マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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オン・ザ・エッジ

 ―――さて、どうするかなぁ。

 

 目の前の状況に軽く自分の境遇を嘆く。自分はちゃんと引き際を見誤らずに引いたはずなのに、何が楽しくて無理ゲーをしなくてはならないのだ。確実によからぬ類の存在に目をつけられたのがいけなかった事は理解している。それでもだ、こんな状況になるほどいけない事を自分はしただろうか。だが、それを嘆く時間はない。残酷な話だが今は殺すか殺されるかの状況で、相手を殺す事以外でこの状況から逃げ出せるような結末は自分の頭脳でさえ思いつかない。つまり9割方状況として詰んでいる。

 

 さて、と胸中でつぶやく。

 

 ……相手を分析しよう。

 

 広域殲滅型魔法を得意としている。演算能力は高い。魔力は文句なしのSオーバーだろうか。少々違和感を感じるが無視できる範囲だ。記憶から引っ張り出す限り、この白髪の女性の姿は見た事がある。たしか―――そう、かつては闇の書と呼ばれた存在の統制人格だったか。陸士108隊で研修中の八神はやてが二代目であるユニゾンデバイスのリインフォース・ツヴァイを所持していたはずだ。彼女はデータ上確認した、その初代、アインスに似ている。いや、あのイングヴァルト”モドキ”は人間で、クローン技術による産物なら、この女性もたぶん、プロジェクトFによる産物なのだろうと。

 

 ならよし、まずは精神攻撃だ。精神攻撃は基本。

 

「えーと、リインフォースさん? アインスさん?」

 

「その名で呼ばれる資格が私にはない。故に、その名で私を呼ぶな」

 

「あ、はい」

 

 無理だった。

 

 ……まあ、そうもなるよね。

 

 正直この技術を確立させた存在は天才だ。自分が及ばないレベルの超天才だ。だからこそこの完璧過ぎる再現に戸惑ってしまう。ここまで完璧な記憶の転写を行えば我が強すぎて命令通りに動かない事や、兵器としては不適切な側面が大きく表れてしまう。この戦いを見ればそれが解る。自分がもし、この二人の生みの親であれば、記憶は転写せず、知識のみをいれ、そして局地的な破壊兵器として運用する。Sランク級の魔導師が暴れれば街の一つや二つは容易に落とせる。それだけの戦力を所持しているのに、完全に遊んでいるとしか思えない。

 

 ……遊んでいるからこそ裏切られないのか……?

 

 そこらへんの追及はまだいいだろう。問題は相手に交渉は通じる事がなさそうな事だ。先ほどの短いやり取りで相手が此方に対して明確な殺意を抱いている事が解った。あの時、プレシアの時と同じで、何らかの餌を釣るされているのだろうか。ともあれ、言葉でどうにかできるような相手ではない。

 

 ……やるしかないか。

 

 フルドライブモードはこうやって考えている間にもリンカーコアと体を削って行く。必然的に早期決着でしかチャンスを生み出す事は出来ない。というよりも早期に決着をつけなくては此方が圧殺される。それだけの魔力量を持っている相手だ。なんとか自分とも、相手とも得意でも不得意でもない戦闘状況へと持ち込めた。あとは互いにする事は同じだ。

 

 どうやって自分の戦場へと引きずり込むか。

 

 そう言うのはむしろイストの方が得意な分野だ。基本的に自分は待ちの一手で、相手が来たところを仕留めるのがスタンスだ。だから無理やり相手を引き込んでくるイストの存在は助かっていた。だがそれができないとなると、使える物を全て使ってこの状況をひっくり返すしかない。

 

 であれば、

 

「……沈め」

 

「やるしかない……!」

 

 闇の書、と名乗った敵が背後に数十と言わず、数百のダガーの様な魔力弾を浮かべる。その一つ一つが貫通力に優れ、バリアジャケットを貫通できるだけの威力を持った刃だと解析するまでもなく把握する。故に【防御】は悪手。取るべき手は一つ、

 

「タスラム」

 

 声に呼応するようにタスラムは銃剣の姿から、アサルトライフルの姿へと変化する。二丁のアサルトライフルを構え、刃が降り注ぐのと同時に引き金を引く。カートリッジが大量に放出されるのと同時に魔力弾は降り注ぐ刃を迎撃し、互いに相殺する。―――此方が常時フルドライブモードを利用した迎撃なのに相手はほぼ素面の状態だ、戦力差に嫌になってくる。が、その程度の絶望では足を止めてやれない。

 

 ……ここかなっ!

 

 一際濃い弾幕を張り、弾丸の壁を生み出す―――一瞬だが体を隠すには十分すぎるサイズのを。それを見た瞬間、敵が此方の意図を悟り、右手を突きだす。

 

「散れ」

 

 瞬間放たれたのは素早い砲撃だった。細い―――といっても車を一つ飲み込むほどの大きさの砲撃がノータイムで弾幕の壁を突き破りながら迫ってくる。だが―――それこそ好都合だ。この砲撃の方がどう見ても自分の放った一撃よりも太く、そして身を隠しやすい。食らったら即死しそうというリスクを抜きにすれば最高の隠れ蓑だ。

 

「ミラージュ……!」

 

 身を隠す。それこそがランスター家に通じる第一戦術。

 

 ―――不意打ち騙し討ちはドンドンやろう……!

 

 砲撃を目前に姿を完全に隠す。

 

 

                           ◆

 

 

 ……ここからが本当の勝負だ。

 

 相手を分析する。ふざけているような節はあるが、その瞳は常に勝利を貪欲に求めていた。冷静沈着でありながら闘志を燃やしている。不思議な印象の男だと判断する。だがどんなに地味であれ、己の持つ才能、武器、道具、その全ての一つ一つを歯車として認識し、運用する才能に関しては図抜けていると判断する。今の砲撃。ナイトメアは一度しか使っていない。なのにそれを自分の戦術にティーダは取り込んできた。油断すれば一気に首を持っていかれる、危険な相手だと判断する。

 

「ハウリングスフィア」

 

 右手を浮かべれば周囲に十数を超える黒い機雷が浮かび上がる。敵が近づけば自動で反応し、爆破するフローティングマイン。そのものが魔力である為、魔法を発動させれば同じ魔法を発動させることができる砲台でもある。それらを今度は上も下も取られぬように全方向へと設置し、索敵を開始する。

 

 目を閉じ、腕を伸ばし、五感から得られる情報の全てを処理する。音―――反応なし。熱―――反応なし。視覚―――情報なし。この三つに引っかからない時点でかなりの完成度を持った幻術だと把握する。だからこそ、

 

「触覚―――」

 

 魔力をソナーとして放つ。それはしばらく進んだところで、背後へと回り込むように存在していた存在に触れ、キャッチする。生物である以上、絶対に物理的接触から逃れる事は出来ない。魔力ソナーはその応用。反転するのと同時に視線を向ければ、幻影から身を現す姿を見る。だがその姿を攻撃を放つ前に看破する。

 

「幻術……!」

 

 これが本体ではない。何故ならその中身は空っぽだからだ。見れば解る、その半透明な体を。だからこそ本体は別の場所―――ソナーの範囲外にいる事を把握し、高速で逃れる為に体を動かす。相手の位置を悟り、一瞬で闇を複数手の内に作り出す。が、その瞬間には体に突き刺さるものがあった。

 

 魔力弾だった。

 

 ……早い……!

 

 自分が防げた一撃目も、二撃目もここまで早くはなかった。気づいた時には弾丸が体に命中していた。体を動かしたおかげでそれは肩を貫通する様な一撃になっており、大したダメージにはならなかったが、攻撃の為に振り上げた腕を完全に破壊していた。―――右腕は動かないだろう。これで体を動かさなければ、確実に脳か胸を吹き飛ばされていただろう。

 

「ティーダ・ランスター……!」

 

 この敵は危険だ、と再度認識する必要が出てきた。

 

 

                           ◆

 

 

 ……死ぬ、超死ぬ。

 

 自分の一撃がギリギリの所で失敗したのを悟った。

 

 今の一撃でキッチリ頭を吹き飛ばすつもりだったが、それが通じなかった。つまり状況としてはヤバイというレベルではなく、9割方勝率がないのが9割9分勝機が消えている状態となった。この9%の勝率は軽んじられる事が多いが、個人的には大きな違いだと思う。41%と50%を見てみると50%の安心感がかなり違う。

 

「……よし」

 

 伏せていた大地から体を持ち上げ、移動を開始する。今まで自分が幻術魔法を使って隠れていたのはリインフォース・クローンが一撃目に大技を放って滅ぼした森、そのクレーターの中央だ。相手が思考の基準として”最適解”を選ぶのが見えてきた。だからこそ奇策の類がこの相手にはよく通じる―――今の一撃は相性の差だ。

 

「立ち向かう事だけが戦いではない、ね」

 

 幻術魔法を教えてくれた父はそう言っていた。我が家は幻術魔法が得意な人間が生まれてくるのが多いので不意打ちと奇襲、騙し討ちは基本戦術だと。ティアナにも基本的な事は教えてあるから、一応自分が死んでもこの渋い魔法のチョイスを理解してくれるといいなぁ、とは願望として思っている。

 

 あぁ、そうだなぁ。

 

 ……死ぬかなぁ。

 

 なんとなくそんな予感がする。空気に、場所に、状況に殺されている。自分が少しずつ死の泥沼にはまって行く感じが明確に感じられる。言葉にできる表現ではないが、確実に断頭の刃は迫ってきている。時間をかければかける程処刑の刃が近づいてくる事を錯覚する。だから、殺さなくてはならない。早く、この刃が首に届くよりも先に、相手を殺さなくてはいけない。だから、その為に体を必死に動かす。前へ前へ、相手は既に此方の位置を今の一撃で割り出しているだろう。だから完全に此方の行動を把握される前に更に状況をかき乱す。

 

 背後で轟音を感じる。巨大な魔力の本流を感じる。ほぼ間違いなく敵の広域殲滅魔法だ。それから逃れる様に空へと上がる。無駄に撃てば打つほど首を絞めるのは間違いなく此方だ。だから空へと飛びあがり、ダメージを負ったリインフォース・クローン。

 

 二丁のタスラムの姿をライフル型の姿のまま、

 

 ―――全力で突っ込む。

 

「っ!」

 

「おぉぉォ―――!」

 

 敵が浮かべた浮遊機雷を全て限界速度で振り切る。背後で発生する爆破が連鎖的に広がり、体を削る。だがそれ位の犠牲は織り込み済みで、防御魔法も使わず一直線に敵を睨み、接敵と同時に蹴りを叩き込む。それをリインフォース・クローンは残った左腕で防御する。浮かび上がるのはプロテクションの魔法。その強度はオーバーSの魔力という要素を持って凄まじい硬度を発揮している。

 

 だが発動しているのであれば、

 

「これは防げないだろう!」

 

「跳躍弾……!」

 

 プロテクションの内側に弾丸を送り込んで放つ。それはリインフォース・クローンの脇腹を掠る結果として終わるが、状況を此方へと傾かせるには十分すぎる流れだ。新たに血を流しながら軽くだが上手くリインフォース・クローンのプロテクションを蹴って体を離す。その体を幻術魔法で隠した瞬間、

 

「……薙ぎ払え!」

 

 雷がリインフォース・クローンの正面全てを焼き払う様に放たれた。ギリギリで逃れた自分にそれは当たらなかった。が、一瞬でも離脱のタイミングを誤れば蒸発していたのは自分だ。だから相手を追いつめるのは慎重に、しかし素早くと決め、リインフォース・クローンの背後で魔力弾を複数浮かべる様に出現させ、背後から蹴りを叩き込む。

 

「調子に、乗るなッ!」

 

 防御もせずに体で攻撃を相手は受け止めた。それと同時にカウンターとして敵が放ってきていたのは血の短剣だった。

 

「ブラッディダガー!」

 

「くっ……!」

 

 十数の短剣が体を一瞬で貫通する。その全てが幸い、急所に突き刺さっていない。痛みはあるが、男の意地で無視できない程酷くはない。そう、男には意地がある。

 

「クロスファイア、シュート!」

 

 浮かべた魔力弾を蹴り飛ばす敵の体へと叩き込むが、

 

 浅い……!

 

 それがリインフォース・クローンの体を貫通していないのを確認する。予想以上に防御が硬い、今の一撃では落としきれない。

 

 ―――ならば、次の一手で完全に勝負を決める……!

 

「ナイトメア」

 

「ブラックアウト」

 

 砲撃が闇を貫く。

 

 

                           ◆

 

 

 一瞬で闇が消えるのと同時に身構える。

 

 ハウリングスフィア―――駄目だ、相手は逆に利用してくる。

 

 デアボリック・エミッション―――放つ予備動作を狙われる。

 

 ナイトメア―――出が早いが無差別に撃てば消耗するだけだ。

 

 ブラッディダガー―――おそらく最善手。小回りが利き、尚且つ連射できる。

 

 だから展開の出来るブラッディダガーの最大数を展開する。その数274本。その全てを自分の周り3メートルを回転させながら檻を生む様に展開する。跳躍弾対策に常に体を動かす場所を用意し、迎撃の姿勢へと体勢へと自分の状態へと移す。既に相手の跳躍弾と、幻術は何度も見、そして確認した。

 

 次に見れば完全に解析出来る。

 

 そうなれば相手の位置を常に割る事が出来るようになる。

 

 故に一手、この一手だ。既に跳躍の反応は追えるだけの解析を終えている。だからこそ、

 

 ……来るかっ!

 

 跳躍の反応を感じた瞬間、素早く身構える。弾丸は何処から来るのか、それをどの方向へと避ければいいのか。それに対して身構え―――なにも来ない。いや、来ている。来たけど見えていないだけだ。

 

「跳躍弾が使えるのに、転移魔法が使えないって事はありえないだろ……!」

 

 ―――その言葉と共に、心臓を二本の刃が貫いていた。


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