「身分証明をお願いします」
「ほい」
右手のベーオウルフを掲げて、その中に記録させてある情報を空港の職員にチェックさせる。ボックスの中から職員がベーオウルフの提示するデータをチェックし、そしてその中にある情報をミッドチルダにある住民のデータベースなどから調べ、そして確認を取っている。数秒しかかからない作業だが、職員の男は此方を見て口を開く。
「観光の帰りですか?」
「いや、仕事の帰りでして」
「あぁ、そういえば嘱託魔導師でしたね、すみません。総合AAランクともなればそれなりに難しい仕事なんでしょうね」
わざとらしく思えるが、向こうも向こうで言動から犯罪者を探し当てるのが仕事だ。それを責める事は出来ない。苦笑しながらえぇ、そうですね、と答えると、職員の視線が後ろに並ぶ四人の少女達へと向けられる。
「シュテル・スタークス、レヴィ・ラッセル、ユーリ・エーベルヴァインにディアーチェ・K・クローディアさんですね。失礼ですが彼女たちの関係は何でしょうか?」
「知り合いの娘やら近所の子供たちですよ。仕事だというのにしつこく付いて行きたいと言うのでホテルに放り投げていたんですよ……ほんと慣れない事はするもんじゃない」
データと本人たちを交互に見やりながら職員は確認をしている。その途中でレヴィが此方の背中に飛びついてくる。
「ねーねー、お兄さんまだー? 僕、早く時空飛行船を見たいんだけどー。ねえーねえー」
「うざってぇ……!」
背中に飛びついたレヴィはそのまま腕を首に回し、体をぶらんぶらんとぶら下げて楽しんでいる。演技でもなく、本気でそう思って発言しているのでこいつの馬鹿さ加減には非常に困る。軽く溜息と呆れの息を吐き出すと、苦笑する職員の姿が見える。
「確認完了しました。ミッドチルダへの便は40分後、1番ゲートからですのでそれまでにゲート付近でお待ちください。はい、次」
必要な事を伝えると既に次の客の呼び込みを始めている。邪魔にならないためにも首からレヴィをぶら下げたままゲートを通り、向こう側へと到着する。シュテル達がちゃんとゲートのこちら側へとやってくるのを見て、安堵の溜息を吐く。
……どうにかなるもんだなぁ……。
短い時間の間にどうやって偽造データを準備したかは解らないが、おかげで問題なくこのクローン娘たちをミッドチルダへと連れ込むことができそうだ。いや、検査はまだあと1回残っているのだが、今回の様子を見るに大丈夫そうだ。再び安堵の息を吐き出すと、レヴィが器用に体を登り、そして首に足を回して肩に座る。左手で頭を掴みながら右手を前方へと向け、
「さあ、お兄さん、行こう!」
「9歳児ならまだしも、お前一応13歳ぐらいなんだけど」
「僕まだ生まれたてほやほやだよ? さあ、行こう!」
パンパンとレヴィが恥じる事無く頭を叩き、肩車の姿勢から降りようとしない。こいつに恥はないというのか。一応ホットパンツを履かせているが、基本的にスカートだぞコイツ。
「その事もそうですが、レヴィの神経の図太さには軽く眩暈を覚えましたよ」
シュテルが近寄ってくるなりレヴィに視線を向けてくるが、レヴィは気にした様子を見せず、肩の上で胸を張る。
「ふはははー! この僕に不可能はないぞー!」
自信満々にそう言うものなのだから、諦めるほかがない。溜息を吐いてレヴィが落ちないように足を掴む……と言ってもデザインされて生まれてきた以上、この子の体は自分とは比べ物にならない程機能的、効率的、そして強度があるのだろう。心配する必要はなかったんじゃないかと思いもするが、我が儘は許すと宣言してしまった以上言葉をたがえるわけにもいかない。
ベルカの男は言葉を曲げない。……極力は。
外見よりも中身の幼いレヴィを肩に乗せたまま、他の三人へと視線を向ける。
「空港内は免税店ばかりだから何か欲しいものがあるのなら買うぞ」
「む」
そう言われ、シュテル達は軽く立ち位置から周りを見渡す。1番ゲートの場所はそう遠くないので、ここでうろうろするのであれば全く問題はない。……まあ、興味深そうにあたりを見渡す少女達の姿を見れば、彼女たちがこの空港という場に対して興味津々であることは明白だ。既に知識と経験は別の二つであるという事を学んだ彼女たちは、経験を得る事に対しては貪欲になっている。
「とりあえず真ん中に立っているのは邪魔だから、動くぞー」
「はーい」
元気よく声を揃えて少女達が返事してくる。少しだけ歩けば壁が完全にガラスとなっている所があり、そこから空港の敷地内をよく見る事が出来る。……その向こう側に停泊する時空船を見て、レヴィがはしゃぎながら飛び降り、ガラスにへばりつく。
「うおー! なにあれかっこいー! お兄さんアレ一つ欲しい!」
「ハハッ、無理を仰る」
マルチタスクで思考の一部をレヴィの気配を追う事に使いながらも、再び視線をマテリアルズの少女達へと戻す。電子クレジットはベーオウルフが管理しており、ベーオウルフを渡す事はできない。なのでそれとは別に現地で両替した紙幣を数枚取り出す。それをとりあえずディアーチェへと握らせる。
「いいか? これ一枚の価値は解っているよな?」
「馬鹿にするでない。そういう知識も最初から持っておるわ」
「おう、だったらそれで三人で好きなもん見て、買って来い。俺はここでレヴィの事を見ているから、お前ら三人でちょっと好きに買い物して来い」
「マジか!?」
ディアーチェが目を輝かせながら手の中の金を握りしめる。そしてさっそくと、ユーリとシュテルと集まる。
「で、何を買うか」
「えーと、私はさっき見かけたチュロスを食べてみたいかなぁ、と」
「あ、では私は新聞があったのでそれを」
「シュテル、お前チョイスが異常に渋いな……っと、そうだった」
ディアーチェは一旦視線を此方へと向け直すと、笑みを浮かべる。
「ありがとう。……うむ、では行くぞ、我について参れ!」
「あ、待ってください王よ」
「ディアーチェ、走らないでくださいよー!」
少女達がお金を手にどこかへと走り去って行く―――ホテルで見せたあの容赦のなさを見る限り何かがあっても平気だろう。というかそれ以前に空港内で何か事件が起きるとは到底思えないが。フィクションなんかじゃあるまいし、そう簡単に空港テロが起きてたまるか。
……まあ、広い世界なのでミッドチルダでのテロなんて日常的な話なのだが。
まあ、それもミッドチルダへと帰ってから悩む事だ。とりあえずレヴィが張り付いているガラスの前に立ち、レヴィの横で背中を預ける様に外を眺める彼女の姿を見る。口を大きく開け、そして目を輝かせながら巨大な時空船の姿を見ている。
「ねーねーお兄さん、アレって中どうなってるの?」
「アレか? 中はかなり広くできてるぞ。椅子とかいっぱいあって、椅子には備え付けのモニターとかあって。基本的には飛行船や飛行機とかとは構造としては変わらないな。ただ管理世界から別の管理世界へと移動するためのもんだから色々と技術が詰まっているらしいぞー」
「どんなの?」
「俺が解るわけないだろ。俺ドロップアウトボーイだぞ」
「ぶー。お兄さん予想外に使えないぞー」
「今からお尻百叩きなんて素敵な事を思いついたんだがなあ……!」
「かっこいいなあ、憧れちゃうなあ、将来は時空船になりたいなあ!」
「とっさの言葉にしても言葉を選べよ」
やはりというべきか、この子だけは若干おつむが残念なように感じられる。意図してこんな風にデザインされたのか、もしくはオリジナルがそうなのか……噂に聞く金色の死神、フェイト・T・ハラオウンはかなり聡明で大人しい人物だという話を友人から聞いている。だからやはり、コピー元となったマテリアルズ等という者が原因なのだろうか……? いや、これで実はフェイト・T・ハラオウンが日常生活では激しくアホの子という可能性が存在―――するわけないか。
軽く苦笑しながらガラスの外を眺めているレヴィの姿を見る。服装はホテルを出る前にもう一度着替えてある。レヴィの恰好は髪の色に似ているが、もっと薄めにした水色のワンピースに、その下にホットパンツという恰好だ。髪もそのままだらっとしているのは活発な姿には似合わないからとツインテールにして纏めているのが似合っている―――顔を見るだけなら本当にフェイト・T・ハラオウンにソックリだ。
中身がなぁ……。
「ねえ、お兄さん」
少しだけビク、っとする。
「な、な、何かなぁ、決して中身が残念とか思っていなかったから安心してね?」
「あ、うん、大丈夫。僕も自分の事結構凄いけど残念だと思ってるから」
と、そうじゃない、とレヴィが前置きをする。一旦そう言って、視線をガラスの外から外すと、真っ直ぐ、真剣な表情で此方を見る。
「シュテるんや王様、ユーリがいないから少しだけ真面目になるね? ぶっちゃけると僕はプロジェクトFとかコピーのコピーとか、そういうのはどうでもいいんだ。僕の中にある記録は王様とシュテるんとユーリを力の象徴として守って、そして暴れろって言ってるけど、そういう事は本当にどうでもいいんだ。だって僕は自分でその選択肢を選ぶって決めてるし。知ってた? 実は僕ってポッドの中にいた頃ほんの少しだけだけど周りの様子が解ってたんだ」
レヴィは指を持ち上げると、そこにバチバチ、と静電気程度の電気を生み出す。確かさっと読んだ資料に書いてあったはずだ―――力のマテリアル、雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーはその名の通り雷を操る力を、雷の変換資質を持っている。
「こんな風に普通の人には見えないぐらいでびりびりーってやって、目の代わりにしてたんだよね」
となると―――俺が一度は殺そうとした所までをこの少女は知っているはずなのだ。だとすれば何故、こんなにも笑って、此方に気を許せているのだ? 俺だったらまず疑っているだろう。
「うん。でもね、僕は馬鹿なんだ。馬鹿の代わりに凄くかっこよくて、最強じゃなきゃ駄目なんだ。僕の頭の良さは全部シュテるんに渡しておく。難しい事も信頼できるかどうかも全部任せて、僕は思ったように、感じたように動くからね、とりあえず皆がいない時に一度は言わなきゃいけないと思ってたんだ」
レヴィは真直ぐと此方を見つめ、そしてそれから頭を下げる。
「助けてくれてありがとう。あの時ユーリの言葉を受け入れてくれてありがとう。おかげで僕たちはこうやって出会う事が出来たよ。おかげで美味しいものをいっぱい食べられたよ。おかげで僕は僕の意志でシュテるんと一緒に王様の最強の臣下でいたいと思ったよ。だからありがとうお兄さん。それだけ!」
それだけ、とは言うがかなり重い話だったはずだ。はずだが―――此方が我が儘を許すと決めた事と、似たようなことなんだろう。記憶ではなく、何かで組み上がっている自己の強い思い、それに触れるところがあったのだ。だから、特に何か特別な事をするわけでもなく、
レヴィの頭の上に手を乗せ、撫でる。
「わふっ」
「馬鹿なら馬鹿らしく難しい事を言ってるんじゃねぇよばぁーか」
そう言われたレヴィは頭を撫でられている事に若干気持ちよさそうに頬を緩めながらも、反論する様に口を開く。偉そうに、そしてかっこつける様に。
「なにさ。バカって言った方がバカなんだよ! だから僕よりもお兄さんがバカだ! あ、あと撫でるの止めないで。結構気持ちいいから」
「えー、どうしよっかなぁ。唐突にベーオウルフをセットアップしたくなってきたぞぉ」
「いたいけな少女の頭を鉄の塊で削ろうとするなんてお兄さん鬼畜だね! で、でも僕は負けないよ……! なんて言ったって僕は最強なんだからね! ……でもできたらやらないでくれると嬉しいんだけどなぁ、嬉しいんだけどなあ!」
「別に見栄を張らなくてもいいんだぞ」
「あう」
……見た目が少女だからと言って、その中身までが少女だとは限らない。レヴィは見た目よりもはるかに幼いような行動をとっていた。だというのに、その中身を覗けばちゃんと己の考えを持ち、そして意志を持った存在だった。……もしかしたら俺よりも深くものを考えているかもしれない。いや、人生経験においては俺の方が豊富なだけで、持っている知識の量は完全にこの少女に負けているのだろう。
それでも俺はこの少女を、少女達を年相応の娘たちとして扱わなきゃいけないのだろう、それがつまり責任を取る、という事であり、この段階で真摯に向き合うという事なのだろうか。レヴィの頭を撫でる事を止めると、レヴィが不満げな声を漏らすが、その代わりに人差し指を持ち上げる。
「さて、他の三人が戻ってくるのちょい遅いから迎えに行こうか? 何か食いたいものはあるか?」
「全部!」
「あ、うん。言うと思った」
『Just becoming like a father』(父親の様になってきていますね)
「ここまで黙っていたと思ったらテメェ」
それを聞いたレヴィは悪戯を思いついたワルガキの様な表情を浮かべ、目を細めながらこっちを見てくる。
「パパ、って呼ぼうか?」
「でっこぴーん」
「いたぁっ!?」
馬鹿な事を言う馬鹿の額に間髪入れずにデコピンを叩き込み、歩き出す。横から少し焦ってレヴィが追いついてくると、追い抜く様に小走りでそのまま空港の中、ディアーチェ達の方向へと進んで行く。走るな、と口に出して言ってもレヴィはそれを聞く様子を見せない。苦笑しながらその光景を追いかけ、
しばらくは飽きる事のない生活が待ってそうだなぁ、と少しだけ楽しみに呟く。