マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ワイ・ワイ・ワイ・アンド・ワイ

「うーあーうー」

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃー!」

 

「おーおーおーおーおー……」

 

 ソファでぐたりと、前のめりに倒れて占領しているこちらの体の上に倒れ込んでいる娘がいる。長い水色の髪が前に倒れて顔にかかっているので、誰なのかは疑う必要はない。だが重要なのは、彼女がこちらにべっとりやっている事だ。電気の変換資質を利用して微弱な電気を全身から流し、それをこちらに当てているのだ。微弱な電気がこちらの体の筋肉をほぐしてくれて、

 

「きもちいぃー……」

 

「もうどっからどう見ても休日のお父さんだな貴様!」

 

 その光景をディアーチェが腕を組んで見ている。だって仕方がないじゃないか、と言い訳を口にしてみる。何せ人に何かを教えることなんて初めてなのだ。人の教え方を調べて、メニュー組んで、個人のデータを参考にして色々と考案して、そんなこんなを考えている内に夜は明けて、108隊の隊舎へと到着したら暗くなるまで投げ続け、投げられ続け、組み技を決める。何百回も同じことを繰り返しているだけじゃなくて、その後でティーダと捜査にも出ているのだ。約束の3回を終えた今、身体は疲労からかなりヤバイ事になっている。

 

「妥協を知らん男だなぁ、貴様は」

 

「才能に恵まれはしないけど秀才ってレベルだからこそ、妥協ってことをしちゃいけないんだと思うんだよなぁー。ほら、上も下もあるだろ? つまり持たざる者と、持つ者を知っているわけで、だからこそ努力も才覚も否定できないからさ」

 

「あー、みなまで言うな。お前の妥協せずに物事に当たろうとする姿勢は良くわかっている。というか妥協を許すような人間だったらここまで完璧に我々を囲っていることもないだろう。正直この生活が今も続いている事には結構我は驚いているのだぞ。当初は数ヶ月ぐらいで終わると思っていたし」

 

 正直に言えば俺も、ここまで上手く言っていることには軽い違和感……よりは不安を感じている。なんというか、物事が上手くいきすぎているのだ。そして物事が上手く運びすぎると、それはまるで何かの前触れ―――不幸の前兆ではないかと疑ってしまう。職業柄、ジンクスやらそういうことには気を使っている。何せ一つの判断が大きなミスへと繋がるのだ。気にしない筈がない。そこには確実に、この生活に慣れてきている自分の姿もあるはずだ。この生活を失う事を恐れている自分が。

 

「あー、しかし、筋が良かったなぁ……」

 

「うん? 何が?」

 

「ゲンヤさんの娘達」

 

「ほほう」

 

 今一瞬、ディアーチェの目が光った気がするがどうなんだろうか。まあどうでもいい話だろうと断定し、続けろ、という言葉の意味だろうと思って話を続ける。

 

「どうやら奥さんが娘に格闘術の手ほどきしてたらしいんだけど、全部教える前に死去しちゃって修行が途中止まりだったんだってよ。んでまあ隊員達に色々教えるついでに軽くシューティングアーツの面倒を見たんだけど、これがまたスポンジが水を吸い込む感じにドンドン吸収するから嫌になるね。スバルちゃんとギンガちゃんだっけ? 可愛かったし将来が楽しみな少女達だったなぁ……」

 

「へぇ……」

 

 背後からそんな呟きが聞こえたと思ったら、レヴィの方から流れる電圧が急に勢いを増す。

 

「あだ、あだだだだ!?」

 

「あ、ごめん。わざと」

 

「貴様ァ!」

 

 謝った瞬間レヴィは背中から飛び降りると、そのまま素早くどこかへと逃げ去ってしまう。そうやって残されるのは微妙に痺れを残す俺と、そして呆れた視線でこちらを見下ろすディアーチェだった。

 

「なんだよ」

 

「いや、別の女を褒めるのはあまりいい趣味ではないぞ」

 

「相手が彼女だったら言わねぇよ。家族相手に話すも話さないもないだろ……」

 

「それは貴様の主観からの話だイスト。お前が我らを家族と認めるように、我々も貴様を家族の一員として認めている。そして我々の中でもレヴィは特に直情的で本能的で、そして寂しがり屋だ。アレは―――」

 

「あー、わかった。わかったから。わかったから恥ずかしい事を言うのはもうやめてくれ」

 

 突っ伏して顔をソファに埋めると、背中に二人分の重みを感じた。顔を横へ向けながら後ろを確認すると、それはユーリとシュテルだった。ジト目でこちらを見ながら、無言で数秒を過ごし、それから口を開く。

 

「これは償いが必要ですねシュテル……」

 

「そうですねユーリ、これは償いが必要ですね……」

 

「”ミルコレット”のケーキとかレヴィの大好物じゃなかったですかねー……」

 

「”ファウンディア”のチョコロールも大好物でしたねー……」

 

「く、クソ! こいつら! 調子に乗りやがって!」

 

 えぇ、そうですね。とシュテルは頷きながら言い、

 

「調子のいい男の上に乗ってます」

 

 上手い事を言ったつもりか貴様。シュテルとユーリが背の上で足をぶらんぶらんと揺らしながらケーキ、ケーキ、償い、償い、とコールをしている。そしてその言葉に反応するように廊下の奥からレヴィが小動物のような動作で顔をのぞかせてくる。そろーりと顔だけを出して窺ってくる辺り、こちらに対して申し訳なさがあるようだ。だからこそ一旦諦めの溜息を吐いて、

 

「あー、はいはい。お兄さんが悪かったですよーだ。家にいる間は他の女の話はしないよ」

 

「あとホモ臭いのでティーダの話もなしで」

 

「シュテル、お前それをどこで習ったかマジで話し合おう。腐った文化は存在しちゃいけないんだ」

 

 はぁ、と溜息を吐き、ちょいちょいと手でレヴィを手招きしながら、

 

「後でケーキ買ってやるから仲直りしようぜー」

 

 瞬間、レヴィが顔を輝かせる。そして笑顔で走って戻ってくると、ソファを飛び越えて顔に抱きついてくる。正直息苦しいが、それよりも単純すぎる自分自身に嫌気がさしてくる。あー、駄目な男だなぁ、俺は。たぶんめんどくさい女に惚れてダメになってしまうタイプだ俺……。

 

「ありがとう! だからお兄さん好き!」

 

「チョロイですね」

 

「我が臣下の理のマテリアルが驚くほどに真っ黒な件」

 

「胃痛が捗りますねディアーチェ」

 

 安心しろディアーチェ―――お前を一人にはしない、なんて言えたらいいのだろうか。ともあれ、ケーキは箱一つで5000もする高級品だ。自分の誕生日にちょこっと購入してきたのをえらく気に入られたのだが、これはまた痛い出費になりそうだ。

 

 と、そこで、

 

『You got mail master』(メールですよ)

 

「ぬぉ」

 

 テーブルの上で寂しく放置されていたベーオウルフがここぞとばかりに七色に光りながら存在を主張する。激しくウザイので拳を握って脅迫すると光の強さが半減した。最近注目を浴びていないからどうやら寂しいらしい。もうそろそろメンテナンスに持っていくべきかねぇ、と呟きながらメールの内容を確認し、

 

「よいしょっと」

 

「おぉ?」

 

「おぉー」

 

「わわわっ」

 

 腕立て伏せの要領で三人娘全員を持ち上げ、体を振って、ふるい落とす。そのまま両手で体を支え、軽く床を押して体を飛ばす。軽い跳躍から着地すると、自分の部屋へと向かう。

 

「仕事か?」

 

「おう、相談事だってよ」

 

 シャツを脱ぎながら部屋へと向かう背後、

 

「ならちゃんと夕飯前に帰ってくるのだぞ。我の新作に付き合ってもらわなくてはいけないのでな」

 

「あいよ」

 

 なら今回もサクサクと仕事を終わらせよう。

 

 

                           ◆

 

 

「悪いね、今日は休暇だろうに」

 

「気にすんな」

 

「じゃあ今度から遠慮もしないね」

 

 それで構いはしないが―――元から遠慮なんて欠片もないだろお前。

 

 そんな事を言いながら今いる場所は管理局でもレストランでもなく―――クラナガンにあるティーダの家だ。と言っても一軒家ではなく、マンションの一室にティーダはティアナと暮らしている。元々は両親とともに家に住んでいたが、昔とは区切りをつけるため、そして家を売るために引っ越してきたらしい。元々は陸士108隊のあるエルセア地方の出身らしいが、クラナガンにいた方が機能的な事からクラナガンを移住先へと決めたらしい。

 

 そんなランスターの家の中、テーブルをティーダと一緒に囲み、目の前にはティーダがまとめた今までのデータや証言が存在する。それを確認し、そして憶測する事で色々と考える事が出来る。こういう時だけは、ティーダが激しく優秀だと理解できる。情報の整理、言葉の用意、状況の把握、どれをとっても一級の腕前を持つ。正直羨ましくなるぐらい、そういう操作方面に関してティーダは才能を持っている。

 

「ゲンヤさんから貰った情報と今までのを合わせると―――」

 

 情報を整頓しながら並べ、それで一つの図を見せる。

 

「やっぱここ最近臓器の持ち込みが多いな。空港で見つかったのも三回や四回で済んでないようだし」

 

「うん、持ち込んできた世界の方も軽く洗ってみたけどどれもバラバラの世界だった。仕事も必ずブローカーを仲介して行われているようだったけど、このブローカーの仲介元に関してはまだよくわかってないんだよね。まあ今わかっていることとして、この”元”は確実に同一の人物か組織なんだろう。それもこれだけの臓器を提供しているってことは確実に大規模の。だけどわからないなぁ……なにが目的なんだ?」

 

「調べれば調べる程計画的だってのがわかってるんだけど、動機が一切見えてこないよな? 資金稼ぎにしてはやり方が荒すぎるし、目的がないにしては精密すぎる。素人かと思えば熟練された巧妙さが見えてるよな? まるでガキがおもちゃではしゃいでるような感じに見えるんだよなぁ」

 

「うーん、イストのそういう意見は貴重なんだよなぁ……獣っぽい勘って馬鹿に出来ないし。だけど子供がおもちゃかぁ……うん、確かにそういう感じはあるけど、どうなんだろ。やっぱり目的と”誰”というのが重要だよね。まあ、それに関しては例のごとく情報屋に今頼んでいる最中なんだけど」

 

「これでダメだったら完全に行き詰まるな。ぶっちゃけ本職の捜査官に回した方がいいかもしれない」

 

 そう言うとティーダは首をひねり、名残惜しそうな表情を浮かべる。確かにこれはかなり大きなケースで、これを捜査官へ移譲するということは功績を全て持って行かれるということだが、命を功績に代えることは出来ないのだ。それをティーダは理解しているだろう。

 

「あ、兄さん? 飲み物持って来たけど」

 

「あ、うん、ありがとうティアナ」

 

 飲み物の入ったカップを二つ、オレンジ色の髪の少女が―――ティアナ・ランスターが持ってきてくれた。自分とティーダの前に一つずつ置いてくれると、

 

「いらっしゃいイストさん、いつも兄さんの相手をしてくれてありがとうございます。本当にめんどくさくて恥知らずな兄だけど、どうかこれからもよろしくお願いします」

 

 そう言うとティアナは頭を下げて別の部屋へと下がっていった。彼女の背をティーダとともに見送り、ぽつりと言葉を漏らす。

 

「いい妹だよなぁ、礼儀正しいし率先して色々としてくれるようだし」

 

「俺の宝物だよ」

 

 そう言ってティーダは苦笑すると、浮かべていたデータを全て消し、ティアナが持ってきたジュースに口をつける。それに倣い、自分もコップに口をつけて暖かい液体を口の中へと流し込む。少しだけすっぱく、そして甘い液体はおそらくレモネードだろうか。そういえばホットレモネードを家で作った事はないし、帰りにスーパーに寄って買って帰るのも悪くないかもしれないと思ったところで、

 

「よし、今探っている情報屋が何も得られないか、成果が少なかったらこの捜査は移譲しよう」

 

 ティーダがハッキリとした声で否定した。

 

「いいのか?」

 

「かかっているのは俺の命だけじゃなくて……イストと、そしてティアナの生活もだからね。無駄な欲を出して自滅はしたくないよ。少なくともティアナが結婚するまでは死ぬつもりはないね、俺は」

 

 なら、これ以上自分が言うべきことはない。引き際を弁え、己の力量を弁え、そして周りの見えている相棒を持っていると本当に大変だ。何せ非の打ちどころがない。それどころかこちらがみじめに思えてくる―――アイツには負けられない、そう思って嫌でも奮起してしまう。

 

 ……俺も恵まれてるなぁ。

 

 環境と、そして状況に。

 

「じゃ―――見極めようか?」

 

 そう言ってティーダはニヤリと笑みを浮かべながらこちらに一枚のホロウィンドウを見せる。それはこちらがよく利用している情報屋からの、会いたいという内容のメールだった。間違いなく何らかの情報を掴んだのだろう。少々勿体ないがマグカップの中身を一気に飲み干し、立ち上がる。

 

「ヘルメットとジャケット用意しとけ。2ケツするけど問題ねぇよな?」

 

「違法改造とかされてない限り問題ないよ」

 

「違法改造するだけの余裕がねぇんだよなぁ……一回でいいから超スピード特化にチューンしたい」

 

「一種のロマンだよねぇー……あ、ティアナ、ちょっと出かけてくるから」

 

 玄関へと向かう途中ティーダがそう言うと、ティアナが部屋から飛び出てくる。

 

「鍵は私が閉めるから、仕事がんばって兄さん」

 

「うん、大丈夫大丈夫、死亡フラグ5個ぐらい立てておけば生存フラグになるはずだから」

 

 ……それに巻き込まれるのは確実に俺なんだろうなぁ。まあ、刺激には事欠かないから別にそれはそれでいい。だから、

 

「お邪魔しました」

 

「行ってくるねティアナ」

 

「はい、二人とも行ってらっしゃい」

 

 ティアナの笑顔に見送られ、ランスター家を出る。

 

 向かう場所は―――ミッド北部、廃棄都市区間だ。


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