マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 思春期前の少女にとっては最悪の教育環境。


デイ・アウト

「ようこそ首都航空隊第6隊へ、俺がお前のここにいる間の仕事としてのパートナーだ。人生のパートナーは別に探せよ!」

 

 あ、うん、はい。でもそれよりも、

 

「あの……顔面に思いっきりドロップキック食らってましたけど大丈夫ですか……?」

 

「あぁ、これぐらい日常だから大丈夫、大丈夫」

 

 そんな日常嫌だ、何故そんなに平然としていられるのだろうが―――と思ったが、良く見ると顔にかけているサングラスは壊れていない、蹴られた痕も顔についていない。ともなれば手加減をしたのか、本当にいつも来ると解っているのでダメージを逃がしたのだろうか。全くダメージを受けている様子はない。凄いのは解るけど―――こんな方法で解りたくなかった……。

 

 ともあれ、と手を差し出す。

 

「えっと、本日からお世話になる高町なのは准空尉です」

 

「イスト・バサラ准空尉19歳独身、趣味はバイクで犯罪者に体当たりする事です」

 

「そんな趣味知りたくなかったです……」

 

 何この危険人物。いや、待て、待つんだ高町なのは―――そう、これはきっと冗談なんだ。たぶん此方を和ませるための冗談。少しだけ笑いのセンスがずれているだけで、此方を笑わせてくれようとしているのだ。聞き返す事は出来ないが、とりあえず曖昧に笑みを浮かべておく。こういう処世術は管理局に入局してから嫌でも覚えた事だ。なんだか少しだけ、世間に汚れた感じがする。

 

「げ、この少女犯罪者に体当たりするって所で笑ったぞ」

 

「どういうリアクションを取れば良かったんですか私!?」

 

「とりあえずはそういう方向性が求められている」

 

 ……あぁ、なんではやてちゃんが頑張って、って言ったのか解った気がする……。

 

 たぶんこういう風になるのをはやては解っていたのだと思う。というか解っていてここを紹介したのだと思う。八神はやて、確実に確信犯。ギルティ。今日が終わったら絶対にはやてに抗議のメールを送れるだけ送る。遺憾の意を見せなくてはならない。

 

 と、イストが手を前に出してくる。グローブに包まれた大きな手だと思う。それが握手だと数瞬してからようやく気付き、手を合わせて握手を交わす。その手に触れて、グローブ越しに感じる手が予想よりも固く、誰かの手を思い出させる。これはたしか、

 

 ザフィーラのだ。

 

 ザフィーラと似た感じの手だと思う。力強く、そして手の皮膚が硬い。改めて目の前の人物を見る。赤毛は少々長く、尻尾みたいに伸ばしてあるのを首元で纏めている。サングラスで目は隠し、前髪も少しだけ長い。全体的に顔を隠すような感じにしているようには思える。管理局の制服は若干着崩しており、その胸元には銃の形をしたペンダントがぶら下げられている。若干チャラい見た目だが、

 

 ……真面目な人じゃないとこんな風にはならないんだっけ。

 

 格闘術には詳しくはないが、将来の為に、とザフィーラが格闘に関して教えてくれた事の一つにあった気がする。こうやって手の平全体が硬くなるのはベルカ式格闘術使いの証拠で、掌全体を使った動きを何百、何千回と繰り返してきた結果、だと。目の前の人物はその見た目に反してどうやら努力家らしい、と自分の中で評価を変える。見た目だけじゃないなぁ、と。

 

「むっ」

 

 そこで男が握手をほどいて此方の両頬を掴んでくる。

 

「にゃ、にゃにをするんですか!」

 

「ん? ガキの癖に妙に生暖かい目で見てきたのがムカついたからつい。それにしても”にゃにをするんですか!”か。いやぁ、高町なのはちゃん可愛いですねー、にゃに! にゃにゃにゃにゃにゃにゃに!」

 

「にゃぁ―――!!!」

 

 駄目だこの人、苦手というか天敵だ……!

 

 自分のようなタイプの人間にとことん似合わないふざけているタイプの人だ。此方の頬を引っ張って回して遊び終えると、満足げに手を離す。

 

「……なんだ、そんなに似てないじゃねぇか」

 

「……?」

 

 イストが此方を何か、いや、誰かと重ねる様に見ている。誰か、と問おうとするが、それはたぶんプライベートな話で、であったばかりの自分にそこまで踏み込む資格も理由もないのだろう。素直に踏み込む事を止めて、解放された事に対して喜びを感じておく。と、そこでイストは近くのコートラックからロングコートを取るとそれを着る。茶色のそれは結構大きく、イストの服装を隠すには丁度いいものだった。

 

「じゃ、早速仕事の方に入ろうか。なのはちゃんデバイスの圧縮空間に私服入れてない?」

 

「入れてませんよ。それよりもなのはちゃんって……」

 

 イストはコートを着て横へとやってくると、人差し指を付きつけてくる。

 

「俺、19歳。お前13歳」

 

「あと数日で14です!」

 

「階級いっしょ、俺先任、俺エラーイ。だからユー、なのは”ちゃん”。あぁ、俺も変に敬われるの面倒だしイスト様かイストでいいよ、オーケイ?」

 

 何故その二択。というよりも、

 

「オーケイじゃありませんよ! さっきから少し横暴すぎやしませんか!?」

 

「え……?」

 

「自覚ないんですか……!?」

 

 イストが振り返り、会話を聞いていた隊の他の面子に視線を向ける。そこでイストが首をかしげると、他の隊員達も首をかしげ、一体何が問題なのだろうかと顔を悩ませていた。―――あぁ、解った。ここだけ別次元だと考えればいいんだ。はやてには文句を言っても言い切れない。どうしてこんなコネ持ってるの……?

 

「まあまあ、少しでも偉ぶりたかったらオパーイ育ったらという事で……」

 

「失礼すぎやしません!?」

 

 笑い声を上げながらイストは部屋の外へと向かってゆく。さっき此方に確認を取ったのだから、おそらくというより確実に此方を外へと連れてゆくつもりなのだろう。若干本当について行っていいのかどうか悩みつつも、イストの後を追う。

 

「そんじゃ回ってくるわ」

 

「はいはーい、隊長には言っておくから頑張ってねー」

 

 背後でキャロルが承諾した様に言葉を放っている。彼女が隊長ではなかったのか。……なら隊長はもうちょっとだけ、まともな人がいいなぁ、と儚い希望を持ちつつもイストの後を追う。

 

「どこに行くんですか?」

 

「ん? 私服持ってないんだろ?」

 

 うん、と言いそうになってはい、と答える。危ない。この人たちの前だとここが仕事場であることを忘れて素で返答しそうになる。その返答を受け取ったイストはんじゃあ、と言って手の中の車のキーを見せてくる。

 

「まずは私服を買いに行くぞ」

 

「え?」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――そして宣言通り、本当にクラナガンの洋服屋へとやってきた。いや、確かに買い物は好きだ。というよりも買い物が嫌いな女の子なんてものはそうそういない。だから仕事中とはいえ、洋服屋にやってくるのは少しだけ心が躍る。そこらへんは素直でもしょうがないと思うが、

 

「なんでここに来たんですか……?」

 

 それが問題だ。普通に入隊祝ってわけでもないだろう。

 

「うん? あぁ、お前ここ来る前は所属どこだった?」

 

 それが何の関係があるのだろうと思い、答える。

 

「武装隊です」

 

「あぁ、あそこか。平時は基本訓練で緊急時に出動ってスタンスだったっけ」

 

 大方はそうだ。武装隊は意外と面倒で、要請がない限りは活動の出来ない部隊だった。だから平時は訓練するしかなく、パトロールは陸や空に任せるものだった。それ故の歯痒さは結構あったものだが、イストは武装隊と空隊での活動は大きく変わると主張する。

 

「基本的にクラナガンに紛れ込んだテロリストや重犯罪への対処が主な任務だ。あ、軽犯罪者に関しては陸の管轄だから手を出しちゃ駄目だぞ? あー、だから捜査官と被る様なこともやりゃあ、陸と被るようなこともまあ、少しってか結構やる。あっちこっちに顔を出しては協力してもらったり、資料融通して貰ったり、色々と人間関係とかコミュ能力が予想以上に試されるところだ。だからある程度頭下げたり、交渉用に”キャラ”作っとくのも覚悟しておけ。相手のペース崩して此方側に無理やりにでも引き込むのは生き残る上では必須技術だぞー」

 

 ……となると、

 

「えーと、第6隊の皆さんの”あの”感じは作った……?」

 

「たぶん最初はそうなんじゃないかなぁ―――今は確実に素だけど」

 

 アレが素とかもう完全に救いがない。数年間ここでゆっくりしようかと思ったが、これは最短ルートで戦技教導官を目指した方が精神的に宜しいのではないだろうか。

 

「ま、だから私服が必要なんだよ。ほら、金は隊のもんが出すからなるべく地味で目立たないのを選んどけ。仕事の一環で管理局員としては入り込めない場所とか、管理局員とは会えない人物とかと会ったり調べたりすることはあるから、私服で活動する時もあるんだよ」

 

 ……あ、なるほど。だから私服なんだ。なんかイメージしてた感じと違うなぁ。

 

 意外とまともな理由に驚き、そしてこの人はふざけてはいるが、仕事に対しては真摯に向き合っているのだと気づく。ハチャメチャでカオスの塊と言えるが、それでも仕事に対しては大まじめだ。

 

「あぁ、あとなのはちゃんは何か夢とか目標あるか?」

 

「えーと……」

 

 服を選んでいる途中でいきなりそんな事を問われ戸惑ってしまうが、

 

「戦技教導官になって、自分の様に無茶して自滅しちゃう子を減らしたいなぁ、なんて……」

 

 あぁ、とイストは呟いて腕を組む姿を見る辺り、数年前に新聞に載るほど有名な自分の撃墜の事件、それを思い出しているのだろう。当時はフェイトもヴィータも傍を離れないし、ご飯まで食べさせようとしてくるので酷く焦った。

 

「まあ、だったらここは通過点としてさっさと抜けて行った方がいいぞ。ここはそう楽な所でもないし? 数ヶ月前にゃあ俺の相棒が死んだばっかだしなぁ……。ま、今更管理局に安全な仕事が残っているとは思えないってのが俺の意見なんだけどな……」

 

「―――え?」

 

 あまりにもあっさりとした言葉に振り返り、そしてイストの表情を見る。だがサングラスで隠された顔では表情をうまく読み取ることができない。それでも声は軽く、そしてふざけている様子はないように思える。本当なのか、嘘なのか、一体どちらなのだろうか。その判別はつかない。

 

「選び終わったか? そんじゃ会計やっとくから寄越せ」

 

「え、それは流石に私が」

 

「領収書」

 

「あ、はい……」

 

 隊に来たばかりでどこ当てとかは良く解らないので流石にこれは任せた方がいいのだろう。少し恥ずかしいも、どうやら頼れそうな人物なので服を渡す。それを受け取ったイストはそのまま会計へと向かってゆく。このあとどうせその”管理局員ではいけない場所”なんというところに連れて行かれるのは目に見えている。だからさりげなく更衣室の前へと移動しながら思う。

 

 ……どうなんだろう。

 

 先ほど死んだ、と言った時嘘をついているようには見えなかったが、執着しているようにも見えなかった。割とあっさりしている感じだった。だとすれば整理がついているのだろうか。いや、それを考慮する権利がまだ自分にはないが、

 

 ……喪失って怖いなぁ。

 

 そしてそれを起こさないための首都航空隊だと認識する。少なくとも、業務に関しては真面目に取り組んでいるのは確実だ。……人格に関しては完全に忘れよう、仕事はできるようだし。ともあれ、

 

「やりがいはありそう……かな?」

 

 と、そこで会計を終わらせたイストが服の入った袋を持ってやってくる。それを此方へと渡しながら、

 

「なにブツブツ言ってんだこのチビっ子は。ほら、一通り周り終えたら俺の個人的な知り合いに会ってコネ繋げに行くから忙しくなんぞ」

 

「チビじゃないです!」

 

 とりあえずこれが終わったらまず隊長にあって、パートナーのチェンジを希望しよう。たぶん、というか却下されそうな気配が濃厚すぎて嫌な予感しかしないけど、とりあえず希望するだけならタダだ。

 

 本当にやっていけるのだろうか、そんな事を考えながら更衣室に入る。




 はやてやゲンヤは何故こんな所を紹介したのだろうか。あ、仕事の内容に関しては完全に創作です。ともあれ、元はティーダのポジションを引き継ぐ感じですなぁ。誕生、外道格闘家という感じで。

 さて、一体誰の髪型だ、という話をしていざ次回。

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