マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 かっこいいOTONAになりたい。


スピット・アウト

 リビングにテーブルを囲むようにソファが配置されている。そこからは少し広めの庭が見えており、直ぐ近くにはテレビがある。だがそのテレビは今、つけていない。真剣な話の最中だ、つけるわけもない。ただテーブルに置かれた茶がそこまで手を付けられる事もなく、ただ静かに話を続ける。ゲンヤは口を出す前に話を全て聞き、それから判断する様子で、口を挟まずに黙って聞き入る。

 

 そして、長い、長い話が終わる。

 

 今まであった事を軽く語るだけで一時間以上の時間が経過した。それを考えるとなんて濃い日々を経験したものだと思う。普通に生きているのであれば絶対に経験できたものではないが―――それは本当に幸福と呼んでもいいのだろうか?

 

「……そうか」

 

 全てを聞き終えてからゲンヤは強く拳を握っており、その手からは血が流れているのが見えた。それを治療する事も指摘する事も野暮だと理解し、何を言う事もなく黙ってゲンヤの言うべき事に耳を傾ける。

 

「……ティーダの野郎はスカリエッティに消されたのかぁ……あぁ、任務中に失敗して次元犯罪者に殺されたって話だったがよ、全く信じられねぇからこう見えても色々調べてたんだぜ? だけどどうしても一定以上踏み込めなくてなぁ……そして真実はこう、と来たか。……そっかぁ……嫌な縁ばかり繋がっちまうもんだよなぁ……」

 

「今まで伝えられなくてすみませんね」

 

「気にするんじゃねぇよ。確実に厄ダネだな、こりゃ。その段階だとまだ管理局と繋がっていたんだろ? 無駄に話を広めてりゃあ俺かお前が消されてただろうから黙っていたのは間違いなく正解だ。管理局に斬り捨てられた今になってやっと話せるようになったのが少々気に食わねぇ話だがな。まあ、それは今のところ無視してもいい。個人の感情は時間のある時に決着つけりゃあいいし。んで、こっちの嬢ちゃんが八神のクローンか」

 

 うむ、とディアーチェが頷きながら答える。

 

「貴様に色々と難しい事を言ってもしょうがないだろうから簡潔に言えば八神はやてのDNAをベースに物凄く似た人物を再現した存在だと思え。そのオリジナルも八神はやてをベースに生み出された存在だからクローンのクローンというよりは八神はやての二つ目のクローンという認識の方が正しいのだろうがな」

 

 ディアーチェのデコに軽くデコピンを叩き込む。その衝撃でディアーチェがあいたぁ、と叫びながらソファに倒れ込む。そのまま痛そうに額を押さえ、涙を浮かべながら此方を睨む。

 

「な、何をするんだ! お前のデコピンは凶器というレベルなのだから痛いではないか!」

 

「お前、相手が年上だって事を忘れてねぇか? うん? 俺がちゃんと礼儀を見せているのにお前何時も通りの調子でやるのか? あん?」

 

「だ、だって我王様だし……!」

 

「あん?」

 

「……我、王様ですし」

 

「そこらへんで許してやれよ、別に気にしねぇから」

 

 そう言ってゲンヤが苦笑したところで少し重かった空気が軽くなったような気もする。だがそれも短い間だけの話だ。話は再びマテリアルズの存在を中心に動き始める。

 

「んで、ディアーチェちゃんの様なやつが他にも三人いるんだったな? あーと、高町なのはのと、フェイト・ハラオウンのと、そしてロストロギア搭載のユーリってやつか」

 

「ユーリだけはオリジナルの遺伝子を直で使っているらしいですけどね。入手経路は不明だけど。パーフェクショニストらしく本来の能力や性格、性質、記憶を完全に再現している辺りが実に厄介で、変換資質や魔導師ランクまで自由に弄れているようで」

 

「外道だが天才だな。こればっかしは認めなくちゃならねぇな。んでそんなやつに狙われてるんだろ? ご愁傷様ってな事だ。俺なら今すぐ逃げ出したい所だが―――」

 

「―――えぇ、ダチの仇ですからね。逃げるわけにもいきませんよ」

 

「男は辛いねぇ。まぁ、こうやって聞かされちまった以上俺も容赦できねぇがな」

 

 その言葉はゲンヤが此方の味方に付いてくれると言う言葉だ。……この結果は目に見えていた。ゲンヤという男が、人間が、こういう悪行を見逃せるかどうか―――それを考えればおのずと答えは出てくる。だからこそやりたくなかった事でもある。確実に巻き込んでしまうのだから。何せゲンヤには二人の娘と、そしてティアナの事を任せてしまっているのだ。本来なら自分だけでケリをつけたい所なのだが、

 

「正直次辺り生きて帰ってこれる自信ないんですよね。今回もたぶんなのはがいなきゃ俺、確実に死んでいましたし。あ、ちなみにその場合はウチの馬鹿どもの面倒をお願いします」

 

 正直な話、自分一人では絶対勝てない相手なのだ、レヴィもシュテルもディアーチェも。あの三人があの空中戦で、常に一対一というスタンスで戦い続けていれば確実に自分は落ちていた。あの状況で勝てたのはなのはがいた事、そしてレヴィとシュテルが経験的に自分よりも劣っているという事実があったからだ。だから上手く二対二の状況へと持ち込めた。アレ、一人だったら火力うんぬん以前に攻撃が当たらず終わってた。

 

「ふんっ」

 

「いてぇよ」

 

「お前どういう腹筋してるんだ、殴ったこっちの方が痛いぞ……?」

 

 拳を腹へと叩き込んできたディアーチェが手首を抑えていた。何がしたかったんだこいつ、と思っていると、

 

「お前が死んだら我々を預けるだと? あまりふざけた事を抜かすなよイスト。我々が唯一家族と認めたのは貴様だけだ。そして一緒に暮らしたいと思うのも貴様だけだ。そしていいか? ―――我々がずっと一緒にいたいと思えるのも貴様だけだ。貴様が死ぬことは即ち我々への宣戦布告も同じだ。その場合は我らは悪鬼となって暴威を振るうぞ? 死ぬか復讐を果たすまで暴れ回るぞ? 死んだら預けるとか勝手な事を抜かすではない馬鹿者め、いや、愚か者め。こう見えても情深いのだぞ我らは。それとも忘れて平和に暮らせるほど薄情な連中だとでも思われたか? だとしたら心外だぞ。早急に詫びを求めるぞ」

 

 ディアーチェの言葉に驚き、軽く放心していると、ゲンヤの笑い声がリビングに響く。

 

「はははは! そりゃあ困ったなぁ! あぁ、確かにそりゃあ死なれたら困るわなぁ! おい、俺もこれ以上食費を増やす予定はねぇからお前も死なないでくれ。なにせスバルとギンガがバカの様に食うんだ。これ以上増えたら俺なんか副業はじめなきゃいけねぇよ。というかスバルとギンガの食費で圧迫が凄まじいんだけど」

 

 最後だけ妙にリアルな事をしゃべっているゲンヤの言葉には苦笑するしかない。が、そうか―――俺がいなくなったら狂う様なやつも出てくるのだ。そういう事を考えると簡単に命を手放す事も出来なくなってくる。実に困ったものだ。基本的に戦闘スタイルが捨て身のインファイトだから命を賭けるのが基本なのだが……実に困った。

 

「はぁ……」

 

「ま、慕われているようでいいじゃねぇか。あ、手は出すなよ? 犯罪だからな」

 

「出しませんよ。女ってよりは今の所娘って感じですし」

 

「今14だっけ? あと4、5年待ってろ。そん時アピールされたら回避できなくなってっから」

 

 妙にリアルな事は止めてほしい。確かにそれだけ歳を取っていれば一応守備範囲内だが、逆に食われそうで恐ろしいと言う気持ちの方が込み上げてくるのだ。この調子で18になった時に風呂に入られたら流石に理性がヤバイかもしれない、というかヤバイ。……今のうちに教育しっかりしておいた方がいいのかも知れない。

 

「ま、話に関してはいろいろありがとうよ。色々腑に落ちないところがストン、といった感じだな。こっちでも調べられるところは調べておく。ただあんましおおっぴらにはできねぇから期待すんなよ?」

 

「提督とかにコネ持ってる人が味方についたってだけで大分助かりましたよ」

 

 実際こうやって歳を取った人間は意外なつながりを持っている。まずゲンヤの場合だと陸の他の隊に顔が利くだけじゃなくて、同期であれば海の方にだって顔が利く。一部、空にも顔が利く部分がある。まあ、だからこそはやての研修にも使われた隊なのだろうが。まあ、味方が増えたのは良かった。万が一があった場合、この人なら俺の意志を汲んでくれるとも思う。

 

 だから、とりあえずこの話はここで終わりだ。

 

 大分冷たくなった茶を持ち上げ、飲む。結構渋いが、それがこの茶の味だと思う。横にいるディアーチェはその苦味がダメらしく、最初の一口で顔をしかめてからジュースへと飲み物を変えてもらっている。

 

「ふぅ」

 

「なんか楽になった、って様子だな」

 

「いやぁ、そりゃ大分楽になりましたよ。今まで相談する事はできませんでしたからね。マテリアルズの存在がバレている事と、スカリエッティが本格的に管理局と敵対してくれたおかげでようやく口に出して相談したり外へ連れ出せるようになった、って状況ですからね。正直こうなったら外へ連れ出してやりたいんですけど」

 

「ま、一人ぐらい協力者は欲しいよな。お前の相棒は?」

 

「まあ、黙ってくれるそうですけど近いうちにウチへ呼んで紹介するつもりです。その場合シュテルが何かやらかしそうですけど」

 

「というかやつの事だから確実にやらかすんじゃないか? ああ見えて、というか見た目通り負けず嫌いだからまず全てにおいて上回ろうとするぞあやつは」

 

 ディアーチェの言っている事は理解できるし、想像もできる。だがそれを考え続けると軽く鬱になりそうなのでこれ以上考える事を止める。まあ、来たらきたで、その時どうするか考えればいいのだ。決して考えるのが面倒だとか、そんな事ではない。

 

「ま、とりあえず今はこれでいいとして、問題は自分自身の事なんですよね」

 

「将来に誰を選ぶか、か?」

 

 軽く拳を握ってゲンヤを脅迫する。横でディアーチェがピクリ、と動くが基本無視しておく。貴様はひっこんでいろ。

 

「いや、軽く自分の実力に行き詰まりを感じているので。一応覇王対策にそれ関係の書物を読み漁ったり、それに対抗して勝利した事のある武術を軽く習得してみたんですけどそれじゃまだ純粋に出力違いで勝てなさそうなので、経験の差を技術で埋めるにしても技術的にも上回られていたなぁ……」

 

「お前、あんまし贅沢な事を言うなよ。エースやストライカー級で格闘型の魔導師ってアホみたいに数が少ないんだぜ? というか管理局じゃなくてベルカ教会を当たれよそれは。お前陸戦AA? AAAだっけ? それだけありゃあ自分の流派でも打ち上げるか一流の武術家として名乗れるだろうに」

 

 まあ、比較している相手が悪いのは自覚している。覇王、何て自分の完全上位互換キャラ相手にどう対抗しろ、という話だ。技術は相手が上、経験も相手が上、そして魔力まで相手が上。魔法の適性とかは相手の方が恵まれている。ほら、どこからどう見ても上位互換キャラ。前回は良く打ち合えたと思うが、思い出してみればあの覇王クローン、一度たりとも回復魔法やらフルドライブモードの使用をしていなかった。

 

 そう考えるとあの時は少しだけだが手加減されていたのではないのだろうか。

 

「クイントが生きてりゃあ相談に乗れたかもしれないけどよぉ、俺が知っている限り純格闘戦で一番実力あるのはお前だぞ? というかウチの娘どもにあとでいいから軽く稽古つけてやんねぇかな。ギンガもスバルも将来は俺みたいに陸士になるつって体鍛え始めてんだよ。これで才能あふれてると来るから困った」

 

「あ、いえ、それは全く問題ないというか此方から色々と邪魔をしている分是非ともさせてもらうと」

 

「おぉ、助かるぜセンセ」

 

「止めてください」

 

 ゲンヤは大声で笑うが、本当に先生とか呼ばれるのは勘弁してほしい。己の未熟さと至らなさを知っている存在からしては非常に不適切な呼び名だと思っている。それに半分ばかし修羅道に使っているから人に教えられるような拳筋でもない。最近では特に殺人特化していて普通の犯罪者相手にはまず振るえない代物になってきている。

 

「魔法とかはどうなんだ?」

 

「それに関しては我らが見ている。もうこれ以上なくスマートにカスタマイズしておる。これ以上強化するのであれば出力を上げなきゃならんな」

 

「才能に逃げられたな」

 

「知ってますよーだ」

 

「そう膨れんなって。俺みたいに全くねぇのよりははるかにマシな部類だろ? ほら、俺の分も頑張ってしっかりとぶん殴ってもらわなきゃ困るんだよ。だからお前もさっさとブレイクスルーでもなんでもしてストライカー級魔導師にでもなってくれよ。軽く勝ち目見えねぇんだから」

 

 ストライカー級魔導師で思い出した。

 

「これ、ちょっとした小話でなのはから聞いた話なんですけど、Sランク魔導師試験の内容が割と頭おかしくて」

 

「ほほう?」

 

「総合AA級魔導師を二人同時に相手にして倒さなきゃいけないって内容なんですよ、これが」

 

「あぁ、頭がおかしいな」

 

「そうか? 我ら辺りは割と楽にこなせそうだが」

 

 ディアーチェがそういうのは簡単だ。何せそれだけの魔力と適性を持っているのだから。正直な話し、ジャガーノートをぶっぱし続ければそれだけで勝利できるのだろう、ディアーチェなら。逆に言えばストライカー級魔導師に求められる”最低限”のレベルがこれだという事だ。空戦も陸戦も十全にこなせる総合AAの魔導師を二人同時に相手にして勝利する事。ストライカー級であるならば最低限そのラインを超えなきゃ名乗る資格さえないと。

 

「ま、普通に考えれば尖らせるだけじゃねぇのか?」

 

「案はあるんですけどねぇ」

 

 案ならあるのだ。ただ尖らせれば尖らせた結果、何かを失うという事だ。だからここら辺の選択はしっかりと考えてしなくてはならない。まぁ、今はまだ時間がある。ゆっくりとはいかないが、考える時間はある。

 

 ともあれ、

 

「今日は付き合わせて悪いなディアーチェ。あの連中で一番こういうことに向いてそう、というか紹介しても安心できるのはお前だからな」

 

「それ、嫁の紹介に聞こえるぞ」

 

「ほう、塵芥にしてはいいことを言うではないか。いいぞ、もっと言うがいい」

 

 ディアーチェの額にデコピンを叩き込むのと同時に家のベルが鳴る。それは来客か帰還を告げるものだが、さっと壁にかかった時計を確認すれば、それが子供たちが家へと帰ってくる時間を示すものだと解る。そしてそれを理解すると、腹に少しだけ、重みを感じる。

 

「実は裏庭に抜け道があるんだぜ、ウチ?」

 

「何裏庭に遊び心いれてるんですか」

 

「いやぁ、クイントとは息があってなぁ―――まぁ、問題ねぇんならいいんだよ。お前もティアナもいい加減早く顔を合わせておけ」

 

 そして、玄関の扉が開く音が聞こえる。久しぶりに会う人物に対してどういう表情を見せればいいのかと、そう思うと少しだけ罪悪感に痛みを感じ、

 

「安心しろ」

 

 横から声がかかる。

 

「我がいるのだ、心配する事はなかろう?」

 

 ディアーチェの言葉に、痛みが和らぐ。罪悪感は消えるわけではないが、それでもそれは十分すぎる言葉だ。

 

「―――ただいまぁー!」

 

 そして、時はやってくる。




 ゲンヤさんに何らかの旗が立ちました。デスノボリじゃないといいね! まあ、子供が活躍しまくりのなのは二次ですが、レティやリンディ、ゲンヤといった大人なキャラクターはもっと活躍してもいいと思うんですね、というか活躍しろ。だまって責任取るだけの大人もいいですが、その背中で道を教えるのも大人の仕事です。

 そんなわけで彼は、彼女は大人になれるのでしょうか? という事でまた次回。

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