マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 マテ子のターンですねー。


セッティング・サン

 ナカジマ家へとディアーチェを紹介してから数日、特に事態が動く事はなかった。アレがスカリエッティの言うとおりの管理局からスカリエッティへの敵対行為だったのであれば、スカリエッティ側も決して暇だというわけではないのだろう。おそらくだが管理局側が与えていた資金はストップしているし、口座も凍結させられただけではなく、自分以外にも恨みを持つ人間かハンターが狩りの真っ最中だろう。彼らが自分よりも実力のあるストライカー級魔導師であればいいのだが、自分よりも弱い魔導師ならば間違いなくあの覇王やクローン・リインフォースの餌食だろうなあ、と思考する。最低でもエース級じゃなきゃ逃げる事も叶わない。

 

 職場へと見事復帰できるようになって、仕事をしながら無限書庫に通い資料を集め、解読しながらそれを研究し、技術として身に着け再現する。そんな日々が状況が進展するわけもなく続く。アクションもなく、何か大きな発見がある訳もなく、時間だけが普通に過ぎ去ってゆく期間。それは普通に考えればこれ以上ない幸いであるべきなのだろう。だがそれが嵐の前の前兆にしか最近は感じられなく、若干じれったくも感じる。この平和な刹那が愛おしい事実に変わりはない―――だがつけねばならない決着が付けられずフラストレーションがたまって行くのも真実だった。

 

 ―――イライラしてんなぁ、俺。

 

 休日、時間的に特にする事もなく暖かい日差しに当たりながらソファに座り、春の陽気を肌で感じているとソファ越しに後ろから首に抱きついてくる存在がいる。誰だ、と思っているとふわ、っと金髪が此方の顔の横にかかる事から誰だ、という質問には答えが出た。

 

「ユーリ」

 

「イスト」

 

 特にする事もなくぼーっとしていた頭を動かし、視線を背後へと軽く体をよじる様に向けると、ユーリが笑顔で此方を見ていた。

 

「―――デート、しませんか?」

 

 

                           ◆

 

 

 バイクを止めて鍵をかける。渡してくるヘルメットを受けとり、自分のバイクの中にしまう。そして鍵をかけたバイクの横にある機械に暗証番号を入力し、デバイスを使って支払いを済ませればバイクがリフトに乗せられ、そのまま地下の駐車場へと運ばれて行く。その様子を眺めてから背後、お出かけ用の服装に着替えたユーリの姿を見る。

 

「お前、いきなりデートとか言ってくるもんだからシュテルが椅子から落ちてたぞ」

 

「一緒にお出かけするんですからデートじゃないですか」

 

「そのアプローチにはあと数年足りないなぁ」

 

「あと数年って言い訳、その数年が経過すれば通じなくなること解っていますか?」

 

 そう言われてしまうと何も答えられなくなってしまう。まぁ、その頃にはきっと答えは出るか、別の男でもひっかけているだろう。ほら、ユーノ辺りは超優良物件だし今度紹介―――は出来ないだろう。相変わらずあんまり人の多い所へ連れて来たくはなかったのだが、押し切られるようにお願いされてしまったのでは仕方がない。何かと甘いと自負しているが、まさかミッド中央まで連れてゆく程甘い人間とは思わなかった。

 

 ……ちょっとだけ自分の将来が心配になってきた。

 

「さ、そんな事よりも今日は遊びますよ。こうやって中央へ来れる日が来るとは思いませんでしたから、行きたい所はいっぱいあるんです!」

 

 そう言ってユーリはポケットの中からパンフレットを取り出す。そのクオリティを見るに、

 

「手作り?」

 

「イストが家にいない間にネットとかを調べていきたい場所をリストアップしたりしてパンフレットにしました。これ一つあればミッドの最新の流行に乗れますよ!!」

 

 デデン、と音が鳴りそうなほど気合を入れてユーリはパンフレットを掲げている。どうやら本当に中央へ来るのは楽しみだったようだ。自分の家、というかマンションのあるのはクラナガンといっても割と外れの方で、有名店や大きなお店はない。マンションの周りであればそれなりに遊んだりすることは最近許可しているが、それでも中央と比べればやっぱり店の質や人気は違う。

 

「じゃ、行きましょ。まずは直ぐそこにあるクレープ屋です。超美味しいと有名なのでそこからまわります」

 

 ユーリが此方の手を掴んで横へ並ぶ。楽しそうに目を輝かせる姿を見て苦笑するしかなかった。

 

「お前、ここへバイク止めろつったのはこのためだな」

 

「てへっ」

 

 どうやら本当に細かくパンフレットで計画やら何やらしているらしい。他の三人もこうやって何時か外へ連れ出さないと不公平だな、と思いつつもユーリとつないだ手に引っ張られながらクレープ屋へと向かって歩いて行く。

 

 ―――目的のクレープ屋は休みだったのだが。

 

 

                           ◆

 

 

「クレープ屋が休みだったときは軽く絶望しましたが、こっちの方は開いていて良かったです」

 

「お前の表情が本当に絶望に染まっていたからな」

 

 そう言ってユーリと自分が手にしているのはワッフルだ。ただしハチミツが乗っかった、というのがつく。此方もクレープ屋同様移動屋台系のお店であり、あらかじめ移動ルートをユーリが調べておいたおかげですんなりと捕まえる事が出来た。クレープ屋が休みだったのはたぶん不測の事態だったのだろう。甘いワッフルを頬張るユーリの姿を近くのベンチの座りながら眺め、自分の分のワッフルも食べる。やはりこういう屋台系のお店はすぐその場で作って販売する所がいいな、と思う。ワッフルはまだ熱く、外はカリカリ、そして中はふんわりもっちりとしていてどんどん食べられる。ハチミツもハチミツで甘すぎず、ワッフルの味を損なわない様になっている。別段甘いものに執着しない自分でもあっさりと食べ終わってしまうから驚いた。ワッフルを包んでいた包み紙をゴミ箱へと投げ入れると、ユーリも丁度食べ終わる頃だった。

 

「はぁ、至福です……」

 

 うっとりとした表情で食べ終わったユーリも包み紙をごみ箱へと捨てる。そして、再び此方の手を取り、繋ぐ。

 

「一度食べてみたかったんですよね、ここ」

 

「そんなに楽しみだったのか?」

 

「えぇ、何せ神出鬼没らしいですからねココ。ですが私とシュテルの分析能力に任せれば過去のデータを洗ってどこへ出現するか予測を立てるのは難しくありません!」

 

 キリ、っと言い切るユーリの姿に苦笑を漏らし、つないだ手を軽く揺らす。

 

「で? 次はどこに行くんだ?」

 

「もちろんデパートです! クラナガン中央デパート!」

 

 ここからでも見える位置にあるデパートはユーリを指さす。やはり行く場所の順番もそれなりに計画されているらしい。楽しそうにはしゃぐユーリの姿に子供らしいところを見て少しだけ頬を綻ばせながら、歩道まで歩き、信号が緑色のうちにさっさと渡ってしまう。

 

「我ながら完璧なデートプランです」

 

「こういうのって普通は男が誘って練るもんじゃねぇの?」

 

 ち、ち、ち、と口で音を鳴らしながらユーリは開いている手で指を振る。まるでどっかの推理小説で間違った推理をしているへっぽこ探偵に向かって宣言するかのように、

 

「それは違うのですよバサラ君」

 

「あ、やっぱり最近見た推理モノに影響されているなコイツ」

 

「だまらっしゃいです。イストの様な超草食系男子が跋扈する世の中、お姫様願望で受け身になっている女の子では駄目なんです。ディアーチェの様にお姫様願望丸出しでは駄目なんです!」

 

「今さりげなくというかおもいっきりお前らの王様ディスったな。あと俺草食系じゃねぇよ。肉食だよ肉食。超肉食。何時でも彼女募集中だし―――あ、すいません18歳以下はアウトで」

 

「そこが草食系なんですよ! アタックをしない! 休日をナンパしに行かない! 私達に手を出さない!」

 

「まだ犯罪者になるつもりはないんだが」

 

「そんな草食系男子を手に入れたければ待っているだけじゃだめなんです。しっかり此方からアプローチしつつ外堀を埋めなきゃいけないんです。ですからそこらへん非常にガッデムながらお姫様願望な王様が先日その第一段階である”友人に認識される”というステップをとって非常にアレな状況なのですが―――」

 

「貴様のディアーチェへの敵意の原因はそれか」

 

「とにかく、待っているだけの女子では乗り遅れるのです、えぇ。もしもの場合は必殺”エンシェント無双”による武装制圧も辞さない方向で」

 

「最初の頃の可愛かったユーリは何処へ行ったんだこれ」

 

「どうも、ユーリ・エーベルヴァインです」

 

 大分セメントになった、というか方向性が此方側に向いてきているなぁ、とユーリの性格の変化を見ながら思う。まぁ、最初の頃の静かで引っ込み思案なユーリは可愛いが、正直何を思っているか解ったものではなかったから、こうやって素直に色々と口に出して発露してくれる姿の方が此方としては嬉しい。だから今のユーリの方が好みだ、何てことは口に絶対出して言わない。そんな事を言った日には”既成事実!”とか叫びながら迫ってくるに違いない。あぁ、何てわかりやすい悪夢なんだ。

 

「ともあれ、行きましょうイスト。私、デパートの中を見るの初めてなんですよ!」

 

「はいはい、解ってる解ってる、逃げないっての」

 

 こうやって振り回されている事を楽しんでいる自分がいるならきっと、あの時の選択肢は間違いじゃないと思う。

 

 

                           ◆

 

 

 クラナガンでの”デート”は陽が傾き始める頃には終わる。これ以上外で時間を過ごすと家に残した連中が心配する。だから暗くなる前には切り上げて帰ってこないとならない。だから一日の締めに、とユーリが紹介したのはアイスクリーム屋だった。クラナガンを結構良く知っているつもりだったが、それでもこうやってユーリが見せてくれた場所は自分の知らないところばかりだった。相変わらず女の子のバイタリティには驚かされる事ばかりだが、悪くはないと思う。

 

 そう、悪くはないと思う。

 

 アイスクリーム屋近くのベンチで、座りながらアイスを食べる。5月になると流石に長袖では熱い。周りに人がいないことをいい事に、今まで火傷を隠していた長袖のシャツの袖をまくり、外気へと当てている。夕日が世界をオレンジ色に染めるこの時間はやはりというか、熱い。心なしかアイスクリームも早く溶けている様に思える。溶けて、そしてタレそうになっているアイスクリームを噛まずに舐める。甘いチーズとバニラの味がする。

 

「いやぁ、今日は楽しかったですね」

 

「お前のバイタリティを舐めてた。俺はもうクタクタだよ」

 

 そう言って横で身を寄せて、アイスを食べるユーリの姿を見る。彼女が食べているのは自分のチーズケーキ味とは違ってラズベリーのアイスだ。店主のこだわりらしく、ラズベリーそのものがアイスの中に入っているのがポイントらしい。それぐらいならどこでも見かけそうなものなのだが、ユーリが言うにはここは色んな意味で一級品らしい。そういう細かい所の判別は女子任せにするとして、俺の純粋な評価は美味しい、で置いておく。

 

「とりあえずこれ食ったら帰るぞ?」

 

「解ってますよ。大分満足しましたし」

 

 そう言ってユーリは更に密着する様にすり寄ってくる。べつにその程度は問題ないので、すり寄って体を密着させるユーリは無視して、アイスクリームを食べる。ただユーリは密着したまま視線を持ち上げて此方へと向けてくる。

 

「どうですか? 少しは気が晴れましたか?」

 

 そう言ってくるユーリに一瞬ドキリとするが―――あぁ、そうだ、と納得する。彼女は今、誰よりも自分と近い位置にある。そんな俺がフラストレーションを感じていれば、誰よりも近くにいる彼女たちがそれを感じ取るのだ。となると今日は……少し、心配させ過ぎたかもしれない。今日は自分にとってもい息抜きになった。明日からはまた仕事で空隊へと向かうがその前にガスは抜けた。

 

「ん、もう大丈夫だ。ただ」

 

「ただ?」

 

「情けないなぁ、俺も未熟だなぁ、と」

 

「そんな貴方を支える良妻候補が四人います。今のうちに優しくした方がお得ですよ?」

 

「グイグイアピールするんだな」

 

「えぇ、たぶん言わない方が私達後悔するでしょうから。私達が死ぬか、イストが先に死ぬか。今の事件や状況を考えればどちらかがいなくなってしまう確率は高いですから。何かが起こる前に後悔の無いように生きたいです。ですから押さえも隠しもしません。私の恋心は貴方に初めて会った時からずっとそのままです」

 

「恥ずかしいやつ」

 

「それが今どきの女の子って生き物です」

 

 女は怖いなぁ、と呟きつつ沈んで行く夕陽を眺める。

 

 ―――もう少しだけ、この夕陽を眺めていたい気分だった。




 こうして複数に愛されている事を確認するとやはりハーレム書いているんだなぁ、と思う。いや、ここで全員を選んだらハーレムなんでしょうが。ともあれ、次回、かなぁ、と。

 心配かけているのは誰だ、という事でまた次回。

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