マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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デッドライン

「がっ―――」

 

 イストがよろめきながら後ろへと倒れて行く。口に赤いものを咥えたヴィヴィオが―――オリヴィエがその前で立っている。イストの左眼窩からは赤い液体が流れ、そしてそれは間違いなく、そこにあったものは間違いなく今、オリヴィエの口に咥えられている。その光景を呆然と眺める事しかできず、そしてその次の光景もゆっくり眺める事しかできなかった。オリヴィエが口に咥えるその丸く赤いものを、ゆっくりと舌の上に乗せて、そして開けた口の中へといれ―――飲み込んだ。口の端から血を流すオリヴィエはイスト・バサラの目玉を飲み込んでからぺろり、と唇についた血を舐めとった。

 

「ぐぅ、らぁ―――!」

 

 それに真っ先に反応したのは誰でもない―――イストだった。痛みの様な、獣の様な叫び声を上げながら右目から血を流しつつ笑みを浮かべるオリヴィエへと拳を叩き込む。それを受けるオリヴィエは吹き飛びつつも空中で一回転し、体勢を整え、着地する。その拳撃で戦闘装束の鉄部分が一気に砕け散るが、ダメージ自体は少ないように見える。いや、そもそもオリヴィエの体にはかすり傷やひっかき傷の様なものは多く存在しているが、鏖殺拳や砲撃が叩き込まれた事から発生する打撲痕などが全く存在していなかった。オリヴィエの体にできている傷でさえ少しずつ再生している様に見える。

 

「ふふ、御馳走様でした」

 

 そう言ってのけるオリヴィエに対して、イストはよろめく体を強引に立たせ、若干前のめりになりながら残った片目でオリヴィエを睨み、そして声を発する。

 

「なぁーのぉーはぁー! てめぇ娘の教育どうしてんだよ!! おい、カニバリズムは究極の愛であるとか頭の狂った教育してないよな? 俺は愛は少し重い方がいいとしか言ってねぇぞ!!」

 

「私だって偶にユーノ君食べちゃいたいぐらいに可愛いとしか言ってないよ! あとあとちょっとだけドロドロ系昼ドラ見せてただけだよ!!」

 

『貴様ら両方だぁ―――!!』

 

 横に一枚のホロウィンドウが出現する。そこに姿を映し出されるのは壮年の男の姿―――レジアス・ゲイズだった。今まで連絡がなかったのが不思議だったが、ホロウィンドウが時折消えそうに明滅している。おそらくゆりかご内にまでホロウィンドウで通信を繋げること自体が難しいのかもしれない。若干息荒くこっちを見るレジアスは指を向けてきて、そして口を開く。

 

『いいか、高町一等空尉。スカリエッティは捕まえた、やつの娘も全て捕まえた―――あとはそこの馬鹿な娘に世界の広さを伝えるだけだ。戦って勝て。そして戦乱は終わったと馬鹿な娘に伝えてやれ―――ここは我々の時代だと、いいな?』

 

「了解」

 

 それを告げるとホロウィンドウは強制終了させられ、消える。ゆりかごからかかるAMFのプレッシャーが一段と上がる。それを飛行魔法への干渉という形で感じる。おそらくイストから受け取ったこのドライバー装備が無ければ今頃、まともに飛べなかったのではなかろうか。そう思うと何時も余計な事ばっかりやっているイストに少しぐらいは感謝してもいいのではないかと思う。

 

 とりあえず、

 

「目は」

 

「見えなくても拳は握れる……!」

 

「なら問題なし」

 

「まだ心が折れませんか。いえ、此処まで来るともはやそういう言葉も野暮でしょう。イスト、母上、さあ、来てください。その全力受け止め、そして抱きしめましょう。そしてもう一度、この甘美な味に私を酔わせてください。どうせ全てが無駄でしょうから」

 

 言ってくれる……!

 

 確かに、聖王の鎧と自分の相性は最悪だ。武術の類であればまだ貫通攻撃ができる。だが魔法に関しては聖王の鎧は強大な防御力を誇っている。イストは前に言っていた―――覇王流というものはそもそも聖王の死後に完成したものであり、そして”聖王を倒すためだけに生み出された存在”であることを。覇王自身の後悔と絶望の塊がこの流派である、と。故に繰り出す技は大振り、破壊力抜群、それでいて全てが洗練されていて隙がない。その言葉が本物であれば、鎧への対抗策―いや、聖王自身への対抗策が存在する筈なのだ。

 

 自分の”本番”はまずイストが聖王の鎧を剥がしてからだ。それまでは自分の攻撃はほとんど防がれて魔力の無駄な損耗になってしまう。故に自分がやるべき事は決まっている。なるべく損耗を抑えて自分のターンが来るまで耐える事だが―――。

 

「そうもいかないよね……!」

 

 オリヴィエが動き、イストと正面から衝突した―――そう思った瞬間にはイストの横を抜け、一撃を受けながらも一気にこっちへと飛んでくる。空に浮かび上がる此方を軽々と飛び越え、天井に逆さまに着地する。

 

「なのは!」

 

 オリヴィエが天井を蹴って加速してくる。そして繰り出してくる蹴りに対して―――真正面から突撃槍へと変形させたレイジングハートの先端を叩きつける。そのインパクトをオリヴィエがズラすのを感じた次の瞬間にはその反動を利用して回し蹴りを放ってくる。それを返しの動きで弾き飛ばしながら逆の手を動かす。オリヴィエが同時に放ってくる拳に対して、自分の拳を合わせる。

 

「うん、舐めすぎじゃないかな?」

 

 オリヴィエと自分の拳がぶつかり合い―――そしてそこを起点に砲撃を叩き込む。桜色の爆発が間に発生し、オリヴィエとの間の距離が一瞬だけ開く。その瞬間にレイジングハートを剣の様に握り、そしてオリヴィエへと叩きつける。軽いバックステップで回避するオリヴィエの動きに合わせ―――背後からイストが出現する。穴だけとなった目から血を流しながら、それでも手を伸ばし、オリヴィエを掴む。

 

「時間をかけすぎ、だっ!」

 

 イストとオリヴィエが高速で床へと落下し、そのままイストがオリヴィエを床へと叩きつける。その衝撃で床が砕けるが、それを気にすることなく、ノータイムでレイジングハートを下へと向け、圧縮魔力をそのまま魔下へと向けて放つ。

 

「ぶっ散れ」

 

 砲撃がイスト諸共オリヴィエを飲み込んで下のフロアへと貫通し、二人を下へと落とす。その姿を追って下へと降りれば、そこには既に復帰、拳を叩き合わせる二人の姿がある。しかし、それは―――。

 

 

                           ◆

 

 

「―――!」

 

「ふ、ふふふ」

 

 拳を叩き込む。その動きに合わせてオリヴィエが懐へと潜りこんで、拳を放ってくる。クロスカウンター気味に放たれた拳を受け止めながらも、逃がさないようにオリヴィエの足を踏み砕くつもりで踏む。だが踏み砕けるわけもなく、オリヴィエの動きを抑えるだけで終わる。そのまま拳を放つがオリヴィエはまるですり抜けるように攻撃を回避する。だがそれは元々予想済みで―――回避から絶対回避できない動きを混ぜ込み、二撃目を必中としてオリヴィエの体に叩き込む。強力なボディブローを鎧貫きと合わせてオリヴィエの体へと放つが、オリヴィエがそれによって身を揺らすのはほんの少しだけの事だ。一撃目を受けた時よりもオリヴィエが攻撃を受けて揺らめく動作が少なくなってきている。

 

「っ、おぉ―――!!」

 

「ふ、はは、ははは」

 

 オリヴィエの一撃が叩き込まれるのと同時に攻撃を繰り出し、オリヴィエを殴り返す。だがその動きによって僅かに後ろへと押し出されるのは自分の方だった。フルンディングを常時起動しているが、もはや聖王の鎧の変貌には追い付けない状態にあった。間違いなく、オリヴィエは戦いながら自身の能力を強化、改造していた。元々付いていけたのが聖王の鎧が”クラウス”の時代の物だったからだ。それが現在の魔法概念を取り入れた事により―――更に凶悪な物へと進化させている。聖王の鎧唯一の対処法である鎧貫きさえも通じないような構造へと変化しつつある。これはもはや解析すら意味ないな。そう判断し解析拳を放棄した瞬間、

 

「サンダーレイジとヘアルフデネを連結融合―――サンダーアーム」

 

 あっさりと恐ろしい事をオリヴィエが言ってのける。その腕は雷を纏っている。反射的にそれに対抗するための手段を呼び出す。

 

『レヴィより雷の変換資質を取得』

 

「極光拳……!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、ゆりかご内を電流が照らす。スパークするのと同時に互いに距離を放し、地を蹴って軽く距離を開けてから、再び助走をつけて接近する。雷撃を纏った拳に対して、オリヴィエは正面から同じく、雷撃を纏った拳で襲い掛かってくる。黄色と青色の雷で何度もぶつかり合いながらスパークしていると、オリヴィエが離れ、そして片腕を前に突きだし、

 

 雷を纏った炎の弓と矢を生み出す。

 

「シュツルムファルケンとサンダーレイジを連結融合―――サンダーバード」

 

 マジかよ、なんてことを吐き出せる前に鳥の姿をした矢が放たれる。それに正面から雷拳を叩きつける。接触は一瞬―――サンダーバードと言われたそれが弾け、雷撃と炎が同時に爆発として一瞬で体を襲う。それによって体を後ろへと押される事を否定する。否定して前進する。スパーク量を増やし、前進し、拳を振り上げ、弓を消すオリヴィエの姿へと叩きつける。鎧貫きに雷撃という属性を乗せる事によって貫通の”式”に変化を与える。貫通された威力と雷が鎧の向こう側のオリヴィエへと届くが―――そのほとんどは既に死んでいた。オリヴィエの体を貫く衝撃も、そして雷ももはやオリヴィエを傷つける程にはない。

 

「ハイペリオンスマッシャーと覇王断空拳を連結融合―――セイクリッドブレイザー」

 

「く、そ―――」

 

 オリヴィエの姿が無くなった。食われた目によって生まれたその死角からやってくるのは解っていた。だがオリヴィエが正面に現れた時はまるで瞬間移動をしたかの様な感覚だった。オリヴィエは微笑みながら近づき―――そして砲撃と拳撃を織り交ぜた破壊を叩き込んできた。そこに一切の痛みなど存在せず、攻撃を受けたという感覚だけが残った。体は吹き飛ばされ、何度も床を転がり、跳ね、そして漸く止まる。口から血を吐きだし、荒く息を求める。

 

 ……痛ぇ……。

 

 今の一撃は自分と、そしてなのはの魔法の融合だ。どっちも破壊力に特化した奥義。そりゃあ強いものと強いものを混ぜれば凄い強い物が作れそう、という頭の悪い発想は解る。だがこの世でそれを実行する馬鹿が存在するとは思わなかった。

 

 床に倒れ伏しながらどうするべきか思考し―――一瞬で決断する。困った事にユニゾンしている時は自分とナルの意識に差なんて存在しない。思考すればナルがその結論を即座に出してくれる。便利だと思う反面甘えてないかと思うが―――俺と彼女に差がないのであればそれはもはや自分で思考しているのではないかと思い始めているのでもうこれでいいやと思う。まあ、やりたくはない手段だったが。

 

 利用できるものは何でも利用する。勝つためには手段を選ばない。最後までその方針で進むだけだ。

 

「なのは……聞こえてるか? 隙を窺ってるか? んじゃ軽く説明してやる。聖王の鎧、つってもそこには二つのモードがある。意識的に張っているモードと、無意識的に発動しているモードだ。これはもちろん戦闘用に意識して張っている奴の方が遥かに強力だ。いいか? ―――今からそれを無意識レベルに落としてやる。見誤んなよ」

 

 立ち上がる。痛い。全身が痛みで悲鳴を上げている。それを無視する。バリアジャケットも最終決戦というから結構気合を入れたのだが完全にボロボロになってしまっている。なんか中継されているっぽいし、今たぶん、超情けない姿が公開されているんだろうなぁ―――そう思うと少しはやる気が出てくる。外では頑張っている人間もいるのだが、心配させたくない連中がいるのだ。故にここで敗北を認めるわけにはいかない。だから立ち上がり―――前方、静かに構えるオリヴィエの姿を見る。

 

「……オリヴィエ、俺頑張ったよ」

 

「えぇ、知っています。……知っていますよ、貴方の苦労、苦悩、その全てを。故に諦めてください。その全てを愛し、私が抱きしめましょう。頑張る必要なんてありません。誰も貴方が諦めてしまっても責める事はできません。貴方以外にここまで私と渡り合える存在はいないでしょうから」

 

 そうだよなぁ……だがそうやって諦められたらどんなに楽だろうか。

 

 そんな事で諦められる人間だったら人生、どんなに楽だっただろうか。

 

 あのマテリアル娘達を見つけた時に運命だと諦めて捨てれれば、俺の人生はどんなに楽だったのだろうか。思えばまだ二十四か二十五歳、人生の四分の一しか生きていない。大人ぶったりもしているが本当に歳を取った人間からすればまだまだガキに違いない。

 

 ……ま、今更言った事でどうにかなる訳ではないんだよなぁ。

 

 懐に手を伸ばす。そして取り出すのは久しく握る武器だ。黒く、小さく、そしてスマートなフォルムのそれは、

 

「……銃、ですか?」

 

「あぁ、そうだ。それもただの銃じゃない。地上本部の地下に保管してある、次元犯罪者から押収した危険品の一つだ。分厚い鉄板を簡単にぶち貫く様な極悪な奴な。バリアジャケットとかプロテクションとか勿論貫通できてしまう素敵ウェポンだ。これ一つで家を建てる事が出来るらしいから次元犯罪者って連中は本当にお金持ってるよなぁ」

 

 それを真直ぐとオリヴィエへと向ける。その銃口を向けられ、オリヴィエは頭を横へ振る。

 

「そんなものは鎧には通じませんよ」

 

 ま、だよな、と苦笑し、

 

「でもな、オリヴィエ……俺には通じるんだわこれ」

 

 本能的にオリヴィエが何をするのか察したのか動き始める。賢いし、強いし、そして何よりも可愛い。敵として最強だよなぁ、と思うとナルが少し叱ってくる。あぁ、解っている。解っているとも、お前らの方が百倍可愛いって。

 

 そう語り合って―――自分の心臓に銃口を向ける。

 

「駄目、イスト、やめて―――!!」

 

「―――はっ」

 

 引き金を三度引いて―――己の心臓を完全に吹き飛ばした。




 基本的に強ければ強い程キチガイになって行くのがてんぞー論。だから超強いやつは基本的に超キチガイだと思えばいいんです。

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