接近と同時にレイジングハートを振るう。オリヴィエの動きは確かに速く、捉え辛く、此方の死角を常に取ろうとして動いてきている。これを相手に常に正面に捉えて殴り合いをしていたと思うと改めてイストの近接戦におけるセンスのズバ抜けた良さを理解する。ただ今のオリヴィエは先ほど闘った時よりも一段階レベルが下がっている。訓練の相手だった兄よりも遥かに鋭く、そして本当に人間かどうか疑わしい相手だが―――それでもまだ戦える。そう、今の動きに、オリヴィエの動きをずっと見て来たからこそ視線で、動きで、全てでオリヴィエの動きに追いつく事が出来る。あとは自分がどれだけ自分自身のポテンシャルを引き出せるかの問題だ。故に問題ないと断言する。良く見てみろ。あの先輩が、イスト・バサラが出来たのだぞ? 死んでまで繋げたのだぞ? 自分という後輩に。
……なら、出来ないわけがないでしょ―――!!
「レイジングハート!」
『Nothing is impossible master』(不可能なんてありませんよ)
何時も通り―――!
回避する。オリヴィエの繰り出す鋭いショートジャブを横へ飛行魔法の応用で床を滑る様に回避する。その動きに合わせて体を捻り、回転しながらレイジングハートを重剣モードで叩きつける。それをオリヴィエは回避することなく聖王の鎧で受ける事を選択肢として防御する。見えない障壁とレイジングハートがぶつかり合い一瞬に拮抗が発生する。それによって弾かれるのは―――自分とオリヴィエの両方だった。オリヴィエのメンタルコンディションはやはり最悪で、そしてそれは聖王の鎧の出力の低下として如実に表れていた。オリヴィエに対してダメージが入る様子はない。だがそれでも、一方的ではなくオリヴィエも後退したという事実が今まで戦闘結果と合わせて―――確実な勝機として見えていた。
オリヴィエが下がるのと同時に砲撃モードへとレイジングハートを切り替え、そしてハイペリオンスマッシャーを三連射する。八つの砲口全てから、全方位から打ち込まれるオリヴィエは鎧で受け止めつつも、今までにはないよろめきを見せる。その瞬間に魔力を込め、一撃を強化してから四射目をオリヴィエへと叩き込む。
「ピアシング・デストラクター!」
周辺を破壊しつつ貫通力に特化した砲撃を叩き込む。それが聖王の鎧に対してはどれだけ有効かは解らないが―――今の状態では完全なノーダメージとは行かないだろう。そう思考し、レイジングハートを重剣モードへと変形させる。次の瞬間にはオリヴィエの姿が眼前にあり、防御に成功するのは予めその動作を予測してからにすぎない。
それでも、
「覇王断空拳」
「ぐっ―――!」
衝撃がレイジングハートを貫通して体に届く。これは先ほどまでイストが対聖王に放っていた鎧貫きの奥義だ。魔法無しにこういう事をやってのけるから兄やイスト等の武術に傾向している連中は人外だと思う―――まあ、自分が言えた義理ではないが。
「はぁ―――!」
「ふぅ……!」
息を吐き出してレイジングハート越しに繰り出される二撃目に歯を食いしばって耐える。ただそれでも威力は凄まじく、身体に響く様な衝撃を受ける。防御力に関しては割と自信があったものだが―――バリアジャケットやプロテクションなんて聖王の前には無意味だった。必要とされるのは素の防御力。こういう状況で改めて前衛で盾をやってくれる人間のありがたみが解る。が、とりあえずは、
「ヴィヴィオちゃんちょっとお母さんを舐めすぎかな!」
レイジングハートを振り上げるのと同時に拳を叩き込まれる。だがそれによって発生するオリヴィエの一撃によるダメージや痛みなどを全て無視し、レイジングハートを振り下ろす。それはもちろん聖王の鎧によって防がれるが―――それを無視し、叫び声を上げる。
「おおおぉぉぉ―――!!」
『Cartridge load』
カートリッジをマガジン単位で消費しつつ、レイジングハートは推進力として魔力を、砲撃を吐き出す。
「ッ!?」
オリヴィエが素早く防御の為に頭上で腕を交差させる。上から押しつぶす様に放たれたレイジングハートの振り降ろしを聖王の鎧と共々合わせて防御に入るが―――それでも鎧やオリヴィエの前にゆりかごの床が悲鳴を上げる。オリヴィエの足場が一気に砕け、そしてその身が床へと沈む。その瞬間を狙って後ろへとバックステップを取りながらレイジングハートを砲撃モードへと変化させる。オリヴィエの復帰も素早く、前へと出てくる。その動きを縛る様にビットとビットの間にチェーンバインドを発生させ、オリヴィエの前を封鎖する。
「邪魔です!」
「うん、それでいい」
バインドをものともせず突き進んでくるオリヴィエの姿をとらえる。その姿を縛る事なんてできない。始めからわかりきっていた事だ―――だが、その進撃を遅らせることはできる。そして一秒ではなくとも、半瞬その動きを鈍らせることができれば、イストの成果と合わせてそれは自分にとって十分すぎる結果となる。
「別に、イレイザー系の技を使えるのはイストだけじゃないよ!」
オリヴィエの接近と同時に手加減なしのイレイザー―――消滅系魔法を放つ。触れた者は分解し、そして消滅する殺傷力における最高の魔法。それを砲撃としてオリヴィエへと向けて放つ。それを自分へと向けて放たれたとオリヴィエは理解しながらも―――正面から打撃した。
「むしろそちらの方が対処し慣れていますよ」
”ただの”イレイザー系魔法では聖王に届かない。砲撃を殴り壊しながら接近したオリヴィエの存在がそれを伝える。そして次のアクションには砲撃を放ったために僅かなラグが出る―――それはこの戦いにおいてはあまりにも致命的過ぎる。レイジングハートの急速冷却とモード変更を完了する前にオリヴィエが拳を此方の体へと叩き込んでくる。バリアジャケットもプロテクションをも貫通する聖王の一撃―――それをまともに受けたのはこれが初めてだ。
「これを―――」
何度も受け止めていたとかアホなんじゃないかな。
シグナム達も割と丈夫にできているんだなぁ、と思いつつ一気に吹き飛ばされる。そのまま体は一気にホールの終わりまで吹き飛ばされ、背後から壁に激突する。たった一撃腹に受けただけというのに、口から血を吐きだし、そして今にも意識を失いそうなほどに痛みを感じていた。まるで全身を同時に殴られたかのような痛みだった。殴られたら死ぬ、という言葉の意味がようやく分かった。今のオリヴィエが本調子じゃない為この程度で済んだが、本調子であれば間違いなくノックアウトされていた。
「殴られずに一方的に叩け、か。ちょっとってか、結構辛いかなぁ……」
めり込んだ壁から自分の体を引きはがす。ぱらぱらと砕けた壁の破片が自分の身と共に壁から離れ、床へと落ちる。横へ視線を向けて口の中に溜まった血を吐きだしてから散開していたビットを集め、自分の周りに浮かべる。結局、自分ができることは砲撃だ。それが一番得意であり、教導隊で教官をする時も砲撃戦の仕方とかを良く教えるし……うむ、だからこれで勝負するしかないんだろうな、と思考し。
「チャージ」
『Standy by ready』
「フルドライブモード・イレイザーモード」
『Fulldrive』
レイジングハートからありとあらゆるリミッターが外され、そして魔力を一気に吸い上げ始める。イレイザーという魔法の種別が圧倒的に殺傷能力に、そして破壊力に優れているのは事実であり、覆せない事だ。先ほどそれが防がれたのは―――ただ単に威力とタメが少なすぎただけの話だ。つまり究極的に頭の悪い方法で対応すればいい―――即ちもっとタメて、もっと威力を上げればいい。というかそれ以外の攻略法が自分には存在しない。正面に巨大な収束魔力球を生み出せば、その向こう側、数百メートル先にオリヴィエが立つのが見える。
「それが奥の手ですか―――いいでしょう、つまりそれを乗り越えれば私の勝ちですね。……覚悟はできましたか?」
「それはこっちの言葉だよヴィヴィオ―――今から体の中の悪いもん全部ぶっ飛ばすからね……!」
チャージが完了するのと全咆哮をオリヴィエへと向ける。オリヴィエはその瞬間に強く大地を踏みしめる。一息の呼吸をするのと同時に、収束した魔力全てを圧縮し、閃光として吐き出す。
「ヴァニシング・レイ……!」
「殲撃」
二つの消滅系の魔法がぶつかり合う。が、質量として遥かに強大な砲撃が一瞬でオリヴィエのそれを飲み込む。そこにヒットした手ごたえはあるが―――しかし、目的の物を消し飛ばしたという感覚は存在し無かった。即ち聖王核と聖王の鎧。勝利の為にはそれを吹き飛ばす事が何より重要だった。それこそが今の聖王の力の源であり、そしてそれを支える物だ。何よりも、
調子を取り戻してきている……!
オリヴィエは動きながらドンドン調子を取り戻していた。少しずつだが動きがもっと”確か”になっていた。無理やり心を落ち着かせたのかもしれない。だとすれば完全に自己を取り戻す前にオリヴィエを一気に沈める必要がある。故に遠慮なく本気の一撃を叩き込む。
だが、ヴァニシング・レイがその中からはじけ飛ぶ。そこに軽い傷を負ったオリヴィエの姿が見える。だが砲撃は続いている。その反動から自分を後ろへと押し出すほどの威力だ。だがそれでも―――オリヴィエは再び砲撃を弾き、消し飛ばしてから前進し、再び飲み込まれた。反射的にヤバイと判断する。今出せているのは状況が許す限りの最高の一撃だ。欲を言えばもっとチャージに時間が欲しかったところだが、
『Cartridge load』
カシャン、と音を立てながらレイジングハートがマガジンを放出する。一気に砲撃の威力が上がる。それでもオリヴィエの前進は止まらない。数年前の対イング戦も似たような感じだったことを思い出すとベルカには対砲撃戦を格闘で教えているのだろうか。―――そんなくだらないことを考えてしまうぐらいにはオリヴィエの進撃は止まらず、そして確実に距離を詰めていた。どうす……逃げるか、それとも―――。
「―――ブラスター1! ブラスター2! ブラスター3!」
リンカーコアを削る勢いで魔力を引き出す。それと同時にゆりかごがその内部からごっそりとその構造を消滅させられる。凄まじい魔力の奔流は一気にオリヴィエをその鎧ごと飲み込んでそしてその外装を消し飛ばしにかかる。現状出せる最高の一撃。それを、
「ブラスターモード習得―――ブラスター3までフルドライブ……!」
「嘘…………!」
巨大な魔力の塊が消滅しながら高速で砲撃の中を突き破って進んでくる。砲撃を中断し即座に回避すべきなのだろうが、強大過ぎる一撃の反動から体は砲撃の体勢から動かない。来る、そう確信した瞬間には額から血を流したオリヴィエがヴァニシング・レイを突き抜けて参上する。腕を振り上げ、全身から虹色の魔力を垂れ流しながら力を腕に込めるのが見え、
「守って!」
「はぁぁあああ―――!!」
ビットを盾にする為に動かす。だがそれをオリヴィエは殴らず、噛み砕く事で妨害を突破する。そしてそのまま、握った拳を振り下ろした。頭上から繰り出された拳によって息を吐き出しながら床へと叩きつけられる。その反動で体が床から僅かに跳ねあがる。その瞬間を狙い、オリヴィエの蹴りが繰り出される。素早く右腕だけでも蹴りと体の間に潜りこませる。
しかし、
めきっ、と嫌な音を立てながら体は衝撃を受けきって吹き飛ぶ。
「かぁ、あ、はぁっ、ぐあぁ……」
転がりながら血を吐きながら、息を求めて荒く呼吸する。床に這いつくばりながら視線を持ち上げれば軽傷のオリヴィエが軽く息を整えながら此方を見下ろす姿があった。動かなくてはいけない。それを理解するが、それでも体はそれに従わない。
……ダメージが……。
食らいすぎた。元々一発目で体にガタは来ていた。その上ブラスター3まで発動させたのだから体が動けないのは当たり前の話だ。―――だからこそそれを突破し、そして尚且つ受けきってもまだ軽傷で済んでいるオリヴィエの実力が凄まじ過ぎる。見たものを瞬時に覚え、活用し、応用し、そして使いこなす。
「ヴィヴィオを助けなきゃいけないのに、倒れていられるか……!」
だからどうした、という話だ。
意志がある限りは戦える。全身が悲鳴を上げて戦いを止める事を懇願している。右腕は完全に折れて変な方向にぶらりと下がっている。だけどそれがどうした。チェーンバインドで腕の形は無理やり整え、そして魔力で操作すればいい。痛みは根性で無視できる。魔力だってAMFを無効化するレイジングハートドライバーのおかげでまだまだ行ける。リンカーコアがこの後どうなるかを考えなければブラスターモードも使える。
「えぇ、立つでしょうね、貴女なら―――ですから油断することなく慢心することなく、本気で終わらせます」
それでもオリヴィエは虚飾無く、本気で襲い掛かってくる。拳を振り上げ、最速の一撃を叩き込んでくる。体はそれに反応する事が出来ずに、ゆっくりとレイジングハートを構える事しかできず。
目の前の光景に笑みを浮かべる事しかできない。
「―――遅いよ」
オリヴィエが踏み込み、そして拳を叩きつける瞬間、言葉が返ってくる。
「―――”王殺”、ベオウルフ!」
「ッ!? しま―――」
言葉が響いた瞬間にはすべてが遅すぎた。パリン、と音が響くのと同時に聖王の鎧は完全に砕け散る。聖王を守る最強の鎧は完全にその為だけに生み出された覇王の拳と、そして必滅の拳の合わせ技によって滅びる。その異常事態に驚きを浮かべるオリヴィエに、レイジングハートは向けられている。
「悪い子はオシオキだよ」
砲撃がオリヴィエへと叩き込まれる。鎧の存在しない生身のオリヴィエへと。桜色の一撃が一気にオリヴィエを拭き飛ばし、そしてホールの向こう側へとその姿を吹き飛ばす。
そんな空間の中で、銀髪の男が頭の後ろを掻きながら現れる。
「流石に即死するのは初経験だったからちょいと時間がかかったわ」
まるでなんて事もない風に彼は言う。相変わらずだなぁ、とも思う。
「時間かけすぎ。おかげで本当に死んじゃったかと思ったよ」
「悪いな、ヒーローは遅れて登場するもんだ」
「じゃあヒーローってのはタチの悪い芸人みたいなもんなんだね、何時もタイミング計ってるんだから」
「違いねぇ」
左目と開いていたはずの胸の穴を完全に取り戻し、イスト・バサラが立っていた。不敵な笑みを浮かべ、そして左右で違う瞳の大きさの目をオリヴィエへと真直ぐ向けていた。
「―――さて、ファイナルラウンドのお時間だオリヴィエちゃん、今度はお前が頑張る番だぜ」
改めて思う―――この元先輩は馬鹿だ、と。
ベルカ人にリレイズは標準装備です。なので蘇るのは基本です。テストにでますよ。