マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ザ・ラスト・ディナー

 深く、深く溜息を吐く。前回休んでから果たして何十時間が経過したのだろうか。睡眠と食事は必要最低限しかとっていない。だがそのおかげもあって六日間で何とか必要な状況をそろえる事が出来た。聖王教会の介入は正直いけ好かない部分もあるが、この際文句を言っている暇はない。この事件をきっかけに自分の解任はほぼ確実な事となる。だからその前に残せる物は残しておかなくてはならない。マニュアル、ノウハウ、コネクション、後継者、そう言ったものを信頼できる次の者へと渡す。その準備は完了した―――引き継ぎの者も用意できたし、これで今回、何があろうと盤石の状態だ。

 

 そう思った瞬間全身から力が抜ける。長かった。こんな状態になるまで何年間管理局で働いてきた。何年間管理局のために働いてきた。その全てがあと少しで全部、自分の手から消えてなくなってしまう―――が、またそれもいいのかもしれない。自分はこの座に固執しすぎた。座り過ぎた。地上本部の膿み出しと共に自分も間違いなく消える必要がある。だから、これが自分の立つ最後の舞台だ。その為の妥協は一切しないが……こうやって準備を終わらせ、何時だって渡せる状態になると、少しだけ困ってしまう。

 

「儂の部屋は……こんなにも寂しいものだったか」

 

 書類などを全て処理し終わった自分の部屋を見る。六日間、六日間必要最低限の休みを抜いて強行軍した結果がこれだ。部屋に置いてあった必要な書類は纏められ、整理され、そして送られるべき場所へと送られた。その結果部屋に残されたものは筆記用具や棚、デスクを抜けばほとんど何もなかった。何十年間管理局で働いてきたのに、その積み重ねはどうやらモノとしては現れなかったらしい。

 

「ふ、それもそうか……」

 

 何を今更驚く必要があったのだろうか―――レジアス・ゲイズとはそういう男だっただろう。人生の全てを管理局と、そして地上の平和の維持のために捧げてきた。若い頃は結婚したし、子供だってできた。だが今を見てみろ。何が残っている。親友を死地に送って、その部下はほぼ全滅し、妻とは離婚して、娘とは親子とも呼べないような間柄だ。自分に残されたのは地上の平和への妄念と、執念と、この信念だけだ―――それだけが残っている。そしてそれも、此処が終わったしまえばもうなくなってしまう。レジアス・ゲイズ中将は、ただのレジアス・ゲイズになってしまう。

 

「が、それもそれでいいのだろう。長く……長くしがみ付きすぎたのだろう、儂も」

 

 柄にもなく弱気な言葉が出てくる。どうしてだろうか。自分の終わりが見えて来たからだろうか―――それとも生きて戦争の日を超えられる自信がないからだろうか。まあ、年々自分の衰えは感じてきた。ともなれば、ゼストにも会えた、そろそろが潮時なのかもしれない。これが終わったら潔く身を引く。そうしよう。誰かに追及されるのではなく、レジアス・ゲイズ自らの手で自らの終わらせるのだ。

 

「それなら少しは面白そうだな」

 

 態々マスコミにネタを提供するわけではないが、せめて最後ぐらいは地味だった人生、派手にやってもいいかもしれない。まあ、それもこれも全て、スカリエッティの後の話だ。故に現実的な話ではないし、所詮は戯言だ。どうにもならない妄想話だ。だから所詮これもまた自分の頭の中で終わるくだらない話だ。

 

 レジアス・ゲイズは徹底したリアリストだ。ロマンチシズムを必要としない。徹底したリアリスト思考が今の地上本部を、そして地上の平和を生み出してきたのだから。才能が無ければその分を努力で埋めて補ってきた。それでいい、それだけでいい。それだけが自分に必要で、すべき事だった。

 

「だが、そうやって儂は―――」

 

 こんこん、と思考を遮るように扉を叩く音がする。時間を確かめれば既に夜の八時過ぎだ、遅めに夕食を持ってくるように頼んでいたから、おそらく自分の夕食を持って来たオーリス辺りではないだろうか。必要な物はすべて片付けた……今日こそは少しだけゆっくりと、味わって夕食を食べる事が出来そうだ。自分の考えを肯定する様に入室を望む声はオーリスのものだ。

 

「入れ」

 

「はい」

 

 オーリスが入室してくる―――が、不思議な事にその手には最近よく見るトレイと、そして夕食の姿がない。その事を問うとして口を開く前に、オーリスが申し訳ありません、と頭を下げながら先に答えを出してくる。

 

「その、夕食の方をお持ちしようとしたんですけど……」

 

「けど?」

 

「……その、途中でディアーチェ・バサラが”そんなみみっちぃものでは体に悪い”と言って、取り上げた挙句夕食は会議室でやるからそっちへ降りて来い、と」

 

 盛大に頭を抱える。確かに地上本部内での自由を約束したのは自分だ。だがこんな形でそれが襲い掛かって来るとは思いもしなかった。いや、そもそも誰が夕食をストップさせられると思うだろうか。あぁ、そう言えばあの中には自分の事を主婦だと主張する緑色の鬼神がいたらしいが、たぶんそれと同類である事に違いない。

 

「あの……何か、持ってきましょうか……?」

 

「いや、いい。私自ら会いに行く」

 

 椅子から立ち上がり、軽く体を動かしながら執務室の外を目指す。一体何が目的で呼び出しているのかは解らないが、良く考えれば態々会議室へと呼びだすという事はそのまま”夕食”であるはずがない。勝手に動いている事だし、もしかしたら追加で何らかの情報を得たのかもしれない。だとすれば戦力を一から練り直す必要も出てくる可能性がある。

 

 仕事が終わればまた仕事。全く世の中、実にうまくできているものだ。

 

 

                           ◆

 

 

 そして、会議室のあるフロアに到着する。扉の向こう側には気配を多く感じる。いや、それだけではなく声も聞こえてきている。少々騒がしいのはそこにいる存在が一人ではなく複数、という事の証だろう。ともあれ、とすれば話し合う内容は重要な事である可能性が広がってくる。少し、覚悟を決めて会議室へと続く扉をあけ放つ。

 

 開けるのと同時に飛び込んでくるのは光、騒がしさと、そして―――匂いだった。食欲を誘う食べ物の匂い。焼いた肉にかけられたソースの匂い。スープから香り立つ野菜の匂い。まだ焼かれたばかりのパンの甘い匂い。そういう食べ物の匂いが湯気などと一緒になって、開けた扉から一気に顔に叩きつけてきていた。それに一瞬圧倒されるも、同時に会議室で起こっている光景に硬直する。

 

「あ、遅かったね」

 

「もう先に食ってるぞ」

 

「イング、それは私が狙っていた肉なんですが」

 

「ベルカには素晴らしい言葉が伝わっています―――食うか、先に食われるか。えぇ、つまり食べます。食べなかった方が悪なのです。つまりシュテル、貴女は手を出さなかった時点で敗北しているんです。つまり私が善で、貴女が悪です。アイム・ウィナー。正当性は私にあり」

 

「凄い謎理論が展開されている……」

 

 食事。夕食。ディナー。言葉として表現できる言葉は複数存在するが、それがこの状況を表す言葉だった。半ば呆然としながら部屋へと踏み入り、後ろで閉じる扉の音を聞きつつも両手で頭を押さえる。目の前の状況に軽く正気を失いそうだった。会議室の巨大な円形のテーブルは撤去されており、それよりも一段と小さな円形のテーブルが広い空間の中央に設置されていた。そしてそれを囲むように大小様々な姿が座って、テーブルの上に置かれた大量の料理に手を出していた。

 

「むう、来たかレジアス。遅いぞ貴様。何時までも待てぬから先に始めさせてもらったぞ」

 

 まだ半ば呆然とした状態で声の主、ディアーチェ・バサラの方向へと視線を向ける。彼女はテーブルの一角を指さす。そこには開いている席があった。まさかそこに座れ、そうこの女は言っているのだろうか。まさか本気で夕食にこの女は誘っただけだったのだろうか。それはありえない筈だ。いや、だってありえないに違いない。理性が状況を理解する事を拒んでいる。

 

「ごめん……ごめん……ごめんな……!」

 

 謝りながら、頭を下げながら食べている姿がある。赤毛の少女―――ゼストと共に戦ってくれていたユニゾンデバイス、アギトだ。ただ彼女は姿は小さいまま、テーブルの上に立ち、食べ物を美味しそうに食べながら此方に謝るという凄まじく矛盾した行動をしている。とりあえず反省したいけど食べるのを止められないという気持ちは伝わってきた。どうしよう、怒りたいのに素直に怒れない変な気持ちが出来上がっていた。怒りよりもこいつら正気か、と疑う気持ちの方が大きいからだろう、たぶん。

 

「まあまあ、落ち着いてください中将」

 

「……む」

 

 この正気を失いかねない状況で正気を取り戻せたのはその中に、物凄く見覚えのある偉い人物が―――早く言えばカリム・グラシアの姿が混ざっていたからだ。しかも物凄く自然に。しかもこの状況でありながら物凄い優雅な動作で食事している。驚異的な事だが、これを見ているとこの女、どう見てもこの状況に慣れている様にしか見えない。

 

「割と騎士団での食事というのは戦争の様なものですから、新米時代では結構こういう経験がありまして……あ、中将、横の席にどうぞ。早くしないと中将の分が無くなってしまいますよ?」

 

「いや、この状況はそもそも何なんだ」

 

「食事ですが?」

 

 それは解っている。それは見れば解る。だが一番大事な所を全く答えてはいない。欲しかったのはそういう答えではないのだ。軽く今の状況に頭を悩ませるが、いい加減に匂いが食欲を刺激しすぎる。断る理由も特に見つからないので、用意された席に座る。すると、

 

「で、貴様は何かアレルギーはあるか? 嫌いなものは? 好きなものは? まあ嫌いなものに関しては気にする必要はないな。嫌でも食わせて好きにさせてやるからな」

 

「な、ないが」

 

「ならば良し、好きに皿に移して食え。ゆっくりしているとそこの水色の掃除機に跡形も残さず食われる故な、さっさと食べる事をおすすめする」

 

「あぁ、手伝いましょうか中将?」

 

「いや、必要はない」

 

 正直に言えば混乱しっぱなしだが、手を借りる、という事に反射的に答えてしまった。吐いた唾は飲めない。前に置いてある皿にフォークやスプーンを使って適当に乗せて行く。その間にも自分は何をやっているのだ、本当は怒鳴って怒ってもいいのではないか、等と思うが、横で現在のミッドチルダにおける聖王教会のトップが笑顔で食べている様子を見ると、何故かこの状況が正しく思えてしまってしょうがない。

 

「いや、違う! なんだこの状況は!」

 

「食事中です、五月蠅すぎます」

 

「いや、何故儂はこんな所にいる!?」

 

「だから食事だってば」

 

「違うだろう!」

 

 頭を抱える。本気でこの連中、食事の為だけに呼び出したらしい。貴重な時間を……いや、終わったばかりなのだが、勝手に拘束して、しかも食事―――いや、待て、そもそも、

 

「騎士カリム、何故ここに……?」

 

「食事に誘われましたので」

 

「それだけか?」

 

「はい、それだけですが?」

 

 ゼストにベルカは頭がおかしいから気を付けろって昔言われた事を、今になってその意味を理解した気がする。改めて頭を抱え直すと、軽い笑い声が聞こえる。そちらの方へと視線を向けると、赤毛長髪の男が、イスト・バサラが小さく笑いながらすまない、と言葉を置いた。

 

「いやね、もう敬語とか面倒なんで割と素な感じで話すんだけど―――ほらね、俺達って後がないんだよ。失敗したらそこでおしまい。ワンコイン投入する事さえ許されないじゃない?」

 

 理解している。それは自分も同じだ。後がない。前に進むしか選択肢が存在しない。だからこそ全力で、慢心なく、油断なく、完璧にやるべきことをこなそうとしている。後がないからこそできること以上の全力を出さなくてはならない。

 

「そう、そうだ。俺達は常に全力だ。全力でやらなきゃ明日は俺達を迎えてくれないんだ―――」

 

「―――だからと言ってずっと真面目な顔をして眉間にしわを寄せて楽しい?」

 

 言葉を引き継いだのは水色の髪をストレートに降ろしている女、レヴィ・バサラだ。肉を一切れ口の中に頬張りつつ、

 

「少なくとも僕はそんなの全然楽しくないよ。全力で生きるのは悪くない事だよ。寧ろそれは褒められるべき所だと僕は思うよ。だけどそれとは別に真面目真面目でずーっと真剣な表情をしていて、そんな人生楽しめているの? そもそも生きている意味はあるの?」

 

「―――だからとびっきり馬鹿をやるんですよ、そう決めているんですよ。欲望に素直に、と」

 

 更にそこから言葉を引き継いだのが覇王イングヴァルトのクローンとして生み出されたはずだった女、イング・バサラだ。彼女は楽しそうに笑みを浮かべながら言葉を繋げてくる。

 

「やらなきゃいけない事を楽しんでやることはそんなに悪い事ですか? 少なくとも何事も楽しくやった方が生きている事にもっと意味は見いだせますよ? だからこそもっと楽しく、もっと素直に」

 

「―――我々はふざけるのだよ。後がないからこそ盛大にな。明日の無い我らに恐れるものなど最初から存在はしない。だったら終わりを迎えるにしろ、明日を迎えるにしろ、何事も愉快な方が楽しいではないか。刹那的と言ってしまえばそれはそれで簡単だが―――やはり、我は振り回すのも、振り回されるのも、つまらないのよりははるかに楽しくて好きだ」

 

 ディアーチェによって言葉は完結され、そしてその言葉には黙るしかなかった。ただ無意味な行動ではない事は理解できた。ただ、自分は―――。

 

「中将」

 

 カリムの声に視線を向ければ、カリムが此方の皿を指さしている。

 

「お腹も空いている事でしょうし、食べたらどうでしょうか? これは彼らの流儀であり、私達の流儀ではありませんが、出されたものを食べる事は客人としてのマナーではありますよ?」

 

「……一理あるな」

 

 一部おかしい所もあるが、カリムの言葉は強く否定できない。だからフォークとナイフを手に持ち、更にソースを乗せた肉を食べやすいサイズに切る。それを一口、口の中へと進ませ、そして食べる。

 

 久方に食べるまともな料理の味は、

 

「―――美味しい」

 

 何故か昔、”皆”で食べた風景を思い出させた。

 

「さ、食えよ、飲めよ、騒ぎたまえ―――命は短く儚い、ならばこそその間に全力である事こそが人の花よ。小難しい理屈は忘れて今は食欲に溺れるのが流儀だ」

 

 難しい事を言ってはいるが結局のところは馬鹿騒ぎしたい、というだけの話だ。

 

 全く。

 

「儂も決して忙しくはないが―――まあ、確かに飯が冷めてはいけないな」

 

 そしてフォークを次の料理に進める。騒がしさの中に自分の身を投げる。

 

 十数年ぶりの騒がしい食事をしながら。

 

 それでもう蘇る事のない過去の光景を思い出しながら。

 

 

                           ◆

 

 

 これより数時間の明朝近く、クラナガン北部、廃棄都市区間をまたぐようにガジェットの集結がゆっくりとだが、確実に行われている事が報告される。それはスカリエッティ側から最後の大戦の準備が完了したという合図であり、同時にこの世紀の大戦は廃棄都市区間で行おう、という提案でもあった。管理局にそれを断る理由も出撃しない理由も存在しなかった。

 

 早朝になる頃には廃棄都市区間を挟む様に両陣営の布陣は完了する。

 

 新暦七十五年九月十三日―――それは近代史における最も長い一日となりそうだった。




 本当は10話ぐらい平和な話を挟もうと思ったけど、既に12月に入った事を思い出して、”アレ、これしか進んでない……?”と予想外に話数が増える事にブルったてんぞーの図。あかん、伝家の宝刀【1日2回更新】を振るう必要が出て来ちまう。というかほぼ確定じゃないですかやだぁー!

 ともあれ、良くある最終戦前の食事シーンですよ! このあとレジアスさんはお酒飲まされてダウンしてオーリスに救出という事で。

 ではでは、次回から大戦、始まりますよー

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