マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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キングズ・ゲーム

 コツコツと歩く音が空間に響いて行く。奥へ、奥へと進む毎に自分が目的地へと進んで行くのが解る。先ほどまでは襲撃してきていたガジェットも今となってはその姿を全く現さず、その道を此方へと譲ったかのような状態になっている―――あるいは此方を招いているのかもしれない。そう考えると少々複雑な気分だが、まあ、いいか、と思う自分がいるのもまた真実だ。地図の内容は完全に覚えた。故にもう迷うことはない。真直ぐに最深部へ、ゆりかご内の玉座の間を目指して進む。

 

 そして進めば進むほど口数は減って行く。奥へと進めば無視できない程の巨大な気配が待ち構えるようにしているのが感じられる。そしてそれは間違いなく、聖王として覚醒したヴィヴィオ―――オリヴィエの存在なのだろう。もはや彼女の事を今は、ヴィヴィオと呼ぶことは自分には出来ない。オリヴィエとして覚醒してしまった今、ヴィヴィオという存在は完全にオリヴィエに飲まれてしまっている。それを覆す事の難しさは誰よりも自分が知っている。だからそれを素直に受け取って、そして一緒に歩くなのはには正直な話、驚かされた。

 

 ……ビンタ一発だもんなぁ。

 

 ビンタ一発と後で頭を下げる。それで許してくれるのだからこの女は凄いというか甘いというか、正直な評価に困る。それでもまあ―――背中を任せるには十分すぎる存在なので信頼も信用もしている。おそらくオリヴィエ討伐においてこれ以上心強いパートナーもいないと思うが……本当の所は一体どう思っているのだろうか? ビンタ一発程度で済む問題ではないし。まあ……全てが終わってまだ生きているのであれば十分に迷惑かけた人々には償うつもりではある。なので今はその気持ちだけを抱いて、横にいる相棒へと視線を向ける。

 

 何年も前に一緒に戦っていた頃よりも遥かに成長した姿だ。大人らしい雰囲気が出ていて、髪型は何時ものツインテールからサイドポニーになっている。バリアジャケットも何時ものミニスカートではなく、ロングスカートの少し大人っぽい雰囲気を思わせるデザインだが―――どこか昔のバリアジャケットを思わせるデザインだ。バリアジャケットも最終戦仕様。割と気合入ってるなぁ、とは思うが……それは自分も一緒だ。

 

「うん? どうしたの元先輩」

 

 此方の視線に気づいたのかなのはが首をかしげる。確かに少し黙ってジロジロ見過ぎていたかもしれない。女は視線に敏感―――という訳じゃなく純粋に解りやすかっただけだな、と結論付ける。そこらへんナルは全く意見を出してこないので寂しいと思いつつ、

 

「いやな、お前もずいぶん大きくなったもんだよなぁ、って話よ。お前の元先輩としちゃあ元後輩の成長に対して色々と思うところがあってな? 始末書や報告書の書き方さえよくわからなかった小娘がよくもまあ他人を指導できるだけの所に来たよなぁ、って話だ。ほら、懐かしい話だろ? お前が空隊で活躍してた頃の話だよ」

 

 あぁ、となのはは懐かしそうな表情を浮かべながら頷く。

 

「うんうんまだ犯罪者は人類だって勘違いしてた頃の話だよね?」

 

 そう言って左手に装着されたストライクカノン―――レイジングハートドライバー、とでもいうのだろうか。ルシフェリオンドライバーのスペアパーツを組み込んで出来上がった二個目のストライクカノンを装備している。青いフレームのレイジングハートをなのはは持ち上げると、それで何かを叩き割る様なモーションを取る。

 

「うん、敵は殺さなきゃね」

 

「俺はその笑顔を当時のお前に見せてやりたいよ」

 

『軽いシミュレーションはできるぞ』

 

 ホロウィンドウが浮かび上がり、ナルがそれを通して当時のなのはの姿を映し出す。そこに現在のなのはの姿が映し出される。足を止めてホロウィンドウの中身を見ていると、現在のなのはが缶ビールを取り出して飲み始め、そして幼少のなのはがそれを見て頭を抱え、そして両手を上げて大人なのはを叱ろうとする。

 

「お、お前らしいな」

 

「待って、私ビール派じゃないの」

 

 そこかよ、とツッコミを入れようとすると叱るのが無駄だと悟った幼少なのはがレイジングハートを構え、それを察した大人なのはが素早くレイジングハートを構え、幼少なのはが何かをする前に砲撃で幼少なのはを消し飛ばす。消し飛ばした顔でなのははガッツポーズとサムズアップを決めていた。

 

「これは酷い」

 

「ナル子さん多分故障してる。どっか壊れている」

 

『私は何時だって愛に壊れている』

 

 一本、となのはが言って満足したところで再び歩き出す。機械的な中に偶に有機的なデザインを見せているゆりかごの姿は自分の知っているゆりかごの姿とはもはや大きく離れている。自分が知っているゆりかごはもっと黄色い壁の、美しく装飾された通路であったはずだが―――うごめく肉塊の様なデザインが時折、壁に見えている。これはやはりナハトヴァールを侵食させたための物だろうか。時折船体が大きく揺れるのは外でユーリが戦っているからに違いない。外にいる者は全員頑張っているんだろうなぁ、等と思いつつ、歩き進めれば、

 

 ―――長いホールの終わりが見える。

 

 まるで聖堂の入り口の様な扉が存在している。その向こう側に何があるかは確認するまでもなく解っている。歩き、扉の前にまで到達し、足を止める。扉の前で横のなのはへと視線を向ければ、なのはが静かにコクリ、と頷いてくる。なのはの確認が取れた所で、足を持ち上げる。横のなのはも全く同じ様に片足を持ち上げ、

 

 そして全力で扉を蹴る。

 

 魔力によって強化された足により繰り出される蹴りが一撃で扉を吹き飛ばし、そして粉々に吹き飛ばす。それは派手に飛び散りながら部屋の中へと―――玉座の間の中へと飛んでゆく。かつては多くの臣下を並べたであろうその間にはもはや誰一人として人の姿はおらず、孤独の玉座に一人だけ、足を組んで座る女の姿があった。

 

 大きく肩を見せるドレスの様な戦闘装束に金髪とヘテロクロミア。両腕が義手である所まで完全に再現されていた。その体格や髪型に違いはあるが、それでも間違いなく、玉座に座る彼女こそが疑いようもなくオリヴィエ・ゼーゲブレヒトだった。飛んでくる鉄製の扉の破片を身動ぎもせず”鎧”で全て弾き飛ばし、玉座から立ち上がる。その動きに合わせて此方も部屋の中へと進み入る。互いに無言である程度歩み寄った所で―――動きを止める。

 

「ようこそ、とここは歓迎すべきなのでしょうか。実際の所自分でも今の気持ちは微妙なんですよ。来てくれたことが嬉しくて嬉しくてしょうがない事と、そしてこうやって会ってしまえばクラウスがもういなくて、そして私達がどうしようもなく終わってしまっている時代だと理解してしまうことが悲しくて怖くて、ちょっと感情的に複雑な所です」

 

「……ヴィヴィオ」

 

 そんなオリヴィエの姿を眺め、なのははぽつりとヴィヴィオの名を呼ぶと、

 

「お母さんヴィヴィオちゃんをこんな風になる様に教育していません。ほら、今すぐ土下座して元に戻るんだったらハイペリオン尻叩きで許してあげるから」

 

「それって即死じゃねぇかなぁ……」

 

 RH(レイジングハート)ドライバーを残像が残る様なスピードでスイングするなのはの姿に対して軽く溜息を吐き、どんな状態でも自分らしさを維持できるのは何気に難しい事だよなぁ、と思う。そう思うとナルもナルで俺は何時も俺らしくやっていけていると言ってくれるのが嬉しい。さて、自分は一体どうするべきなのだろう、と一旦考えてみる。……自分の目的は目的で、達成しなきゃいけないものだ。だから結局やる事は一つなのだが―――。

 

「なあ、オリヴィエ」

 

「何でしょうかイスト」

 

 クラウスではなく、イスト。しっかりと此方の目を見ている。ちゃんと過去ではなく現実を彼女は見据えている。だからこそ理解できない。何故こんな事をしているのか。何故こんな惨状を許すのか。いや、あるいは―――やはり前のイングの様に決定的な終焉を望んでいるのだろうか。それとも本当にオリヴィエは蘇り、狂ってしまったのだろうか。動きは読めても人の心は読めない。こうやって一つにならなきゃ何を考えてるか、何を思っているのか、口に出さなきゃ伝わらない。

 

「なあ……お前さ……いや、何でもないや。あぁ、うん。やっぱり何でもないや。今更理由を聞くだけ野暮ってやつか。そうだよな、どうせどんな理由にしろやる事は一つだって決まってるんだし。あとおい、そこの元後輩、お前何時までスイングしてるつもりなんだよ」

 

「ツッコミ待ち」

 

 しれっとそんな事を言い切るなのはに何時も通りだなぁ、と改めて思いながら頭の後ろを軽く掻く。オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、聖王オリヴィエ―――おそらく過去最強の存在。そんな存在に挑むとなると実に心が躍るのだが、どうしても不吉な予感を胸から拭う事が出来ない。ただ……そんなのは何時もの事だ。何時だってデッドエンドと正面から殴り合うような道だった。そしてそれは今回も変わりはない。今回もまた、無理無茶無謀に挑戦するだけの話だ。何だかスカリエッティが無駄に中継しているような感じだし、あんまし我が家の醜態をさらすわけにもいきやしねーよなぁ、と思ったところで、

 

「うし―――んじゃ、気合入れるか」

 

 軽く踏み込んでからバリアジャケットのプログラムを走り直させる。

 

「武装形態」

 

 バリアジャケットの姿が変わって行く。まるで貴族の着るようなスーツの様なバリアジャケット、腰にはベルトが三つほど巻かれ、ノースリーブである事と色が完全に黒く染まっている事をを除けば―――それを知っている存在は、”覇王”の着ていた服装にそっくりだと知る。

 

 相応しき舞台には相応の服装。

 

『トリニティIプログラムを起動させます―――イング・バサラより獲得したリンカーコアの稼働を開始します』

 

「っ……鉄腕展開」

 

 二の腕までを鋼鉄が覆う。文字通り鉄腕そのものとなった片腕で拳を形作り、右拳を真直ぐオリヴィエへと向ける。その頃にはなのはも完全に武装の展開を完了していた。周りに八つのビットを浮かべるのと同時に、バリアジャケットの上着部分を消し、防御に回すべき魔力を全て攻撃へと注ぎ込む、超攻撃型形態へと姿を変えていた。RHドライバーによりなのはにはAMF干渉が通じない。そして己も、使うのはこの肉体だ。AMFなんて最初からあってないようなものだ。

 

 オリヴィエも前へと一歩踏み出し、そして拳を構えていた。それはよく知っていて、そして覚えのある構え方だった。オリヴィエ自身も二の腕まである鉄腕の義手を構え、”鎧”で身を守り、そして真直ぐ―――敵に向ける純粋な殺意を拳と、虹色の魔力に乗せていた。そこまで揃えばもうやる事は決まっている。

 

「時空管理局機動六課所属―――高町なのは」

 

「元聖王教会所属騎士―――イスト・バサラ」

 

「―――ベルカ聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト」

 

 それ以上の言葉は必要ない。名乗りが終わるのと同時に全力で前に踏み出す。なのはが一瞬で後ろへと距離を取り、そしてオリヴィエが迫ってくる。拳を振り上げて迫ってくるオリヴィエの前で強く足を床へと押し付け、大地を砕きながら前進を止める。その瞬間にオリヴィエが目の前へと出現する。ほぼ出現と同時にノータイムで放たれる拳を体で受け止める。全身を貫く様な痛みと衝撃の前に、笑みを浮かべる。そのまま手を前へと、真っ直ぐ伸ばし、

の前に、笑みを浮かべる。そのまま手を前へと、真直ぐ伸ばし、

 

 ―――オリヴィエの顔を掴む。

 

「鎧を―――」

 

「鎧は基本的に敵意ある行動に対して防衛的効果をだすもんだろ? あぁ、つまり敵意がなけりゃあ殴れるわけだ。まあ、そんなわけで、超次元系聖王オリヴィエちゃん―――これが数百年分の研鑽の重みだ」

 

 迷う事無く逆の手でオリヴィエの顔面を殴り飛ばす。その時、最後の一瞬に感じたのは軽い拳への抵抗感だった。おそらくオリヴィエが直前に聖王の鎧の効果を”改造”したのだろうか。だがとりあえずの成果として―――オリヴィエは吹き飛び、玉座を砕きながら奥の壁へと叩きつけられる。そこにノータイムで、八つの砲撃が叩き込まれる。一瞬で桜色の光が満ちる空間へと変貌した事に気にせず、拳をオリヴィエへと叩き込みに行く。

 

 容赦するわけでもなく、無拍子で放った拳を―――オリヴィエは正面から掴んだ。

 

 聖王の鎧で砲撃を全て弾きながら、彼女は笑顔を浮かべる。

 

「なるほど、御忠告ありがとうございますイスト。おかげで聖王の鎧の設定を少々改良させていただきました。では、貰うだけでは悪いのでお返しします―――!」

 

 背後の壁すらも粉砕する様な衝撃の拳をオリヴィエは放ってくる。それを体で受け止めながら、後ろへと飛ぶことによって衝撃を吸収しつつ一回転し、着地する。体を軽く揺らして衝撃を逃がしつつ、身体の調子を確かめ、そしてくいくい、とこっちへ来るように促す。

 

「カモンリトルガール。お兄さんとママが悪夢から覚ませてやるぜ」

 

「ごめん元先輩、死ぬほどダサイ」

 

「うっせぇ!」

 

 なのはに叫び返しながら再び大地を蹴る。

 

「行くぞなのは……!」

 

「解ってるよイスト……!」

 

 同時に踏み込む姿に対してオリヴィエは微笑浮かべ、

 

「―――無駄ですね」

 

 しかし、全ては無駄だと断じた。




 次元世界キチガイ王決定戦開始。ラスボス戦とも言う。

 反省を生かして、成長して、進化し続けるラスボス。勝てるのかこれ(

 執筆中は波旬戦のBGMをかけっぱなしだったなぁ……。

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