マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ザ・ビギニング

「やっぱ大分寒くなってきたなぁ……」

 

「寒くない冬の方が違和感があるだろう」

 

 まあそうだろうなぁ、と呟きながらジャケットを手に取り、そしてヒーターの前で丸まっているレヴィを掴み、持ち上げる。抗議の声が口から洩れて来るが、それをガン無視して肩に担ぐ。肩の上で暴れる水色の物体がうるさいが知ったことではない。そのままソファの上へと放り投げて処理する。

 

「あー、やだやだ。寒いと体をほぐす為の運動量増えるから地味にめんどくせぇ」

 

「それよりレヴィの死体について一言」

 

 シュテルがちょんちょん、とレヴィを人差し指で突き、その存在を主張している。だからドアの前で一旦足を止め、そして振り返る。マフラーを巻き、ジャケットを着て、そしてバイクキーを片手にとりながら、開いた片手をレヴィへ向ける。

 

「あんましヒーターの前に座んなよ。やけどしたくねぇだろ」

 

「そういう事じゃないんだと思います」

 

 ユーリのツッコミが入るが知ったことではない。

 

「鍵よろしく」

 

「はいはい」

 

 後ろから足音がする。誰かが近づいているのだろうが、それを気にすることなく前へと進んで行き、寒い外へと出る。今日も今日で出勤。一家の生活を守るために寒気に負けぬよう働かなくてはならない。全ては平穏な生活と家で待つ子供たちの笑顔の為。……悪くない人生だ。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 返事を貰いながら家を出る。

 

 

                           ◆

 

 

 おはようございます、と挨拶をしながら隊の部屋と到着すると、そこにはほとんど全員の姿があった。数人抜けてはいるが、コートラックが埋め尽くされている所を見るに確実に全員来ている。おそらくビルのどこかにいるのだろう。自分にあてがわれたデスクまで移動しようとすると、此方を早速発見したティーダが近づいてくる。

 

「やあ、おはよう。到着して温まろうとしている所悪いけどレッツゴーお外へ」

 

「やめろぉ! 俺はこれから暖かいコーヒーを飲む作業があるんだ!」

 

「残念、それはまた今度」

 

 ティーダは此方の横へとやってくるとジャケットの首の襟をつかみ、此方をずるずると部屋の外へと引っ張って行く。もちろん普通にやっては無理なので、ティーダは魔力で体を強化しているに違いない―――魔力の使えない人間が見たらなんて無駄な事だろうと嘆く事だが、こればかりは魔力の使える人間の特権だ。

 

 くだらないネタの一つに魔力を全力で使う。羨ましかろう―――ハハ、ざまぁ。と一度は言ってみたい。

 

 ともあれ、ティーダが俺を連れて外へ出るという事は何か仕事があるのだろう。引きずるのを止めさせるためにも一旦足を地面につけ、軽いバク転からティーダの前へ着地する。

 

「どやぁ」

 

「顔殴っていい?」

 

「殴ってもいいけどモヤシっ子パンチは通じんぞ。あ、魔力強化はなしで」

 

 ティーダが拳を握り、殴るのを迷っているのは見える。拳を振るわせ、殴るかどうかを―――。

 

「そこまで迷うか?」

 

「いや、殴るよりも撃った方が効果的じゃないかなぁ、と狙撃屋としての俺が呟いてきて、どうやったらバレずに狙撃できるかって考え始めてたところ」

 

「俺がお前を殴るぞ」

 

 今度はこっちが拳を振るわせる番だが、これではらちが明かないのでそろそろここら辺でコントをやめつつ、横に並んで歩きはじめる。服装を軽く整え直しながら、まっすぐ管理局の外へ出てパーキングへと向かう。そこで向かうのは自分の所有しているバイクではなく、隊保有の車だ。そこそこ古いが、愛されてきた隊の車だ。

 

 何度か盾に使っているのでボンネットが若干へこんでいるのは愛嬌である。

 

 ティーダが運転手席に潜りこむので、此方は横の助手席に座り、ドアを閉める。管理局員なのでしっかりとシートベルトを締め、ティーダが車を動かし始める。ここからクラナガンまではそう遠い距離ではない。車でも十分ぐらいの距離だ。歩けば四十分ぐらいだろうか。大体それぐらいの距離。正直散歩気分で行くには十分な距離だと思う。

 

 ともあれ、車に乗ってクラナガンへと向かっているのは解った。左側のドアに寄り掛かりながら、右手をブラブラさせる。

 

「で?」

 

「ん? あぁ、ごめん。何もしゃべってないから寝てるものだと思ってた」

 

「すげぇな俺。何時から夢遊病のスペシャリストになったんだ」

 

「まあ、冗談はさておき」

 

 ティーダが素早く手を振るうと、ティーダの左腰にぶら下げている銃型のデバイス、タスラムが小さく明滅する。それが合図で此方のデバイス、右手に装着されているベーオウルフにデータが送信されてくる。右手を振るう事でホロウィンドウが出現し、そしてティーダが此方を連れ出す理由―――新たな案件の内容が表示される。その内容を浮かべた瞬間、体が硬直する。

 

「データ見えてる?」

 

『Of course』(勿論です)

 

「あれ、求めてた答えだけど答えてる人が違う……けど処理能力的にデバイスの方が優秀だしいっか」

 

「これからこの車は悲劇に遭う。そしてその結果生還するのは俺一人だ」

 

 ティーダがまあまあ、と言ってこっちを宥める。そしてようやく内心で落ち着きを取り戻す。極めてクールにふるまわなくてはならない。そう、心を落ち着けなくてはならない。だからほら、こんなにも動揺はない。

 

「なななな、な、なんだよ」

 

「いや、むしろお前が何だよ。本当に大丈夫か? 風邪ひいてない? 拾い食いしてない? ティアナに惚れたら殺す」

 

「最後だけはありえないから気にするな」

 

「反応良好、問題なさそうだね」

 

 無駄話を繰り広げている内に段々とクラナガンへと近づき、高速道路から降りて信号の前で車が一旦停止する。数秒間の停止、そして信号は再び緑色へと変わる。ともあれ、ネタに走って今度こそ大分精神を落ち着けることに成功する。……普段から奇行に走っているとこういう場面で奇行に走ったとしても違和感がなくなるのがいい事だ。だからこそ、普段から”ワザと”ふざけたキャラづくりをしているという事はある。ともあれ、

 

「で、これが今回の件か」

 

「うん。人身売買。臓器売買。もちろん闇のね」

 

 奴隷なんてものはもちろん違法だし、正規の手続き以外での臓器の取り扱いももちろん違法。魔法とて万能ではない。臓器移植ではなければ助からない命など腐るほどある。昔から変わらない価値がそこには存在する。まあ、此処までだったらまだ問題はなかっただろう。問題はこれの”元”だ。

 

 目の前に浮かび上がるホロウィンドウには心臓やら腎臓、肝臓、様々な内臓器官のファイルの他に―――見目麗しい美少女達の姿や、美少年や、青年、女性の姿が映されている。今のと昔の等、様々なデータとしてティーダがデータベースからざっと引き抜いてきたのだろう。これらをどうやって用意したか。それは―――

 

「―――まだやっている所はやっているんだね、プロジェクトF.A.T.E」

 

 通常プロジェクトF。完全なクローンを生み出す計画。いや、それ自体どうでもいいけどなんでその手の案件がこっちへと回ってくる。我が家にはそのプロジェクトの産物が四人ほど囲われているぞティーダよ。

 

「ま、需要があるところに供給、ってやつだろ。お人形さん遊びが好きな奴がいれば、金を出しても心臓が欲しいってやつがいるんだろ。ま、倫理云々を月へぶっとばせば画期的な手段だぜ? プロジェクトFのクローンニングは。何せ優秀な魔導師を生み出せるし、内臓だって簡単に作り出せる―――うお、このクローンもしかしてリンディ・ハラオウン提督のか? 髪色違うけどセクシーやなぁ……これで子持ちとかありえんわ。イヤ、マジで」

 

「それ、”終わったら絶対に消さないと俺が消される”って資料提供者に言われているからその写真データだけはあとで消してね。バックアップこっそりとってあるけど」

 

 意外と外道なティーダはこの際通常営業なのでツッコミはしないとして、問題なのはこの案件そのものだ。プロジェクトFそのものに関しては、個人的には結構知識を持っている。勿論あの娘四人の面倒を見る為に必要な知識だ―――薬が、体質が、遺伝子が、等と基本的なのは頭にぶっこんである。仕事に関しては全力で当たりたいが、全力で取り組むと必然的にそういう知識を晒す事になってしまう。

 

 ……適度に手を抜くかぁ。

 

 ティーダは捜査官として非常に優秀な才能を持っていると思う。あまり手を抜きすぎてもここら辺は疑われてしまうので、いよいよをもって面倒な話になってきた。……まあ、何時も通りやるだけやってみて、駄目なら駄目で、その時は―――。

 

「イスト?」

 

「悪ぃ、空隊来る前に俺プロジェクトF関連の研究所潰してたからそれを思い出してたんだよ」

 

「あぁ、そういえば最近のデータにそんなのもあったね……個人的に研究所を見た感想は?」

 

 あぁ、そりゃあもちろん。

 

「反吐が出るな。あの技術はそもそも生まれるべきじゃないもんだよ。お前シリンダーに浮かべられている上半身だけの子供とか、皮膚のない人間とか見たことあるか? あとは内臓だけ綺麗に浮かんでいるとか。ともあれ最悪も最悪、地獄を体現したような場所だよ。慣れてないトーシローなら一瞬でリバースフェスティバルな感じの」

 

「うわぁ、あんまり見たくないあなぁ……モツ系は辛い人には辛いよねぇ。ま、俺も大方その意見と同意だよ。ただ生まれてくるべきではなかった、というと少し厳しすぎるんじゃないかなぁ、と思うんだ」

 

「ほぉ、そりゃあまたなんでだ?」

 

 だってさ、とティーダは言う。

 

「だってさ、技術自体を否定したらさ、それはこの技術で生まれてきた命そのものを否定しちゃう様なもんじゃないかな? 確かに技術そのものに罪はあっても、生まれてきた者に罪はないじゃない。だから技術が生まれてきた事は間違いではない、と俺は思いたい……かな。まあ、技術が犯罪であり、利用する者が犯罪者であるという事に疑いはないし、まして躊躇もしない。利用者滅ぶべし、慈悲はない」

 

 途中までいい話だったが、最後の最後でラスボスが横の相棒で決定した。こいつはどこかで暗殺しておくべきなのだろうか。あ、だがその場合はティアナを泣かしてしまう事になる。それは駄目だ。そんな事を率先してする男はどんな理由であれ、完全な屑だ。つまり暗殺はアウト。ならば、

 

「ティーダ、人間ってどれぐらい強く殴れば記憶を失うのかなぁ」

 

「ごめん、話が唐突過ぎて流れがつかめない。ミッド語でよろしく」

 

 あっさりと真面目な空気を流しつつ、ゆっくりと椅子に寄り掛かり、ホロウィンドウを一旦消す。ま、仕事は仕事なのだ。与えられたのであればやらなくてはならない、ちょっと気遣いながらなんとかすればそこらへんはどうとでもなるのだから、

 

「どこに行くんだ?」

 

「その質問少し遅くないかな? まあ、何時も通り情報集めだよ。基本足が資本だし。予めアポ取ってるから情報屋に当たったり、あと最近プロジェクトF関連の事がなかったか陸の方にも会いに行こうかなぁ、って」

 

 通話のやりとりだけで完全にやり取りができるのであればどんなに楽であっただろうか。人間、そこまで軽くなるのはかなり難しい。たとえ電子データ化されたものであれ、”手渡し”する事に意味が生まれる事もある。こういう場合は此方から直接窺わなければならない。

 

「ま、今度もどうにかなるだろ」

 

「僕が調べて」

 

「俺が物理系交渉して」

 

「僕は救いの手を差し伸べて」

 

「そして集めた情報で皆でトドメを刺す」

 

 外道の所業だ。だが、これで平常運転なので仕方がない。精神衛生上この案件に関わり過ぎるのは良くない。

 

「……とっとと終わらせたいもんだなぁ」

 

「そうだねぇ」

 

 共にこんな胸糞の悪い件は早めに終わらせたいと同意し、それを成すための行動を開始する。やる事は何時もと変わりはしない―――だから終わりもきっと、変わりはしない筈だ。


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