マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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バステッド

「―――さて、乙女の心というものは凄まじく不思議なものであると私は解説するよ。年頃の少女は非常に多感だ。私の想像を超えた事に対して一喜一憂し、そして面白い反応を見せる。故に感情―――特に恋愛感情という存在に対しては私は非常に関心を持っている。何せ私は科学者だからね、そういう事に対しては常に真面目に取り組む事は出来ない。恋愛感情を抱いたとしてもそれを観察する為に自己の中で私はその感情の”解体”をはじめてしまう。成分は、何故だ、どうやって、何時、原因は、どういうプロセスで―――故にだからこそ、他人が抱くそれに関してはある種の関心を覚える」

 

「前置きはいい。言いたい事を言え」

 

 そこは天幕だった。戦場に用意された仮設本部、その本物。幻影魔法によって隠されたその中で、スカリエッティは自由な姿で椅子に座り、それに相対する様にレジアスが座っている。スカリエッティはもはや逃げ出す事を諦めているのか、もしくは敗北を認めているか、悪あがきする様子もなく、レジアスを前にして楽しそうな表情でホロウィンドウの中の光景を見ていた。ウーノから送られてくるゆりかご内の最新の映像をスカリエッティはレジアスと共有しつつ、実に楽しそうにレジアスとの会話を進める。

 

「やだなぁ、中将閣下。ここからが本番だよ。そもそも君は科学者としては最高クラスである私と話しているのだよ? ―――科学者っていう面倒な人種のトップ、つまり私は超面倒な人間だ。前置きやらが色々とあって無駄に長い事ぐらい察したまえよ」

 

「それを察して理解しているからこそ、とっとと言えと私は言っているんだ。スカリエッティ、私は今すぐにでもあのゆりかご内に部下を送り込んで制圧行動に入りたいのだぞ? それを―――」

 

「あぁ、それは得策ではないね。実に最悪の一手だ」

 

 スカリエッティは質を数で凌駕し、聖王を打倒するのは間違っていると断言する。それはおそらく、考えられるプランでも最悪に近い選択肢ではないかと、そう宣言する。

 

「いいかいレジアス―――聖王とは、常に進化する生き物なんだ。私が人間の究極系と呼ぶにふさわしい存在と認めただけはあるんだ。聖王は学び、そして成長し続ける人間、人類という成長し続ける存在の縮図だ。害があればそれを覚え、飲み込み、そして力へと変えて行く。人間という種そのものの行動を聖王は一人でやってのけている。いいかね? つまり聖王は困難へとぶち当たればぶち当たる程逆に強くなってゆく。逆風を浴びれば浴びる程強靭になって行く。しかもそれはナハトヴァールみたいな無節操な進化ではなく、正しく、間違っていない方向での進化なんだ。見てただろ? 受けた技に対して耐性を生み出し、覚えた技を改良し、使用する。聖王は敵が多ければ多い程”覚える”のだよ中将閣下。だから断言しよう。聖王に対して数で攻める事はつまり聖王の進化を促すだけの行為にしか過ぎない。それは聖王を次の領域へと進める戦術でしかない―――手が付けられなくなるぞ」

 

「……」

 

 スカリエッティのその言葉にレジアスは黙るしかなかった。聖王教会側からやってきた聖王に関する文章や伝説、そして現状ホロウィンドウを通してみる事の出来る聖王の変化と進化。それを見ている限りもはや聖王は受ければ受ける程強くなってゆく存在である事は確かで、スカリエッティの言葉は否定できなかった。……そしてだからこそ、遠近でトップクラス、そして技のほとんどを見られながらまだ通用すると言う特級戦力をコンビとして送り込む事のみが対処方法であると理解する。それ以外の方法は―――、

 

「あぁ、細菌兵器等には期待してくれないくれよ? どうせ戦乱の頃にそういう外道兵器に関しては経験済みだろう。聞いた話では自分から進んでウィルス等を克服していったらしいからね―――まあ、そんなわけでレジアス中将閣下、君にできることは本当に多くはない」

 

「で、前置きに満足したか?」

 

「うん、割と結構。やっぱ悪の科学者は解説ポジションが似合うよなぁ……こう、なんだとぉ! とかぬぁにぃ!? とかま、まさかアレは……! とかリアクション付けながら私も解説したいよ! そういう事がやりたかった―――あぁ、うん。そろそろ真面目にやるよ」

 

 レジアスの視線を受け止めたスカリエッティはやれやれと、そういいながら肩を揺らす。未だに捕まっていないセインとウェンディ、そしてウーノはまだよく頑張っているな、などと思考しつつ、スカリエッティは口を開く。

 

「さて―――この世に究極はない」

 

 スカリエッティはそうやって切り出す事によって自分の研究成果を、そしてこの戦い全てを否定した。何年も何年も追及してきた事の全てを否定した。今まで積み上げてきた努力全てを否定した。流石にレジアスにもその発言には驚くほかなかった。だがそれでもスカリエッティは苦笑にも似た笑い声を零し、そして常識的に考えてみよう、そう言った。

 

「常識的に考えてみようではないか中将閣下。―――科学が進歩すればするほど出来る範囲はさらに広がって行くのだぞ? 現代という者は常に過去を追い抜いて進んで行くものだ。たとえばほら、このAMFなんて私の発明ではなく古代ベルカの物を再現しただけだが現代においては対処方法が極端に少ない超高性能な対魔導バリアだ。だが約六年か八年後には企業で対AMF用装備が開発されて、そして完成されている。それも技術と科学の進歩により生まれたものだ。正直な話四年先の科学力を先取りしている自信はあったが、対AMF用装備なんて構想や実際のアイデアを貰うまでは全く想像できなかった。この私がだよ? シュテル・バサラが使っているのも高町なのはが使っている物も私が生み出した、というだけで本来は未来の物だ。アレを見て、そしてAMF環境下で正常作動しているのを見ていると確信するよ―――科学の進歩に終わりはない。究極の人間なんて永遠に生み出せるわけがない。だってそうじゃないか? 私がこうやって生み出した数々の技術、それは結局の所未来にとっては”通過点”でしかないのだから」

 

 そこで一旦スカリエッティは言葉を止める。熱がこもると一気に話してしまうのが自分の欠点だなぁ、とまるで悪びれもせずにそう言うと改めて口を開く。今度こそ本題に戻ろう。スカリエッティはそう言い、

 

「ま、簡単な話聖王という存在は強いよ―――ただその心はどうだろうか。あぁ、いや、別に信仰心やらその信念を疑っているわけではないよ? ただどんなに体が強くても心まで本当に一部の隙もなく完璧でいられるかどうかは怪しいという話なだけだ。誰にだって心の隙間はある。それが一切存在しない者なんていやしない。私にだって、ナンバーズにだって、マテリアルズにも、機動六課にも―――そしてもちろん、君にも存在する筈だ中将閣下」

 

 聖王のそれは非常に解りやすいとスカリエッティは笑いながら言う。あれほど解りやすく、そして乙女な存在もいやしない、と。

 

「ほら、見なよ中将閣下―――本人は気づいていなくても、どこからどう見ても覇王と鉄腕王を重ねてみているぞあの聖王は? 何とも健気じゃないか、今頃目の前で二度目の喪失感を味わっているはずだぞ……わけもわからなくね。流石だ鉄腕王、流石”手段を選ばない”と言ってのけるだけはあるね。いやはや、ある種においては彼は私を超える外道っぷりを発揮してくれるよ」

 

 スカリエッティは笑顔をで言う。

 

「―――たぶん、彼は自分が重ねられている事を知って自殺したよ? 乙女の恋心すら勝利の為に利用するその姿勢は是非とも見習いたいものだね―――さて、一手詰むよ」

 

 

                           ◆

 

 

 ゆっくりとイストが倒れて行く。胸に穴をうがち、背中から血を吹き飛ばしながら。人間だったはずの存在は命を失うことで一瞬で肉塊となる。ただの肉塊。そこにどういう価値が見いだされるかは当人の生前の行動次第。その状況で誰よりも、何よりもショックを受け、そして動けなくなったのは―――オリヴィエだった。

 

 そして素早く反応したのはなのはだった。

 

「スターライト・ブレイカーEx……!」

 

 全てのビット、そしてレイジングハート自身から桜色の魔力が一直線に放たれる。壁やAMF等と言う障害を欠片も気にせず最大の威力で放たれた収束砲撃は限界まで収束を―――その放出を狭めて行われていた。前のレイジングハートであれば衝撃から少しずつ自壊が始まるであろう衝撃が繰り出されていた―――が、それをレイジングハートも、ビットも完全に受けきっていた。スカリエッティが生み出したという強化パーツは間違いなく本来あるべき完成度を凌駕して完成されていた。それは、

 

 ―――出せる全力を出し切っても壊れない程に。

 

 なのはの繰り出す砲撃がオリヴィエを飲み込み、そしてゆりかご内部を貫通する。文字通り全力のそれはイストが戦闘中だった間になのはが常に溜め続けた魔力だった。収束砲撃という性質上、なのははイストが戦闘中の間は一切の援護行動を行えないが―――その分の破壊力を完全に発生させ、そして叩き込むことに成功していた。完全に自殺に対して呆然としていたオリヴィエがスターライト・ブレイカーを防御する事も無く受け―――そして砲撃と共にゆりかごの外にまで吹き飛ばされる。

 

「ブレイクシュート……!」

 

 溜め込んだ魔力をすべて吐き出す勢いでゆりかごの外へと叩きだしたオリヴィエに砲撃のラストシュートを決める。その姿が見えなくなるのを確認するのと同時に、息を吐き出しながらなのはが床の上へと着地する。ストライクカノンフレームを開き、その名から十を超えるカートリッジマガジンを排出する。バリアジャケットに格納させておいたカートリッジマガジンをワンアクションでストライクカノンフレームへと投入すると、再びレイジングハートに魔力を溜め込み始める。

 

 その状態でイストへと近づき、そして首に触れる。

 

 

                           ◆

 

 

 ……脈がないなぁ。

 

 心臓が動いている様子はない。というかそもそも心臓がない。どうやらマジで死んでいるらしい。それを確認してからあいている右手で頭の後ろを軽く掻き、そして思考する―――まあ、大丈夫だろう、と。なんだかんだでこの先輩は不死身の男って定評があったし。そして何だかんだでこの男、死んだ程度じゃどうにもならなそうだし。

 

「ま、生きているなら早めに戻って来てねイスト……いい感じの叩きこんだつもりだったんだけど一発だけじゃ無理だったみたい」

 

 サイドステップでイストから離れ、そしてレイジングハートを構える。視線の先には船外へと続く大穴が存在し―――その先にはオリヴィエがいる。ただその姿は先ほどと比べてかなりボロボロだ。黒いドレスの様な戦闘装束の金属部分は完全に全て吹き飛び、そしてドレス部分に関しても切れ込みや破られた箇所が増えている。オリヴィエ自身も無傷ではなく、サイドポニーだった髪型は縛っていたリボンが切れていて完全なロングストレートとなっていた。ゆらりと、幽鬼の様に立ち上がるオリヴィエは呆然とした表情を浮かべ―――そして片手で顔を抑える。

 

「―――あぁ、なるほど。そういう事でしたか。……私、まだクラウスの事引きずっていたんですね。そして別人だって理解したつもりで……ぁ、なるほど。理解した―――つもりでいたんですね。えぇ、ですが理解しました。理解しましたので問題ありません。えぇ……ですから、私は負けません。負ける事ができません」

 

「……それはどうかな? 人間の心って結構複雑だよ?」

 

 それを武器に、利用したやり方は褒められないが―――それでも間違いなくオリヴィエに対して効果的だった。自分でもここまで見れば解る。オリヴィエは未だに引きずっている、姿を重ねてしまっている。故に今の自殺はオリヴィエにとっては覇王の自殺の様な光景だったに違いない。

 

 ……これは―――。

 

 オリヴィエは接近してくる。素早く、隙なく、高速で接近し一瞬で距離を詰めてくる。その動きに合わせてRHドライバーを重剣モードへと変更させ、そしてオリヴィエの一撃と正面からぶつけ合う。その瞬間にオリヴィエが動きを変え、素早く、コンパクトな動きでボディブローを叩き込んでくる。

 

『Jet step』

 

「なっ」

 

「うん―――」

 

 オリヴィエの一撃を回避しつつ、レイジングハートを振るう。上から断ち切るような動きで振り下ろす動きに反応し、最小の動きでオリヴィエが回避する。そのカウンターに放たれてくる拳をレイジングハートから手を離す事によって―――掴む。そのまま体を捻り、オリヴィエの体を回転させながら背負う様にオリヴィエを大地へと叩きつけ、そして手放したレイジングハートに放たせる。

 

「シュート」

 

 ビット、そしてレイジングハートが半自立モードで砲撃を放ち、大地へと叩きつけたオリヴィエへと砲撃と叩き込む。それを鎧で受け止めるオリヴィエは即座に体を復帰させ、バックステップを取りながら脅威から逃れる。軽く驚きの表情を浮かべるオリヴィエに対し、笑みを浮かべる。

 

「何を驚いてるのかな。私が今まで砲撃しかしないからもしかしてそれしかできないって勘違いさせちゃった? うん、だとしたらごめんね。べつにそこで死んでる元先輩程じゃないけど格闘も剣も槍も弓も投げも関節技も出来るよ? 教導官でストライカー級魔導師なのにその程度出来ない筈がないでしょ。他人やエースに教える以上最低でも”エース以上”はその分野において優秀である事を証明しなきゃいけないんだから―――一応実家の道場に通ったりもしたんだけど、まあ……」

 

 自分の横へと戻ってくるレイジングハートを握り、そして構える。

 

「―――心技体の内、心が乱れまくっているその状態だと私一人でも行けるかな」

 

 心は技と体を繋ぐ重要な部分だ。イストは自殺によってそれを完全に砕いている。それを狙っての自殺なのであれば―――大成功、オリヴィエの今の動きであれば十分自分が捉える事の出来る範疇だ。

 

「ならばそれが所詮幻想である事証明しましょう。そして―――」

 

 その言葉が続く前にオリヴィエも自分も前に出る。やる事は変わらない。

 

 ただ、

 

 ―――今のうちに勝負つけられなきゃ無理だね、これ。

 

 弱点を突いたとしても―――勝利は遠い。




 なおイスト本人はここまで有効になるとは思いもしなかった模様。あとなのは様は実に優秀な教導官という感じですな。人に教える以上最低限それを知っていなきゃいけない、という事で。ただプロフェッショナルには敵わない、って感じかの。多分砲戦の教官なんじゃないかな、専門は。

 ともあれ、イストさんに第二心臓はあるのだろうか

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