゃないだろうか。スカリエッティはスカリエッティでふざけだすと全く歯止めがきかないというか、全力で乗っかってくるところがあるから面倒というか、面白いというか、抑えがきかないというか―――全力が許されるのは場合によってだ。紫色の髪の持ち主にはキチガイしかいない事が大体証明されている。たぶんギンガもそのうちキチガイに目覚めてくれるに違いない。

 

『うん? あぁ、すまないすまない。スポンサーの皆様方には私が一対誰と何を話しているか皆目見当がつかないね? じゃあ改めて言わせてもらおう―――このホロウィンドウは私と関係のあるもの、私と取引した事のあるもの、そういう人物全員に対して同時一斉通信だ。あぁ、もしかしてホロウィンドウを横から覗き込んでいる同僚諸君? もし、君の隣の友人がこのホロウィンドウを覗き込んでいるのであればおめでとう! 今、君は犯罪に加担する犯罪者を見つけた! 共謀罪か何かで捕まえてあげよう! やったね、仕事が増えるよ!』

 

 笑顔で狂気的な事を言ってのけた。物理的なテロは物理的損害だからまだいい。だがスカリエッティの今の発言は、行動は一気に管理局人間を物理的損害以上に削る行動だ。スポンサー、協力者、そういうのを恐れる事なく全て公開する。それはもちろん支援を受けられなくなるという事だが、同時に―――それを恐れる必要のない環境が出来上がった、というスカリエッティの宣言でもある。今までスポンサーから金をもらい、活動してきたスカリエッティがその必要がない。

 

 つまり、

 

 この男がついに枷から解き放たれた。

 

 スカリエッティは透明なガラスケースの上に座る様にして、笑みを浮かべている。それはまるで役者がステージの上でポーズを決める様に、大統領が壇上でスピーチを行うような動作だ。自分が今、大量の人間から視線を向けられている、全員が自分へと集中している男の姿だ。自分も戦闘態勢のままだが、ホロウィンドウの向こう側へと視線を向けているのが理解できる―――嫌な男だ。見たくないと解っていても引きつけるだけの魔力を持っている。

 

『うんうんうん、解っている。解っているともさ―――ついに裏切ったな? 血迷ったな? 最初から私を殺すべきだった? 何て陳腐な言葉なんだ。元々アンリミテッド・デザイアなんて大層な名前を付けて生み出された欲望の化身だぞ私は? 資金を豊富に渡されて半ばフリーダムに研究していたんだぞ私は? まあ、何かね、正直君達には感謝してもしきれないからあえて言わせてもらおう―――馬鹿かね、と。生成と同時に行った服従のインプリンティングで安心したかい? 残念、そんなものプロジェクトFの応用でどうにかなるのだよ。あぁ、最近あの技術の万能性に気づかされるよ。大体プロFだからって言っておけば納得出来ちゃいそうなぐらいには……あぁ、これは関係のない話だね』

 

「楽しそうだなあ……」

 

「身内の恥だ」

 

 実の親を身内の恥扱い―――ただチンクがスカリエッティを”身内”と認識している辺り、まず間違いなくチンクは敗北するその瞬間まで、スカリエッティの為に戦い続けるだろう。何せナンバーズにはスカリエッティを裏切る理由が存在しない。スカリエッティは間違いなくナンバーズを愛している。それは異性としてではないが、間違いなく自分の作品として、そして”子”としての情をある程度は向けている。故にナンバーズは絶対にスカリエッティを裏切らない。

 

 まあ、だからこそ命を懸けて戦っている訳なのだが。

 

「ぐっ」

 

 ディードが呻くような声を漏らしながら壁の中から復帰してくる。流石戦闘機人だけあって体力や耐久力、諸々は普通の人間よりも遥かに優秀らしい。もう復帰している事に少しだけ感心する。普通の人間だったらまず間違いなくあと三十分は気絶しているぐらいの威力で意識を落としたはずだったのだが……まあ、やはり面倒な相手だと思う。

 

 ただ、面倒であって難しいわけではない、のがポイントだ。所詮雑魚は雑魚に過ぎない。……残酷な話だが、半分人外へと踏み出している存在としてはこれでも不満を感じる程度の強さにしか感じられなくなっている。今の問題はそういう強さとかとは全く関係のない別の所に存在するのだが。

 

『さて、本当に君たちの甘さには感謝してもしきれないぐらいだ―――だからここは私からとっておきのプレゼントを用意してある。是非とも君達には見て貰わなきゃいけない素敵なショーだ。私はこれを三十パーセントの善意、五十パーセントの悪意、そしてに二十パーセントの悪戯心で計画したんだ。ほら、ちょっと私は腰を下ろすのに使っているこれを見てほしい』

 

 そう言ってスカリエッティは自分が椅子代わりに使っている透明なガラスケースを軽くけるように叩く。それを注視すればそれがガラスケースではなく大きなシリンダーで、そしてその中に肌色の何かが水と共に浮かんでいるのが見える。ホロウィンドウもそこを映せるように、スカリエッティの全体図を映す様にズームアウトする。

 

 そうして目撃できるのは―――脳髄だった。気の弱い人間だったら一瞬で吐き出す様な気持ちの悪い光景に、スカリエッティは楽しそうに鼻歌を歌いながらシリンダーから立ち上がり、そして片手で一メートルほどはあるであろうシリンダーを持ち上げる。それを楽しそうに手の中で回転してキャッチすると、

 

『はい、ご注目―――これが最高評議会、トップ三人の姿だ。実に醜いとは思わないかね?』

 

 最高評議会、管理局のトップに立つ組織、役職。そのうち絶対に姿を現さない三人が存在する―――それが今、スカリエッティが握っている存在の正体だ。姿を現さないのではなく、そもそも体を持っていないので姿を現す事さえできない。脳味噌だけとなっても百を超える年齢になり、いまだに生にしがみ付く亡者。それが最高評議会という存在の正体だ。これが完全に全世界生中継であれば暴動が起きただろうが、スカリエッティはこれを知り合いにしか届けていない。何が目的かは―――直ぐに解る。

 

『ドクター、準備完了しましたわ』

 

『うんうん、お疲れ様ウーノ。影が薄くて若干姉妹たちに忘れられてないか心配なドゥーエもクアットロと協力して良くここまで運んでくるの頑張ってくれたよ。―――え、後で殺す? ハハッ、このショーの後でならいくらでもいいよ。さて』

 

 スカリエッティはその脳味噌の入ったシリンダーを、後方へと投げた。それは見事な放物線を描きながらスカリエッティの姿によって隠れていた機械を映し出す。

 

 ―――巨大なミキサーだ。

 

 その中には脳味噌が二つ、既に入っていた。

 

 それを見ている誰もが、次の光景を想像は出来たが、理解はできなかった。

 

『お疲れ様老人方。貴方達の欲望は凄まじく素晴らしい、だが美学がない。全く美しくないからね、目障りだったし―――正直吐き気がするぐらい嫌いだったんだ。バイバイ』

 

 そして、処刑が始まった。

 

 

                           ◆

 

 

「イカレてる! なんだこれは」

 

 レジアスがホロウィンドウの中の光景を見ながらそう叫び、そして両拳をデスクへと叩きつける。もうそろそろ逝こうとした矢先にこれだ。全く持ってこの敵は平和な時間を作らせてくれないし、飽きる事もさせない。脳味噌が徹底的にミキサーによって液状化するまでの光景をスカリエッティは歌いながらライブ配信し、その光景に背中を向けて手を広げている。まるで幸福の絶頂を迎えているかのような、幸せな男の表情だった。

 

『私は! これで! 完全に! 自由だ! ふ、ははは―――ハハハハハ!』

 

 顔を覆いながら笑うスカリエッティの姿を眺め、改めて理解する。この男は絶対に生かしてはならない存在だ。この男は存在している事それ自体が害悪だと再び理解する―――口惜しいのはそれが自分の手によってなせる事ではない事だ。……酒も飲み終わった、そろそろだろう。そう”逝く”べきだと判断し、椅子から立ち上がろうとした時、

 

『あぁ、そうだレジアス中将閣下』

 

 スカリエッティの視線がホロウィンドウを通してレジアスへと向けられていた。

 

『貴方のオーダー、アインヘリアルでしたっけ。まあ、所詮あのー、えーと、なんだっけ……あぁ、ガジェットだガジェット、アレと一緒の鉄屑程度のおもちゃですけど、納品できなくて済みませんね。数百機程作ったんですけどね、アレ、ちょっと手を滑らせちゃって次元犯罪者の方々にバラまいちゃったんですよ』

 

「貴様ァ―――!!!」

 

『は、はははは、ハハハハハ―――!』

 

 どうしようもなく管理局は詰んでいるな、と今さながら状況を確認しつつ思う。ただ幸いなのがまだ、レジアスが生きているし、あの馬鹿達も一人欠ける事もなく生きているという事だ。これならばまだやりようはある―――そしてその為に渡りを付けるのは自分の仕事だ。

 

「アギト。ユニゾンを解除してくれ」

 

「……旦那」

 

 ユニゾンを解除すると、寂しそうなアギトの表情が見える。そんな表情を浮かべないでほしい。別れが悲しくなる。だからそれをかき消す様に口を開く。

 

「―――レジアス、我が友よ。俺の事を友と思っているのであればどうか、俺の願いを聞いてくれ」

 

 言った。

 

 

                           ◆

 

 

「……反応を感じませんね」

 

 ガジェットの動きが停止し、そして他のガジェットの気配も感じない。周りには細かい破片になるまで砕いたガジェットの残骸が存在する。空戦で敵を三体沈めたのはいい。その後ガジェットが襲ってきたのもいい。だがそれが吸収再生を行い始めたのには驚愕した。まさかここまで禁忌に手を出しているとは思いもしなかった。

 

「所詮は鉄屑でしたが」

 

 ”戦った事はある”、それだけで対処できる範疇内に相手は落ちている。故にナハトヴァールの能力を得た程度では”一撃で原型が無くなるまでに粉々に破砕”するだけで終わるのだ。つまり自分にとっては雑魚でしかない。―――そしてそんなものがスカリエッティの手札であるわけがない。

 

 味方の気配は下層からはユーリの気配、そして上層からはイスト、ナル、アギトの三人の気配のみを感じる。それはつまり、

 

「逝きましたかゼスト」

 

 ゼストの死を物語っている。彼は満足して死ぬ事が出来たのだろうか、どうなのだろうか一瞬だけ考えて止める。それを判断するのは自分ではない。解りもしない事で勝手に相手の気持ちを理解した風にするのは最低だ。自分はやるべき事だけをやればいい。ならばこれ以上ここに残る理由は存在しないし、素早く撤退するべきなのだろう。

 

 だが、

 

「この感じは、駄目ですね」

 

 聞きたくもない声だったので登場と同時に消音設定にしていたホロウィンドウの音声を復活させる。それと同時にスカリエッティの声がホロウィンドウから響いてくる。

 

『―――さ、派手にやろうじゃないか。私を縛る鎖はない。君達に私を潰すための鎖もなくなっている。海でも、空でも、陸でも、六課でも、王とそのゆかいな仲間たちでも構わない』

 

 崩れた壁より外へとでて、そして空を見上げる。先ほどまで明るかった空には大きな影が差し、世界を影で染め上げていた。ただその正体は雲なんて生易しいものではなく、この星の遥か上空で周回していたはずの巨大な鉄の塊だ。

 

『―――戦争を始めようか』

 

 空から人工衛星が落ちてきていた。

 

『さあ、さあ、さあ!』

 

 再びホロウィンドウの音声を消す。

 

「―――全く、耳障りな声ですね」

 

 迷う事無く落ちてきて地に影を見せる人工衛星へと向かって飛び―――打撃した。




 ファーストフード店スカリバーガーでは脳髄シェイクを販売中らしいです。

 コロニー落とし、ネタは古いけど好きなの。

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