マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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Interlude
ディザイア


「―――やれやれ、何とも面倒な老人達だ」

 

 大きなスクリーンが設置してある部屋、椅子に腰かける姿がある。その姿は非常にずぼらだ。よれよれのシャツにズボン、そして乱雑に着こまれている白衣。それが男を科学者だという事を証明している。が、その男を特徴的とするのはその恰好ではなく、髪だ。頭髪は頂点では紫色をしているが、それは肩まで伸びる髪の末端へと届くころには完全に色素を失うグレーに変貌している。それはまるで生命力の衰えを証明するかのようで、男の命の残りを表すようでもあった。だがそれすらも楽しむ様に、男は鼻歌を歌う。

 

「ドクター?」

 

「おぉ、いい所に来たね」

 

 男がスクリーン前のパネルの上に倒してあるマグカップを指さす。その中に入っていたコーヒーは零れてパネルを濡らしている。そのせいなのか。スクリーンは黒く、光を映していない。

 

「ドクター、これは?」

 

「うん? 通信中に”何故か”手が滑ってしまって”偶然”にもそれがパネルにかかってしまって”運悪く”故障してしまったのだよ。いやぁ、やはり時代は防水だね! 次からは防水仕様にしよう。……あ、待て、待ちたまえ……? もしかして……予算がヤバイ? 予算がヤバイ! じゃあ防水仕様はまた今度だね! いやぁ、防水仕様にできないのは厳しいなぁ! またコーヒー零しちゃうかもしれないなぁ! いやぁ、惜しい、予算の為なら仕方がない!」

 

「端的に言って嘘くさいです」

 

「だって老人方の相手は疲れるもの。私だって面倒な事はしたくはない」

 

 そう言って白衣の男はスーツ姿の女にパネルの上のマグカップを回収させる。パネルはどうでもいいらしく、濡れたままで放置し、そして部屋の奥に置いてあるコーヒーサーバーへと向かってゆく。男はその光景を見ることもなく、パネルへと向くと、虚空を軽く手で操作する。そうするとスクリーンに光が灯り、多くのデータが現れる。

 

「さて、コーヒーをこぼしたなんて言い訳は通じないだろうし、次回はどうやって話を切るかねぇ、なにかアイデアはないかね?」

 

「ドクターなら素晴らしいアイデアを思い浮かぶのではないでしょうか?」

 

「あ、いいの? スカさんに任せちゃう? 任せちゃうの? じゃあ隣ん家のスカリエッティさんから借りてきたウーノさんがベッドから呼んでいる―――あ、すいません、嘘です。冗談です。そんな冷たい目で見ないでください」

 

 男を睨む女の視線は冷たく、そして口から漏れる吐息には呆れの色が濃く出ている。

 

「似ていると思えば似ている。違うと思えば違う。確かに貴方達は同一の存在なのでしょう」

 

 あぁ、そうさ、と男は頷いて答える。

 

「私も、彼もジェイル・スカリエッティさ」

 

 

                           ◆

 

 

 自分は人形だと評価する。

 

 欲望だけを埋め込まれた人形。

 

 だがそれがいい。この身軽さ、好き勝手に振舞う自分が好きだ。もう一人のスカリエッティとは違う趣向の自分が好きだ。アイツには生み出せないものを生み出せる自分が好きだ。そしてこの分野を選んだ自分が好きだ。自分は完璧を愛している。完璧になれなかった故に求めてしまう反動だろうと冷静に分析している。だがそれすら愛おしい。

 

 不完全に再現しようした結果、このように崩壊の早い肉体となった。

 

 だがそれもいい。

 

 だからこそ完璧を求める。生み出そうとする。そして気づく。自分は完成品そのものには興味を持たない。だが完成へと至る”プロセス”にこそ一番の価値を見出しているのだと。そしてそれこそが見るべきものなのだと。

 

「あぁ、完成させてしまったなぁ……楽しかったなぁ……」

 

 研究のプロセスは実に楽しかった。人間をいっぱい生み出して殺した。たくさんの人間を利用した。死に追い込むようなことをすれば、現在進行形で人質を使って従わせている者もいる。だが人間そんなものだろう。自分の命はもう一年程度で尽きるだろうが、その前に技術を完成させた故に”用済み”として処理される。ともなれば、ただ殺されるのではつまらない。

 

「派手に暴れるのは楽しそうだが隣ん家のスカリエッティ君のアイデアをパクるのは良くない。炎上! クラナガン崩壊する! とか一度はやってみたいイベントだが予約されているのなら我慢しなくてはならないね」

 

「ドクター達が同じ発想をしているところ見ると同一人物だと今更ながら納得します」

 

 あっちは戦闘機人、此方はプロジェクトF、と分野は違うが互いにキチガイであることは認め合った仲だ。ちょくちょく交流はしているが、さて。

 

「えーと、なんだっけ。覇王のクローンと闇の書のコピーが負けて帰ってきたんだっけ? 色々実験する必要があったからあの二人は作ったんだけど扱い辛いんだよねぇ……反抗的で。まあ、そこらへんが流石我が作品という所で実にどうでもいいんだけど。やっぱ完成品には興味沸かないね私は。……あれ、何の話だっけ」

 

「ドクターが九ヶ月ほど前に遊び半分で放棄させたアジト、あそこに残っていたマテリアルズ・クローンの一体、ユーリ・エーベルヴァインの襲撃による撤退ですね。ユニゾンする間もなくフルドライブモードによる蹂躙だったそうですが」

 

 あぁ、思い出してきた。確かアレだ、エグザミアとかいう凄いロストロギアを搭載した存在。ちょっとやんちゃしたくなって作ってみたのはいいが、もう一人の自分と協力してやってみたがあまりにも構造が意味不明で分野違いなので中途半端に作って放置していたんだったか。うわぁ、自分超適当。

 

「あー、うんうん、覚えてる覚えてる。ほら、あの金髪っぽい子」

 

「データだしましょうか?」

 

「あぁ、その疑いの目いいよ! ―――大丈夫大丈夫、キチガイの自覚はあるけど壊れてはいないから。マテリアルズ・クローンでしょ? 兵器運用を前提として戦闘スペックを完璧に再現するために生み出したクローン達だね、うん。その為のリソースとして寿命の上限を大幅に削ったわけだけどまあこれぐらいが上手く成功したってやつで、成功した時は嬉しかったなぁ……やっぱプロジェクトFは全体的に高望みしすぎだと思うんだよね。100を再現しよとするから性格やらに違いが出てくるんだ。予め削るところを狙って削ればほら、こんなにも上手くいく」

 

 まあ、見えていた結果だけど、とそこに付け加える。

 

「プレシア・テスタロッサはそこらへん頭がよすぎた。もう少し馬鹿になってものを見る事が必要だった―――っと、自慢はこれぐらいでいいか」

 

 ……発信器は破壊されているが居場所は特定できる。が、そのままではつまらない。芸がない。

 

「さて、ただで死んでやるのも実に私らしくはない。そう、もっと善意と悪意をごっちゃ混ぜにして派手にやらなくてはならない。それを主人公にリボンでデコレートしてプレゼントしなくちゃあいけないね。もっと愉快に、もっと混沌に、とことん嫌がる様に仕向けなきゃ」

 

 あぁ、思いついた。

 

「ドクター?」

 

「君の創造者に連絡をしたまえウーノ君。あぁ、ついでに帰ってもいいよ。今まで付き合わせて悪かったね。超ダイナミック自殺を思いついたからそれのプレゼンテーションの準備を始める。何、君の所のスカリエッティ君も気に入ってくれるだろうさ。何せ自分でもかなりキマっていると思う程だ」

 

 さあ、まずは主人公を用意しよう。

 

 ヒロインを用意しよう。

 

 悪役を用意しよう。

 

 そして絶望と悪意を用意しよう。

 

 そこに特大の欲望をぶち込めば……あぁ、まさに自分好みの舞台だ。だから、死んでくれるなよ? 君が死んでしまっては君が囲っている少女達が暴走してしまう。だから、さあ、遊ぼうよ。

 

「イスト・バサラ君。親友の仇は取りたいだろう? あ、そこに面白そうだし妹でも巻き込んでみようかな」

 

 さあ―――欲望に身を任せようじゃないか。


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