マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ミッドナイト・ブルース

 花束を片手に歩く。

 

 恰好は上下黒のスーツ姿。ネクタイも黒、シャツは白、サングラスもかけて全身真っ黒と言う恰好―――地球という世界の文化においてこれは喪服に該当するらしい。目だたない格好だし、丁度いいと思い、恰好だけは真似させてもらっている。しかし偶に次元世界で、次元の壁を越えた向こう側でも同じ文化が存在すると驚く。喪服や、墓石を立てる事や、花を捧げる事や。だからこの状況で共同墓地へとやって来る事に違和感など存在はしない。実際前回の地上本部テロで少なくはない管理局員が死んでいる。故に心を慰める為に、死者を忘れないために、墓地へとやってくる存在は実際には多い。ただ今のミッドチルダ全域には安全のための戒厳令が敷かれている。故に家の外に出ているのは最低でもBランク以上の魔導師ばかりだ。

 

 夜中に墓地へとやってくるようなやつは今の所いない。管理人も勿論いない。だから勝手に壁を飛び越え、そして墓地へと侵入した。まあ、割と自由になった状況ではあるが、それでもまだ不自由は多い。故にこんな風にしのぶようにしなきゃ会いに来る事さえできないのは少しだけ恥ずかしい話だ。全てが終わったら……全てが終わったら―――その言葉で何かを約束できたら何て素晴らしい事なんだろうか。全てが終わったら、何て自分に言える事はない。何時だって全力で、死力を尽くして、死の一歩手間を何時もギリギリのところで歩いている。何時死んでもおかしくはないから終わった後の事だけは約束できない。

 

「俺もずいぶん狂っちまったなぁ」

 

 全ての原因は何処にあるのだろうか。そんな事を思いながら墓地を歩く。目的地は決まっているので迷う必要はない。だがそこまではしばらく距離はある。だから夜空に浮かぶ月をここから見上げながら歩く。まだ完全な満月とは行かないが、丸く見える月が夜空に浮かび上がり、世界をその光で照らしている。この月明かりのおかげでライトや魔法を使わなくても十分に夜が明るくなって、見え墓地の墓石に刻まれている名前でさえ確認する事が出来る。少しだけ、いい感じだと思う。いや、別に墓地にいる事ではない。月明かりを浴びながら散歩するという事だ。

 

 時間がないので今までそんな散歩をする余裕なんてなかったし、こうやってゆっくりと考え事をしながら歩く暇なんてなかった。だから月を見上げて歩く、何て事はちょっとしゃれた事なんではないかな、と柄にでもなく思ってしまう。まあ、所詮は戯言。意味のない思考だ。そんな事を考える暇があったら勝率ゼロパーセントのムリゲーラスボスの攻略の仕方でも考えた方がまだ有益だ。一対一だと何百回シミュレートしても勝利する事は出来ない、最大戦果で相討ちが今自分の出せる答えだ。まあ、それも、繰り出す技全てを覚えられ、そしてクリーンヒットを繰り出せることなく敗北してしまったクラウスよりはまだましなのかもしれない。

 

 スカリエッティが聖王核に手を出していれば―――。

 

「果たして勝機なんてあるのか。用意されているのか。怪しい所だなぁ。全員一緒に戦えればまた勝ち目はあるんだろうけど……それができないのが辛い所だな」

 

 そもそもスカリエッティからして今回ばかりは間違いなく”本気”だろうと思っている。今までの様に軽い遊びが入った状態ではなく、最初から最後まで勝利する事だけを目的とした行動をしてくる、という事だ。それがどれだけ恐ろしいかは自分たちが知っている。だけどそれに恐れるわけにもいかない。なぜなら、

 

「よぉ、待たせたな」

 

 花束を肩に乗せ、そして足の動きを止める。視線の先には墓が一つある。他の墓石同様そこそこのサイズがあって、鈍い色に月光を受けて輝いていて、そしてそこに刻まれた文字を此方へと向けてくる―――墓石にはティーダ・ランスターと刻まれている。持って来た花束をティーダの墓前に置いてから一息を付く。これで今夜の目的の半分は達成した。

 

「なあ、ティーダ……色々あって会いに来ることできなかったけどさ、やっとここまで来る事が出来たよ。なんつーか……親友をないがしろにしてて悪かったな。べつに忘れてたわけじゃないからさ、謝ってくれたら許してくれるよな?」

 

 墓石に語りかけても答えは返ってこない。それもそうだ、死人は喋らない。それが本来であり、正しい結果なのだ。だから死者から返ってくるわけがない。ティーダ・ランスターという男は死んでいて、もう二度と蘇るはずはないのだ―――その不条理は既に一度、覆されているが。だからこそスカリエッティは生かしておけない。あの男は発見次第殺さなくてはいけない。そうしなくては眠っているはずの友も、友達も安らかに眠り続けられない。だから改めて友の墓前で誓う。

 

「悪いな遅くなっちまって。だけど決めたぜ俺ぁ。戦うぜ。戦って戦って戦うぜ。んで戦って戦って戦って戦って戦って、終わるまで戦うぜ。つってっも俺が戦うのは一戦だけなんだけど、いろいろ計算して貰ったりズルしてみてるんだが、計算上それで体が持つのは一戦だけなんだってよ。人生そんなもんだよな。どうなるのかが解らないから未知ってのは怖いけどワクワクしてて……あぁ、古臭い連中には退場して貰って若いのにキッチリ道を作らないといけないよな」

 

 頭を掻きながらティーダの墓を見る。他の墓と比べてこれが綺麗なのは決してこれが新しいからではなく、定期的に誰かの手によって磨かれているからだ。キッチリ愛されてるなぁ、とその姿を見ながら重い、そして軽く苦笑する。そうだな、そんな事話し合うよりはこっちの方が話題的に好きだろうと、そう思う。

 

「知ってるかティーダ? ティアナ、凄く強くなったんだぜ。たぶん昔のお前と同じぐらい……いや、たぶん数日の間にはお前よりも強くなってると思うよ。あの子にある才能はマジモンで、俺やお前とは比べ物にならないよ。俺なんかドーピングやチートばっか使って何とか食らいついているけどほら、限界あるし。こういうの全部抜きにしたら6年後? いや、4年後にはなんか一人じゃ相手に出来なさそうだよ。もう完全にエース級。お前とコンビ組んでた頃はまだまだ小さいガキだったんだけどなぁ」

 

 あの頃のティアナの姿を思い出す。あの頃のティアナは可愛かった。ティーダもいつもいつもティアナの自慢ばっかりしてて五月蠅かったものだが、ああやって自慢してくる馬鹿がいなくなって、急に静かになった気がして、結構寂しかった。ただ、まあ、そんな事を考えている暇はなかったし、可愛い後輩もなんかはいったりして、色々とあの後が充実していたことも否定できない。

 

「ホント、世の中勝手なやつらばかりだよな……どんな悲しい事があっても、その後に楽しい事があれば笑って忘れちまいそうになる。時が癒してくれる、これって物凄い治療方法であると同時に物凄い残酷だと俺は思うぜ。だってほら、何もかも時間が経過すれば忘れちまうって事じゃないか。それは……いやだろ、なあ」

 

 首の後ろに冷たい鉄の感覚を感じる。

 

「ティアナ」

 

「……」

 

 振り返るまでもなく、そこにはティアナがいる。首に当てているのはクロスミラージュか、タスラムか、判断はつかないが、おそらく非殺傷は切ってあるだろう。ただ銃口からはティアナの殺意を一切感じない。であれば、ティアナも殺す気なんて微塵もないだろう。それに……銃口が少し、ブレている。震えている。

 

「……馬鹿、こんな所で何やってんのよ」

 

「お墓参り」

 

「真顔で言うな」

 

 振り返りつつよ、と手を上げて挨拶すればティアナが呆れた表情でタスラムの銃口を下げて、それを横のホルスターにしまう。その恰好は管理局員の制服だ。昔のティアナであれば確実に着させられている、と言う形だったろう。だが今のティアナは完全に服装に見合う風格を持っている。成長している、と言うのが一目瞭然だ。そんなティアナは呆れた表情を浮かべながら片手で顔を覆い、露骨に溜息を吐いてくる。

 

「アンタが腹パンしたせいで八神部隊長丸一日ベッドから動けなかったんだから」

 

「そうなる様に加減して殴ったんだよ。一日だけ行動不能にするように調整して殴るのって意外と難しいんだからな、アレ。お前も何時か脅迫とかの手段の有用性を覚え始めたらその難しさに頭を悩めるがいい」

 

「覚えたくないわよ」

 

 ティアナがそう言い終ると、互いに数秒間黙る。ティアナは間違いなく此方の行動を予測して、アタリをつけて追いかけているのだが、自分は本当に偶然とティアナと遭遇してしまっただけだ―――だから不本意な事に、言葉が見つからない戦いだったらテンションに任せればいい。敵だったら罵ればいい。味方だったら馬鹿をすればいい―――ティアナと俺の環境は非常に微妙なものだ。少し、話し辛い間柄だ。

 

「ルーテシア、呪ってたわよ。ヒエラルキーのトップに立とうとしたらバーサーカーが既に降臨していた、ってね。というか呪うって言ってマジで呪術的儀式を始める人を始めてみたわ。あるのね、手順」

 

「なんかマジで怖気感じ始めて来たからルールーの話はやめようぜ。アレって俺じゃあどうにもできないカテゴリーだし。いやぁ、やっぱキチガイ元後輩に任せて正解だったわ。俺信頼してるんだよなぁ、なんだかんだ言って。自慢げに言ってた高町式教育術、それが早速効果を表しているとはなぁー」

 

「確信犯か貴様」

 

 だってルーテシアの目的は果たされているし、地上本部なんて場所に置いておくよりは機動六課という”約束された”場所へと送っておいた方が遥かにいい。地上本部は襲撃を受ける可能性が高いし、ルーテシアは機動六課の所属にしておいた方が遥かに動きやすい話だ。もう十分にルーテシアは助けた。メガーヌも治療は完了して、今は病院にいる。あとはルーテシアの勝手な問題だ。このまま戦うか、戦わないかは。ただ選択肢の一つとして戦いやすい環境を用意し、そしてルーテシアはそれを選んだ。それだけの話だ。

 

「ま、元気そうにやってるならいいさ。俺もちょいとティーダに報告しに来ただけだし。ま、今の俺の立場はあんまり公式的なもんじゃないからカリムちゃんやらレジアスのおっさんの手を煩わせたくないし、見なかったふりして帰してくれると助かるわ。あ、あとフェイトそんにお前、いい加減バリジャケットを変えるかレヴィ並に開き直らないとキツイぞって言っておけよ。あとはやてちゃんもフェイトそんに彼氏できたのにおめーにはいねぇのな、って煽っておいて。なのは? 死ね」

 

 じゃあな、と言って去ろうとする。

 

「オイコラマテ」

 

 が、そそくさとそのまま去ろうとした所、ティアナが肩を掴んでくるので逃亡に失敗する。やっぱりノリで流せるような相手ではなかった。溜息を吐きながら振り返ると、タスラムを突きつけたティアナがそれを此方へとぐりぐりと押し付けてくる。

 

「ぶっ殺すわよ……!」

 

「お、お前も大分はっちゃけてきたなぁ、お兄さん悲しむぞー! ティーダ! ティーダさん! おたくの娘さん超グレてますよ!」

 

「大丈夫、兄さんシスコンだからどんな私でも受け入れる筈」

 

 否定できないのがティーダ・ランスターの恐ろしい所だ。アレはアレでかなりのシスコンである事を半ば公言していた。いやぁ、思うと本当に外道臭くて頭のおかしいやつだ。こういう時はなんと言うんだったか―――あぁ、そうだった。おかしいやつを亡くした。

 

「ねぇ、それよりもさ」

 

「あん?」

 

「―――生きて帰ってくるのよね?」

 

「……さてな。そればかりはオリヴィエに祈りな。今回の件で俺が死ぬのはオリヴィエに殺される時だけだからな。それ以外じゃ俺は殺せねぇよ。こういうのもアレだけど、たぶん今の俺超最強だぜ。言っておくけど俺は過去の覇王よりもぶっちぎりで強いぜ? だからほら―――」

 

「冗談を言って誤魔化さないで」

 

 ティアナが此方の服の袖を握って、引き留めてくる。それを振り払いながら、ティアナとティーダの墓に背中を向けて歩きはじめる。良かった、ティアナは元気そうだし……うん、良かった。少しだけ心配だった。本当に、本当に少しだけ。頭の片隅で少し引っかかる程度には。だがそれもなくなった。

 

「……俺だって死にたくはないよ」

 

 だけどさ、

 

「誰だって最後には勝ちたい。男の子ってそういうもんだろ。勝つためににゃあ手段選ばないぜ、俺は。あぁ、俺はここら辺マジだ。勝つ為だったら手段は選ばねえ。勝利の為だったら自殺するし、自爆するし、昔のダチだっていっぱい殺したさ。外道と罵りたければ罵りな―――勝たなきゃいけないんだよ、理屈でもなんでもなく。勝利しなきゃいけない事が世のなかにはあるんだよ、モラルとかを抜きにしてな。だから俺は勝つぜ。そこで俺が生きているか死んでいるかは別として。死ぬ気は欠片もねぇけどな。あぁ、これはマジでなのはに言っておいてくれ―――来るならお前も手段は択ぶなよ、ってな」

 

 じゃあな、と言葉を置いて帰路を歩み始める。それ以上はティアナの声はしない。する事もないだろう。道は完全に分かたれたわけではないが、それでもここで語る言葉はない。ただ申し訳ない、って気持ちはある。なぜなら、

 

「馬鹿ぁ―――!! 心配しているのに全部投げ捨てちゃって! 馬鹿ぁ―――!」

 

 ティアナはどうする事も出来ない。今は立場が違う。まだテロリストだった頃だったら無理やり連れ帰る事も出来たろうけど、今の俺の扱いは違う―――だからティアナではどうにもならない。心労ばかりかけてしまっているが……まあ、そういう人生だと思って諦めてもらおう。

 

「良いわよ良いわよ! 全部終わったら、しっかり全部謝ってもらうからね! 良いわね!」

 

「はいはい、生きてたらなー」

 

 たぶん事件が終わるまでティアナと会うことはもうないだろう。そして失敗したらこれが最後の別れだ。だからたっぷりと、今まで迷惑をかけてしまった分と、そしてティアナへと込められるだけの思いを込めて、振り返ることなく後ろへと軽く手を振る。

 

「じゃあな、ダチとは仲良くしろよ。良い男捕まえろよ」

 

 ―――さようなら。

 

 計らずとも心残りを一つ、清算できた。

 

 これで残されたのは―――。




 段々と終わり始める準備。段々と近づいてくる始まり。そんなわけで、あと1話ぐらいですかね。年内でマジで終わるのかこれ……。

 いや、ティアナちゃん好きなのよ? ただ長くし過ぎると読者も作者も飽きるっていう現象が発生するので、その前に終わりをつける事もまた必要な事の一つなので。その結果、一番プロット的に被害を受けているのがティアナちゃんでして……ごめんよ。

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