マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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プリペア・アンド・ムーヴ

 スコップを握って、運んできた土を穴に埋める様に落とし、それを足で踏んで、整える姿がいくつか存在する。その誰もが陸士である事を表す管理局員の制服に身を包んではいるが―――大半は上着部分を脱いでいた。少しずつ季節は秋へと動き始めているが、それでもまだまだ太陽は熱く彼らを照らしている。汗を流しながらスコップを動かし、地上本部前の庭の穴を埋めて行く彼らの動きに魔法の使用形跡は存在しない。それもそうだ、彼らは魔法を使わないのではない―――魔法が使えないのだ。だから彼らに与えられる仕事はこれだ。残骸などは既に魔法が使えるものによって撤去された。故に危険も邪魔するものはない。元の歩きやすい、綺麗な前庭を取り戻す為に彼らはスコップで土を被せ、慣らし、そして再び平らな大地を作っている。

 

「 まあ、結局の所俺達ができるのってこれぐらいだからな」

 

「言うなよ、悲しくなってくる」

 

 談笑を混ぜながら、彼らは作業に没頭する。仕事はしっかりとやる。ただモチベーションの維持の為に語り合うのは効率が下がらないのであれば何ら問題はないはずなのだ、そういう判断を彼らはしている。地上本部がスカリエッティという犯罪者から大打撃を受けて一日、ミッドチルダが実質的に他の次元世界から孤立してから一日、そんな事は彼らを悩ます事はなかった。もちろん、孤立したという事実は既に伝わっている。理解をしているかどうかは怪しい、それでも、それは彼らの考える事ではない。難しい事は上の人間の考える事であって、末端の人間は命令に従っていればいい。それだけだ。だから彼らは悩むことなく、ただ作業に没頭していた。

 

「あーあ、俺もリンカーコアがあればなぁ」

 

「アレば?」

 

「……いや、やっぱねぇや。魔法戦とか怖すぎ。俺にはどう足掻いても無理だわ。それよりも魔法使って日常生活で楽したいわ。ほら、プラモデル組み上げてるときとかパーツ多すぎて手で持てないじゃねぇか? そういう時魔法がありゃあ必要なパーツを引き寄せる事が出来るんだろうなぁ、って毎回思ってすっげぇ魔法が羨ましくなるわ」

 

 しょーもない事に魔法を役立てようとするな、と言って再び笑いが起きる。そこにいるのは様々な年齢の男性、五人ほどだ。慣れた手つきでせっせと穴を埋める様子を見ると、それなりに長い間作業に没頭して、慣れている事が解る。スコップを握る彼らの手は何度も何度もマメができてはつぶれている為、かなりの重労働を成しているというのに一切傷つくような様子を見せない―――労働者の手だ。

 

「あー、でもやっぱ憧れるよなぁ、魔法」

 

「そりゃあやっぱなぁ」

 

 リンカーコアのない彼らからすれば魔法を使うことのできる魔導師という存在は少なからず、憧れる。現在の科学力であればリンカーコアが無くても魔法を使う方法は存在する。デバイスを使った中継使用だったり、カートリッジシステムを使った魔力の使い捨てや消費だったり、リンカーコアの一部を削り取る、何て方法も最近では生み出されているとニュースでは報道していた。だから魔法を使うことは不可能ではない―――ただ一般人からすればそれでも無理な部分がある。まともにそれを運用しようとすれば大量の金が必要となってくる。

 

 だからやはり、一般にとっては身近であっても、魔法は憧れる存在だ。魔力と科学的プロセスを経る事でほとんどどんなことでも現実にしてしまう魔法は今でもその研究には終わりがないと言われている。研究すればするほど魔力万能性が発見され、そして更に奥の術が開発される。それを生み出すリンカーコアの研究だってまだ半分も終わってないと言われている。資質変換なんて生み出す事は出来るが、それ自体に関してはまだ三十パーセントも理解していないのが現状だ。

 

 だからやはり、彼らにとっては魔法は”魔法”だ。適性や、魔力量なんて五十歩百歩の問題でしかない。使えないものからすれば魔法を使える存在が奇跡の担い手でしかないのだ。

 

「ま、カートリッジで使い捨てる事なんてできねぇし、俺達が魔法使う事なんてほぼ一生ありえないんじゃねぇか? 知ってるか? カートリッジシェルって1セット10個で数千もするんだぜ? そして基本的に使い捨てで一回の戦闘で使う量は十数セットを超えるってんだからマジやってらんねぇよ」

 

「生々しくなるから金の話はやめようぜ」

 

 そうだなぁ、と三人ほど呟き、若干目を細める。管理局に就職できたからと言って決して懐は肥えるわけではない―――一般の局員は、それなりにしかお金は稼げないつまり彼らの懐の中身もそれぐらいしかない。ただスコップを握っている彼らのうち一人が、動きを止めて、そして地上本部を見上げる。黒い巨塔はたった一日でかなら無残な姿を晒している。地上を見守る様に立っていた堅牢な塔は魔導ジェネレーターが破壊され、外装は剥がされ、そしてその周りの防壁は砕かれたりでかなりボロボロのありさまだ。その姿を見ながら彼は溜息を吐く。

 

「これって何億かかるんだ」

 

「そこはほら、俺達の仕事じゃないから」

 

「でもさ、俺達の仕事だから考えない、ってのは少しおかしくないか? 毎日使って、此処ではたらいて、そして守ろうと俺達も頑張ったんだぜ? だったら考えない事を止めて必要最低限の事は考えておこうぜ」

 

 じゃあ、たとえばどんなことをだ、と一人、動きを止めてソイツへと振り返る。話題を切り出した管理局員はそうだな、と腕を交差させ、少しだけ悩む様な姿を見せる。それからそうだな、ともう一回呟き、そして真直ぐと同僚達を見る。

 

「……俺達のこれからとか?」

 

「それこそ考えても仕方がないだろ」

 

「そうだよなぁ……中将閣下がそこらへん絶対考えていないわけがないんだからさ、俺達は安心して言われた事をやればいいんだよ。あ、言っておくが俺は中将派だぜ? 俺はあの人を信じるぜ? スキャンダルとか何とかって今ニュースが報道してるけどさ、今までミッドチルダを守ってきたのは中将だぜ? あの人なら信じられるな、俺は」

 

「当たり前の事言ってるんじゃねぇよばぁーか!」

 

「んだと!?」

 

 軽い蹴りが言い争いを始めそうだった二人の尻に叩き込まれる。その動きで倒れる二人を置いて、二人の背後に出現した人物に対して残りの作業員たちが軽い敬礼を取る。その腕に付いた腕章とか、そして周りの対応からその人物が上の立場の人間である事が簡単に理解できる。

 

「隊長」

 

「馬鹿な話を咎めはせんがやるなら作業を進めながらにしろ貴様ら」

 

「ういーっす」

 

 隊長もスコップを片手に部下たちに動きを指示し、そして参加しながらその会話に参加しつつも思う事は他の隊員達と一緒だ。昨日の地上本部に対するテロリスト、それは二組存在した。一つはスカリエッティという次元犯罪者が行ったミッド全体規模の同時多発テロ。空港、衛星、そして地上本部を同時に破壊した恐るべきテロリストだ。そしてもう一つが”存在しなかった”テロリストだ。地上本部で戦闘をしていたものであれば誰もが見ているし、そして等しく敗北を味合わされた。先日の戦いでは奇跡的に誰も、あの二組目のテロリストの襲撃で死にはしなかったが、その前に何人か殺されているという記録はある。

 

 その人物をレジアスが抱き込んだ、というのは本部で働いていれば周知の事実だ。地上本部で歩き回っていれば何度か目撃する事が出来る。故に彼ら彼女らが地上本部に敵対しない事は解っている―――いや、そもそもからして敵対していたこと自体がおかしいのだ。六年前のニュースを見た事のあるものであれば率いている者を即座に理解する筈だ。

 

「本局襲撃事件の功労者の片割れ、か」

 

「隊長? それってなんです?」

 

「数年前に会ったちょっとした事件だよ。あんまし話が広がらなかったから知っているやつは知っている、って程度だがな」

 

 アレはおそらく報道規制が入ったに違いないと、隊長はそう思考した。何かを隠したい事があって―――それが今へ続いている。だからこそ敵だったものが味方に、トップが死に、そして時代が新たな局面へと変わりつつある。それは確実に一般局員の考えられる範疇を超えつつあるとそう判断して、

 

「―――まあ、個人の感情と利益は別って話か、末端局員は辛いわな、この仕事」

 

「隊長?」

 

 隊長が隊員の輪に加わり、地上本部の修復作業が進められる―――着々と、その作業が確かに進められていた。

 

 

                           ◆

 

 

 地上本部が少しずつ修復されて行く、その姿を眺めていた。

 

「派手に壊れたなぁ」

 

「貴様らが壊したところもある。その修復にかかる金を別段貴様らから取っても構わないぞ」

 

「勘弁してくれ。これ以上借金したら返済生活がキツクなるんだから」

 

 会議室の窓から外を眺めるのを止め、壁に寄り掛かる。中央に円状のテーブルが置いてあるこの部屋の椅子の一つに髭を生やした男の姿がいる―――レジアス・ゲイズだ。手を組み、肘をテーブルに当て、手を顎の上に乗せて目を瞑っている。此方へと視線を送るつもりはなく、目を閉じたまま最後の一人がここへと到着するのを待っている。ただそのまま待っているのも暇故に話題は自分から降ったが、

 

「アンタ、俺の事が嫌いだろ」

 

「あぁ、嫌いだ。犯罪者は全員嫌いだぞ、儂は。吐き気がするな。たとえどんな理由があり、都合のいい言葉を吐こうが犯罪者は犯罪者だ。その罪が消えるわけではない―――貴様が殺した儂の部下を、一生忘れはしないぞ」

 

 そう言うと黙って頭の後ろを掻くしかなくなる。レジアスの言葉は正しい。どんな言葉を、どんな理由があろうが、犯罪とは犯罪であって、上の人間がそれをちゃんと示さなくてはならない。故に現状、戦力増強のためにこうやって俺や、マテリアルズ、我が家の連中の罪を”一時的”に不問しているのは不本意極まりないのだろう。

 

「だが、いい。今は個人の感情を優先している場合ではない。利用できる物は全て利用する。ゼストが信頼した貴様の腕と人柄―――そして貴様の立場、その全てを利用させてもらうぞ」

 

「あぁ、好きなだけ使え。俺も勝つ為に手段は択ばない。プライドも全部投げ捨てて勝つためだけに全力を注いでいる。……そういう所は非常に似ているのかもな」

 

「不本意ながらな」

 

 レジアスの肯定を受けて黙りこむ。俺達は実の所、似ている。レジアスも俺も必要なのであれば手段は択ばない。犯罪にだって手を染める。人だって殺す。1を捨てる事で9を得る事が出来るのであれば、迷う事無くその1を捨てる事が可能だ。ただレジアスの場合は、そんな自分に対して恐ろしく吐き気を感じているのだろう。究極的に自分を嫌っているのだ、この男は。俺の様に犯罪に身を染める事を全肯定する事が出来なく、犯罪に対する感情と理性が自分自身を追いつめている。簡単に言えば”犯罪に手を染めなきゃ守れない自分が嫌い”というとこだろう。

 

 いや、だからこそこの男には人がついてくるのだろうと思う。地上本部を軽く歩き回って部下のレジアスに対する評価を聞けば、似たような言葉が返ってくる―――安心して全てを任せられる人物だと。スキャンダルが真実だとしても信じられる、と。ある意味理想的な上司なのかもしれない。理解があり、モチベーションがあり、そしてそれを貫くだけの意志がある。ゼストの死を経験しても未だにこうやって地上本部のトップに立ち続けている事がその証拠だ。

 

「イスト・バサラ、貴様に率直に聞く」

 

 レジアスが目を開けながら此方へと視線だけを向けて、そして聞いてくる。

 

「―――聖王に勝てるか」

 

 それに対して、迷う事無く答える。

 

「俺一人じゃ勝てないな」

 

「無理か?」

 

「あぁ、無理だ。ユニゾンしてフルドライブして手段を選ばなくても俺一人じゃ無理だ。相討ちに持ち込めるかすら怪しい。後一人、二人、ウチのもんがいてくれりゃあまた話は少し変わって来るだろうけど、そもそもスカリエッティがそれを許すほどに状況を整えてくれるとは思えない。まあ、手段を考えていないわけではないんだけどな」

 

「そうか、ならいい。ゆりかごと聖王に関しては完全に貴様に任せる。その為だけに貴様らの存在を認めているのだ。だから気にすることなく戦闘機人と戦い、ゆりかごと戦い、そして聖王と戦え。その間に―――」

 

 扉がきぃ、と音を立てながら開く。その向こう側から姿を現すのは二つの姿だ。一つはバリアジャケット姿の赤毛の女、そしてもう一人はカソック姿の長髪の女だ。部屋に入るのと同時に、長髪の女はレジアスの言葉を引き継ぐように口を開く。

 

「―――我々が地を覆う災厄を祓いましょう」

 

 聖王教会の騎士にして―――管理局所属カリム・グラシア”少将”の姿がそこにあった。

 

「この日の為に我々は何年も前から備え、鍛え、そしてカードを揃えてきました。古代ベルカの遺産の復活、王の帰還、新たな王の誕生、法の守護者に訪れる危機―――お待たせしました。カリム・グラシア少将にシスター・シャッハ以下ミッドチルダ聖王教会所属騎士千と数名、戦列に加わる準備は既に完了しています」

 

 カリムの登場と言葉に笑みを浮かべるのは自分だけではない。

 

「共に鮮血の結末を超えられるよう、最善を尽くしましょう」

 

 スカリエッティの敵は管理局ではない。

 

 ミッドチルダだ。




 感想がそんの彼氏の葬式会場化してた。殺意高すぎて草不可避。

 そんなわけで、たぶん忘れられていた聖王教会の合流ですよ。機動六課のバックが誰かを思い出そう(

 上から見た現状と、一般からの現状ですな

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