マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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Epilogue ~Happily Ever After~
ターニング・オータム


 カリカリ、とノートに書き込む音が静かに教室に響く。ノートの中に必要な事を書きこむと、周りよりも早く終わったために少しばかり余裕ができる。だからその間に軽くクラスを眺める。誰もかれもが真剣に黒板に書かれてあることをノートに書きこんでいる。流石St.ヒルデというべきなのだろうか、ここでサボろうとか、面倒だからノートに書き込まないとか、そういう事を考える生徒はいないように見える。まあ、表面上だけの話だ。人間が奥底で何を思っているのかは解らない―――なんてことを考えるのはたぶん自分位だと思う。

 

 学校という空間は大多数の子供の意見を否定して、自分にとっては窮屈で退屈な場でしかない。

 

「はーい、では皆終わったかな? それじゃ―――」

 

 教師が生徒たちの書き込みが終わったタイミングを見計らって授業の内容を進める。だがその授業内容には既知感を覚える。何て事はない。覇王の記憶を持っている自分からすれば初等科での授業内容は全て知っている事でしかない。おそらく中等科までは勉強などで苦労する事はないし、聖王教会からも勉学に関しては煩わせるな、なんて言葉が送られているのかもしれない―――教師に真直ぐ視線を向けられた事も問いの為に指された事もない。べつに初等科は完全に飛ばしても良かったが、それでも世間的に良くはないし、少しでも普通の少女らしく通うべきだと常識で判断したが、予想外のつまらなさに軽く絶望しそうという結果を今、味わっている。

 

 自分には関係のない授業内容を聞き流しながら黒板を見る。こんな事をしているのだからクラスでもあんまり友達はいないだろうとからかわれもしたが―――やはり、今は同年代よりも年上の方が自分にとっては遥かに接しやすいし、気持ちも楽だ。だから今、学校は軽い苦痛でしかない。知っている授業内容を聞かせられることほど眠くなる事はない。これがまだ数年残っているとなると軽く憂鬱になるものだが―――普通でいられる環境がどれだけ幸いなのであるかは理解している。だから最低限の礼儀として、出せる点数は最高得点を目指している。知っている知識なので勉強すらする必要はない。

 

 結局はノートに書き込む事も無駄な行為で時間の浪費でしかないけど。

 

 自分が若干憂鬱なのは理解している。窓の外を見れば既に紅葉を終えた葉が木から抜け落ちて、校庭を様々な色に染め上げている。季節は秋―――今は十一月。

 

 古代ベルカの遺産や次元犯罪者たちが暴れた日よりも既に二か月が経過している。すっかりミッドチルダは以前の平和を取り戻して……いるとは言えない。まだクラナガンや地方都市では犯罪者の暴れ回った証拠としてがれきの撤去作業や復興作業が行われている。略奪が酷かった地域ではいまだに手が付けられない部分も多い。それでも少しずつ、以前の生活へ戻ろうと人々は前進している。今が一番大変な時期なんだろうが―――まだ子供である自分はそこらへん、全く関係がない。其処は子供で良かったと思える数少ない所の一つなのかもしれない。

 

 と、軽く窓の外を眺めていると教室にリリリリ、と授業の終わりを告げるベルの音が鳴り響く。先生が教卓の前でこれで終わりですね、というと教室にクラスメイト達の歓声が響く。自分も喜びを軽くだけだが体を伸ばす事で表現し、机の上の筆記用具やノートを手提げかばんの中へと仕舞い込み、そして椅子から立ち上がる。

 

「お疲れ様です、さようなら」

 

 軽く頭を下げて挨拶すると少し戸惑った先生が同じように返し、此方の背を見る。それに気にすることなくそのまま教師の外へと出る。友達、とはっきりと言える人物は同年代にいない。だから周りがさようならの挨拶をするとき、自分が挨拶をするのは先生一人だけ……少しだけ寂しさを感じる事もあるが、自分の肌には合わないとざっくりと割り切っているのでそこまで辛いものではない。

 

 手提げかばんを握り、学園の外を目指して廊下を歩く。廊下を歩くと時折チラリ、と視線を向けられる事には大分慣れた。自分が有名人である事は理解している。ただ偶に露骨に取り入ってこようとする輩がいる事には困ったが―――まあ、そういう連中もここ数年は誰かの影響のおかげか、教会の方での頑張りか全く見なくなった。

 

「まぁ、いい事です」

 

 余計な人にまで話しかけられないのはいいことだと思う。そう思いながら学園の外へと向けて一直線に歩く。特に部活にも参加していないし、話し合う相手もいない。そうなると本当に真直ぐ家に帰るしかない―――この状況を師父に言ったとき、師父は”見事な灰色学園生活”と表現していたのを思いだし、思わず笑いそうになる。突然笑いだせばそれは確実に変人のレッテルを張られる事になりそうなので我慢し、そのまま少しだけ早歩きで学園の外を目指す。校舎はそれなりの大きさを誇ってはいるが、それでも真直ぐ出口へと向かえばそう時間もかけずに到着する事が出来る。真直ぐと校舎を抜けて入り口から外へと出れば、立派な門が見えてくる。

 

 その門の向こう側で、赤い車を止め、そして待ってくれている人物は自分が良く知っている人物だ。校舎を出るまでは少しだけ早歩きだった歩みのペースを落とし、そして何時も通りの速さで門まで行くと、開いているそれを通って門前で待っている姿へ一礼する。既に此方の事を気づいていた彼女は、管理局の制服姿で此方を迎えてくれる。

 

「すみません、待たせてしまいましたね」

 

「ううん、そんな事を気にしなくていいよ。そこまで待ってないし」

 

 そう言ってフェイト・T・ハラオウンは笑顔を向けて来る。

 

 

                           ◆

 

 

 St.ヒルデはミッドチルダの郊外に位置している。基本的には近くにモノレール用の駅が存在し、寮住まいではない限りはそのモノレールに乗って自宅から通学するのが普通だ。ただこんな風に、車で送迎をしてもらっている子も勿論いる。St.ヒルデは結構歴史があり、そして”貴族”の子も多く通っている学園だ。

 

 そんなどうしようもない基礎知識をフェイトの車の助手席で考える。管理局員らしくしっかりとシートベルトを着用し、そしてさせている。運転技術も申し分なく、法定速度内。どこかの誰かであれば無個性、つまらないと評価しそうだが、安全なのはいい事だと思う。ともあれ、フェイトが今日は迎えに来てくれたおかげでモノレールに乗る必要はなくなった。やはりモノレールと車を比べると、圧倒的に車の方が早いし、融通が利くからだ。

 

「今日の学校はどうだった?」

 

「何時も通り、ですよ」

 

「うん、そっかぁ」

 

 たぶんそう聞いてフェイトはいい意味での何時も通りを想像しているのだろう。所謂”灰色”な学園生活を自分が送っているとも知らずに。なんとなくだが何故この人が身内で”そん”付けされているのか接せば接する程解ってくる気がする。

 

「フェイトさんも今日はありがとうございます。今は忙しい時期の筈なんですけど」

 

「あはは……うーんそういう忙しい仕事は基本的にはやてがやってくれるからね。何より私やシグナムって実働だし。だから目標であるスカリエッティがいなくなった今、やる事は書類仕事だけで実はそこまで辛くはないんだよね―――まあ、トップが交代したばかりで今一番忙しい陸の方とかと比べると遥かに、ね」

 

 そうして思い出すのは先月発生したレジアスの引退表明だ。詳しい事はニュースに集中していたわけではないので解らないが、レジアスは自分の汚職を指摘され、そしてそれを認める形で職から去ったらしい。これを聞けばただの逮捕だが、この一連の流れは”ヤラセ”であると師父はこっそりと教えてくれていたおかげで、政治の世界は色々と恐ろしいと理解できた。できる事なら永遠に関わりたくはない領域だ。なお現在のレジアスは完全に引退して、ミッドチルダの田舎で静かに暮らしているらしいが……彼は管理局に未練はあるのだろうか。

 

 車の窓の外の光景を眺めているとめまぐるしく変わる風景は森に挟まれるように伸びる高速道路に入ったため、枯葉の森に挟まれる様な光景へと変わって行く。本格的に秋に、そして冬になってきた事を認識しつつ、六課がそれなりに平和なのはいいことかもしれないがとりあえず、

 

「みなさん、近頃はどういう感じですか?」

 

「うーん、そうだね」

 

 フェイトがハンドルを握ったまま、軽く唸る。少しだけ興味が出た事だったが、フェイトは少しだけ首を捻る様にして唸り、そして口を開く。どうやら意外とフェイトの乗っかりやすい話題だったようだ。

 

「うーんと、とりあえず九月の決戦―――JS事件終了後辺りから私達の話を始めようか。今私達が何をしているかとか、何でしているかとか、たぶんそこから話し始めるのが一番楽だろうし、解りやすくなるだろうし」

 

「お願いします」

 

 JS事件、ジェイル・スカリエッティ事件。ジェイル・スカリエッティが最高評議会を殺害、古の兵器を起動させ、そして王までをも蘇らせた挙句暴れたかっただけという理由で行われた史上最悪で最も馬鹿らしい事件。頭の悪さで言えばたぶん過去最強の事件だとも言われているが、本人の破滅的思考を除けば科学者としては認められている為に最悪に近い。ともあれ、師父がポロポロと零す話以外はJS事件の裏側や真相、その後の話に関しては一般人程度の知識しかない。話のネタとしても十分優秀だろうし、とりあえずは聞いておきたい。

 

「まずなのはだけど―――即入院」

 

「知ってました」

 

 病室で見たし。師父とビール一気飲み勝負してナースに二人揃って怒られていたし。一体どこのだれかの判断かは解らないが、二人が同じ病院にいるせいで病院全体がどこか二人の芸風に汚染されている方向性がある。いや、悪い事ではないのだが、最近病院へお見舞いに行くたびに美少女とか叫びながら袋叩きにされる人の数が増えている気がしてならない。実害がない限りは激しくどうでもいいし二人が楽しそうならそれでももう良い気もする。

 

「あははは、だよね……まあ、なのはもイストさんも同じ病院で入院しているけどこれは知っている事だと思うし省くとして、とりあえず隊長陣だね。まず私は比較的軽傷だったから軽い治療を終わらせて直ぐに職務に復帰できたのが私。基本的に指揮官―――つまりはやてに報告とかを済ませたら通常業務に戻ったよ。個人的には他の皆が重傷とか受けている中、軽傷で済ませちゃって少しだけ申し訳なかったりもするんだけどね」

 

「その割には戦闘機人二名の捕縛と中々成績は良かったそうですけど」

 

「まあ、運とタイミングが良かった、のかな。とりあえず私に関してはそれでおしまい。はやては私と同様で被害が少なかった組だね。リインとユニゾンしてたから最強モードで砲撃ドンドン打ち込んで制空権の獲得に貢献してたんだよ? ちなみに六課隊長陣で一番ダメージが少なかったのもはやてなんだけど―――まあ、指揮をするべき人間が最前線で戦うなんて愚の愚、馬鹿のやる事だから後方から砲撃と魔法による支援で指示に回っていたのが正しい形なんだけどね。とりあえずはやては決戦の日よりも今、仕事量で苦しんでいるんじゃないかな」

 

 最前線で戦う指揮官は愚か者―――そんな事を言われて記憶を漁ってみるとクラウスもオリヴィエも最前線で殴りながら指示を出している姿を思い出せるのだがこれはどうなんだろう。愚か云々言う前にこれはベルカだし仕方がないと諦めておくべきなのか。とりあえずはやてが優秀な指揮官である事は把握した。

 

「で、ヴォルケンリッターなんだけど、イングさん同様此方は皆重症だったね。リンカーコアへの高負荷、肉体の限界酷使、肉体の構成魔力の損耗―――なのはと同じ入院コースだったんだけど、幸いシャマル先生が”過去にこんな事もありましたね”とか言って冷静に対処してくれるおかげで何とかなったんだけどね―――ホント、過去のベルカってなんだったんだろ」

 

「とりあえず平時は割と普通でしたが、戦乱になると性格がアーパーでも優秀な者であれば即採用って状況だったのでマッドサイエンティストの宴って状態だったらしいですよ。少なくとも私が記憶している限りではそんな状況でしたが」

 

「スカリエッティみたいなのを複数自由にしてたらそれはそうだよねー……」

 

 古代の事を想像し、軽くだが頭を抱える。最近ではあまり思い出す回数も少なくなってきたが―――それでも古代ベルカの事を思い出すと偶に死にたくなってくる。もちろん本気ではない。ただ良くあんな時代が存在できたものだと思ってしまう事はどうしてもあるのだ。

 

 ……思い出しても良い事はないし、過去の清算は師父が全て行ってくれた。もう頭を悩ませる必要はない。

 

「まあ、そんなわけで隊長陣に関してはなのはを除いては皆既に職場に復帰しているんだよね。まあ、良くも悪くも私達隊長陣は”指針が決まっている”状態だからね。たぶん六課で今一番大変なのは仕事を持っている私達よりも、新人の方じゃないかな。あ、もう新人っては呼べないか、あんな事件のあとじゃ」

 

 決戦が、JS事件が終了してから二か月。

 

 元は新人と呼ばれていた、私の前を行く彼らはどう思っているのだろうか。




 エピローグはハルにゃんが事件のその後を追いかける感じですな。

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