ミッドチルダへと戻って、そして家へと戻ってくる事には既に空は暗くなっていた。その頃にはもはや完全になりふり構っていられない状態だった。もはや事件の概要は自分の中で出来上がっていた。マンションまで戻ってくると魔法を使って全身を強化し、一気に飛び上がり、マンションの僅かなでっぱりを足場に一気に自分の部屋があるフロアまで駆け上がる。あとで確実に管理人に怒られるのだろうが、それは重要な事ではない。下からなのはが何かを叫んでいるが、それも届かない。ただただ自分の日常が穢されるのが嫌で、急いで部屋へと戻る。扉へと到着したところで鍵を鍵穴に入れようとするが、焦り過ぎからかちゃんと鍵を入れる事が出来ない。
『Master, please calm down, and push the bell』(いいから落ち着いてベルを押してください)
ベーオウルフの気遣い半分の言葉に自分が冷静じゃない事を思い出し、軽く舌打ちしながら鍵をしまい、そして扉の横の呼び鈴を鳴らす。そして数瞬後、扉は勢いよく開けられる。そこから現れたのはシュテルだった。
「―――イストですか!」
此方の顔を見て、安堵とそして不安の表情があった。状況は悪いのかもしれない。
「シュテル!」
「気づいていましたかっ!」
靴を脱ぐことを忘れ部屋へと上がる。中には後悔の表情を浮かべるディアーチェと、そして無表情のユーリがいた。シュテルもシュテルで少しだけ、心配しているような色を顔に見せている。その中に一人だけ、レヴィの姿が見当たらない。そしてそれだけで大体何があったのかを悟る。素早く部屋を飛び出す。
「お前らは後で説教だ! 大人しく部屋で待ってろ。―――あぁ、でもシュテルとディアーチェが無事でよかった」
「すいません、そこで私の名前が出てこないところは信頼されているって事ですかね」
戦力的な意味で絶対襲われる事も負ける事もないと信頼している事にしておいてほしい。ともあれ、部屋から飛び出したところでなのはとかち合う。此方へと来る前に此方の憶測―――いや、この事件で此方が把握している真相について話しておいたため、今の彼女は大分協力的だった。
「大丈夫だった?」
「レヴィがいねぇ。ディアーチェの表情見る限りアレ、レヴィを信頼してティアナの後をつけさせてたんだろうな。ただそれが逆に利用された」
「―――ティーダ・ランスターに、かぁ」
「……あぁ」
マンションの窓から外へと飛び降りる。
◆
なのはと別行動でレヴィを探す。一人でも多く人手が欲しいものだが、贅沢な話は言ってられない。これ以上巻き込める人間はいないのだから。夜のミッドチルダをバイクを走らせ、全力で駆け回る。まずは近所から、子供の足で届く距離をバイクを全力で走らせて確認してゆく。隠れられそうな場所、戦えそうな場所、選ばれそうな場所、マンション近くの場所でそういう場所を当たってみるが、全くと言っていいほど反応はない。そうしてレヴィを見つけられない時間が増えていくと同時にいら立ちが募る。
そういういら立ちを募らせながらもベーオウルフにマーキングさせてあるスポットを一つ一つ確認してゆく。基本的に”良い”場所というものはチェックして回った。それをスカしたという事は間違いなく効率度外視での行動に違いない。だから向かう場所は―――限られる。アイツが、俺が知っている男、ティーダがこんな状況で何らかの場所を選ぶとして、それは間違いなく一番行きにくい場所を選ぶだろう。だとすれば選ぶ場所は二つに絞られる。
ティーダの死体が収められている墓場と―――。
闇夜の中を静かにバイクを走らせる。
最初はひどく焦っていた心も、探しているうちに少しずつだが落ち着きを取り戻してきた。そしてそれと同時に思い出すのは今までの事と、そしてどうしてこうなってしまったのか。探し回っている間に時間は既に真夜中になっている。おかげで車道には自分のバイク一台しか走っていない。時折他にも車が通ったりするが、最近は通り魔殺人事件のせいで夜中の外出はほとんどない。おかげで派手に動いても平気なんだろうが。
「……」
静かなのはいいと思うが、同時に寂しいとも思う。そこには人の喧騒がないからだ。そして喧騒とは生活と共に生まれる、だからそれは生活の証だ。だからこうやって静まり返っている現状は少々寂しくも感じる。だから―――あの家の中の喧騒を奪いたくない。レヴィがいて、あの家の中の日常は完成する。それを奪わせることは許せない。それが、
「たとえダチであっても、許しはしない」
『Master』
「いや、元から許すつもりはない。灰は灰に、塵は塵に……そうあるべきさ」
此方の事を案じてくれるベーオウルフの心配は解っている。だが自分の事よりも大事な事というのはどうしようもなく存在している。だから人間、極限の状態でも引く事は出来ないのだ。そしてそれを壊そうとする者へ殺意の牙を向けるのだ。そして俺も、そうやって牙を向けるしかない。……俺も、そしてお前も馬鹿だ、と思う。お互いちゃんとした止め方が解っていない。
―――そしてバイクを止める。
道路の中央、バイクのライトに照らされている姿がある。
背の低いオレンジ髪の少女と、そして道路に横たわる様に存在するのは水色の髪の少女だ。パっと見る分には水色―――レヴィは眠っているように見える。胸が呼吸と共に上下に動いているのがその証拠だ。おかげで安堵の息を吐く事が出来る。……良かった死んではいない。そしてその横に立つ少女、ティアナももちろんのことだが無事だ。彼女は此方を見ているが、何も言わない。だから特に口を開く事もなく、バイクのエンジンを切り、そしてバイクから降りる。そしてティアナと倒れているレヴィの前へと移動する。
「……ほら、帰ったらたっぷり説教しなきゃいけねぇからとっととバイクに乗れ。子供用のヘルメット急いでたから忘れちまったし、交通課の連中に見つかる前に帰るぞ」
「……」
ティアナはその言葉に俯き、そして答えない。元々見えていた話だ。いや、最初からこうだったのだろう。予め、ウチへ来たのも準備だったに違いない。妹を利用するやり方はアイツ―――らしいのだろうか。身内でさえ信頼して利用するものだからたぶん少しだけ、ベクトルが違うだけでやっている事は何時も通りだ。
「ほら、帰ろうぜ。ディアーチェ泣きそうだし。ユーリはバーサーク前だし、シュテルはちょっと怒ってるけど頭下げて謝れば何とかなるさ。お兄さんも一緒に―――」
「私の!」
ティアナの声が遮り、言葉の先を言わせない。夜中に響く大声でティアナは言葉を発した後、それに続く言葉を震えながら発する。
「……私の、兄さんは……一人しか、いないんです……」
そして、
「イストさん」
「あぁ、なんだ」
ティアナは一度此方へと視線を向けると、再び俯く。だが両手は拳を作り、それがぎゅ、っと力を振り絞るように握りしめられていた。不覚にもガンバレ、と応援したくなるような少女の姿だった。だから何かを言うわけでもなく、ただ無言でティアナの言葉を待ち、
「……兄さんを殺したのって本当なんですか?」
それに対する答えは一つ。
「あぁ、俺が殺した」
「―――そう、君が俺を殺したんだ」
そして、奥の闇の中からティアナと同じ髪色の青年が姿を現す。その服装は死ぬ直前と全く同じもので、恰好や握っている武器も全く同じものだった。その懐かしすぎる格好には苦笑するしかなかった。なのはから話を聞いて以来、何時かこんな時が来るとは思っていた。ただ、そんな時が来ない様に、そう祈っていた事に間違いはない。
「や、相棒。イメチェン、似合ってないよ」
「よ、相棒。新しい職場はどうだ」
うーん、そうだねぇ、とティーダが首をかしげながら答えてくる。
「まあ、そんなに悪い所じゃないと思うよ? まず美女が二人いる」
「あぁ、それは素晴らしいな」
「地雷女であることにさえ目を瞑ればね」
そしてティーダが黙る。え、と声を漏らし、ティーダに質問する。
「それだけ?」
「え、美女と一緒に仕事する事以外にメリット必要なの?」
この答えでこのティーダが偽物である可能性が一瞬で消え去った。あ、コイツティーダだな、と一瞬で理解できた。こんな回答を出せるやつが他にいてたまるかとも言える。―――馬鹿は死ななきゃ治らない、何て言葉が存在するが、どうやらティーダの馬鹿は死んでも治らなかったらしい。どこまでも彼らしいその言葉には悲しいが、苦笑する他なく、そしてティアナが爆発する。
「どうして二人ともそうやって笑えるの!? だってイストさんは兄さんを……!」
そうだね、とティーダは答える。
「僕はイストに殺されたよ。でもね、別に恨んでいるわけじゃないんだ。僕だって色々と死ぬ前にやりたい事はあったし、伝えたい事もあった。それが外道だって解っていてもどうしても理解しなきゃいけない事もあった。だけどおかげで解ったよ―――比喩でもなんでもなくイスト、このプロジェクトFに関連する全ての事件、その原因の一端は君にもあるんだよ」
そう言ってティーダはメモリを取り出し、それを此方へと見せ、ティアナへと投げる。ティアナはそれをキャッチし、
「兄さん……?」
「ティアナ、そこのアホの子を引っ張って少し横へと下がっていて。少し危ない事をこの後にするから」
「……うん」
「お前、ナチュラルにウチのアホの子をアホの子呼ばわりするの止めてくれね? 色々酷いぞお前」
「いやいや、酷さでは君には負けるよ……あぁ、あと安心して。本当に眠らせているだけだから、明日の朝になれば起きるよ―――でも睡眠薬入りのお菓子をあげたら疑わずに食べちゃうのは正直どうかと思うんだ」
「ごめん、終わったらマジ教育する」
ティアナが軽く困惑しながらもレヴィを引きずって道路の横へと避ける。その困惑もしょうがないものだと思う。ティーダも俺も、まるで憎しみや殺意の欠片もなくこうやって友人の様に話し合っているのだから。……いや、今でも俺達は親友、相棒だ。それはたとえ死んでも絶対に変わる事の無い事実だ。たとえ死んでも俺達の友情は変わる事はない。死であってもその事実を塗り替える事は出来ない。―――ただ、それが冒涜され続けているという結果が今存在するだけだ。
「なんで笑えるの!? 解らないよ、ねえ、兄さん!」
「まあ、女子供に解るようなことじゃないよね、こういう男のものは」
ティアナの声にティーダは返答し、そして笑みを浮かべる。ティアナへと、唯一の肉親へと、視線を向けずに言葉を送る。
「いいかいティアナ? 俺は一度だって自分が死んだことに対して恨みを抱いたことが無い。後悔はある。だけど決してそこに恨みは存在しないんだ。だって俺はこんなにも素晴らしい兄思いの妹を持てて、彼女と素晴らしい生活を送れてきたんだから。だから死ぬ事を嘆く事はあっても、絶対にこの世を恨む事なんてありえないし、生き恥晒しているなんて馬鹿な思考をしている馬鹿な相棒を馬鹿だと思いつつも馬鹿だって事は絶対に口にしない」
「すいません、馬鹿って言いすぎですそこ」
此方の指摘をティーダはスルーし、話を続ける。その様子は何時も通り……いや、懐かしいものだと思う。
「でも!」
「感情じゃないんだよティアナ。そこの馬鹿は物凄い馬鹿だから生きる上で必要になるなら恨まれてもいい、何て考えているんだろう。だからね、ティアナ―――君はちゃんと俺の最期を見なきゃいけない。ちゃんと覚えなきゃいけない。そんな幻想に浸っちゃいけないんだ」
ティーダがタスラムを握り、此方を見る。それを認識するのと同時に、此方も無言でセットアップを完了し、必要な術式を全て展開する。口に出さなくてもアイツの意志は誰よりも俺が理解している。だから語り合う必要はない。―――とことんまで自分と、そして俺を利用するその方針、それでいい。
「―――俺も同感だよイスト。俺達は、蘇っちゃいけない。次の生だとか望んじゃいけない。こうやって蘇って解ったよ。これは生きるって事から目を背けているのと一緒だ。認めちゃいけない。ティーダ・ランスターという青年の価値をたかだか数千万円で再生できる肉塊として認めちゃいけない―――さ、僕がバイト先の上司から引っ張ってきた情報は全てティアナに渡したメモリの中に入ってるよ」
「おう、バイトお疲れさん」
構える。そしてティーダも構え、ティアナが瞬間的に何が起きるのかを理解する。
「兄さん!」
「―――バインド」
バインドがティアナを拘束し、そして動きを止める。
「兄として果たせなかった最後の教育だ―――俺の死をもってそれを完遂する」
―――イカレている。普通に表現するのであればそれが間違いなく正しい言葉だ。自分の妹に自分の死を見せつける。それは間違いなくティアナのティーダへの幻想と未練を断ち切り、そして消す事の出来ないトラウマを生み出す事になる。その結果がどういうものかを全て理解して、それでいても、目の前の男には成すべき事がある。
「一撃だ。一撃で終わらせよう。俺達にはそれが相応しいと思う」
「気が合うな。俺も、丁度一発で決めたいと思っていたんだ」
「はは、気が合うね、俺ら」
「だからコンビやってたんだろ」
悲壮感はない。ティアナの悲鳴が聞こえる。だがそれを無視し、俺はやる事を完遂させる。結末は見えている。悲劇は存在する。そしてこの先、どうなっていくかも想像できる。だが逃げはしない。逃げる事だけは絶対にしない。現実から目を背けて死という結果から逃げてはいけない。
「俺は―――幻想になりたくない」
解っている、ティーダ・ランスターの真の目的とは―――。
じゃあそもそも何でティアナを利用した? 何故こんな事を始めた? ここまでする必要はあったの? 疑問はあるのでしょうが、ティーダの真意は次回でるかもしれないしでないかもしれません。もんもんとしながら次の更新を迎えましょう。