「はーやーてーちゃん!」
「あー、もう、許してー!」
はやての両頬を掴んで引っ張り回す。ともかく許せと言われても許せることではない。この怒りを思いっきりはやてへとぶつけなくてはならない。だから迷うことなく友人であるはやての両頬を掴んで遊ぶ。そうやって少しでも此方の嫌な気持ちをぶつけないと流石にどうにかなってしまいそうだった。
「お、おい、なのは……」
「ヴィータちゃんは黙ってて!」
「お前、マジでどうしたんだ……」
普段は強気なヴィータでさえ黙り込んでしまう程の剣幕だろうか? ともあれ、だとしたら少しやりすぎたかもしれない。はやての頬を解放する。少しだけの涙目のはやての顔を見ると溜飲が下がる。……いや、ちょっと悪い事をしてしまったかもしれない。
「御免なさいはやてちゃん、ちょっとやり過ぎたかも……」
「ええよ、確信犯やったし」
再びはやての頬を掴む。ぐわぁー、と女子らしからぬ悲鳴を上げるはやての姿を無視し、今だけははやてへの復讐を楽しむが、……そんな事に費やす時間も無駄だと解ると物凄い疲労が体にのしかかってくる。はやてを解放して項垂れるしかない。
「すまんすまん、と言っても”空”のコネってそう簡単なもんやないねんよ? 少なくとも数年間前線で働いてきた実績がないと色々難しいんやで? そこらへんどうにかした私の実力を逆に評価して欲しいものやんな!」
そう言ってドヤ顔を決めるが、判定は完全にクロである。
「そんな事言ったって流石に”アレ”はないよ!」
「いや、私もそう思ったんやけどな? 紹介できるのアレだけやし……」
はぁ、と溜息を吐いてはやてがヴォルケンリッター達とクラナガンにいる間は一緒に住んでいるマンションの一室、そのリビングにある椅子にどっぷりと座りこむ。何というか、非常に疲れた。確かにあの隊、6隊のキャラの濃さというか、人のおかしさは未だかつてない程におかしいとしか言えないが、それだけではない。仕事は仕事の内容で結構キツイものがあった。
「で、アタシは全く聞いてないぞ? 何かおかしなことでもあるのか?」
「―――確か首都航空隊でしたよね、はやてちゃんが紹介したのは」
ヴィータに応える様に言葉を挟んだのは金髪、私服にエプロン姿のシャマルだった。本日がオフなのは残念なことに自分を含め、はやてとヴィータと、そしてシャマルだけなのだ。だが三人ほどいれば休日を楽しく過ごすには十分すぎるだけの人数だ。少なくとも、
そうやなぁ、とはやてが言葉を置き、改めて思い出す職場の惨状に思わず笑みが引きつる。
「キチガイを一か所に集めて、そこにセメント成分ぶっこんで、そして自重を取り除いた感じの場所やねぇ……」
「おい。おい!」
「わ、私は何も悪くないんや! コネや! コネがいけないんや! これしか持ってなかったコネが悪いんや! たとえ相手がキチガイの巣だと理解してもなのはちゃんを送り込まずにいられなかったこのコネがいけないんや……!」
「はやてちゃん、確実に確信犯ですよね?」
「さっき宣言してたしねー……」
「というよりや」
はやてはテーブルに体を乗り出し、シャマルが運んできたクッキーを口の中に一個だけ放り入れ、そしてそれを食べながら話しかけてくる。
「世の中なんでも簡単に通そうとする方が無理なんや!」
「逆切れしたぞ」
「ええか? 私だって超苦労してんねんで? 肩書は一応元犯罪者やし、それ払拭して今のポジションくるまですっごい中傷されたんやで? そういう経歴があっても普通に付き合いの出来る連中ってのは凄い貴重なんやで? ゲンヤさんにコネ作っとけ言われたから休みの日に時間開けて会いに行ったんやけど―――なんや、アレ。予想を超えたリアクションに呆然として、次に意気投合したもんやなぁ……」
あぁ、意気投合するのはなんとなくわかる。なんというか、はやてがノっている時の感じが常時続いているような連中だ。
「ただ別に楽しいって理由で付き合いある訳じゃないんで? コネの維持ってのは結構大変やからな? 休日を潰して一緒にメシ食ったり情報交換して互いの有意性を証明したりせなあかんし、利用されないように気をつけなあかんし。それに”空”に関する知り合い私らめっちゃ少ないねんで? 確かにリンディさんやクロノ君の知り合いが空に居るかもしれへんけど、あの二人は階級高すぎて頼みごとがしにくいんよなぁ……あぁ、こういうの管理局に所属してから改めて解った事やな」
……どうやら意外と選択肢がなかったらしい。現状、はやてに出せる最大の切り札だったらしい。そう思うと、少々一方的に攻めている事が申し訳なくなってくる。絶対に謝る事はしないけど。
「まあ、ぶっちゃけイストに関してはそこまで条件難しくなかったけど」
「そうなの?」
「いやぁ、どこで知ったんか知らんけど、何故か私がカリムと個人的な付き合いしてるのを知っとってなぁ、紹介してくれって頼まれただけなんや。それさえしてくれれば”協力は惜しまん”って言うてたし、正直私からすれば美味過ぎる条件やったんよな。知り合い一人生贄出せば済むんやし」
「はやてちゃん、若干汚染されてない?」
「いや、はやては前からこんな感じだぞ」
そういえばそうだった。闇の書事件を解決してから段々とテンションやら上がってきて、今では立派な―――?
「あれ?」
思わず首をかしげる。闇の書事件ではない。何か、何かが抜けている。そんな気がして、首をかしげる。そしてそれを見抜いたシャマルが此方へと視線を向ける。
「なのはちゃん? どうかしたの?」
「いや、何か忘れてないかなぁ、って。たぶん闇の書事件が終わった後だと思うんだよね。何か、何か起きた事を忘れているんじゃないかなぁ、って気がするんだよね。リインさん助けた後ってどうしたっけ?」
「うん?」
はやてが首をひねる。
「特に何もなかったと思うけど? ……なのはちゃんの事件を置いては」
「うーん、その前に何かあった気がするんだけどなぁ……」
何かもやもやする。忘れてはいけない筈の事なのに、忘れている気がする。非常に気持ちの悪い感覚だ。脳は知っていると訴えかけている。そしてその情報を引き出そうとしている。だが別部分で何かがその情報を押しとどめている感覚だ。軽くマルチタスクで思考領域を分割し、情報の整理を行うが―――それでも引っかかる情報はないので、
「勘違い……なのかな?」
「何もない事に越した事はねぇよ……ま、ちょっとは調べてやるよ」
「おぉ、ヴィータがこんなにもツンデレな態度を取るとは……! あぁ、でもちょっと私から離れていく感じで複雑やねぇ……」
「何時まで経っても子ども扱いされている気がしてならねぇ」
プログラムだからという理由からヴィータ達ヴォルケンリッターは一切成長しない。だから子供の姿で召喚された、というより生み出されたヴィータは一生子供のままの姿だ。そう思うと子犬の姿になれるザフィーラはヴォルケンリッターの中では若干卑怯な気がしないでもないかもしれない。省エネだから、という理由で子犬の姿にさせられたザフィーラは可愛いが、同時に可哀想でもあった。
「で、仕事の方はどうなん?」
「やっぱり武装隊の方と変わらないの?」
はやてが話題を切り替え、シャマルがそれに乗ってくる。確かに私の家に集めたのは私だけど―――態々あの地獄の様な場所の話をしなくてもいいじゃないか、と若干恨めし気な視線をはやてへと送るが、それを涼しい視線ではやては受け流す。だから一回溜息を吐き、
「いや、凄く違ったよ」
それこそ予想を超えて違った。もっと、こう、ヒーローっぽかったり、毎日欠かさず厳しい訓練を重ねて平和を守る感じだと思っていた。だが実際はかなり違った。
「もう、大変だったよ? 最初の日に捜査用の地味な服を買いに行った後はひたすら情報屋を巡ったり、街中で犯罪の起きやすい場所を歩き回って覚えて、逃げる場合は何処へと逃げやすいか、どういう場所へと逃げられるかというのをレクチャーされて、その後で今度は廃棄都市区間へと直行したんだよ」
「廃棄都市に?」
シャマルの言葉をうん、と頷いて肯定する。
「廃棄されたエリアは整備されてない上に警備も置いてないから、次元犯罪者やテロリストが潜伏するには絶好の場所なんだって。だから今の所解っている”安全”なエリアを実地で教えて、そして”危険”なエリアを実地で教えてもらったの。あと他にもお金が無くなって暮らせなくなった人や、後ろめたいことがあって普通に生活できなくなった人が逃げ込む場所とかコミュニティを作っている場所とか、結構凄まじい経験だった」
「……なんつーか、”花の空戦魔導師”がやる事やない内容に思えるなぁ……」
一瞬”さん”を付けるかどうか悩んだが、つけなくてもいいと言われているのだし、つけないことを決める。
「イストが言うにはだけど、”問題を起こされてからでは遅い”からこうなったんだって。昔はもっとどっさり構えているスタンスだったらしいけど、捜査官の数が少なくなったり、ミッドチルダでの犯罪率が上がってきているせいもあって捜査官や陸の一部の職務で、それなりに難しいのを戦力を遊ばせないためにやっているんだって」
「信じてキチガイの巣に送り出したなのはちゃんが信頼にこたえて真面目に仕事覚えてる……?」
「ねえ、はやてちゃんは私をどうしたかったの」
そう問うと、はやては露骨に視線を明後日の方向へと向けてクッキーを食べ始める。その姿を見て相変わらずだなぁ、と思ったところで、胸元のレイジングハートが明滅する。
「レイジングハート?」
『Master, you got mail』
メールの到着だった。
……フェイトちゃんかな?
たしかフェイトは今日は仕事があったが、早めに終わらせたら来ると言っていた。だからたぶん仕事が終わった報告か、もしくは仕事が長引くという報告のどちらかだろう。そう高をくくり、レイジングハートの再生する様にお願いをする。
『―――ちーっす、なのはちゃん、俺だよ俺』
そう言って再生されたのはフェイトの声ではなく、イストの声だった。予想外の声の主にずっこけそうになるが、それを堪え、
『あ、なのはちゃん今日休みだっけ? だが残念でした! どーも、犯罪者狩りの時間でーす! レイジングハート、略してレイハさんに位置を送信しておくから休日返上してレッツ社畜タイム。隊の皆は既に到着してどうやって撲滅するかって話になっているけど、現在は”燃やして全出入口と窓封鎖”案と”燃やして出てきたところを射的ゲーム”の案で真っ二つに割れているけど、なのはちゃんの意見を取り入れて焼き討ちプランを推奨しておいたよ! ほら、地球の日本人って焼き討ちが好きだってゲンヤさん言ってたし。あ、待ってるから早くおいでねー』
壮絶すぎるメール内容に部屋の誰もが一瞬沈黙し、すぐさま脳内にある言葉思い浮かぶ。
―――守らなきゃ。
何を?
―――犯罪者の人権を……!
あのテンションからすると本気で焼き討ちしかねない。というか、
「それは信長だけだよ!」
「やだ、凄く楽しそうやな!」
「はやてちゃんは座っててください」
「壮絶すぎて何も言えねぇ……しかもアレが隊の総意だというのが余計に何も言えねぇ……」
ヴィータでさえ頭を抱えるしかないメールの内容、しかし行くしかない。そこにはたぶん私が行くことでしか守れない敵の命があるのだから。何気に非常時だと非殺傷設定の解除が許されている為、空隊は厄介だ。それが守るために必要なのはあるかもしれないが、でもその権利をアレな連中に渡してはいけない。
ともあれ、
「高町なのは、出勤します!」
「なのはちゃんももう立派な社畜やなぁ……」
「はやてちゃんは次の休み、覚えててね」
この愉快犯を次の休みにはどうにかせぬば、と誓ったところで三人に謝り、私服のまま現場へと向かう。着替えは制服を圧縮空間に放り入れてあるし、バリアジャケット装着の要領で早着替えすればすればいいのだ。
ともあれ、
今更ながらここへ移籍した事は完全なミスだったかも知れない事を悟った。
なのはさんサイドからの評価とか諸々ですねー。共通認識は迷うことなく”頭おかしい”で。あとゲンヤ貴様何を教えた、と。
いよいよなのはシリーズ、新のヒロイン登場……?