マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 こういうの苦手なんだがなぁ。


ウィ・ラヴ・ユー

 結局血を洗い落とす事を忘れて空港へと到着した時は大騒ぎ。エース級二人が血だらけになって帰ってくるのであれば確かに騒ぎになるというものだ。その後報告の為に掴まり、なのはと何とかアレやコレやと隠すと決めた部分を隠しながら報告を終えると、既に日は落ちていた。照りつける太陽は静かに照らす月へと姿を変えて、夜の闇を僅かにだけだが照らしていた。相変わらず夜にはいい思い出がない。さっさと家に帰りたい。そう思いつつ家に到着する頃には完全に人が出歩かない時間となっていた。こんな時間に帰ってきてももう寝ているだろうと重い、扉に手をかけた所で動きを止める。

 

 ―――もし、彼女たちが本物だったら―――?

 

 一瞬嫌な想像が脳内を駆け巡る。そしてあの外道ならやりそうだという事も理解できた。これで扉を開けて、部屋を確認して、そこに彼女たちがいなかったら―――自分は本当の意味で狂う。狂わざるを得なくなる。人としての心が壊れてしまうかもしれない。いや、確実に壊れる。そうなった場合の自分を想像したくはない。だからその先から動く事が出来ず、ドアノブを握った状態で軽く汗をかきながら動きを止める。

 

 そして、扉は開いた。

 

「うーん? なにやってんの? おかえりー」

 

 ―――扉を開けたのはレヴィだった。向こう側から若干眠そうな顔をしながら現れ、そして首をかしげながら此方を見ている。その傷一つない姿を見て心の底から安堵する。あの死んだマテリアルズには悪いが、死んだのが彼女たちで本当に良かった。死んでたのがここにいる彼女たちであれば―――いや、それは考えてはいけない事だ。今はただ、無事だった事実に喜ばなくてはならない。出迎えてくれたレヴィの頭を軽く撫でてから軽く持ち上げる。

 

「ただいま。もしかして待っててくれたのか」

 

「勝手にしてたことだから気にしなくていいんだよ? マドウシスレイヤー見てただけだし」

 

「深夜アニメは録画しておいて明日見ろって言っただろうに……というかやっぱり深夜枠になったんだな、それ。前々から昼間に放送で来ているのが不思議だったけど」

 

「待ってるついでだからいいんだよー」

 

「お前意見を一つに絞れよ、ったく」

 

 苦笑しながらレヴィを抱きかかえて家の中へと入る。靴を脱いで居間へと向かえば、そこには残り三人の姿もあった。若干舟を漕ぎ始めているディアーチェとユーリは此方を見るのと同時に片手を上げて挨拶し、そのまま眠そうに首を揺らしている。

 

「あぁ、言わんこっちゃない。だから先に寝ろって言ってんのに」

 

「我々は寝なくても一週間は戦える設計なんですけど」

 

「一年間戦いもせずに規則正しい生活を送ってきてるんだからそれに体が慣れるのは当たり前だろ」

 

 唯一眠気を見せないシュテルだけがソファの上で元気そうな表情を此方へと見せていた。その姿を見て心の底から安堵する。本当に、本当に良かったと。心の中で彼女たちの無事を聖王様へと感謝として告げて、そして眠そうなディアーチェとユーリへと近づく。幸いレヴィを含めた三人とも既にパジャマに着替えている。

 

「……」

 

 これならそのままベッドへと持って言っても問題なさそうだな、と確認しつつ三人の寝室へと向かおうとして、足を止める。

 

「これ、歯磨き終っているのか?」

 

「一応終わっていますよ。私は待つためにココアを飲んでしまいましたけど」

 

「お前もそんなもん飲んでまで待ってるんじゃねぇよ」

 

「そこはお気にせずに。どうしますか? 何か食べたいのであればさっと作る事も出来ますが? あと一応風呂の用意も出来ていますけど」

 

「いや、フロ入って寝るわ。流石に今日は疲れた」

 

「そうですか。じゃあ準備しておきますね」

 

「助かる」

 

 実の所、そこまで力が残っているわけでもない。マテリアル娘達を三人持ち上げるぐらいで限界だ。精神的にも、肉体的にも今回の件はかなりダメージがデカかった。だからゆっくり休むためにも、まずは少女達をベッドルームへと運ぶ。それぞれ別々の部屋を与えられるぐらいには部屋には余裕があり、金にも余裕はある。まず最初に連れて行くのはレヴィの部屋。

 

 水色が好きだと言う様に、部屋の壁紙や床は水色ベースで、どこもかしこも水色のアイテムが置いてある。ベッドの上にレヴィを寝かせ、ふとんをかけると今度はディアーチェの部屋へと向かう。此方はその尊大な言葉使いには似合わず、かなり少女趣味な部屋になっている。お手製のぬいぐるみやパッチワークが置いてあったり、裁縫道具や服飾の雑誌が置かれている。こうやって自分の手で何かを作ったりすることに喜びを感じている辺り、我が家で一番頼りになる子だ。そして最後に行くのがユーリの部屋だ。他の二人と比べて割と本が多いのが特徴の部屋で、ユーリの大人しい性格が反映されて割と大人しめの部屋になっている。

 

 普通ならこれだけ豪華にやる事は一人働きではキツイ所なのだろうが、不幸な事か、もしくは幸運な事なのだろうか。ここへと部署を移してから口止めやら危険手当やら保険で大量の金が舞い込んでいる。だがそれがいくつかの犠牲によって生み出されているものだと解っているとあまり喜べるものではない。

 

 ユーリの布団をかけながら部屋を出る。風呂場を見れば光がついている。シュテルが準備を終わらせてくれたのだろう。ソファに座り、リビングでテレビを見ているシュテルの姿が見える。

 

「お前も早めに寝ておけよ」

 

「用事を済ませたら寝ますよ」

 

 はぁ、と溜息を吐く。頭が回る分色々と言い訳をするから面倒だ、コイツは。まぁ、今は疲れているので深く考えるのは止める。ベーオウルフとタスラムを外して自分のベッドルーム、ベッドの上へと投げ、そして適当に着替えを取る。

 

 脱衣所に入り、まずはサングラスを取り、鏡を見る。そこには変哲もない自分の顔がある。元々目つきが鋭く、一般的に怖いと言える顔だったが、顔に負った一閃の傷によって更に怖いものになっている。あまり交渉向けや人に見せられるもんじゃないなぁ、と再確認しつつ束ねている髪を解放し、そしてシャツや上着を脱ぐ。

 

 そして、再び鏡に映る自分の姿を確認する。

 

 戦闘が終わってからずっと回復魔法を発動しっぱなしにして体を治療していただけのことはあって、傷は全て塞がっている。だがちゃんとした医療機関で治療を受けたわけじゃないので、身体には左半身を大きな火傷の跡が残っている。

 

「……こいつは残るな」

 

 普段はベーオウルフと管理局制服だからいいものの、これは私服もロングスリーブのものをベースにした方がいいかもしれないと判断する。やはり回復魔法がベースだとこういう風に傷跡が残ってしまう事が多い。ちゃんとした医術の心得があって回復魔法を使えばそんな事にもならないだろうが、回復力重視のスタンスではどうしても傷跡が残ってしまう。娘達にバレないまま過ごすのは不可能だからどっかで諦めるしかないのだろうが、それまではなるべく見せない様に過ごさなくてはならないだろうな。

 

「ま、入るか」

 

 風呂は熱いうちに入るべきだと、残りの服を脱ぐ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――ふぅ……」

 

 湯船に肩まで浸かる。こうやってゆっくりと一人で過ごせる時間は今の自分にとっては非常に重要―――というより一人でいたい。ここなら誰も見られる事はないし、勘づかれる事もない。だから軽く両手で湯を掬って、それを顔へと叩きつける。これで、何故顔が濡れているのかは自分でも解らなくなる。なってくれる。

 

「クソ……」

 

 胸糞が悪い、吐き気がする。後悔しかない。

 

「クソ、クソ、クソ……!」

 

 アレだけなのはに偉そうな事を言って、結局自分はこうだ。あの場でまた立ち上がれたなのはが本当にうらやましい。いや、彼女も今の自分の様に顔を濡らしているかもしれない。だがあの時、心を折らずに立ち上がった不屈のエースの姿に偽りはなかった。その姿が―――堪らなく羨ましい。―――知っている顔を殺して、死んで、全く平気なわけがないだろう。無事なわけがないだろう。

 

「クソがぁ……!」

 

 あんな地獄二度とごめんだ。もしあんな事がもう一度起きれば間違いなく心が折れる。それだけ、今回の件は心に響いてきた。今すぐにでもあの狂った研究者の喉を絞殺したいぐらいに体は殺意に満ち溢れていて、今すぐどこか、争いの無い世界へ彼女たちを連れて姿を消したいと思う。だけど、

 

「逃げられねぇ……よなぁ……」

 

 逃げられない。逃げちゃいけない。試練だとか、義務だとか、そういう話ではない。単純に現実から目をそらしてはいけない。それはイスト・バサラらしくない。貫くものは何時だってこの身一つのみ。それでどうにかしないといけない。そして、そうしてきた。だけど、それでも、

 

「あぁ……やめてぇ……」

 

 たぶん、初めて吐いた弱音だった。

 

「―――じゃあ、止めればいいんじゃないですか?」

 

 そしてそれを聞かれた。

 

「ばぁーん」

 

 そう言って浴場の扉を勢いよくあけてきたのはシュテルだった。しかも全裸。開けてくるのと同時に開け放つようなポーズを取り、そのままの姿勢で固まっている。その様子に呆れ果てて、頭を抱える。

 

「入るなら入れ、出るなら出ろ」

 

「いやん」

 

「今更取り繕っても遅い」

 

「鈍感系主人公でさえ裸の女子やラッキースケベには慌てるものですよ。貴方にはそのお約束を守る事さえできないのですか。天の意志が泣きますよ」

 

「そういう天の意志は聖王様に殺られたので大丈夫」

 

「おぉ、天の意志よ! 殺されるとは情けない!」

 

 別段シュテルも裸を見られる事は恥ずかしくないと思っているらしく。浴場に入ってくると近くの椅子を取って、軽く体を洗い始める。その様子をぼんやりと浴槽の中から眺める。べつにこうやって誰かと風呂に入る事は珍しくはない。実際レヴィは何度か突撃して、ユーリも偶に便乗してくる。べつにペドフィリアでもロリータコンプレックスでもない、娘の様な存在に欲情する程ひん曲がった人格をしてはいない。

 

 だけど、シュテルがこうやって突撃してくるのは初めてだ。

 

「一応今は俺の聖域タイムなんだけど」

 

「残念ですね。私が優先順位としては上なのでそれは通じません」

 

 我が家でも一番自由にやっているのはレヴィじゃなくてもしかしてコイツじゃないのか、何て考えが頭に浮かぶ。そんな事を考えながら無言でシュテルの様子を窺っていると、身体や髪を洗い終わって湯船に入ってくる。シュテルが入った事によってお湯が溢れて湯船の外へと出るが、二人で入っている分には問題ない。が、

 

「おい」

 

「いいじゃないですか」

 

 その位置が問題だった。ピッタリと背中をこっちの胸板につける様な位置で座ってきた。上から睨むように視線を向けるが、シュテルは満足げな表情で体を押し付けてくるだけで、それ以上は何もしない。何を言ったところで聞かないのはうちにいるお姫様たち全員に言えることなので、この際文句を言う事は諦める。

 

「で?」

 

「で? はこっちのセリフです。言いたい事があるなら言っちゃった方が楽ですよ」

 

「ばぁーか。ガキに甘えられるかよ」

 

「おや、何時までも私達は子供じゃないんですよ? 少しずつだけど大人になるんですよ、私達だって」

 

 そう言うシュテルは完全に体を此方へと預けながら視線を持ち上げて、此方へと合わせてくる。

 

「ちょっと私を味見してみません?」

 

「何言ってんだこのガキ。盛るなら最低でも彼氏を見つけてからにしろ」

 

「じゃあ付き合ってください。別に突き合いでもいいんですよ」

 

 流石に下ネタに走り過ぎなので制裁もかねて両手拳を作って、それでシュテルの頭を両側からおさえ、ぐりぐりとする。シュテルがぐわぁ、と声を上げながら頭を押さえる。しばらくシュテルを苦しめた所で解放し、溜息を吐く。最初の頃はこんな娘じゃなかったはずだ、と。

 

「いいじゃないですか。私は貴方の事好きですよ」

 

「家族としてだろ」

 

「えぇ、そしてそれもどうせ近いうちに異性となります。他の皆の事は解りませんが、私は割と自分の欲求に関しては素直ですから、嘘はつきませんよ。第一に、一番気軽に会える男が貴方だけで、そして一番接しているのが貴方だけなんですから。遅かれ早かれこうなるんですよ。だから早めにツバを付けといた方がいいですよ」

 

「だまらっしゃい」

 

 指の先でシュテルの頭を軽く叩くが……シュテルの声の色は本気だった。あまり、馬鹿に出来た様な事ではない。こいつがそう言っているのであれば真実なのだろうと思う。そして、だからこそシュテルは言う。

 

「さ、私は私の恥ずかしい事を言いましたよ。……私だけ暴露するのはズルイです」

 

 そう言って少しだけ頬を赤くするシュテルの姿があった。その姿を見て、天井を見る。

 

「あー……面白くないぞ?」

 

「面白さなんて求めていません」

 

「ダサイぞ?」

 

「カッコ悪いのは知っているから大丈夫です」

 

「めんどくさいぞ」

 

「面倒な女だと認識しているので釣り合いが取れていますね」

 

 ……ホントお前は面倒なガキだよ。

 

「……殺したんだよ、お前らを」

 

「……」

 

 それだけで内容を察してくれたらしい。特に口を挟むことなくシュテルはだまって話を聞いてくれる。ジェイル・スカリエッティの事、マテリアルズと戦った事、彼女たちの死にざま、なのはにバレてしまった事、相手には最初からバレてしまっていた事、そして―――死んだのが彼女たちであって、此処にいる彼女ではなかった事に安堵してしまった事に。

 

「俺は―――最低だなぁ」

 

 誰かが死んで、それで安堵する人間なんて屑でしかない。

 

「そうですね。最低な人でしょう貴方は。ですが―――それでも私達は貴方にありがとう、と言うでしょう。ここまで私達の事を思ってくれて、ここまで私達の事を愛してくれてありがとう、と」

 

「―――」

 

 あぁ、お前ならそう言うと思っていたよ。そしてこの話をしたら確実にお前達なら俺を許してしまうと確信できていた。だから話したくはなかった。そうやって話してしまうと、予想通りの返事が返ってきて、自分で自分の事を許せてしまいそうになるから。

 

「でも、自分の事は許せないんですよね?」

 

「あぁ」

 

「だったらその分私が、私達が貴方を許します。誰よりも私達の為に身を削って、命を削って、そうやって戦ってくれている貴方の事を責める事なんて最初からできるわけがないんですから。ですからもう一度言います、此処まで私達の事を思ってくれてありがとう。そんな貴方に逢えて良かった、と」

 

 シュテルは此方を見ていない。背中は預けたままだが、湯船で動きを作ることなく言葉を放っている。ここでどんな表情をしているか確認するのは野暮ってものだろう。

 

「そっか」

 

「えぇ、そうです……だから遠慮しなくてもいいんですよ? もっと頼ってもいいんですよ? というか頼ってください。普通の少女でいるのも楽しいですが、やっぱ助け合いたいものですから―――そういうのが家族らしい、ですし」

 

「……おう」

 

 シュテルの頭を撫でる。

 

「……悪いな」

 

「……いいえ、傷ついた大人の心を癒すのが子供の仕事ですから」

 

 そう言って苦笑して、

 

 まだ、まだ頑張れそうな気が湧いてくる。ただ、それでも、

 

 ―――やるべき事、そして敵は多い。




 ヒロイン力の上がってゆくシュテるん。だがこういう描写は苦手なのよ。もっとバトルとか絶望とか、そういう方が得意なのよなぁ、描写とかは。

 だけどここから絶望中毒になった皆に希望を注ぎ込むという嫌がらせがあるので頑張ろう。

 さて、スカさんの次の行動予定は、っと……(プロットメモ確認

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