マテリアルズRebirth   作:てんぞー

64 / 210
 Sts前時期最終章ですね


Chapter 5 ―The Last Judgement―
ラスト・スタート


『―――それでは準備はよろしいですね?』

 

 ガラス越しに試験会場の様子が見える。そこから自分のパートナーである男が両足を大地に突け、そして立つ姿が見える。そのバリアジャケットは管理局の統一規格のものだ。基本的に特別な事情でもなければ管理局員には統一のバリアジャケットを局員の証としてて着用する様に厳命されている。そのため自分も基本的には局の統一規格のバリアジャケットを着用している。だがああやって統一規格のバリアジャケットをイストが装着しているのは結構レアな姿だと思う。なぜならあの男、基本的にバリアジャケットを制服の姿に設定しているのだ。だからバリアジャケット姿は見ていないにも等しい。それだけ気合が入っていると見るべきなのだろうか。ともあれ、試験会場でイストに相対する相手を見る。

 

 相手は陸戦AAAの魔導師だ―――つまり彼を倒す事ができれば間違いなく陸戦AAA並の実力があると評価されて昇格するだろう。それを測るための試験だ。陸戦AAA昇段試験。上を目指すのであれば必然的に通らなくてはならない道だ。ここからさらに分野とかが試験結果で細分化されるのだが、これで勝利を収めれば間違いなく自分のランクへと一歩近づく。

 

 機械音声がスピーカーから響く。

 

『―――それでは試験を開始します』

 

 陸戦AAA昇段試験が開始する。イストは開始と同時に強く大地を踏みつけて構え、それだけで動きを完了させ、停止する。相手はそれを見極める様に眺め、そして動きを停止したイストに対して何らかの言葉を送る。だがイストはそれにこたえる事無く、ただ無言、不動のまま立っている。長剣型のデバイスを握った試験官はその構えが誘いだと判断したのだろうか、前へと出ずに後ろへと下がりながら魔力弾を形成する。

 

「うん、普通はそうするよね」

 

 そう呟くと、

 

「お、もう始まってるんか」

 

「あ、はやてちゃん」

 

 何時の間にかはやてがいた。そしてその横には当然の様に犬……ではなく狼の姿をしたザフィーラが付き従っている。どうやら彼女も今日がイストの昇段試験の日であることを把握していたようで、見に来たようだった。魔力弾を次々と浮かびあげ、挑発する様に動かない試験官を前に、イストは構えたまま一切の動きを見せない。

 

「大丈夫、今始まった所だから間に合ってるよ」

 

「そりゃ重畳、ってやつやな。ほれザッフィー、拳フレンドが頑張っているで」

 

「済まないがザッフィーという呼び方は止めてくれないか主よ。心が折れそうだ―――と、ふむ、動かんか」

 

 ザフィーラが下の試験会場で双方に全く動きがないのを確認し、それを口にする。状況としては後手に回らざるを得ないイストが圧倒的に不利なのだろう。そして試験官は明らかに攻撃してくるチャンスを与えている―――いや、それも誘いなのかもしれないが。ともあれ、既に魔力弾は三桁近い数形成されている。それを前にイストは一歩も動かないところを見て、

 

「やる気あるんかアレ?」

 

 はやてがイストのやる気を疑う。それもそう取られて仕方がない。なぜなら動きが一切なく、まるで石像の様に構えているだけだからだ。実際、自分もザフィーラとイストの休日の練習風景をちょくちょく見に行くことが無ければこの状況がイストにとって”有利”であるとは全く思いもしないだろう。たぶん、いや―――確実にこの試験はもうすぐ終わる事となる。だからザフィーラは狼の姿のまま、少しだけ笑うような声で答える。

 

「いや、アレでいい」

 

「そうなん?」

 

「失われた技術の中には常識を覆すものがある、という事だ」

 

 そう、その努力を誰よりも間近で見てきたのは自分だ。仕事の合間に、休日に、そうやって少しずつ調べ、解析し、実践し、習得してきた姿を見ているのは自分だ。その目的が何のためであるかも知っている。だから眼下のパートナーへと向けて呟く。頑張って、と。

 

「お、動くで」

 

 はやてがそう言った直後、先に動いたのはやはり試験官だった。一気に三桁近い魔力弾がイストを正面から襲い掛かる。後ろへとまだ逃げるスペースはある。この弾幕に対する反応で採点するつもりなのかもしれないが、普通の対処法でイストは挑まない。迫りくる弾幕、その一番近く、体に当たりそうなのを―――イストは掴んだ。

 

「……は?」

 

 はやてはその光景を驚きながら見ていた。イストは魔力弾を掴み、それを他の魔力弾共々さらに掴み集め、そして跳ね返す様に魔力弾を撃ち返す。反射でも吸収でもなく、魔力弾を破壊することなく掴んで投げ返すという超絶技巧を前に試験官もはやても一瞬動きを止めて凍っていた。そしてもちろん、それを試験官は正面から複数受け、正気に戻って回避動作に入る。その結果をはやては眺めながらつぶやく。

 

「なんやアレ」

 

「旋衝破、古代ベルカの奥義なんだって。何でも大昔、対魔導師に編み出された技の一つで、魔力弾を破壊せずに掴み、投げ返す技法。覇王流の復元習得中に覚えたって」

 

「うわぁ……エゲつないわぁ。陸戦魔導師って基本インファイトやけど遠距離手段って大体銃系のデバイスによる魔力弾攻撃がメインやろ? つまり」

 

 そう、つまりは、だ。

 

「相手を一番得意なインファイトレンジへと引き込むことができる。これが変換資質のあるフェイトちゃんとかだったら投げ返せないから一方的に攻撃する事も可能なんだけど、魔力弾だけが遠距離手段だった場合自分から死地に踏み込まない限りじり貧になって行くね。純粋な技法というか体術らしいし魔力消費はないっぽいし」

 

「相変わらず古代ベルカは頭がおかしいなぁ」

 

「!?」

 

 それは確実に古代ベルカの遺産である夜天の書を使っているはやてが言ってはいけない言葉だ。というかそのせいでザフィーラが頭おかしい扱いされて軽く落ち込んでいる。だが古代ベルカが全体的に頭がおかしい事には完全に同意である。あの時代の連中はこんな事をするやつらがポンポンと存在したらしいので相変わらずバランスが崩れている。多分量産型信長とかいたに違いない。焼き討ちして笑っていそう―――あぁ、それウチの隊だ。

 

「はやてちゃん、私気付いちゃった。ミッドに量産型信長がいる事を」

 

「なのはちゃん、それって将来ミッド燃えるよ宣言?」

 

「何故女には物騒なのしかいないのだ」

 

 ザフィーラにそれを言う権利は―――ある。というか唯一、ザフィーラ一人だけはあるかもしれない。八神家のサンドバッグであるザフィーラだけはそれを主張してもいいと思う。地球にいる間、防御力に特化しているザフィーラがシグナムへ引きずられながら練習台にされる様子はよくあった光景だ。……今ではそのサンドバッグ役でお金がもらえる様になっている。ザフィーラ、大出世したなぁ、と感慨にふけっていると、戦況が変化する。

 

「動くな」

 

 試験官が一気に踏み込んでくる。デバイスで素早く斬りかかる動きだ。回避に集中すれば避けられる動き、防御しようとすれば防御できる動き。カウンターを叩き込むのもいいかもしれない。これはザフィーラとの手合せでも見た事のある動きだ。相手の出方を探るための動きだ。ただ、どの動きをとってもそこから繋ぐことは難しい様に隙がカットされている。試験官としての役割を理解している動きだと評価し、参考になると思いつつも、自分の相棒はどうするのか、それを半ば直感しながら視線を送ると、

 

 やはり踏み込んだ。

 

「直撃コースやで」

 

「いや、それでいい」

 

 そして予想通り直撃した。試験官も決して愚かではない。直撃コースだって理解した瞬間抜いていた力を込め直し、本気で一撃を叩き込んでいる。それは間違いなくイストの体にダメージを叩き込んでいるが―――大きくはない。その程度を今までの相手と比べたら失礼なほどに威力は低い。自分が知っているあの男は収束砲撃すら耐えきる程に硬く、そしてこの攻撃を受けた瞬間こそがチャンスだ。

 

「肉を切って骨を断つ」

 

「スタイルを一言で表すのなら”カウンター”だろうが、より詳細に語るとすれば”一撃必殺捨て身のカウンター”と言ったところだろう。強化魔法と回復魔法の過剰使用で自身をスペックを超える強化を施している―――その結果がアレだ」

 

 攻撃をイストが体で受けた瞬間、それは間違いなく相手の体が刹那の間だけ硬直する瞬間だ。だがその瞬間は間違いなく攻撃を叩き込むチャンスだ。その刹那を狙うのは難しいが、無拍子の攻撃を叩き込めるのなら話は別だ。シグナムやザフィーラ、イスト程武術に精通した人間であればその刹那は停止しているにも等しい時間。

 

 瞬きをした次の瞬間には試験官の腹に拳が叩き込まれており、完全に試験官の体を腹を中心に持ち上げていた。此方からデータにアクセスし、クラッシュエミュレートによって再現されたダメージによれば、今の一撃で試験官のライフは0になっていた。意識そのものがノックアウトされており、試験官に動く気配はなかった。それが確認された瞬間昇段試験は終了した。

 

『―――陸戦AAA昇段試験を終了します。お疲れ様でしたイスト・バサラ”三等空尉”』

 

 試験が終了し、気絶して動かない試験官を背負いながらイストが試験場の受付のあるビルへと戻って行く。その結果を眺めながら妥当な結果だなぁ、と今の試合を評価している自分がいる。元々エリートばかり集まるのが”空”という部署で、自分のパートナーは自分というSランク魔導師と肩を並べて戦えるレベルの魔導師なのだ―――総合AAとか陸戦AAとか明らかに詐欺と言えるレベルだった。だからこの試合の結果を見て、少しだけいい気分だった。自分と肩を並べて戦っている相棒が正当な評価を受けるのだ。そりゃ気分が良くならない筈がない。

 

「うわぁ、腹パン一発かぁ、強いのぉ」

 

「俺と会う前に元々技術面ではほぼ完成されていたからな。あとはそれを正しい場所へと導く作業だ。簡単に言えばパズルのピースをはめる位置が違っていた、というのが表現として正しいのか? まあ、本来のスタイルを取り戻した結果というものがアレだ」

 

「なるほどなー。ま、今回の結果を見る感じ陸戦AAAと総合AAAはまず間違いなく確定やろな。管理局に人材を遊ばせる余裕があるとは思えんし、使える魔導師はドンドン昇段昇進させるはずやで。いやぁ、私も知り合いが権力に食い込む様子を見ていると気持ちがええわ」

 

「はやてちゃんの隠さなさっぷりも聞いていて凄い気持ちがいいよ」

 

「俺は色々と恐ろしい」

 

 ザフィーラは本当にかわいそうだ。フェイトの家のアルフは皆にペット扱いされて平和に暮らしているのに、何でザフィーラはこんな苦労をする様な環境にいるのだろうか―――あぁ、そうか。アルフはフェイトを痴女だと認識していないから比較的平和なのか。あとフェイトには近いうちにバリアジャケットの変更を頼まなくてはいけない。

 

 しかし、

 

「……最近、ちょっと余裕なくなっているのかなぁ……」

 

「うん?」

 

 

「ううん、こっちの事」

 

 ビルの中へと消えてゆくイストの姿を眺めながら思う。急な昇格は間違いなく先日、イストが魔導師連続殺人事件を解決した為の報酬であり―――そしてそれに対する口止めだろう。事件の全容を知っている自分も同じように階級の昇格を受けている……自分の場合も口止めだと思う。少なくともイストは真相を誰かに絶対に語るな、と言っているので間違いはないと思う。ただ、この昇段試験は管理局側ではなくイスト本人の都合だ。

 

 最近、もっと力に対して彼が貪欲になっている気がする。ザフィーラと組み手をするときにはもっと力が入っているし、互いに容赦もない。そしてそこにレヴァンティンを握ったシグナムが乱入する回数も増えてきている。まるで何かに備えているような、そんな気がする。それを認めてしまうとどこか遠くへ手放してしまうのではないかと、あの一家の事が心配になってくる。

 

「あー、それにしても部屋の中はエアコンが効いていて涼しいなぁ。あー、外に出るのは嫌になってくる。もう七月にはいって夏なんよなぁ……あー、プールで泳ぎたい……」

 

 ザフィーラが残念そうな表情ではやてを見たが、

 

「あー……そうか、もう夏なんだね」

 

 そういえば少し前にイストの二十歳の誕生日を迎えたなぁ、と思い、そしてプールと夏、という言葉で思い出す。基本的に夏休みの無いのが管理局員の辛い所だが―――確か有給が溜まっていたはずだ。

 

「うん。悪くはないかもしれない」

 

「うん? 一人で頷いてどうしたんなのはちゃん?」

 

「なんでもないよ。ただ、やっぱり夏と言ったら―――」

 

 ―――海だよね、という話だ。

 

 たまには無意味にただただ、遊んで暴れるのも悪くはないかもしれない。




 そんなわけでワンパン合格。貴様の様な陸戦AAがいるか。格上との戦いで技量や実力が伸ばされた、という事で陸戦AAAへと昇格確定です。ついでになのはと揃って三等空尉へ。

 さて。

 どんな水着が似合うかなぁ……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。