ここで決める―――!
即ちなのはの次の一撃で聖王核を破壊するという宣言だ。聖王核―――それは聖王の力の源、起原、その身に鎧や無限学習を与える無限の力の源。それを破壊する事がオリヴィエ抹殺の一歩目であり、そしてヴィヴィオ奪還の一歩目でもある。聖王の鎧が砕かれた今、オリヴィエの身に宿る超人的能力はもはや学習能力と、そして生まれつきより持っていたその莫大な魔力だ。それでさえこのザマ。
後先考えずに、なのはに一瞬を作るために全部ぶっこんでいくぞナル。
―――心のままに暴れろ。
「おおおお―――!!」
口から漏れだすのは獣の様な咆哮でしかない。痛みを、疲れを、恐怖を、全てを吹き飛ばす様に咆哮をあげ、バルニフィカスを片手にスピリットフレアを纏う。全身を赤黒く染め上げる魂の炎を纏った体は肉体の限界を超えて、魂の強度を肉体へと与える。全力の踏み込みはそれだけで音を割り、そしてオリヴィエの首へと刃を届かせる。左の逆手で握るバルニフィカス・ダガーがオリヴィエの首に数センチ食いこんでからオリヴィエが気付いたかのように体を吹き飛ばす。その動きに遅れないように即座に追撃に入る。背後のなのはに完全な準備を完了させるためだけに、全てをぶっこんで行く。
―――元々殴る蹴るかしか脳がねぇ馬鹿だけどだ……!
だがオリヴィエもその程度気付く。俺が全霊を持って足止めしている事と、そしてなのはが最大級の一撃を準備している事を。そしてそれが自分に対して不利な結果しか生み出さない事を。故に俺が動くのと同時にオリヴィエも動く。超高速という領域だ、フェイトの加速魔法に見たことのない加速法でフェイト以上の速度を持って一気に抜き去ろうとする。
そこに割り込む。
「割り込んで―――」
「おおおぉ、ぉ―――ッ!!」
雷の魔力で神経信号を無理やり加速させ、そして動きに爆炎を混ぜる事によって瞬間的な速度を超加速させる。スピリットフレアでそのまま全身を砕け散りそうなほどに強化し、追いつけない筈の速度に無理やり割り込む。そうして一瞬だけ驚いたオリヴィエに対して右拳を叩き込む。それはオリヴィエの神速の反応によって防がれる。が、それに構うわけもなく、悲鳴を上げる体を無視し、文字通り後先を考えず、
「い、く、ぞぉ―――!!」
全力のラッシュを繰り出す。超高速で繰り返す拳とバルニフィカスのラッシュをオリヴィエは両手を使って捌いて行く。だがその顔は涼しいものではなく、段々と険しいものになって行く。それもそうだ、オリヴィエの目的は突破であって膠着する事ではない。故にこうやって足止めを完璧されているオリヴィエにとっては不本意だが、
「ははははは―――!」
咆哮に狂ったような笑い声を混ぜて殴りつける。オリヴィエが受け流そうとする動きに抗い、拳の軌跡をバインドで無理やり繋げる事によって受け流される事を否定し、その胸に一撃を叩き込む。そのまま二撃目を叩き込むためにバルニフィカスを振り上げ、
そして全力で斬り下ろしを繰り出す。
技巧を全て捨て去った腕力と魔力任せの一撃は大斬撃を生み出しつつ魔力刃となって大地を抉る。大きくオリヴィエの体に傷が刻まれ、そしてその体から鮮血が吹き出る。返り血を浴び、オリヴィエへと視線を向けるのと同時に見る―――オリヴィエの目が片時も此方を放していない事に。そしてオリヴィエが手を伸ばし―――顔を掴んでくる。
「―――ッ!」
そのまま顔面を床へと叩きつけられた。ギリギリのところで床を殴る事で衝撃を緩和するも、オリヴィエに絶対的アドバンテージを許す事になる。この状況はいけない、そう判断した瞬間、オリヴィエの声が響いてくる。
「私は―――」
追撃に繰り出されてくる踏み潰しを転がり、身体をそのまま上へと起き上がる様に飛ばす。その姿へと素早く追撃が入ってくる。目の前の空間そのものに打撃を叩き込んでオリヴィエに一旦距離を放させようとするが―――それを無視してオリヴィエは被弾しつつ突っ込んでくる。此方の首を掴んでそして体を壁へと叩きつける。再び背後を打撃する事で体への衝撃を防ぐ。
「―――普通の少女として生まれたかった」
逆の手で拳を叩き込んでくるオリヴィエに対して膝を叩き込む。拳が叩き込まれるよりもタッチの差で決まった膝蹴りはオリヴィエの体を僅かに後退させる。その隙に腕の拘束から逃れ、踏み出しながらオリヴィエは攻撃を受け入れ、そして吹き飛ばされる。吹き飛ばされたオリヴィエはゆっくりと動き、
「……でも、所詮幻想ですね。そうなってしまったら諦めるしかないんです。諦めない、どうして諦める。なんでそこで手放しちゃう―――そんな言葉は所詮ご都合主義任せの現実の見えていない言葉なんです。現実から目をそらしてはいけない。私は王、聖王―――国を治める王。誰よりも常に未来と現実を見なきゃいけなかった。それでも一度は、質素な服に身を包んで、普通に結婚して、普通に暮らす事を夢見ていました……えぇ、所詮幻想でしたが」
オリヴィエの体が静止状態から一瞬でトップスピードへと入る。その姿は自分の目では負えない程の速さへと加速する。故にナルの目を通してその姿をとらえる。ユニンゾンデバイスとしての視界と、そして思考加速。それを持って全ての動きをスローに捉える。再び雷と炎で加速をしつつ、一瞬で回り込んだオリヴィエに対して回し蹴りを繰り出す。それを食らいながらオリヴィエは踏み込み、拳を振るう。
「―――家族はもういなくて、母国は一度滅んで、クラウスはもういなくて―――何故、何故こんな時代に私を起こしたんですか」
「さてな、キチガイ紫にでも聞けよ。俺の役割はお前を再び長い眠りにつかせる事だからな―――まあ、積極的に手伝ったけどさ」
スカリエッティの野郎なら確実に面白そうだから、なんて他人の都合かまいなしに応えるだろう。あぁ、全部終わったら改めて一発殴らなきゃ駄目だこれは。
そう思ったところで一撃を叩き込まれる。全身を貫く様な衝撃に今度こそマトモに入った一撃は体を拭き飛ばし、そして壁へ体を叩きだす。骨の砕ける音が自分の体から響くのを聞くのと同時に魔法を発動させる。無理やり電気ショックを痛覚神経へと送り込んで意識が落ちるのを防いでから再度グレンデルを発動させる―――動こうとしない体の部位を魔力操作によって無理やりマリオネットの様に操作する。痛みのあまりに口から変な笑い声が漏れているが、それは相手も同じだ。―――それでもまだダメージレースに勝利しているのは相手だが。
しかし……体がガタガタだなぁ……。
結局の所炎も雷も、どっちも実際にシュテルやレヴィから変換済みの魔力を借りているわけではなく、リアルタイムでトリニティプログラムを通じて、二人の変換資質をコピー、体内で生成しているのだ。ユニゾン状態で、しかもこれだけの高い適性がないと出来ない荒業だが―――結局の所やっているのは何時も通り自己改造だけだ。回復魔法がそろそろ体に通じなくなり始めている。故に、
『イスト―――』
「ここが勝負時……!」
なのはが念話で準備完了を伝えてくれる。あとは確実になのはが砲撃を放ち、そして命中させられる環境を生み出すのみ。それが今の目的である事を自覚し、体を前に出す。それしかできないのであれば、それを徹底的に貫くしかない。再び咆哮を上げながら前に出る。ホールの奥で連結した機械砲を構えるなのはの為に、
全速で動く。瞬間的に加速を繰り返し、一気に最高速に乗る。そのまま自分の体に残っている全ての魔力を両腕に纏い、残像を残す様にオリヴィエの背後から襲い掛かる。それに対しオリヴィエは―――不動で相対する。こいつ―――そう言葉を吐こうとする瞬間にはオリヴィエが背後から殴りかかってくる此方の動きを一度受けてから、止まった拳を取ってくる。
―――俺の戦い方を……!
一番無茶で、そして推奨できない戦い方を学習した。
「素早い相手には不動から受け止めて、そして―――」
「―――だけどなぁ!」
拳を掴まれた時点で腕は諦める。バルニフィカスで掴まれた右腕を切り離す。その衝撃で僅かにオリヴィエがよろける。その瞬間に蹴りを繰り出し、オリヴィエの姿を弾き飛ばす。同時に、バルニフィカスを構え、
「魔弾」
炎雷を乗せたデバイスそのものを投擲する。
「ランスタァ―――!」
投擲と同時にバルニフィカスが消失する。そして次の瞬間にはそれが、
「見切った……!」
回避された。インタラプトでも、逆算でもなく、純粋な身体能力で出現した瞬間に体を刺されるよりも早く動かした―――なんていうバカげたことをオリヴィエは成し遂げた。まず人間の動きではない。人間という領域を超えている。だが、それは、
「―――ありがとう、見せるよ。私の全力全開」
限界を超えた動きは確実にオリヴィエに対して一瞬の硬直を与えてしまった。そしてそれを見過ごすほど高町なのはという存在は愚かではない。連結された二つのデバイス、レイジングハートとルシフェリオン、それを構え、圧縮された複数の砲撃術式を連結し―――それをオリヴィエへと向けていた。本来であれば収束された魔力は球体となって砲口の前に出現する筈だが、それすら圧縮し、完全にデバイスの中へとなのはは収束させていた。
その対価として、その手は反動で真っ赤に染まり、無数の罅割れを見せていた。その砲口を真直ぐオリヴィエへと向けたなのははトリガーを引く。そしてオリヴィエはその瞬間に体を動かす。硬直というものを無視し、無理やり体を動かす。それを阻止する為に動きはじめようとし、なのはは声を響かせる。
「ううん、大丈夫―――もう命中しているから」
オリヴィエが避ける為に高速で動く。その姿は完全になのはの射線から外れた所で―――桜色の閃光に貫かれる。極限まで細身になる様に収束された砲撃はただただ貫く事を目的としている事だけが自分に理解できた。その原理は理解できない。ただなのはの放ったそれは、オリヴィエがどんなに動こうが、どんなに防御しようが、それを構う事無くつらぬき命中した、そうとしか理解できなかった。
「―――娘の癌は取り除いた、フィニッシュ任せたよ元先輩……!」
背後で聞こえる爆発音はまず間違いなく限界を超えて酷使されたレイジングハートとルシフェリオンによるものだろう。なのはの手ももはや戦闘に耐えられる状態ではない。砲撃されたショックで吹き飛んだオリヴィエを追いかけるように床に落ちた自分の義手を拾い上げ、それを無理やり繋げる。切れてしまった部分は魔力と義手そのものに備わっている再生力、そして炎で傷口を溶かして繋げる。ここまで来れば痛みは隣人の様なもの。それを友として受け入れ、
「やるか、オリヴィエ!」
「来なさいイスト―――聖王核がなくとも、私は、負けません……!」
吹き飛ぶオリヴィエの体勢は既に整っていた。構えから拳を放つと同時に砲撃が飛んでくる。限界を超えて動く体を酷使し、正面から砲撃を迎撃しながら直進すれば真正面にオリヴィエが出現する。
―――あと少し……!
あと一撃が、果てしなく遠い。
スピリットフレアで強化され、補強されている肉体で打撃を繰り出すが―――それはオリヴィエの拳に競り負ける。もはやオリヴィエを押し返すだけの力も無くなってきている。敗北の色が濃厚になってくる―――だがそれでもまだ、全力は尽くしていない。
……スピリットフレアが、
「魔力を通した魂の表現なら、響け俺の魂……!」
「―――」
命その物を燃焼させてスピリットフレアを吹き上げさせる。瞬間的に全身に纏うスピリットフレアの量が増し、それが一気に体に力を込めさせる。競り負けていたオリヴィエの拳を一気に弾き飛ばし、追撃の一撃を繰り出す。そのまま、一瞬で踏み込む。軋む、ひたすら体が軋む。それでもオリヴィエに拳を叩き込み、その体を吹き飛ばす。無茶をしている分、相手に叩き込むダメージより自滅しているダメージの方が大きいかもしれない。だがそんな事に構わず、拳を握る。
「最強の剣とは何か。あらゆる物を切り裂く剣か?」
「―――否、です。それはただの暴威」
然り。
最強の剣とはそんなものではない。何でもかんでも切ってしまっては結局大事なものも、守りたいものも、切りたくないものまで切れてしまう。では何か。
床を抉る様に滑り、左拳を盾にして右拳を振り上げる。動きが止まるのと同時に拳を振り下ろし、オリヴィエへと向かって叩きつける。それに対してオリヴィエも全力の拳を放ってくる。それを正面から押し返し、
「斬りたいものだけを斬ってくれる剣こそが最強の剣である、と」
「そこまで来ると”至高”ってなるけどな」
―――だから、これから俺が放つこの一撃は最強ではなく至高の一撃。全身にして全霊で放つ一撃。たぶん、いや、もう二度と放つことはできない一撃。この一撃で全てを終わらせる。
押し飛ばしたオリヴィエの姿を見る。彼女は―――いや、最初から運命を受け入れている。だからこそ、その笑みは絶えない。
最後の一歩を踏み出し、そして右拳を振るう。
「楽しい時間を、ありがとうございました。私は―――」
彼女のそんな声が響くのと同時に、自分の全てを込めて打撃した。
「―――至高の魔拳(ベオウルフ・ファイネスト)」
必滅の拳をその身へと叩きつけた。
と、言うわけでしてこれにて聖王戦は終了です。戦後処理、エピローグと続きましたこの物語ももうすぐ終わりですよ。200話以内と年内は無理でしたがもう終わりが近いですなー。