ゆっくりと目が覚めてゆく。もはや特定の時間に起きる事に慣れた体は何の助けが無くても指定の時間に目を覚ましてくれる。こうやって朝早く起きる事にも大分慣れたもんだな、と思う。体を起きあがらせる前に横へと視線を向ければ、そこには着替え終わったレヴィが丸まって寝ている姿がある。おそらく起こしに来てくれたのだろうが、寝ている姿を見ていたら眠くなってきて眠ってしまったのだろう。相変わらずのアホの子っぷりだが、眠っている間は静かで愛らしいので放置しておく。ベッドから起こさないように立ち上がり、そして体を捻ったりして調子を確かめ、窓から差し込んでくる光に軽く目を細める。最近めっきりサングラスを付けた生活に慣れてしまったせいで日の光が苦手になってきたかもしれない。家にいる間でも取った方がいいかもしれない。まぁ、ティアナにこんなスカーフェイスを見せるわけにはいかない。仕方がないと諦めてサングラスを装着し、この一年で大分伸びてきた髪の毛をヘアバンドで尻尾の様に纏め、軽く整える。あとは洗面所で歯を磨いたり顔を洗いながらでいい。もう一回だけ体を伸ばし、
「―――あぁ、今日も仕事だぁ……」
連続殺人事件、終わらないなぁ、と呟く。
◆
「おはよう。珈琲は丁度出来上がった所だぞ」
「おはようディアーチェ。相変わらず気が利くな」
歯を磨き、顔を洗い終わると既にキッチンにディアーチェの姿が立っている。そしてそうやってカウンターに乗せてくるのは朝の一杯、というやつだ。まずこれがないと目が覚めない。退室云々の前に飲まなきゃ気分としての調子が出ないというやつだ。前までは自分でやっていたものだが、今ではキッチンは完全にディアーチェに乗っ取られ、鍋とかフライパンもディアーチェの使いやすい位置へと変更されてしまっているので、自分には入り辛い環境となってしまった。というかもはやどこに何が置いてあるとかは自分が解らない様になってしまった。名実ともにキッチンの覇者になってしまったディアーチェの淹れる珈琲は悔しい事に美味い。確実に自分よりも上手になってしまったのでキッチンに入る隙間さえない。少々悔しい思いをしながらも珈琲をカウンターで受けとり、そのままリビングのソファに座る。
「おはよー」
「相変わらず飲む前は結構テンション低いですねー。おはようございます」
「おはようございます、今日もいい天気ですね」
そうだなぁ、と答えながらシュテルとユーリの間に座り、テレビの方へと視線を向ける。今日はアニメではなく朝ドラマを見ている様子だった。スクリーンの右上には216番チャンネルと書かれていたので、おそらくドラマ放送チャンネルだ。テレビの中では医者を目指す青年が無免許ながらも紛争地帯の人々を救おうと奮闘している姿が映っている。この二人が見るものだからどんなキチガイドラマかと意外とまともな内容だった。軽く驚愕を感じつつスクリーンを見ていると、
「お、そろそろですね」
「名言来ますよ」
「ほほう?」
スクリーンの中で針を握った青年が患者に背中を向けてもらっている。ここからどんな名言が生まれるのだ、そんな事に軽く期待をしていると、
『死ねぇ―――!!』
「ぶっ」
思わず珈琲を吐きかけた。青年が針を患者の首へ突き刺した。疑う事なく即死である。患者はそのまま動かなくなって倒れた。確かに、確かに病気に悩まされる事はない―――だが今確実に殺しに行っただろこの医者。
『うん? ……間違えたかな? よし、次の木偶を呼んで来い』
「なんだよこのドラマ! 患者が人間扱いされてねぇぞ! 木偶って思いっきり呼んでるし、ヤブ医者ってレベルじゃねぇぞ!」
何を言っているんですか、とユーリが此方へと視線を向けて説明を開始する。
「”外道医伝~俺の患者は木偶~”はハートフルボッコ患者虐待系ストーリーです」
「あぁ、お前らが見ている時点で察するべきだったよ! もう少しまともな物を見ろよお前ら!」
相変わらず全力でおかしな番組を好む連中だなぁ、とこの二人を再評価する。何時の間にか部屋にはマドウシスレイヤーグッズも増えているぐらいにはファンだし。保護者的にはもう少し大人しいものというか、普通なものを見て育ってほしい。こう、自分的にはもっとヤンチャというよりおしとやかな淑女に育ってくれた方が嬉しいわけで、こんな物を見ても外道性しか育たない気がする。何せシュテルが見ていて参考になるとか言っているのだ。確実にいい影響にはならない。いや、もう淑女部分は諦めているのだが。これ以上性格が悪くなられたら困る。主に俺が。
ともあれ、溜息を吐く回数も増える今朝。ドラマはツッコミどころ満載だが不思議と見続けられるぐらいには面白い。たぶんそれがまだ放映されている理由なのだろう。チャンネルを変えたいのにカオスすぎてチャンネルを変えられないこの感じ―――結構悔しい。
「ところでレヴィはどうした」
キッチンからの声、間違いなくディアーチェだ。だから答える。
「管理局員が次元犯罪者に」
「どんな例えだそれは! あぁ、だがそうか……やっぱり眠ったかぁ……」
「激しくどうでもいいですがレヴィのアホの子指数が上昇していませんか最近? 何というか、具体的に言うとおしおきの儀式を済ませたあたりから段々と」
あまり怖い事を言わないでほしい。レヴィがこれ以上アホの子になるような事があれば間違いなく困るのは俺だ。今でも十分アホで言った事を全くと言っていいほど聞かないのに、これ以上問題児になったら俺が死ぬ。
「というかベクトルは違うけどお前ら二人も結構問題児だぞ。レヴィどうこう言えない立場っての理解しているのかお前ら」
「私達のどこに問題児要素があるんですか」
「そうですよ! 私なんかとくに問題起こしていませんよ!」
「病院。退院。マトリクス無双。全裸。風呂。告白」
二人ともその言葉で黙る。この家で問題を一つも起こしていないのはディアーチェぐらいだ。本当にこいつらは王様ぐらいに大人しくやってくれないのか。このままでは俺が最終決戦迎える前にストレスで倒れそうだ。……いや、まずそれはありえないのだが。ともあれ、二人が反論できずに黙ってくれるので静かな朝が蘇る。その静寂を心地よいとも、そして寂しいと思いつつ珈琲を飲み進めていると、背後から遠慮がちに近づいてくる気配を察する。声を発する前に振り返れば、廊下、ゲストルームから身を出したティアナが遠慮がちに此方を見ているので、片手を上げて挨拶をする。
「おはようティアナちゃん、何か問題あったか?」
「あ……おはようございます」
ぺこり、と礼儀正しく頭を下げながらティアナは挨拶してくる。そして少しずつ近寄ってくる。やはりと言うべきか、彼女の動きに対しては遠慮がある。いや、彼女の動きは遠慮があるというより、むしろ―――に近い。だとすれば、彼女は―――いや、いい。たぶんこれで正しいのだろう。
「朝は何か飲む方かい? そこの厨房の王に頼めば大体なんでも作ってくれるぞ。ちなみに今朝の朝ごはんはオムレツだぞ」
「貴様、勝手に我を安いものの王にするな。それにただのオムレツではない。ふわふわとろとろで中にチーズが入ったオムレツだ。我が作る料理をただの料理と侮るなよ」
そんな事をドヤ顔で語るからお前は厨房の王とか呼んでいるんだよ、何て事は言わずにティアナのリアクションを待っていると、ティアナが両手でタスラムを握っている事を見た。それを見てあぁ、と呟き、
「それは自由に持っておいてくれ。元々お前の兄貴のだし」
「あ、……はい。あとイストさん」
ティアナが此方の目を見ながら口を開く。
「―――後で少し出掛けてもいいですか?」
◆
「―――それで、出掛けさせたんだ」
「まあな。特に止める理由はないしなぁ」
それから数時間後、場所は大きく変わり、ミッド中央近くの公園には一つの死体があった、既に周りには陸士や空士が集まっており、場所の閉鎖などが行われている。木に寄り掛かる様に死んでいる死体にベーオウルフ越しに触って行く。胸があって陰部はない、普通の女性だ。体に軽く触れて、魔力で探った所外傷はない。だが、口から吐き出すようにおびただしい量の血が溢れ出して、周りの草地を完全に染め上げていた。女性の着ている茶色い管理局員の制服もその血で染まって赤くなっている。口を開けて中を覗くが、特に異常は見られない。だから最後に一番の怪しい場所を調べ―――そして死因を確認する。
「二十三歳女性、空士、魔導師ランクはAAAか。こいつもまたエース級の魔導師だな。死因は前の”3件”同様心臓の破裂による即死。これでエース級魔導師の死体発見も大分慣れて来たなぁ。おい、お前はどうなんだよそこらへん」
「……最初に見たのが割とショッキングだったから大丈夫かにゃー」
「無理にあざとく見せる必要はないぞ」
無言でレイジングハートを握りだすなのははスルーして、死体を再び確認する。今月、5月にはいって既に3件目なのだ、この事件は。殺しのペースが少々早すぎる。いや、そもそも状況も異常だ。周りを見れば戦闘痕は存在する。だがそれはやはり被害者側が一方的に抵抗したような形跡で、襲撃者側に繋がる様なヒントが一切存在しないのだ。正直な話、調べるにしてもノーヒントすぎて少々厄介だ。
「一撃で心臓を破壊している、か」
「イストの見立てだとたしか格闘術だっけ」
「うん、まぁ、そうだったんだけど……」
こうも続くと流石に色々と疑問が浮かんでくる。第一に、一体何の目的でこんなに死体を増やしているのだ? その理由、そして方法。……そう、方法。気になるのはそこだ。確かに心臓破裂を殺るには格闘術でやるのが一番楽なはずなのだが、それに関しては少々疑問がある。戦闘の形跡を見るに、戦闘は地上メインで行われているようだ。だが、それにしてはあまりにも浅いのだ。
「足跡が浅いんだよなぁ……」
「浅い?」
そう、と答え、説明を開始する。基本的にこういう難易度の高い技は体の体勢を整えたり、威力をストレートに叩き込むために踏み込みが重要になる。だからこういう鎧貫きの様な技は基本的に強く踏み込んでから叩き込むものだ。少なくとも自分が所持している知識の中じゃ踏み込まずに技を放てる様なキチガイはいない。足はどんな格闘技の中でも基本中の基本で、重要な部分だ。だから足跡が浅いのには違和感がある。足跡が残っている以上、相手が地上で戦っていた事には間違いはない。だが踏み込みはない。
「あぁ、なるほど。つまり足跡が浅いって事は踏み込む力を入れてないから、技を放てるわけがないって判断しているんだ」
「そういう事だ。魔法の非殺傷設定を利用して心臓だけをぶち抜けるっけ?」
「無理無理。そんな芸当できてたら私ビルを壊さずに相手だけ砲殺するよ」
なのはがまた恐ろしい言葉をこの世に生んだ―――砲殺。なんともトラウマになりそうな言葉だ。シュテルが使いそうなので口に出す事は止めて忘れておこう。
しかし、
「家の中でも家の外でも面倒ばかりだなぁ……どうにか少しは楽になってくれないかねぇ、色々と」
「自分から背負い込んだ苦労なんだからそれぐらいどうにかしなきゃ駄目じゃない」
なのはがそう言い、そして納得せざるを得ない事だと思う。この仕事も、復讐も、そしてティアナに関する事も全部自分でやると決めてしまっているので弱音を吐く時間はない。とりあえずは目の前の問題をどうやって片づけるかが問題だ。今までの被害者は全て総合AAAランクの魔導師、自分よりもワンランク上の魔導師で、なのはよりはワンランク下の魔導師だ。管理局全体から見ても15%程度しか存在しない貴重で、そして強力な戦力。これだけ殺されたとなると流石に本局の方も本腰を入れてこの事件に対して対応する筈だ。
「面倒だなぁ、囮作戦で釣れないのかなぁ」
「できたら楽だよねー……」
ともあれ、相手は全くと言っていいほど証拠を残さないためにどんな方法で敵を殺しているのか全く判別がつかない。今回は公園という地形であり、大地が土と草だからこそ踏み込みに関して気づける事もあった。一度データを確認して再び足跡部分を探る必要があるが、結局は殺人手段の判明していない事件だ。
「たぶん過去の犯罪記録や希少技能を探って、殺人方法を憶測する日々が始まるよ……」
「頑張って!」
「今夜は寝かさないぜなのは……!」
「あぁ、やっぱり私も付き合うんだね―――ユーノ君巻きこめないかなぁ、得意そうだし」
今でも死にそうな表情をしているのだからそれは勘弁してあげろと言いたいが……案外、知恵を持った人物に相談するのは悪くないかもしれないと、なのはの案に乗っかる事とする。そうと決まれば、
「行くか」
「どこに?」
それはもちろん、
「無限書庫に」
気づけばもう少しで60話。ちょっと更新しすぎな部分あるんじゃないかなぁ。この章終わったらマテリアルズの更新1日1話にしようかのぉ。まぁ、何時も通り気分次第なんですが(
あと貴様ら作品に関する質問はツイッターでやれといっただろ、感想だと不特定多数が読んでいるんだから。次からは答えんからな。ぷんぷん。