どこにでもあるレストラン、二人で並んで座る席の前にはスーツ姿の男がいる。肥満、と言えるほどに太っている男だ。その男は此方に渡すものを渡すと、そそくさと立ち去って行く。そこには声を残したりはしない。ただ自分の仕事は終わったと、そう言わんばかりに無言でレストランの外へと消えて行った。男が消えたところで、男から受け取った封筒を開く。その中身は一枚のデータチップが入っていた。こういうデータの処理や管理は横に座る相棒の方が圧倒的に優秀だ。封筒の中身を取ると、それを指ではじいて横の相棒へと渡す。それを掴んだのを確認したら席を相対側へと移動し、体を横へとひろびろと伸ばす。制服の一番上のボタンを外し、ネクタイもゆるめる。そして、
「めんどくせぇ……」
「いなくなった瞬間一気にだらけたねぇー……」
だって情報屋との密会はかなり気を使う。無駄に喋れないし、情報を漏らせないし。つまり失言をしてはいけないのだ。口を滑らせればそこから情報を根こそぎ持っていくのが情報屋って生き物だ。こっちの為に働いているからと言って、決して味方だと思ってはいけない連中だ。敵でもなければ味方でもない。蝙蝠の様な連中だと思って利用すればいい。それが連中に対する一番賢い対応の仕方だ。
まあ、それも金がある場合の話だ。もしくは取引に使える情報。相手が欲しいものを此方が提供できる限りは利用の出来る相手だ。相手ももちろん此方を利用しつくす心算だからこそ、なるべくなら執りたくない手段ではある……が、管理局と言えば探れば探るほどブラックなモノは出てきやすい。そういう汚点を欲しがる人間は腐るほどいる。
いやぁ、人間の失敗って高く売れるもんだ。
丁度いい所で……というよりも図った様にウェイトレスが珈琲を持ってきてくれる。レストランの一番奥、外からは見えないし、観葉植物が邪魔になって座っている人が見えないこのコーナーのテーブル。ここは交渉するためには非常に有用な場所だ。そこらへんを店側で把握しているのだろう、キッチリと二人分の珈琲を置いていってくれる。もちろんここでの飲食は全て経費で落ちる為、いつも飲んでいる物よりも豪華なものを頼む。と言っても、別に味が解るようなものではないのだが。ともあれ、良い匂いなのと、とりあえず美味しいのと、そして身体が内側から温まるのだけは理解できる。早速と言った様子でデータチップの内容をデバイスへと記録させるティーダの様子を珈琲を飲みながら眺める。
長く、首の後ろで紐で纏めてあるオレンジ色の髪、童顔とも言える顔だち、女性に対する紳士的な振る舞い、そして現在売出し中のエリート。
「お前どっからどう見ても超優良物件のイケメンだよなぁ」
「イストは目で損をしてるよね。あと性格」
否定しない辺りがいい性格をしていると思う。が、これぐらいのジャブはもう慣れている仲だ。笑って流しながらデータを記録するまでの間、軽く時間を潰す。
「というかお前彼女とか嫁はいないんだったっけ? ホント枯れてるというかお前大丈夫か? 19つったらやっぱ彼女の一人や二人欲しいだろ。あと夜のプロレスごっこで盛大にはしゃぎたいだろうよ、普通に考えて」
「いや、俺だってそこらへんの欲望は変わらないけど、……ほら、家にはさ?」
「あぁ、うん。そうだよなぁ」
ティーダはアパートの部屋をティアナという妹と二人で暮らしている。両親は数年前に死去しているためにティアナの面倒も、学校に関わる全ても、支払いも、全てティーダが一人でやっていた。少なくとも少し前まではそうだったが、三か月ほど付き合っていると流石にその惨状に見かねてちょくちょくランスター家にお邪魔させてもらって世話をしている……と言っても別段凄い事じゃない。余った料理を持っていくとか、軽く遊びに行くとか、そういう程度の世話だ。まあ、それだけなのだが、やらない善よりやる偽善、というやつだ。
「ティアナは俺にべっとりでなぁ」
「まあ、唯一のお兄ちゃんだしな」
「まあ、そういうわけで正直彼女とかどうにも無理っぽいんだよな。そろそろティアナには兄離れをして欲しい所なんだけどね。あぁ、本当に辛い、兄離れ、何時耐えなきゃいけないんだよティアナ、兄離れを……!」
「苦しがってるのお前じゃねーか」
この兄妹がこの形がいいというのであればこのままでいいのだが、正直気になる事は色々とある。
「エロ関係とかお前どうしてるんだよ」
「ティアナが遊びに行っている間に……」
「あぁ、うん。なんか家にいない時じゃないと安心できないよな」
そこらへんで共感を得、握手を交わしティーダとの友情を深める。いや、だって本当に家にいない時でないと安心できない。幸い近くの公園までだったら安心して送り出す事が出来る。必ず運動させる意味でもそこへ送り出すが―――チャンスはそれしかない。
「うわぁ、職務中に俺達何を語ってるんだ」
「むしろ俺が知りたいよ。ネタふったのはそっちでしょ」
「そりゃそうなんだけどさ、こうやって暇な時間潰すには丁度いい雑談だとは思わないか?」
「まあ、そうだね、っと。完了」
そう言うとティーダは元のチップをテーブルの上に置き、ハンドガンの姿となっているタスラムのグリップで殴り、チップを砕く。これでこのチップはもう使い物にはならない。その残骸をナプキンの中に丸めて捨てると、珈琲をすすりながらティーダへともう少しだけ、真面目な視線を送る。それを察してティーダも軽く切り替える。目の前にホロウィンドウを出現させると、データの設定を共有設定へと変更してくれる。浮かべるホロウィンドウを何個か掴み、こっちへと手繰り寄せ、その内容を確認してゆく。
「8月23日……結構古いな、こりゃ」
「管理局のデータベースにあった最新のは5月で終わってるからまだいいよ。こっちには管理局に関わってない分の事件のリストまで出てるし……えーと、こっちはもっと最近だね。10月16日に臓器の売買があったらしいよ」
「今更だな。そんな古いのをみてどーするってんだ。時間巻いて巻いて」
「はいはい。っと、これは結構最近だね。11月23日、陸士隊の方が密売を抑えたらしいけど、これもまた臓器がメイン商品だったらしいよ。うーん、11月30日と12月8日も似た感じの事件があるなぁ。なんだろうこれ、此処までミッドチルダというかクラナガンが臓器不足とか聞いてないぞ俺」
俺だって聞いたことがない。たしかに臓器の価値は高いが、そこまで露骨に求めるものだっただろうか? 少なくともここまで爆発的な需要の増え方はおかしい。珈琲を胃の中へと流し込みながら頭を働かす準備に入るとする。今まで持っていたデータとこのデータを見合わせればかなりおかしなことに気づくはずだ。臓器販売、その摘発は数ヶ月に一度、というペースだった。魔法は万能ではないが、それでも多くの命を救える奇跡だ。そこまで臓器移植が必要とされるのは明らかにおかしいのだ。
「じゃあちょっと整理しようか。俺たちはプロジェクトF関連の事件で人身売買と臓器販売に関して追っている。次に俺達が得た情報に最近急激に回数が増えている事が示されている。とりあえず簡単に情報を纏めるとこんな感じ。で、これを軽く一緒にして推理してみると―――どっかの誰かが意図的に臓器を流している?」
「なんで?」
「……実験に使うから?」
「実験に使うんだったらそもそも流さないで自分の所で使うだろう。第一臓器を流す回数が異常すぎるだろう。リスク的に考えてまずありえない。金稼ぎにしたってこれだけ回数を増やしちゃあ明らかに尻尾を掴ませている様なもんだぞ?」
「それだ」
とん、とティーダがテーブルを軽くタップする。まるで合点が言ったような顔をしている。だがティーダが何を掴んだのかは自分には解らない。こういう時は自分よりも頭の回転が速い連中が心底羨ましい。
「何がだ?」
「撒き餌だよ」
撒き餌―――つまり釣り上げたい存在がいるという事になる。だがそれにしては恐ろしく非効率的なやり方としか言いようがない。何せ目的の相手がいたとして、それを釣り上げることの出来る可能性は非常に低くなるからだ。そして、それが本当だとして、問題が一つ出てくる。
「誰を釣ろうとしているんだ? 管理局か? 恨みを持った魔導師か? それともベルカの騎士か?」
「いや、流石にそこまで解るわけないだろ」
真顔でそういってのけるティーダの顔面を全力で殴りたくなる衝動を何とか抑え込み、テーブルを軽くつかむ程度で自分を自制する。ステイ、ステイ俺。そう心の中でつぶやいたところで息を吐き出し、残ったコーヒーの中身を完全に終わらせる。ティーダのカップを確認すればティーダも丁度飲み終えたところだった。これ以上ここに留まる理由もないし、二人で揃って立ち上がる。
「で、次はどうする? ヒントは出てるけど直接繋がりそうなものはないよなあ」
「だね」
会計を経費で済ませ、そのままレストランの外へと出る。すぐ裏手にある駐車場には隊の車が止められており、再び運転手席と助手席で解れて座る。シートベルトをしっかりとしめ、一管理局員としてのギリギリの体裁を保ち、ティーダが車を発進させる。
「陸士の方に突撃してみようかな、と思う。資料提供してもらう以上に直接窺って話した方が知り得る情報も多いだろうし、なんだか今回色んな意味で嫌な感じしかしない。色んな方面へと顔を出して”足跡”を残した方が個人的にはいいと思う」
足跡、つまり”自分はこんな事をしていました”という解りやすい軌跡を人のつながりで表したりする事だが……そういうのは主に同組織内の存在に狙われている場合にやるようなことだ。本当にティーダは聡く、そして鼻がよくきく。おそらく自分以上に今の状況の先が見えているのだろう。だからあえてティーダに問う。
「お前、今回の件管理局が関わってると思うのか?」
「むしろ関わってない方を探すのが難しいんじゃないかな」
「それを言われたら何も言い返せねぇよ」
管理局が一体どこからどこまで関わっているのか。それは本当に恐ろしいぐらいにわからない。一度”闇”へと踏み入れた事があるのなら、もしくは調べた事があるのなら、時空管理局という存在が内包する圧倒的闇の深さに一度は絶望するものだろう。そして同時に、その業の深さに嘆きもするだろう。管理局が犯罪者を囲っている、と言われて驚く捜査官はほぼいないだろう。クリーンな管理局は一体どこへ行ったのだろう。あぁ、そっか、事情を知らない人専門か、ホワイト管理局は。
嘱託魔導師しているとブラックな面ばかりを見てしまうのでもう今更な話なのだが。
「こうやって管理局がクッソ危険な場所だって認識するとさ、ある日不意に―――あれ、なんで俺こんな所で働いてるんだ? ってマジで悩む日がたびたびあるんだよなぁ。いや、ホントに。でも給料の支払いだけはいいんだよなぁ……」
「たぶん此方側の人間だったら一度は絶対に疑問にする事だけど、疑問にしていても仕事が終わる訳じゃないからそれ以上は考えないんだよなぁ……」
会話が段々と寂しい方向へと流れ始めてきて。ここはいっちょ、空気の転換を兼ねて仕事の話へと戻してみる。
「で、陸士の方に会いに行くつったっけど、アポあるのか?」
いや、ないよ、とティーダは答える。だがその後にだけど、と前置きを用意し、此方の言葉を待たない。
「陸士108隊の隊長さんにはちょっとした個人的なコネがあるからそこらへんは大丈夫。既妻子持ちのちょっとナイスなミドルな感じのオジサンが、少し前に若いお姉さん方とキラキラしたお店で―――」
「それいじょういけない」
そっとティーダの肩を押さえ、それ以上言う事をまだ見知らぬ隊長の為にも止める。男にはたとえ妻がいたとしても行かなければならない場所がある。それをティーダは解っていて利用しているのだ。
悪魔かこいつ。
「まあ、利用できるもんはなんでも利用するべきだけどな」
「常識的に考えてそうだよね」
ここら辺の考え方が、自分とティーダという人物が割と一緒に活動出来ている理由かもしれない。ともあれ、
―――何やら激しく不気味な今回の件、それを終わらせる一手に繋がれば幸いなのだろうが。