マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 スカさん絶好調


Interlude 2
イーヴル


「―――あー、そろそろティーダ君が死んだ頃かね」

 

 疑うことなく自分の敗北を確認する。そしてデータを呼び出して確認するすれば確かにティーダ・ランスターからの反応が消えているのが解る。心臓近くに埋め込んであったセンサーが取り除けるとも思わない。心臓の停止は確実だ―――つまりティーダは死んだ。おそらく、いや、確実にあの男、イスト・バサラの手によって殺された。

 

「そしてそう来なくては面白くない」

 

 面白くはない。何せ―――自分の研究をここまで進めてくれた人物こそが彼なのだから。そんな彼が自分の予想通り、いや、予想を超えた人物でなくては遊ぶ意味はない。遊ぶ価値がなくなってしまう。命を賭けた遊びなのだこれは。それだけスリリングでなくては意味はない―――が、それももう終わりへと近づいてきている。ホロウィンドウを出現させ、確認する自身の口座は全て凍結させられている。相も変わらず素早い仕事だと感心する。ほとんどの口座は管理が楽という理由で管理局側にあるが、一部隠し口座なども持っている。だがそのうち8割は既に凍結させられている。残った2割に残っている金額を確認するが、その中に入っている金もそう多くはない。多くて数千万程度だ。

 

「S級に億、AAAで数千万。いやぁ、意外とお金がかかるものだね、人間という生物は」

 

 プロジェクトFを寿命という観点を除いて完全に完成させてしまった故にもう既に技術に関する執着も興味はない。ただ手段としては非常に便利かつ面白いものであるとは感じている。そしてそのフィーリングが己にとっての全てでもある。

 

 ジェイル・スカリエッティは妥協しない。

 

 ジェイル・スカリエッティは欲望に素直だ。

 

 ジェイル・スカリエッティは死ぬまで諦めない。

 

「いやぁ、人生楽しいねぇ」

 

 老人達の追撃が予想を超えて激しい。送られてくる魔導師はほとんどがエース級か準エースクラスの魔導師ばかりだ。残された二人のクローンとコピー……名をなんといったか―――あぁ、イングヴァルトとリインフォース、だったか。あの二人に強いる負担も大分大きくなってきた。が、それでもきっちり敵を皆殺しにしてくる辺り実に優秀な護衛だと思う。

 

「これは報酬を払わなきゃいけないなぁ。あぁ、何もせずにそのままポイしちゃうのは実に悪い事だ。ちゃんと望みは叶えてあげないと―――まあ、私の願いのついでなんだがね、これが」

 

 そう言いながら手元に現れる新たなデータを確認する。その中には自分の状況の他にも最後の舞台として相応しい場所のリストが出ており、その場所の警備や重要施設、そういった情報までもが詳細に書かれてある。まだこうやって指名手配される前にひそませていたウィルスやらスパイウェアやら、さまざまな手段は今でも生きて自分に情報を集めていてくれる。

 

 おかげでこうやってまだ逃走を続けていられる。

 

 だがそれももうすぐ終わりだ。

 

 ティーダ・ランスターは働く代わりに自分に関するデータを総べてよこせと言ってきた。そのあまりにもストレートで傲慢で、そして欲望に忠実な姿に呆れを通り越して尊敬を覚えた。憎むべきはずの相手に、明確な敵に、ティーダは仕事と引き換えに自分に関する情報の全てを寄越せと言ってきた―――それを間違いなく相棒に渡すつもりだと自分で確認したし、相手も肯定してきた。そして真正面から言ってきたからこそ、認めた。

 

 アレがあの……あぁ、王だ。闇統べる王、何ていうのと同様こっそりやっているのであればダミーでも握らせていた。だが正面から寄越せと言われたのであれば払うしかない。その正直な姿勢は自分が見習うべきものだ。あぁ、だから自分の近況や潜伏場所、残されたアジト等は全てあの男へと通じてしまっている。ティーダランスター、此方の性格を把握して見事断れない方法を使ってくれたと思う。間違いなく、自分を窮地に立たせているのは彼の仕業だ。

 

 だが、

 

「それが楽しい……!」

 

 楽しい。楽しくて楽しくてしょうがない。今、自分の命は間違いなく狙われており、最大の危機にある。あと逃げられるのはどれぐらいだ。一年か? だがその前に寿命が来る。それは確実にあと数ヶ月で自分を殺す。だが逃げ回って死ぬなんて恥ずかしい事だけは絶対にしたくはない。そう、死ぬその最後の瞬間まで全力で笑っていたい。

 

 それが敗北か、勝利だとか興味はない。

 

 楽しければいい。

 

 結果が重要ではなく、人間の価値はその間、何をしたかによって決まる。

 

「ただの偶然で世紀の発見をしたやつを私は断じて天才だとは認めんよ。そいつは神に愛されているだけの凡人だ。私は私”を”探すこの研究という刹那に愉悦を見出した。そしてそれが私の人生の全て。それしかない人生だがそれだけで十分だ」

 

 そう、だから後退だけはない。

 

 悪党で外道である自信はある。

 

 だからそれに匹敵するだけの美学だって持っているつもりだ。

 

 あぁ、だからつまり自分の納得のできない事はしない。これだけは譲れないものだ。美学の無い悪事など全く以て面白くなく、無意味だ。ただの破壊や殺戮を好む輩もいるだろうが、それが美学に乗っ取ったものなら評価しよう、だが基本的には”つまらない”という評価をしよう。そう、何かをするのであればそこには理由が必要だ。遊ぶには理由が必要だ。自分が楽しく感じるのには理由が必要だ。

 

 じゃあ何を楽しく感じられる?

 

 まず間違いなくイスト・バサラと遊ぶことだ。だがそれももうおしまいだ。それを思うと段々とだが寂しくなってくる。あぁ、実に良い時間だった。六年前の地球、海鳴という場所から送られてきたDNAサンプル、記憶情報、そしてプロジェクトFに関するデータ。アレの送り主はどんな人物なのか、当時は存在しない人物を追おうとして物凄く苦労したものだが、それが今の愉悦へと繋がっていると思うと安い買い物だったかもしれない。

 

 ならば―――良し、最後には最後に相応しい舞台を用意しなくてはならない。

 

 だとすれば―――、

 

「―――ドクター。もうすぐ12時間が経過します。安全の為に隠れ場所を変えます」

 

「おや、もうそんな時間だったかい」

 

 時計を確認すれば確かにもうすぐ12時間が経過しそうだ。それ以上一か所にとどまっていると捕捉される可能性が増えるための処置だが、こうやって使えるアジトや隠れ家が潰されて行くと思うと少々面倒な話だ。そろそろ自分の死体を条件にもう一人のスカリエッティへ連絡を入れる頃合かもしれない。

 

「今ナルが離脱の為の道を作っていますのでもう少々お待ちください」

 

「ナル?」

 

 そんな名前だったか、とユニゾンデバイスの方の名前を思い出そうとする。が、緑の覇王は首を頷き肯定する。

 

「null―――即ち無、零、己が存在するべきではない事を証明してリインフォース・ナル、と自らを名づけたそうです」

 

「ほほう」

 

 それはそれは実に面白い方向へ歪んできていると評価する。デバイスは元々自らに名をつける事はない。なぜならデバイスは道具だからだ。自分に名をつける道具なんてこの世には存在しない。だからこそあのユニゾンデバイスは中々面白い歪み方をしている―――あるいはもっとも身近な人物の影響を受けたか? あぁ、元々興味はなかったはずなのだが……こういう変化が出てくると話は別だ。

 

「あー、えーと……うーん」

 

「イングです」

 

「あぁ、そうだったイング。君に質問をいいかい?」

 

 相手は無言で頷くなので遠慮することなく質問する。

 

「君は何故己を女性だと定義するんだい? 私の記憶が正しければ君は覇王イングヴァルトとして私が生み出したはずだ。まぁ、ベースとなったのが少女のDNAと記憶なのでそんな風な恰好をしていたが、君は間違いなく己を男性として最初は定義していたが?」

 

 その質問にイングはえぇそうですね、と答えて一旦言葉を区切る。そこで答えは簡単ですと付け加える。

 

「精神は肉体へと引っ張られる、というのがまず一つですが……」

 

「が?」

 

「所詮は継承された記憶です―――強いのは色褪せたテープよりも鮮烈に輝く少女の記憶だったというわけです。えぇ、間違いなく当初は自らを覇王として私は認めていたのでしょう。ですが簡単な話です。それはただ単に私がそうとしかみられていなかったから」

 

 ―――あぁ、なるほど。女性として見る存在が現れたから自分をそう意識するようになり、DNA元の少女の記憶が、意識がベースとして確立してしまい女となったのだろう。理解してしまえば簡単な話だ。そう、データを元にすれば彼女が迎えた変化は容易に解る。

 

「なるほど―――恋が君を変えたのか」

 

「これが……恋です……か。……いえ、しかし……でも……」

 

 ちょっと違う気もするが、自分を急速に女性として意識するのにはそれぐらいのショックが必要だろう。何よりその方が色々と面白い。

 

 いやぁ、まだ身近に弄れるネタがあったとは思わなかった。まだ本番までは時間があるし、こっち方面で適当に煽っておけば絶対楽しい事になる。いや、楽しくする。

 

「―――さて、此処も廃棄して我々の目的の為に邁進しようではないか」

 

 今日も世界は面白おかしく狂っている。

 

 早く、渡したメールアドレスに連絡は来ないだろうか。

 

 会えるその日が非常に楽しみだ。

 

 なら、やはり、考えられる限りで最高の遊び場はあそこだ。

 

 ―――時空管理局本局。




 そんなわけでキチガイご一行の様子でしたね。どうやら結構楽しそうにやっているなぁ、と描写しつつ遊び場の準備を

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