空で盛大に爆散する巨大な建造物が見える―――人工衛星だ。そう言えばウーノのISはハッキングやら情報へのアクセスとかが得意だったはずだ。だとすれば少しばかり計算を狂わせてやればあのように、人工衛星を地上へと落とすぐらいはやってのけるのだろう。目を閉じればイングが爆散地点付近にいるのを感覚として感じる。どうやら迷う事無く迎撃のために動いてくれたらしい―――あとでこれは労ってやらないといけない。
目を開ける。
目の前にはチンクとディードの姿があるが、戦意はない。スカリエッティがまだ話を続けているようだが、そこにもう”俺達”の関係は全くないだろう。もはや別の者の為の演説になっている。スカリエッティがこの場で語る言葉はもうない、という事だろうか。ホロウィンドウを通してみる事の出来るヤツの目はこっちを見ていない。故にこれはもう必要ないと判断し、手の動きで消す。そして正面、ディードに肩を貸すチンクに視線を向ける。
「で、だ」
チンクに視線を向けて質問する。
「何機落とした」
「全部だ」
「おいおい……」
「―――と、言うのは嘘だ。魔導科学の発達によって次元間航行や次元通信の科学力が発達されたと言っても人工衛星の数が数千を超える事実に変わりはない。そう全部を落とす事は時間がかかり過ぎる上に面倒が多い。落としたのは半分以下―――三百三十八機だ」
三桁の人工衛星がミッドチルダへと落ちてきている。Sランク級魔導師であれば破壊は難しくはない。そこそこ巨大な人工物ではあるが、それでもそれが機械である、鉄でできている事に変わりはない。対魔導シールドが張られているわけでもないし、砲撃を叩き込む事ができれば破壊できる。それでも、これだけの量に対処できるだけの魔導師が今、ミッドチルダに存在するのだろうか。ストライカー級魔導師は”管理局全体”を通して五パーセント以下しか存在しない。そしてそのほとんどが、約二十パーセントがクラナガンに空や陸といったポジションで拘束されている。クラナガンへの被害は抑えられるだろうが、
それ以外の、ミッドチルダの街はどうなる。まず間違いなく惨劇の見える光景となっている―――それもこれも、どう足掻いても確認のしようがないが。興味があるないの問題ではなく、確認する事が難しい状況。簡単に言えば衛星が落とされた事によって”通信”という手段そのものが難しくなっているのだ。総数を見れば半数にも満たない量の衛星だが、
「知っているか? 数年前に起きた衛星のシステムエラー。とある事が原因で発生したそれは衛星の一つを一瞬だけだがシステムダウンするさせる事に追い詰めた。だがそれが原因で精密に組み上げられた衛星の相互間ネットワークが乱れた―――復旧までそれだけで半日必要としたそうだ。もちろんその間は長距離通信をすることはできないし、次元間通信も出来るわけがない。それを何百倍と言うスケールで行った」
「―――ミッドチルダは援軍を呼べない」
「正解だ」
「となると、お前ら囮か」
その言葉にチンクが笑みを浮かべる。此方の目的を利用して、あえて此方に人員を送る事で囮そのものを確実とさせた―――予めゼストの目的を知っているからこそ出来た事だ。やはりスカリエッティという男は殺したくなる程に厄介だ。というか絶対に殺す。見つけた瞬間問答無用で殺す。それだけの理由と義務が今、自分には存在する。だから目の前のディードとチンク、二人を問答無用で魔拳ベオウルフで消し去るも可能だ。ただ、それは間違いなく許されない。
構えていた拳を下げる。
「目的はなんだったんだ」
「ミッドチルダの陸の孤島化だ。今頃トーレと妹達がミッドチルダの空港を襲撃し終えている。空港を使った民間人の脱出も、また魔法の使えない一般戦闘員のミッドチルダへの移動もできない。次元航行艦、戦艦等がミッドチルダへとやって来る事は可能だが―――」
「―――許可を出せるトップがいない、か。大変だなぁ……公僕は。法律とか窺いがあって助けに行きたくても助けに行けない。そういう事を考えると犯罪者の方がずっと楽だな。好きな時に好きな場所へと向かって好きに助けられる。それができないから大きな組織ってやつは何時だってどっか馬鹿にされてるんだろうけど」
「けど?」
「でかくなきゃ守れないもんもある。レジアス・ゲイズはそれが解っている男だった、という訳だ。勝負には勝って戦いには負けた。だが戦争には勝つ。おいチンク。次は絶対に殺すつもりで殴るからな、それまで妹達と仲良くやっとけ」
そうさせてもらう。そう言ってチンクが視線をディードへと向けると、ディードが此方へと視線を向け、そしてコクリ、と小さくだが頷く。
「ご指導ありがとうございます―――次は殺します」
「頑張れー」
ひらひらと手を振ると、チンクがスティンガーとランブルデトネイターで壁に穴をあけ、そこから一気に地上本部の外へと飛び出し、落下してゆく。その姿を目で追う事無く、二人が去って行った空間で軽く溜息を吐く。彼女たちをこれ以上追いかける事も、追撃する事もない。いうなれば敗者としての矜持だ。この場での勝負は既に決まっている。これ以上追撃するのはただの恥の上塗りだ。恥じる事が出来るだけのプライドが残っているかどうかが怪しいが、それでも最低限守る事だけはある。
だって男の子だし。
軽く頭を掻きながら、さて、どうしたものかと思考する。ゼストの気配を感じられない事から少なからず……ゼストが逝ったのは明らかな事だ。上から破壊や爆破を長い間聞いてない事からかなり平和な時間が過ごせているのではないか、と少しだけ思っている。まあ、それよりも今が別の問題だ。
「……どうするかね、この眠り姫は」
問題なのは目の前の床に倒れる様に気絶しているティアナ・ランスターをどうするか、という事だ。まず機動六課へと返す事は確実だ。ただ彼女がここまでやってきた迷惑や暴走は間違いなく記録として残る訳で、それが実に困る話だ。できたら自分様なダメ人間の犯罪者とは違って、綺麗な経歴を持って楽しい人生を送ってほしいものだが、どーにも、俺には身近な人間を不幸へと叩き落とす技能を持っているらしい。全く持って最悪だ。スカリエッティは生きて、そして動き回るから最悪なのに、俺は生きているだけで周りを最悪にする。
はは、笑えない。
「はぁ、ヘイ、プリンセス。起きてるか?」
「……」
返事はない。それもそうだ。ブチギレていたとはいえ、ティアナが人間である事実に変わりはない。戦闘機人を気絶させる勢いのままティアナを叩きつけたのだからそりゃあ目を覚まさなくても当然だ。寧ろ頭の打ち所が悪くて死んでいる可能性すらあるが―――小さく聞こえる呼吸音がティアナの存命をずっと前から知らせてくれているので、死んでいないかどうかは正直気にしていない。だが少々やり過ぎなのは否めない。声をかけてみるが起きる気配がない。
「おーい」
近づいてしゃがみ、軽く揺らしてみるが起きる気配がない。困ったものだ。そう思っていると、チンクとディードが離脱に使った壁からイングが着地してくる。再び逢立ち上がりながら、片手を上げてそれをイングへと向ける。
「よ、お疲れ様。全長七十メートルの鉄塊を殴った感想はどうだったよ」
「ゆりかごを殴り壊す予定ですからいまいち物足りない感じでしたね。正直一回殴った程度であそこまでバラバラに砕けるとなると呆気なさすぎて、少々不完全燃焼です」
そう言うとイングは近づいてくると、正面から体を寄せて、左手を腰に回し、そして右手を此方の胸に当ててくる。そのまま体を寄せてくるのだから彼女の体の柔らかさが伝わってくる。顔を持ち上げ、此方へと視線を彼女が向けてくる。
「やはり、私の全力を正面から受け止めて、それでいて立ち上がって返してくれるのは貴方だけです」
「俺も嬉しいけどまずはここが敵地だという事を思い出そう」
「見せつければいいじゃないですか」
「お前、もしかして若干ルーテシアかユーリの芸風に当てられてないか」
「かもしれませんけど、不完全燃焼で若干熱を持て余しているというのも事実なので―――」
「デッコピーン」
「あうっ」
我慢を覚えろ。そう口にしながら額を抑えるイングの姿を無視して気絶させてしまったティアナを持ち上げて背中に背負う。自分を追いかけてこんな無謀な事をしたのであれば、せめて家まで届けるのが元保護者としての責任だと思う。何よりこんな所に置いておいたらまず間違いなく人生ジ・エンドという事になりかねない。それを見逃せないぐらいの良心は残っている。改めて溜息を吐き、こんな風に育ってくれない方が遥かにうれしかったのだが、と口に出すまでもなく胸中で呟いておく。
やはり見せている人間の背中が悪いのかねぇ、そう思ってティアナが参考にしてきた大人を数えてみる。ゲンヤに、ティーダに、自分に、そしてやっぱりなのはだろうか。駄目だ。このリストの中で唯一まともなのは紫色の髪色の娘を持っているのにそれをまともに育てたゲンヤだけだ。ティーダは外道代表で、なのははキチガイ代表で、そして俺はダメ人間代表。どう足掻いても参考にしてはいけない人間トップスリーそろい踏みの状況でティアナは育ち、そして教わったのか。
これは酷い。
「ん」
「どうしたんですか?」
「いや……昔ティアナを持ち上げたり背負ったりしたことがあってなぁ……そん時と比べてかなり重くなったのを感じるとやっぱり年取って成長してるんだなぁ、と改めて実感しているだけだよ。なんつーか、俺とかもう割と後は下降して行く年齢に入りつつあるじゃん? 肉体的には。だからそう考えると今から大きく、強く育って行くんだろうなぁ……って何言ってんだ俺は。あぁ忘れろ忘れろ」
頭を振って馬鹿な考えを振り払う。こういう事を全て考えるのは全部終わってからだ。今考えるのは早すぎる。妙な所でセンチメンタルになるこの情緒不安定さをどうにかしたい。まあ、そのうち子供でも育て始めれば本格的に実感し始めるのだろうけど。
ともあれ、
「まずはナルとアギトに合流するぞ」
総意って軽くティアナを背負い直しながらイングと共に上のフロアへと向かおうとすると、通路の奥から声が返ってくる。
「その必要はないぜ兄貴!」
お、と声を漏らし長前方へと視線を向ければ炎の融合機、アギトがふよふよと無傷の姿で此方へと向かって飛んできていた。そのすぐ後ろには武装を解除したナルの姿もあった。ただ困惑する事態の証拠として、ナルの背後には管理局員が二人ほど、護衛でも追跡するわけでもなく、付いてくるように動いていた。自分の記憶が正しければつい数分前まで管理局とは盛大な敵対関係に突入していたはずだ。
「説明は後ろの者がしてくれるそうだ」
「ナルなんで……って思考先読みされた」
そこで若干得意げな表情をするから若干残念な気がしなくもないと思う。まあ、今はそれは良い。それよりもその背後の人物が問題だ。ナルとアギトの背後の管理局員のさらに背後、そこには決して健康的だとは言う事の出来ない体系の男がいた。かなり年齢の入った男だが、その目は疲れを感じるどころか年齢分の”飢え”を感じさせる様な闘志を持ち合わせていた。その手には二つ、握られているものがあった。赤い宝石と、そして見覚えのあるアームドデバイスだ。
奥から出てきた男はデバイスと宝石を―――レリックを此方へと投げてよこしてくる。それをキャッチしつつ、闘志は見せるが敵意を見せない肥満体の男に、レジアス・ゲイズへと視線を向ける。言葉を先に発するべきは相手だ。故に無言でレジアスと視線を合わせていると、相手が口を開く。
「管理局に泥を塗るのも、儂の恥をかかせるのも別にかまいはしない―――だがやつは舐めた。地上本部を、”陸”という組織を、そしてこのクラナガンに、ミッドチルダに―――儂の庭を危険にさらした。解るか? 貴様ら犯罪者が犯罪を犯してでもやりたい事を、儂は半分悪事に手を染めてまで長年続けてきた。それをあの狂人は邪魔した、傷つけた、壊しに来た」
レジアスが背中を向ける。
「儂は使えるものであれば無限の欲望も、最高評議会も、次元犯罪者だってさえ使う。ゼストの遺言だ―――ついて来い。スカリエッティを倒す為なら貴様らを利用してやる」
執務室へと戻ろうとするレジアスの背中へ問いかける。
「おいおい、スキャンダルは大丈夫なのかよ中将閣下」
その言葉にレジアスが足を止め、そして首だけを横へ向け、此方へと視線を送ってくる。
「幸い一番上が消えてくれた―――今のミッドに儂を止められる存在はおらん。行くぞ。まずは立て直す」
レジアスが護衛の管理局員を引き連れて己の居場所へと戻って行く。その光景を見ながら思う。
―――全く、どいつもこいつも本当にイカレてる。
その中に間違いなく自分が混じっていると思うと、笑いが堪えそうになかった。
人工衛星って大体70m~100mぐらいらしいですな。
レジアスさんはブチギレ。主人公は最初からブチギレ。敵はキチガイ。魔王は常時ブチギレ。皆頭おかしいミッドチルダ。世紀末大戦争もうすぐ始まるよー(
世紀末ベルカ救世主伝説ってタイトル、何かアニメかドラマになりそう。