研究所の入り口、適当な岩の上に座っていると、研究所の中から管理局の制服姿の魔導師が出てくるのを見つける。立ち上がり、形だけでも敬礼をする。出てきた相手も小脇に書類を抱えたまま、敬礼する。その動作は早いが、解くのも早い。まあ、一々硬くしていれば疲れるというやつだ。すぐに崩すとすぐに会話に入る。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。それで―――」
「はい、報告内容と見つけた内容は一緒でした。欲を言えばポッドの中身をそのままにしてほしかったですが、それも致し方がない話でしょう」
「あはは……」
居場所の悪さに軽く頭を掻くと、管理局員は話を続ける。
「ポッドの稼働を停止させてしまっているので、ある程度細胞の死滅が開始してしまっていますからね。……まあ、個人的にはそれが人道的で、そして正しい判断だと肯定しますが。……あ、すいません今のはオフレコでお願いします。ともかく、お仕事お疲れ様です。あとは此方の方で引き継ぎしますのでもう帰っても大丈夫です。今回は結構暴れたそうなのでボーナスも出る筈ですよ」
「マジ……本当ですか」
あはは、と相手が苦笑する。
「別に録音されている訳ではないので言葉は崩しても大丈夫ですよ。えーと使用されたカートリッジは……」
「あー、確か二十発だな」
「はい、二十発ですね。たぶん経費で落とせますので、こちらから空のカートリッジを送っておきますね」
あの研究所の攻略のどこに二十発もカートリッジを使う必要があったか、と言われると、研究所を見つけるのに使ったのだ。
砲撃を連射。連射。連射。連射、そして連射。そうやって軽く地表を薙ぎ払い、研究所の入り口を露出させたのだ。正直な話、相手には警戒されるがこれが一番楽な探し方でもある。どーせ索敵系の魔法はそこまで得意ではないのだから割り切ってしまえばいいのだ。地上を滅ぼす、実に楽である。
「ではお疲れ様でした」
「おー、お疲れ様ー」
椅子代わりにしていた岩から離れ、軽く体を捻ったり、伸ばしたりする。管理局員が去った事を確認し、軽く息を吐く。自重する様に小さな声で、
「はぁ―――なにやってんだ俺……」
どーせこーなるんですよね、えぇ。ベルカ男子って基本的に騎士思考だし。自分の性分だけはどうにもならないなぁ、と軽い呆れの溜息を吐いてから待機状態である普通のオープンフィンガーグローブとなったベーオウルフを見て、
「よろしく」
『Yes master』
この世界が無人世界ではなく、管理世界で良かった。
そんな事を思いつつ短距離用の転移術式を起動させる。目的地は最寄りの街以外にはない。
◆
バリアジャケットはとっくの前に解除されており、服装はこの熱帯の地域に適応して非常に軽いものとなっている。黒のジーンズに半ばまでめくったカッターシャツ。もちろんネクタイはなく、シャツの裾もおもいっきり出している。それでも暑く感じられるので上のボタンは二つも外している。街へと到着し、入り口近くで売っていた安物サングラスをかけ、目的地であるホテルへとやってくる。
あえて観光地の近くに研究所を隠した発想は中々のものだった。何せ普通研究所と言えばそれなりに人がいないところか無人世界を選ぶものだからだ。狂気の沙汰とも言える所業だが、研究の進行を見るにかなり有効な判断だったらしい。まあ、潰してしまった今ではそれも関係ないが。ホテルに入るのと同時にサングラスを持ち上げて頭に引っ掛ける。そのままロビーまで行き、受付に顔を見せる。
「……」
此方の顔を確認し、受付の女性が此方の要件を認識する。コクリと頷くと部屋の鍵を渡しにきてくれる。そして、他の人間には見えない様に手の中に隠していた紙幣を数枚渡す。この交換が終われば関係終了。もはやチェックアウト以外で関わる必要はない。こういう観光地で働く人間は基本的に薄給なので、お金を渡せば大抵何でもしてくれるのが便利だ。
……なんか、思考が汚れてるなぁ……。
何時からこんなにヨゴレ系になったんだろうか、と軽く自虐的思考に囚われつつもエレベーターへと乗り、一気に階を上がる。駆動音を聞かせないエレベーターの静かな時間が終了し、エレベーターから降り、鍵に書いてある番号の部屋へと向かう。借りた部屋を見つけ、鍵を差し込み回す―――ハッキングができる機械式よりは鍵で閉めた方が安全性が高いというのは科学技術が発達したことに対する皮肉な事なのだろうか。まあ、それはさておき部屋へと上がりこむ。
後ろ手で扉の鍵を閉めながら、中に入る。部屋は結構広い……というか四人も子供を並べるのであれば必然、広い部屋でベッドの数を多くしないといけないのである。今回はカートリッジを経費で落とせたのにそれがパァになったなぁ、等と思いつつ―――少女達を寝かせたベッドを見る。
あぁ、そうだ。
悪ぶっていたくせに、最終的にはポッドの中で浮かんでいた少女達を助けてきたのだ。
「どうやってミッドチルダに帰るんだよ俺……」
確実に空港で引っかかるぞ俺。状況に頭を抱えたくなりながらも、ちゃんとベッドの上の少女達を見る。確認できるのは二人だけだ。他の二人は布団の中へ隠れてしまっているらしい。だが寝相が悪いのかベッドの上へと転がり出ている二人はちゃんと服を、パジャマを着ている。受付の女性は最低限の仕事はちゃんと果たしてくれたらしい。流石に服を着せないのはどうかと思ってたし、これで最低限の倫理観は守れている。もう少しベッドに近づいて二人の様子を窺うが、どうやら問題はなさそうだ。
では、
「もう二人は、っと」
確認するためにも少しだけでもベッドを覗きこもうとした瞬間、横から声が響いてきた。
「今だ! かかれぇぃっ!」
「はっ? えっ?」
そう言って明確に指示を出したのはベッドの上で寝ている様に思えた白髪、短髪の少女だった。明確に此方を見てそう声を上げていた。そしてそれと同時に感じるのは背後からの気配だ。
「フハハハハッ! 僕に任せろー!」
ベッドの上を確認するために片膝をベッドに付けている。その場から素早く移動するために、体をまだ場所がある左へと転がる様に飛ばす。次の瞬間、青髪の少女が先ほどまで俺の体があった場所にキックを決めているのが見えた。
「ちょっ、待て」
ストップを呼びかけるが、返答となる返事は背後から来た。
「これで終わりです」
そして背後から衝撃が来る。かなり固く、そして重い衝撃―――言葉として表現するのであれば、まるで花瓶を叩きつけられたような衝撃だった。というかパリーンと音を鳴らし、足元に花瓶の破片を散らしている辺り、確実に花瓶を使いやがった。痛みに反射的に頭を押さえる。
「ぬう、我らの完璧な連携をもってしても落ちぬか!」
ぐぉぉ、と痛みの声を漏らしながら顔を持ち上げれば、先ほどまで寝ていた、いや、タヌキ寝入りしていた少女がベッドの上で仁王立ちしている。その背後で金髪長髪の少女がくいくい、と白髪少女の服の裾をひっぱっている。
「あの、ディアーチェ?」
「えぇい、心配するなユーリよ、この悪漢に我らの正義を示し自由を手にして見せよう」
「あ、我が王。花瓶通じない時点でたぶん無理です。詰みました」
「諦めるの早いなあ!」
じゃあ、と言って頭の裏を擦る此方の前に構えて出てくるのは青髪の少女だ。何やらシュシュシュ、と口に出しながら色々と構え、
「ならば僕が相手だ! ふふん! 僕は強いぞー! 凄いぞー! 最強なんだぞー!」
「テンション高いなぁ……」
「そこには私も同意します」
「シュテル貴様は何諦めムードに入っているんだ!?」
ディアーチェと呼ばれた白髪の少女がどうやらリーダー格らしく、茶髪の少女の言葉にツッコミを入れている。もとより戦意がなく此方を敵ではないと認識している金髪の少女はいいとして、この茶髪の少女はどうやらかなり冷静なタイプで、状況把握能力が高いらしい。おかげで此方に敵意がない事を理解しているようだ。青髪と白髪は知らん。たぶんテンションあがっているんじゃなかろうか。
「えぇい! やれレヴィ!」
「とぉぅ!」
「おぉぅ」
白髪の合図とともに青髪の少女が一気に懐へと飛び込んでくる。魔力を使っていない素の身体能力頼みだというのに、中々すばしっこいものがある。
「必殺!」
叫びながら青髪の少女が踏み込んでくる。
「秘儀デコピンカウンター」
「ぐわぁー!」
「れ、レヴィ―――!」
だが飛び込んできた瞬間に合わせて額にデコピンを叩きつける。確かに早いし、鋭く、どこか完成された動きに見えるが―――やはりポッドから出たばかりか、体が運動に追いつけていない。イメージと肉体が合っていない、そういう所だ。だからあっさりと入り込んだところで動きが追いやすく、デコピンを叩き込める。
そしてデコピンを受けた青髪の少女は床に倒れ、
「ぼ、僕はもうだめだよ王様……王様だけでも逃げて……」
「臣下を置いて逃げる王が一体どこにおる! 我がレヴィの仇を取るぞ……!」
「なんだこの茶番」
花瓶をぶつけられたからではないが、軽く頭が痛くなってきた。かかって来い、と言わんばかりにベッドから飛び降りたディアーチェと呼ばれた名の少女は拳を構えているが……どう見てもその構えが素人のものだという事は解る。もう少しマテリアルズに関する資料をよく確認すればよかったのだろうが……たぶんこの娘たちはチームで運用される事を前提にされているのだろう。シュテルと呼ばれた茶髪の少女が参謀、青髪のレヴィという少女が切り込み隊長、白髪のディアーチェがリーダーでまとめ役、そして金髪の子が癒し枠に違いない。あぁ、間違いないだろう。
さて。
「いい加減にしないと、お兄さん少し怒っちゃうぞ……?」
「そ、そ、その程度で我が引くとおお、お、思っているのか!」
「本当に大丈夫ですかディアーチェ……?」
たぶん大丈夫ではない。証拠に足が小鹿の様に震えているし。なので、気づいているのであればそこのシュテルという少女に王の臣下というのであれば是非とも進言して欲しい。
「はい、では王よ、いい加減にそのお兄さんが優しくしてくれている内にユーリの話を聞きましょう」
「む?」
ファイティングポーズをとっていたディアーチェは振り返ると自分の背後の方でおどおどと困っていた金髪の少女、ユーリと呼ばれた彼女を見て、そして首をかしげる。
「どうしたのだユーリよ。何か問題があるのであれば我に言うがいい」
「えーと」
と、ユーリは申し訳なさそうに此方を見ながら言う。
「この人、助けてくれた人です……」
「……」
ディアーチェがユーリの視線を追い。拳の骨を鳴らしている此方を見て、そして再びユーリへと視線を向ける。ユーリはそれに対して無言でコクリと、頷く事で応え、そしてシュテルを見る。
「これじゃあまるで我が悪者ではないか」
「えぇ―――ぶっちゃけると主犯ですね」
無言のジト目がディアーチェに集中し、そして無言の圧力の中で、ディアーチェが困ったような表情を浮かべ、そして正座する。
「……いや、我な? こう、作られた存在とはいえ王様だしな? こう、臣下と盟主を守らなくてはいけない使命感があってだな? だからこんな状況、貞操を奪われる前に何としてもサイフをパクって我らのデバイスを取り返して、んでこっから自由にやろうと思ってだな」
「……まあ、その気持ちはわからんでもない」
はあ、と溜息を吐いて腕を組む。この少女の言い分は解らないでもない。何せ、彼女たちはわけもわからない状況で目を覚ましたのだ。ともなれば、真っ先にやってくる人間を疑うか、もしくは情報を得ようとするだろう。ただ、その手段が少々お粗末なのと、そして話を最後まで聞いてないのがいけなかった。だからこそ溜息しか出なかった。
……とりあえずこの花瓶は弁償だなぁ、と思いつつ、再び口を開く。
「さて、俺の名前はイスト。イスト・バサラだ。第12管理世界出身のベルカ男子だ。基本的に曲がった事は苦手なんでよろしく」
あ、と声を出して応したのはユーリと呼ばれた少女だった。
「ユーリ・エーベルヴァインです……たぶん」
それに続く様に、
「シュテル・スタークスです。たぶん」
「えーと、たぶんレヴィ・ラッセルだよ! かっこいい名前だろー!」
「そして我の名前がディアーチェ・
「貴様らいい加減にせぇよ?」
軽く拳を固めて言うと、ディアーチェが手を此方へと向けてブンブン、と音を鳴らすほどに振る。
「ま、待て! 話せばわかる! 我らはぶっちゃけ記憶のインプリンテーションを受けている! だから我々が本物のコピーのコピーである事も自覚しておる」
そこでディアーチェの声のボリュームが下がり、少し悲しい響きを持つ。
「……ゆえに我らはこの名が本当に己のものであるかどうか、それを持つ資格があるに足るかどうか。それを判断する術がないのだ。だからこそ”たぶん”だ」
そうか―――そうか。この少女達はインプリンテーションで記憶と情報の転写を行われており、自分がコピーのコピー? だという事を許容している。その精神性は理解できないが、確かにそれが本当に正しいと名乗って良いのかは迷う事だろう。しかし、どうだろうか、ならば、やはり―――こういうほかあるまい。
「―――おう、じゃあ自己紹介が終わった所でさよならだな」
「んなっ!?」
当たり前だ、と言葉を置き、一瞬だけ考える時間を与えてから再び口を開く。
「今の所お前ら人生最高の厄ネタだぞ? ―――最低限の義理は果たしたし、これで終わりだ」
「……待ってください」
誰もが何かを言いたそうに口を開いた瞬間、一番最初に口を開き、場を制したのはシュテルだった。ディアーチェへと視線を送り、少し焦った様子でディアーチェからの頷きを得て、そして口を開く。視線は冷静にこっちを見て、
「……なるほど、現状を見るに我々が危険かつ厄介な荷物であると思えるのですね? つまり―――」
シュテルは簡潔に言った。
「―――助けてほしかったらメリットを言え、と」