クラナガンの住宅街にあるマンションの一室、マンションの中でも高級と呼べる部屋の一つ、リビングには四人の少女が集まっていた。一つのテーブルを囲むように四人で座り、そしてお菓子やノートをテーブルに広げていた。そのお菓子の内の一つ、チップスを手に取り、カリカリと齧りながら血よりも濃い繋がりを持った者達に視線を向ける。
「えー。それでは第十二回家族会議を開催します」
「おー!」
「拍手ー」
「この流れにもなれたなぁ……」
しみじみとディアーチェ―――我が王が腕を組んで呟く。そうやって年上ぶる我々の統率役だが、彼女の年齢が我々と一切変わりがないという事は彼女自身も理解している。王としての自覚、統率能力、そして責任への接し方。それが日常的な生活においては完全に腐って”面倒見が良く、家庭的”な形として発揮されてしまっている。元々兵器運用が目的として生み出された自分たちの資質や才覚がこんなどうでもいい風に潰れてゆく姿は―――実に痛快だとしか言いようがない。
理のマテリアルで作戦を立案する筈の自分はその頭脳を無駄に家計の計算などにしか使っていないし、レヴィもアホの子として日々を無為に過ごしている。ユーリなど”搭載”されているシステムに一度も触れていない。実に愉快な話だ。これ以上なく、我々の創造者をコケにする方法もないものだと思う。
「では王よ」
「あいあい、解っておる。舵取りは我の役目―――というか我以外に取れるやつもおらんだろうしな。というわけでハイ、まず現状確認、書記シュテル」
「はい」
チップスを最後に一枚だけ食べ、そして手をティッシュで拭く。ノートの中には今までの行動、活動、生活、特筆すべき事、そして問題点が書いてある。こういう性格ゆえにどうしてもこういう風にノートに情報を書き写してしまう。……自分の頭脳なら全部覚えていられるのでその必要はないと解っているのに。それでもこうやって書いてしまうのは家計簿を付け始めてからでき始めたクセだろう。おそらく、オリジナルのシュテル・ザ・デストラクターにも、高町なのはにもない行動だ。だとすれば誇らしい事だ。自分はまた一つ、オリジナル達にない事を成し遂げた。
「本日は12月23日、我々の保護者であり、家主のイスト・バサラが我々を管理世界の研究所で発見してから約9か月が経過しています。発見者本人は相手の自爆を食らって入院中で二日後には退院の予定です。聞けばSランクオーバー魔導師の自爆だったそうですけど」
「正直お兄さん良く生きているもんだよね。ぶっちゃけ僕なら木端微塵に吹き飛んでそうだよ」
レヴィの呆れの言葉に反応したのはユーリだった。
「そうですか? イストの術は相談されてチェックした事があるのですが、アレはかなり防御力を固める様にカスタマイズされていましたよ。バリアジャケットも思考領域を結構圧迫する感じで強固に作ってましたし。まあ、レヴィの様なスピードファイターとイストの様なタンクファイターを比べる方が間違っているのでしょうけど。それでも一週間という期間で復活できる回復能力は凄まじいですけどね。正直に言えば私やディアーチェでもできない事かと」
「我も資質的には殲滅特化で街とか城とか軍隊とかを相手に薙ぎ払う事を前提とした術式だからなぁ……というかユーリ、貴様の場合は”エグザミア・レプカ”の影響で無駄に硬いだけだろう」
「てへっ」
ユーリが舌をだしておどけたところでひと段落。話題から少しそれてしまった。問題はそういう事ではなく、自爆を受けて入院した事でもない。問題なのは襲撃を受けた所だ。
「私の憶測が正しければ十中八九我々を”製造”した所とイストを襲撃した魔導師、クローンを製造した組織は同一組織でしょう。脳内にインプリンティングされた情報を三度洗いましたが私が記憶している限り我々の製造元とプロジェクトFに関する技術で同じだけの技術力を発揮できている組織は存在しません。ちなみにこれに関しましては数百はあるクローン関連の組織に関する情報を洗った結果です―――外に出て新しい情報を仕入れられないというのはこういう状況では非常に痛いですね」
「いや、それだけやれれば上出来だ」
ディアーチェは褒めてくれる。
「ぶっちゃけイストの奴は過保護というよりは”徹底”していると認識した方が正しい。此方に不快感を与えないようにしながら我らが存在しているという証拠を極力残さない様に活動している。その証拠にビデオレンタルのカードも一枚で済ませているし。……アレ、借りる時に店員に嫌な顔をされるから人数分欲しいのだがなぁー……。っと、そういう話じゃなかったわ。ともあれ、デバイスを持たせない、一人で外には出さない、発信器を持たせると、非常に徹底した保護者を持っているおかげで出来る事は少ない」
「ま、僕だとそれぐらい余裕で騙せるんだけどね!」
おかげでイストに貰っているお小遣いを持って、レヴィはちょくちょく家を出ている。ステルス能力が高いので人の死角を選んで歩けるし、人の記憶に残らない様に極力自分の印象を薄めて買い物もしたりする。基本的にそこまでスペックをフル使用する事はオリジナルでもなかったらしいので完全に死に能力だというのが悲しすぎる事実なのだが。
「で、―――改めて確認するぞ」
ディアーチェは確認する様に言葉を放ってくる。そしてそれに対して頷き、視線をレヴィへと向ける。
「―――我らの体の中に発信器はあったんだな?」
「―――あったよ」
レヴィが肯定する。そしてなぜ最近まで気づかなかったのか、と軽く後悔する事案でもあった。我々は”高級品”なのだ。多額の費用を投資して生み出された戦闘用の兵器。確かに発信器の一つや二つ、肉体に仕込んであるべきなのだ。だからこそレヴィは指を持ち上げてそこに雷へと変化させたバチバチと主張させる。
「まあ、皆の中の発信機は一応スパークさせておいたから。それがどんなふうに影響してくるかは解らないけど」
「まあ、九ヶ月も放置されていたのだから向こうも我らを回収するつもりはないという事はないのだろう。安心はできないが、入院しているヤツに報告するべき事の一つだな」
「聞いたら即引っ越しって感じになりそうですよねー」
実際引っ越しは推奨する。それでもなくとも組織が管理局と癒着している部分があれば確実に此方の事を掴んでいるだろう。どんなに頑張っても、不自然は不自然として見破られてしまうのだ。……準エース級魔導師一人、消すのはたやすいだろう。データを確認すればストライカー級の魔導師でさえ闇に消した経歴を管理局は誇っているのだから。そう考えると平穏な人生を送るには田舎で畑でも耕すのが一番ではないのだろうか。まあ、そんな手段が安易に取れないからこその厄介な世の中なのだが。
「我らに何らかのプログラムが仕込まれている可能性は?」
「脳の中を軽くスキャンしてみましたが、こればかりは専用の機器がないと駄目ですね。ベーオウルフを拝借し、代理演算を頼んでもやってみましたが見つけられる事はありませんでしたが―――インプリンティング作業と同時に何かを植え付けられたのであれば完全にお手上げですね。私からは”プログラムにより洗脳されたらどうしようもない”と言っておきます」
「むー、意外と面倒すぎるな我ら」
「むしろ今までが楽観のしすぎだったんじゃないですか? 何せ深く考えないで生活してましたし」
ユーリの鋭すぎる言葉に頷くしかなかった。そして同時に頭を抱えるしかない。何せ対抗手段が今の所皆無だ。そして、あの男、イストは確実に此方に対して手を借りようとすることは絶対ありえないだろう。今だってカートリッジに魔力を込める事が仕事を手伝うギリギリのラインだ。それ以上は絶対に仕事に関わらせようとしていない。
面倒だけどいい男だと思う。
「じゃあ結論”どうしようもない”で」
「うーい」
「ですよねー」
「デバイスが手にない以上どうしようもないですからねー」
関わらせようとしてこない以上、ここら辺が自分たちの出せる限界なのだ。そしてそれは自分たちが踏み入れてはならない領域だ。なぜなら、それは守られているからだ。此方から出す余計な手は全て誠意を塵へと還すものだ。このことを報告するのはいいが、動くのは無しだ。それは共通見解として認識している話だ。
まあ、そんなわけで、
「はい、シリアス終了!」
「はぁーい! 今夜のご飯はシチューがいいでーす!」
「阿呆め、却下だ。そんな手間のかかるものを作るのは嫌だ」
「えー!」
真面目な話は終了。確認作業の様なものだ。自分たちがなんであるか、どういう存在なのか、どうやって生きているのか忘れないための。誰によって生かされているのかを。それが終わってしまえば”何時も”が待っている。
「今夜はユーリが安くひき肉を買ってきたからハンバーグだ!」
「わぁーい! 美味しければ何でもいいや!」
「相変わらずレヴィは単純ですねー」
この軽いテンションには非常に救われる部分が多いのですがね。
「お兄さんが退院するまであと二日だから、それまでに普段は食べられないものをいっぱい食べなきゃね! 栄養バランスとか気にしすぎだし! そんな事を気にしなくても僕はナイスバディに成長するというのに」
最近少しだけだが胸の成長を見せ始めているレヴィを軽く睨む。
「いや、栄養バランスは大事です。えぇ。何のためとかは言わないけど大事です。主にイストの視覚的問題として」
その言葉にディアーチェは呆れた溜息を吐く。
「お前は存外発言がオープンよな。ヤツに惚れでもしたのか?」
……さて、どうでしょうか?
「好きか嫌いか。この二択であるのならば確実に好きと断言する事は出来ます。だがそれが好きか愛しているか、という事となれば確実に戸惑う自分はいますね。予想外に情の深い女なのか、チョロイのか、もしくは懐柔されてしまったのでしょうか。彼の事は好きですよ。それがどういう方向性かは解りませんが、少なくともこの生活をずっと続けていたいという気持ちに偽りはありません。それに関しては誰も否定できないと思うのですが」
そう言いかえすとディアーチェは少しだけ頬を染めながら俯く。
……おや、若干脈あり、と言ったところですか。
九ヶ月も一緒に生活すれば男女の意識よりも家族としての意識の方が大体深まってしまうからそこらへん、あまり進行しない筈なのだが。
「お兄さんの事好きだよ!」
「私も好きですよー?」
「あぁ、うん。そうですね」
この二人に関しては現状、確実に家族的愛情だろう。何せ一緒に風呂に入ろうとしたりしているのだし。それでいて顔色一つ変えずに平気なあの男もあの男なのだから凄まじい。不能なのか、年下はアウトなのか、もしくは鋼の精神を持っている。個人的には三つ目のであってほしいと思う。もし本気で異性として見る様になった場合それ以外だったら困るし。
まあ、そうなる可能性で一番高いのが彼ということも否定はできない。
たぶん唯一接する事の出来る男だろうし。
「ともあれ、あと二日ですねー」
「そ、そうだな。ここに帰ってこれず寂しがっておろう、我自らが退院の時に迎えに行ってやるとしよう」
「あ、駄目だよ王様! 王様は退院おめでとうパーティーの為にいっぱい料理作らなきゃ!」
「では―――」
「―――私が迎えに行きますね。この中で唯一有名人の姿をしていませんし」
ユーリがそう言ってしまったら納得せざるを得ない。レヴィとディアーチェも納得し、二日後に何を作るべきかを相談し始める。そしてそうやって話が終わる直前一瞬だけユーリの表情を見る事が出来た。
―――一瞬だけ蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「……まさか」
「どうしたのですかシュテル?」
「……いえ、何でもありません」
……もしかすると我が家のラスボスはユーリかもしれませんねー……。
そんな事を思いつつも、ディアーチェとレヴィの会話に参加する。