フルドライブモード・ネイリング。
それが自分の持つフルドライブモードの名前。その明確な変化は両腕に対して見える。無骨な姿のガントレットは―――ない。代わりに両腕に存在しているのは肩までを覆うボディスーツの様な薄さの鉄色になる。見た目など完全に捨て去った、機能だけを追求した姿。ベーオウルフのコアは右拳にそのまま、存在している。
覇王と名乗る存在から距離数歩。変化したベーオウルフを構え、そして相手の目を睨む。視線と視線を合わせて解る。相手の目には濁りの欠片もない。澄み渡るヘテロクロミアの瞳は此方を完全に見透かすようで、恐怖を煽る。美しい目だと思う。恐ろしい視線だと思う。できる事ならこんな場では会いたくなかった。だが、それも所詮IFという話だ。こうして出会った以上、殺すか殺されるしかない。そして……死ぬつもりはない。
「―――!」
「―――」
だから前に出る。言葉は出ない。単なる呼吸のリズムとしてしか漏れて出てこない。それ以上は集中力を乱す雑音として、吐き出す事が出来ない。それだけの力量が敵には存在する。
接敵。
一瞬で互いに接近し、初手で右拳を互いに叩き合う。そこから体を動かさず、下半身を固定しつつ右拳を流れる動きで相手の内側へと潜りこませる。それを覇王、イングヴァルトは左手で払いのける。それを理解していたために既に左腕は掌底を叩き込むための動きを始めている。だがそれは右拳を掃った左手―――その肘による肘撃によって相殺される。不利な体勢ではあるのに、此方の左腕が完全ではない事を考慮し、威力は拮抗していた。
加速する。
右拳を引き戻さず手刀へと変化させ振り下ろす。それが相手の右手刀によって切り払われながら直撃のコースを取る。それを左手の動きで横へと叩けば瞬時に左の貫手が迫ってくる。回避の動きを取らないために更に前進する。体を相手へと密着させる距離へと近づけて行動そのものを不発に終わらせる。そのまま両腕を手刀にし、両側から振り下ろす。だがその動きも素早いブロックによって封じられる。
互いの顔に息がかかる距離。その距離で声も出さずに互いの目を見つめ合う。逸らさず、恐怖を飲み込み、相手の目を見つめる。―――美しい色だと思う。まるで吸い込まれそうな美しさだ。本当に、こんな出会いはしたくなかった。
一瞬でも目を逸らせばその瞬間相手にも動かれる。そして先手を取られれば確実に此方の首が落ちる。相手に絶対リードさせてはならない。現状の打撃戦、これが拮抗しているのは相手が様子見に徹してくれているおかげだ。だがそれはフルドライブモードの時間の消費でもある。
―――終わらせねぇと……!
だから顔を寄せる。
「っ」
「……!?」
唇を重ねた。
相手が一瞬で混乱するのが見えた―――狙い通りだ。相手が覇王イングヴァルトであれば、記憶や経験は男のものだ。こんな経験ないだろう。男色家などという話もないし、確実に戸惑う。相手の体が女でなければ流石に、というか絶対に使えなかった。が、つまり、
「好機」
強引に生み出したこの瞬間、全力の膝を腹に叩き込む。相手の体がくの字に折れ曲がりながら大地から浮かび上がるのを理解する。その瞬間には両腕が動いている。それは素早くイングヴァルトの頭を両手で挟み込むように叩く。
「かっ……!」
『Bite』
猟犬がバリアジャケットの味を覚える。
鼓膜を叩き破るつもりで放った一撃がどの程度のダメージを通したか解らないが、此処で動きを止める事は出来ない。だから掴んだ相手の頭をそのまま大地へと叩きつける。その衝撃はもちろん全力のもの―――故に頭は大地へと叩きつけられた衝撃でクレーターを生む。その体を、無駄のない動きで回収するために蹴りあげる。そして、
「ふ、しゅぅ……!」
素早く、繰り出せる最速の5連打を人体の急所へと叩き込む。そしてそこから動きを止めるまでもなく、回し蹴りを叩き込む。相手が動けなくなった刹那に叩き込んだ連撃は間違いなく過去最速のコンビネーションだった。殺す気で全ての攻撃を叩き込み、吹き飛ばした敵の体は車道から離れて森へと突っ込む。そこで木々をなぎ倒し、イングヴァルトの動きはようやくを停止を受ける。
無言のまま、木にもたれかかるイングヴァルトの存在を見て、胸中の中で断じる。
……浅い!
その証拠という様に、イングヴァルトはダメージを見せない姿で自分の体を折れた木から剥がす。表面上、ダメージは少ないように見える。表面的ダメージよりも内臓を潰すつもりで、連撃全てに寸勁を織り交ぜて放ったようだが、それも通っていないように見える。胸中の中で相手が人知を超えた化け物だと評する。
「―――なるほど、女でしたね、私は」
まるで自分の肉が女のそれだと気づかなかったかのような発言だった。そして面白そうに口元を緩めるしぐさを見る。この人は今、この状況を楽しんでいるのだろう。
「非常に不敬な事かもしれませんが、今……私はこの状況を楽しんでいます。この一戦を好ましく思っています。それがもはやカイザーアーツしか残されていない己が縋っている結果なのか、もしくは初めて私を人間として、女性として見られているからでしょうか―――この状況に胸を躍らせるばかりです」
そう言って、覇王は己の身を構えさせた。ファイティングポーズとしてはごく一般的なベルカ式のを。その型が古く見えるのは古代からの帰還者だからだろう。だからそれに合わせる様に、自分もそれに一番対応できる構えを取る。軽口を呟くように、
「なんなら今から戦うのを止めてデートに行ってもいいんだぜ? 美人ちゃんなら大歓迎だし彼女も募集中……!」
「それも悪くはありませんが―――」
敵意が体に突き刺さる。
「それは叶いません―――一身上の都合で殺します。謳われしカイザーアーツの秘儀、その武技に負けず劣らずであることを証明いたしましょう」
「手を抜いてもいいんだぜ!」
―――全く。
隙がない。油断がない。慢心をしない。己を過信しない。そして精神的イケメン。この超人をどうやって倒せというのだ。何を持って勝機とすればいいのだ。フルンディングでバリアジャケットの解析は完了したのが幸いと見るべきだろうか? だが相手も間違いなく様子見を終えて本気になる。ともなれば此方の攻撃が当たるか怪しい。ならば当初の”予定通り”に進行する他がない。
長い時間をかけられない。フルドライブモード・ネイリングは超攻撃特化の形態。
全ての防御能力をカットし、それを攻撃へと全フリする最終戦闘モード。
そこにはもちろんバリアジャケットも入っている故―――一撃でもまともに受ければ即死する可能性がある。
……死んだら恨むぜバカ……!
踏み込んでくる緑色の閃光に対して対応するため、手で円の動きを描き、全ての攻撃を捌く動きに移る。
◆
背後から聞こえる衝突音を聞きながら判断する。
―――ここら辺かな……?
大体ここら辺だと判断する。距離的に位置的に、戦場全体を把握し、結界内で活動しているのならここだと断定する。イストが結界の流れから二人目の大体の位置を割り出してくれていて助かった。おかげでまだ生き残る確率が高くなった。一対一だと不利だという事実は変わらない。だが、二対二にするよりははるかにマシなのだ。二対一で戦ってて二人目に不意打ち合流なんてされたら一瞬で全滅だ。そうするためにも、一対一の状況でケリをつけなくてはならない。その為のこの状況、
その為のフルドライブモード。
長くは持たない。
「タスラム、ツイン」
『Double action』
ライフルの形をしていたタスラムを中央で二つに折る、いや、折れる。そしてそこで二つの銃へと分離する。その形は分離する前のものとそう変わりはしない。それを両手で握り、そして森の中に身を隠す。相手の大体の位置は掴んでいたが―――この距離までくれば狙撃屋としての勘が相手の居場所を訴えかけてくれる。経験と勘以上に頼れるものはない。
「さて―――」
森の中を小走りしながら、呟く。
「そこは俺の距離だ」
幻術魔法で姿を消す。
―――このフィールド、シチュエーション、状況。
要素は全て揃った。
◆
……優勢か。
冷静に情勢を分析する。
相手は二人。此方も二人。だが相手が取った手段は一対一というスタンスを取る事だ。おそらく、いや、確実に合流する事を危惧してこの編成なのだろう。それは正しい判断だと理解する。相手が此方にまだ見せていない、切った事の無い切り札を所持しているのであればそれは一発逆転の目となる。だからこそ、此方は二対二で向かい打つべきだった。それを覇王は矜持や誇りというものに阻まれ、却下した。それが大事であるという事は理解しているが、それよりも大事なものはあると思う。だからこそこの状況は若干歯痒く、そして苛立たしい。
森の中に身を隠す自分の役目は状況の監視と結界の維持だけだ。故にかなり楽をしている。ティーダ・ランスターが此方へと向かってくる途中で姿を消したのが唯一の気がかりだが、覇王とあの空曹長の戦いは確実に覇王が勝利するだろう。力量を分析する限り、全てにおいて覇王が勝っている。今も拳打が互いに叩き込まれ、自分には到底想像できない速度でそれが交差している。だが男の連撃は覇王には一歩届かない。ギリギリのところでしか攻撃を流せず、その体には打撃の余波による傷跡が刻まれて行く。ティーダさえ排除すれば此方の勝利は揺るがないものだと判断する。
ティーダ・ランスター。
この状況で自分が一番危惧する存在だ。
彼は思考形態がデバイスやコンピューター、感情を抜きにして理詰めで考えられる存在と同様の思考形態をとる事が出来る。最善の為に何が必要なのか、それを犠牲を織り込んで考えられる。だからこそ恐ろしい。人間とは誰しも情によって阻まれる。あの男は必要なものの為なら手段を問わない。実際、迷うことなく仲間を盾にする事など普通の管理局員には出来ない。それはあの男、イストにも言える事だ。自分の体を盾に、囮をやりつつ味方を守るなど到底普通の思考ではない。彼らを正しく表現するのであれば、
「―――狂人」
狂っている。イカレている。キマっている。覚悟がある。一体何を経験したら一般人があんな風な怪物となるのだろうか。才能には中途半端にしか恵まれていない彼らは、まさに獣とも呼べるような狂人だ。故に、絶対に生かして帰してはならない。ここで生かしてしまえばこの二人は生き物として、より恐ろしいものへ変貌してしまう。経験と、記憶と、そして”記録”がそれを訴えかけている。
故に此方へと向かってくるティーダを、全力で滅さなくてはならない。
そう判断し、
銃撃が体を襲撃した。
「―――なっ!?」
ギリギリの所で自動防御が発動し、小型のプロテクションが瞬間的に展開、虚空から出現した弾丸とぶつかり合って砕ける。瞬間的に体を動かし始める。狙撃されたのであれば場所を変えなくてはならない。同時に、相手も動き出すのだろう。だから一撃で仕留めなくてはならない。
「響け!」
出の早い砲撃を四つ一気に吐き出す。薙ぎ払う様に、目標へと向けて叩き込む。受ければ間違いなく体を跡形も残さず消し去るだけの威力を持ったそれを撃つが、
「ッ!」
今度は見切って横へからだを飛ばす。再び虚空から出現した弾丸は此方の脳を討ち落とさんと出現していた。だがその方角はデタラメだった。確実に頭上から出現していた。速度的にはありえない話だ。相手は正面にいたはずなのに、次の瞬間には頭上からの攻撃。
……誘導弾か?
いや、違う。誘導弾であれば此方が気づく。流石にそれでこの隠密性は異常過ぎる。狙撃された瞬間まで感知の出来ない一撃など悪夢以外の何物でもない。高速で思考できる自分だからこそプロテクションで間に合うレベルの攻撃だ。ならば―――可能性は一つしかない。
迷わず空へと浮かび上がる。隠れる事で得られる有利性を全て捨て去り、結界に覆われた赤い空へと飛翔する。数キロ先での覇王と空曹長の戦いが見える程の高さへと登ったところで、闇に覆われている森へと視線を向ける。瞬間、死角に展開しておいたプロテクションに接触を感じる―――間違いなく狙撃だろう。だからこれで相手の攻撃が何かを断定する。
「跳躍狙撃弾」
跳躍魔法の一種だ。空間を超え、高位の魔導師になれば次元すら超えて攻撃の出来る跳躍魔法。それを狙撃と組み合わせた奥義だと判断する。凄まじい演算力と集中力を必要とするだろう。幻術魔法という隠密性と一撃必殺の狙撃能力―――これ以上厄介な組み合わせもないだろう。だが今回に関しては純粋に相手が悪かったと嘆くしかない。
「闇に染まれ」
左手に本を、そして右手に闇を。
「デアボリック・エミッション」
闇を大地へと叩きつける。叩きつけられた闇は周囲を飲み込みながら広がり、半径三キロ圏内のものを全てのみ込んで消滅させる。そうしてティーダが潜伏していると思わしき空間全てを飲み込んで破壊する。相手が此方へと戦闘を仕掛けている以上、絶対に近くへと来ているはずなのだ。それ故の判断。
―――そして、それは当たっていた。
「―――!」
予想外の形で。
「ッァ!!」
頭上から高速で落ちてきた存在が見えた。一瞬で腕を交差する様に防御すれば、銃剣で切りかかってくる男の姿がある。―――もちろん、ティーダ・ランスターの姿だった。その突如の襲撃に驚くのと同時に、自分のミスを自覚させられる。
幻術と森という最高の相性を持った組み合わせを最善で考えれば使うしかない。
だからその思考の裏を付いてティーダはあえて放棄したのだ。
そして、
「―――知っているかい?」
二丁の銃剣をティーダは構え、笑みを浮かべる。
「イケメンの狙撃屋は苦手な近接戦も人並み以上にはできるんだよ? ―――元々俺ぼっちだったし」
距離を詰められたと理解した瞬間、ティーダは一旦此方のガードを弾き、斬撃を繰り出してくる。それを飛行魔法の素早いダッシュで回避し、近接用の魔法へと脳のスイッチを切り替える。
「いいだろう」
空中に短剣を無数に生み出しながら睨む。
「―――我が書の闇に打ち勝てると思うのであれば来るがいい。我が名は”闇の書”」
宣言する。
「最悪を模倣するために生まれた玩具だ」
そして、接敵した。
そんなわけで前々から宣言したようにリイン&覇王コンビです。どーだ、唐突なリインフォースの復活というかコピー! すげぇ地雷だろー! なのになぜか地雷評価されない。解せぬ。もうそろそろしてもいいのよ?
と、言うわけで広域殲滅型のおっぱいさんと打撃特化型のおっぱいさんの登場です。次回が山場ですかね。