りりりりり、と五月蠅く音を鳴らすアラームによってようやく今が何時であるのかを理解する。欠伸を口から思いっきり漏らしながら軽く体を伸ばす事によって何とか体から眠気を追いだそうとする。ただそれでも軽く眠気は残る。それも仕方のない話だ。何せ睡眠時間はたったの四時間―――それもこれも全部、夜遅くまでアニメを見ていたのが原因だからだ。
「まさか”世紀末ベルカ救世主伝説~神話お礼参り編~”を置いてあるとは侮れないわね機動六課……」
一日の謹慎と半年の給料減額。それがテロのおこなわれていた地上本部へ向かった事と、忍び込んだ事に対して与えられた処分だった。除隊も反省文も書く必要はなかった―――まあ、そこは正直助かったと思いたい。個人的な感情で言えば反省なんて一切感じていなかったから。だから反省しろ、と言われたところで困った所だった。ただ、まあ、見る事は出来ないと思っていた激レア物のビデオというか教育委員会に発売禁止指定食らったものが見れたので個人的には大満足だった。
これを持ち込んだのは確かなのはだったか、今度見つけたら同じシリーズのものを持っていないかきかなくてはいけない。あの砲撃キチガイは色んな意味でキチガイだがこのセンスだけは認めようと思う。面白かったし。最初は眉唾物だったが最後までモツ抜きや脳味噌スマッシュを無視してみていればストーリーラインはかなり練りこまれている良作だ。ただ、意外過ぎたのは主人公の目的が実は―――。
「ティアー? 起きてるー?」
コンコンコン、と三度ドアが叩かれる事によって思考が途切れる。まあ、見ていたアニメの内容を思い出すのはまた今度でいい。それよりも今は、とベッドから降りて、再び体を伸ばしながら部屋の入口の方へと向かおうとする。だがその前に扉が開き、そこから制服姿のスバルが現れていた。
「ティア、起きているなら返事してよ」
「今からする所だったのよ……ふぁーぁ、眠い」
「ティア、完全にだらけきっているね……」
そりゃあもう、久々の休暇という感じだったし。それに馬鹿の居場所は掴んだし。もう焦って探す必要はない。犯人は解った。―――自分に足りないものは見えた。ここからどうやって発展すればいいのかも理解できた。故に焦る必要はもうない。ここからは強くなってあの馬鹿な赤髪に本気の一撃叩き込んでピーピー泣かす事が人生の目標だ。それがハッキリと理解できたのでもうこれ以上気負う必要はないのだ。
「顔が怖い」
「失礼ね、何時も通りよ」
スバルが浮かべている苦笑いからたぶん”毎日そんな顔だったら子供が泣いているよ”、何て事を思っているのだろうが、それに一々突っ込むのは疲れる話だというか、突っ込んでもループするだけなので、ここは1歳だけ大人な自分がぐっと我慢するべきだと思い、そして軽く欠伸を噛み殺す。先ほどは思いっきり出してしまったが、誰かがいる前では口を大きく開けているわけにもいかない。割と情けない所は見られているが、それでもこれ以上の醜態は駄目だと思い、
「謹慎処分解けた?」
「あ、うん。部隊長が朝ごはんを食べたら会いに来い、だって」
「ん、了解了解」
手をひらひら振りながら部屋の中へと戻って行く。スバルの話を聞く限り本日も先日同様、備えるための軽めの演習があるはずだと思う。それを考慮して、デバイスは持ち歩いた方がいいし、先に制服に着替えておいた方が手間も少ないだろう。スバルを部屋から追い出しつつもハンガーにかけてある制服に手を伸ばし、寝間着を脱いで着替え始める。
一日ぶりの制服は少しだけ、新鮮に感じられた。
◆
朝食を取ってから六課、部隊長の元へと向かおうとする途中でフォワードの仲間と会う。たった一日顔を合わせていなかっただけだが、それでも自分のことを心配してくれた同僚たちは確実に気のいい仲間たちだ。ギンガには無茶しては駄目だと怒られてしまったが、どうやらしばらくはギンガにいろいろ注意されそうだなぁ、と思いつつもまあ、心配されるのは悪い事じゃないと思う。どっかの馬鹿もそれを理解してくれれば状況は遥かに良くなるはずなんだけど、と思いつつあると、あっさりとはやての部屋の前まで到着する。扉の前で一旦足を止め、そして二度程ノックする。
「ティアナ・ランスターです」
「入ってええよ」
扉を開けて、はやての執務室へと入れば、そこには大量の書類をデスクの上に乗せるはやての姿と、一斉に十数を超えるホロウィンドウを処理し続けるリインフォース・ツヴァイの姿があった。どこからどう見ても修羅場―――と、機動六課もテロの被害に関しては例外ではない事を思い出す。確かに機動六課は他の部隊と比べて若干独立した部分があるが、それでも一番ガジェットや戦闘機人に対する戦闘経験は多いのだ。敵が本格的にスカリエッティであると決まった今、資料やデータを求めて機動六課に大量の要求が来ることは目に見えている。……はやてとツヴァイが処理しているのはそういうものなのだろう。
「あぁ、死ぬ死ぬ。テロが始まったと思ったらずっとこれよ」
「はやてちゃん、第三空隊から第二十三空隊までが全て資料の要求をしてきています」
「既に閲覧用の書類は完成してる筈やでリイン。ちゃんと電子媒体でアップしてあるから適当に保管してある所へのアクセス方法を送ってやりぃ。あと合同演習と面談の方は全部キャンセルや。ウチらにそんな時間はないで。理由は……あー、生理痛で隊長が全員ダウンって事にしとき。流石にそれ以上は突っ込めへんだろうし」
これは酷い、とはやての状況を眺めつつあると、数分後には書類を握っていたはやての動きが止まり、そして漸く一息を入れるように溜息を吐き、そしてデスクの上に散らばっている書類を集め、それを整える。はやてはそうしながらも此方へと視線を向け、そして話しかけてくる。
「すまんなぁ、ガジェットの交戦経験豊富って事がバレてるから最前線で戦う予定の連中からひっきりなしに説明とか資料求められているんよ。いや、ホント辛いわ。陸の連中も陸の連中で掌を返してニコニコしながら要求してくるから気持ち悪いし、空隊の方は”今までなのはに砲撃ぶち込まれた慰謝料”として資料要求して来るし。あかん、今はミッドにほとんどいない海だけが癒しや。援軍にアースラで駆けつけてくれんかなぁ……無理か。やっぱり無理か。無理よなぁ……クロノは命令違反する様なタイプじゃないしなぁ……でもなぁ―――やっぱロマンだと思わん? 戦艦で特攻ダイブ」
「八神部隊長、徹夜してません? 大分脳がアッパー入ってますよ」
「はやてちゃんこんな調子で資料整理しつつプランを構築しているんで結構危ない方向に入っているんだと思うんです。あ、此方の処理は終わらせたのでちょっと飲み物取ってきますね。はやてちゃんはもちろん珈琲のブラックで」
「あぁ、頼むわぁ。この調子だとマジで戦艦持ってきて戦艦落としやるかもしれへんし。昨日、人工衛星落とし見てちょっとロマン回路にキュンときてしまってなぁ……」
「正気に戻れよ管理局員」
思わず敬語や立場を無視してツッコミを入れてしまったがはやてのほうはせやな、と言葉を置いてまずはデスクに突っ伏す。此方がオールナイトでアニメを見ていたところ、あちらはオールナイトで書類や案件の処理をしていたらしい。そう考えると激しく申し訳なくなってくる。ただ、まあ、反省する気は一切ないのでご愁傷様、という言葉しか浮かび上がってこない。なんだろうか―――ここへ来た時と比べて自分が物凄く擦り切れているような気がしてきてしょうがない。
「さて」
はやてが復活しつつ、両手を組み、そしてそれを顎に当て、肘をデスクに乗せる。これからいかにも真面目な話をするぞ、というサインをはやてが見せてくるので此方も姿勢を正して、部下としての姿勢に自分を戻す。
「んじゃ改めてティアナ・ランスター二等陸士反省は―――してないから聞くまでもない話やな。流石キチガイコンビの後輩と言った所やな。ブチギレたら何するか解らへんな。と、そういうどうでもいい話は一旦忘れて、一応ウチらも組織として活動しているんや? 解っとるか? 辞表叩きつけて辞めます、って言って抜けられるもんでもないんや。―――なめとるんか?」
「ごめいわくをおかけしましたことにかんしては、まことに、もうしわけ、ありません」
「やっぱり舐めてるなコイツ」
そう言うとはやては視線をデスクへと降ろす。そこには少しだけ、つらそうな表情があった。何というべきか、苦渋の決断をした様な、そんなはやての表情が何故か嫌な予感しか感じられなかった。なので今すぐにでも逃げようと思い、逃げ道を探し始める。その瞬間、扉が開く。
「あ、珈琲持ってきましたよー」
ふよふよと浮かびながらツヴァイが魔法で珈琲を浮かべながら部屋の中へと入ってくる。これで更に逃げ辛くなったなぁ、と変な所で頑固なツヴァイの性格を思いながらどうするべきかを考えると、はやてが視線を持ち上げていた。
「これだけは……したくなかったんや。これだけは、これだけはいけない、そう思っていても人間はどうしてもやってしまう! ティアナに反省する気がないならこの手段を使わざるを得ない。悪いのはティアナちゃんなんやで?」
そう言ってはやてが指でぱっちん、と音を立てる様にスナップする。妙な凄みを持ったはやての姿に一瞬気後れするが、魔法が発動する様な感じは受けない。それどころかそれ以外には平和だった。何も変化は起きない。だがそれが逆に不気味さを表していた。これから何かが、究極的に恐ろしい何かが起きる、それだけが確信できた。
それが現実となったのは次の瞬間の事だった。
「これは―――音楽?」
どっかで聞いたことのある重圧なクラシック。戦艦が発信しそうな、少しだけ絶望感漂う音のクラシックが少し薄いが、聞こえてきた。それは時と共に段々とボリュームを上げ、音源が近づいている事を表していた。嫌な予感が段々と体に突き刺さり、これなんかあかん感じだなぁ、と考え始めた頃に、はやての背後、そこにあった窓が開き、音楽が入り込んでくる。
その外側にいたのは何か、巨大な蝶の背中に乗っている紫髪の少女だった。
その横には”BGM再生中”と書かれたホロウィンドウが浮かんでおり、開いた窓から一気に跳躍して、紫髪の少女が部屋の中へと入りこんでくる。華麗に着地し、そして若干、どっかのスレイヤー風なポーズを取ると、魔法を使って光の演出を行い、
「どうも、ティアナ・ランスターさん。ルーテシア・アルピーノっていうバーサーク系職業幼女です。特技は地を這う人類っていう虫けらを圧倒的暴力で踏み潰す事です。趣味は地を這う人類と言う虫けらを圧倒的暴力で踏み潰す事です。好きなものは短パンショタです。宜しくお願いします」
ドヤ顔で部屋の中へと登場したのは数ヶ月前に敵対した事のある少女だ。圧倒的エキセントリックさを放っているこの少女の存在が、明らかにキャロと同等か、それ以上の存在であると認識する。いや、そもそも彼女は敵だったはずだ。それがここにいるという事はもしかして―――。
「このバイオウェポンの世話係ティアナな」
「いやあああ―――!! いや、や、やだぁ―――! 殺される……!」
だがその続きを考える暇など存在しなかった。そんな事よりも今は自分の命が大事だった。
「私の登場でこの扱い。解せない」
◆
「―――僕、今この機動六課が確実に死地になった事を確信しました」
「お、おう」
瞳から光を消したエリオの姿にヴァイスは頷き、隠れ場所を提供するほかできる事はなかった。
◆
「またバーサーク系幼女が増える事はこの際無視するとして、そのバイオウェポンは地上本部の方から戦力としてこっちに送られてきたもんや。……よーく、送られてきた意味を考えて面倒を見いよ? んじゃ適度にエリオ君を追いつめない様にその幼女の手綱を握っておいてな、ハイ解散、私は忙しいから質問受け付けませーん」
「勝手な行動は謝りますから! 謝りますからどうかこれを他の人に! スバルでもギンガでもいいから!」
「残念、ルーテシアは呪われている」
ドヤ顔でそう言ってのける幼女を今すぐ殴ってやりたいが、はやての言っている”送られた”という言葉の意味はある程度理解できる。ツヴァイからの同情的な視線を受け止めつつも、ルーテシアへと向き直る。こいつの存在の意味を、そして現状を良く考えれば応えは深く考えなくても出てくる。
「とりあえず、六課を案内するわ―――その後でゆっくり話し合いましょう」
「短パン―――」
「それはいい」
やっぱり辞表叩きつけた方がいいんじゃないのかなぁ、と今の環境を見ながら改めて思う。
幼女の相手はハードルが高すぎる。
う、うわああ、お幼女だあああああ!!(六課一般職員のリアクション
このあと何事もなかったかのように仕事へ戻ります。前回キチガイ成分足りないって言われて悔しかった(