「ガスの元栓閉めたか?」
「そこらへん抜かりはないぞ。他にもちゃんと全部確かめたし問題はない」
「オーケイオーケイ」
再度部屋を見渡す様に確認する。電気製品の類は電線を抜いてあるし、ガスもちゃんとディアーチェが止めたと言っている。あとは他に忘れ物が無いかのチェックだが、それも他の子達が何度も何度も昨夜から繰り返してチェックしている。もう既にトランクを握って外へと出ちゃっている子もいるわけだし、これ以上家の中でゆっくりする必要もない。時間を確認すれば大体時刻は7時ぐらい、何時もなら珈琲を片手にゆっくりソファの上でくつろいでいる時間だ。だがチェックインが可能になる9時と同時に到着したいというほぼ全員共通の意見によりこんな朝早くに出かける事が決定している。もうそろそろ頼んでいたタクシーが下へと到着する頃だ。最後に一回だけ部屋を確認し、頷く。
「じゃ、行くか」
「うむ!」
勢いよく頷くディアーチェの姿に苦笑しながら家を後にする。出る時にちゃんと鍵を閉め、片手に旅行に必要な着替えや色んな物を詰め込んだトランクを手に、エレベーターへと向かう。ここへと帰ってくるのは明日の夜遅くだ。それまでは一時的に完全に空になる。少し、誰もいない自分の家に寂しさを感じつつも、ロビーで待たせているシュテル達を放っておくわけにはいかない。彼女たちが待っている一階へと向かう。
◆
ミッドチルダ南部は第一管理世界ミッドチルダの中でもかなり自然が残っている地域であり、南部の暖かい気候もあってレジャー施設や自然をテーマにした施設が多い。全体的にミッドチルダという世界は開発が進んで都市部へといけば緑を見る事はほぼないのだが、過去の戦争やら争いでそういう自然の破壊に関しては既に理解のある世界であり、管理社会だ。今使っている魔導科学技術を使って空気や海を汚染しないクリーンなエネルギーを普及させたように、世界をクリーンに保つことに管理局は意識している。ミッド南部は自然を多く残す事を”意識”している地域であり、おかげでそういう施設は多くとも、自由に建設とかはできない様になっている。解りやすい形としての管理局の善性のアピールとも見えるかもしれない。
そんな自分達がチケットを手に向かうのはミッドチルダ、第一大陸の端っこ、リゾート地帯だ。気候故に常に暖かいおかげで慰安や休暇で年中人気の地域。そこにある大型リゾートホテルが今回の目的地だった。あとからなのはに貰ったチケットを調べて、ホテルの規模と人気の高さには色々と驚かされて、彼女がどうやって手に入れたかも気になったが―――ここはそう言うことを素直に忘れて楽しむ事とする。
大陸の端っこだからタクシーで迎えるわけもなく、空港から飛行機に乗って一時間。そこから更に空港からタクシーを拾って一時間の移動。ようやくリゾートホテルに到着する頃には9時半過ぎ、長旅、という程ではないがそこそこ時間のかかる移動だった。
「とうっ、ちゃぁ―――く!」
テンションの高いレヴィが飛び出してロビーへと向かって走って行く。それに続く様に他の娘達も飛び出してゆく。
「あ、こら、待ちなさい。一番乗りは私です」
「私より先に付いたらマトリクスです」
「変な脅しは止めんか! あと貴様ら先に荷物を降ろさんか!」
もうユーリ無双はネタ扱いされてるなぁ、と微笑ましく思いながら、ミッド中央では珍しい有人タクシーのドライバーに料金を支払う。ドライバーも今の光景を見ながら微笑んでいた。
「あんましにてねぇけど兄妹かなんかか?」
「あー……娘のようなもんですよ」
「おぉ、そうか。ならそりゃ大事にしなきゃなぁ。楽しんできな兄ちゃん」
「ありがとうございます」
タクシーから降り、窮屈な空間から開放された事に少しだけ喜びを感じつつタクシーの裏側へと周り、溜息を吐きながら荷物を下ろすディアーチェに加わる。他の三人は既にロビーへと突貫してしまった。よほど楽しみにしているんだろうなぁ、と思いつつディアーチェへと視線を送る。
「俺が出しとくからお前もあの馬鹿に参加して来い」
「じゃあ参加してくる」
「全く迷わねぇ」
わぁ、と声を上げながらディアーチェが馬鹿の宴に参加する。やっぱ子供だなぁ、と呟いていると近くにいたボーイがトランクや荷物を載せられるカートを持ってきて寄ってくる。タクシーから荷物を降ろしてカートの上に荷物を載せるのを手伝ってもらい、軽くありがとうと言い、ロビーの中へと足を進める。
そこはかなり広い空間だった。受け付けは今の所誰もいないが、設置されているソファやここから見えるレストランにはそれなりに人がいる。こんな時期でも結構人がいるものだなと監視しつつ辺りを見れば馬鹿娘が集団でロビーを見学して回っているのが見える。
「迷惑かけなきゃいいんだけどなぁ」
『You shouldn't dream that』(そんな夢は見ちゃいけないと思います)
軽くイラっとしたのでベーオウルフを近くの壁に叩きつけてから受付へと移動する。チケットやらパスポートやらを取り出すと受付側も此方の要件を察する。
「バサラで予約を入れていた者です」
「バサラ様ですね―――」
ホテルでのチェックイン作業にはそう時間がかからなかった。流石ミッドというべきか、辺境の世界よりも数段早く必要な作業を終わらせた。普通なら十分かかる作業が半分以下の時間で終わる。部屋のカードキーを受けとり、カートを引くボーイを連れながらエレベーターへと向かい、
「おーい、部屋に行くぞー」
「待ってー!」
すぐさま娘達が戻ってくる。エレベーターが下りてくるのを待っている間、その元気すぎる姿に辟易とする。
「お前らもうちょっと大人しくできないのか……?」
「無理ですよ。テンション上がりっぱなしなんですから。私でもまさかここまでテンション上がるとは思いませんでしたけど」
確かにユーリの言うとおり、此処まではしゃげるものか、というぐらいはしゃいでいるが、
「まだ到着したばかりで本番はこれからだぞお前ら」
「三日ぐらいなら眠らずに遊び続けるだけの体力はあるよ!」
「俺が死ぬから止めてください」
体力に自信はあるが、流石にそこまで体力化け物である自信はない。というかこのガキどもはそれだけ活動できるのか、と思うと軽く恐ろしく感じるものがある。もしこいつらが本気で遊び始めたら俺の体は持つのだろうか。いや、確実に途中でノックアウトされる。
と、言っている間にエレベーターが動きを止める。先に降りて、そして渡されたカードキーに書かれている部屋の番号を再び確認し、近くのプレートに書いてある番号も確認する。軽く迷子になりそうなのでボーイへと見せると先導する様に案内をし始める。一応チップの用意をしておく。
「うーむ、何か空気の味が違うなぁ!」
「なんかバニラの匂いがする!」
「カーペットですよカーペット! ロビーは大理石でこの通路はカーペット!」
「あ、高そうな花瓶飾ってる」
無駄にテンションが高く、はしゃいでいる娘共をなるべく視界から外し、しばらく進むと部屋の前へと到着する。カードキーを使ってロックを解除すると、すかさず扉を開けて娘共が中へなだれ込む。わーきゃーと声を上げて部屋の探索を始めている間にボーイと一緒に荷物の運び入れを初め、そしてそれをサクっと終わらせるとポケットから硬貨を取り出してボーイへと渡す。
「それではごゆっくり」
頭を下げてからボーイがカートを引きながら部屋から出てゆく。さて、と呟き、
「おーい、トランクを開けるから自分の物を出して洗面所とかに置け。じゃねぇと俺が勝手に弄り回すぞ」
「あー! だめー!」
すかさず娘共が部屋の探索から戻ってきて自分の荷物を出す事に取り掛かる。ここにいるのは今日と明日だけだが、それでも歯ブラシやらシャンプーやら、そういうモノは私物を持ち込んできている。あとシュテルは枕を変えると眠れなくなるらしいので枕を持ってきている。意外と変な所で柔いなぁ、と感想を抱きつつとりあえず必要なものをトランクからだし、到着直後の準備やらはすべて完了する。少し疲れを感じて体を伸ばし、備え付けの冷蔵庫に手を伸ばす。
「お、あったあった」
そこからビールを取り出して開ける。やっぱりこういう場所で飲むのは気分として同じブランドでも味が変わってくる。
「はぁ、朝から飲めるのは最高だなぁ……」
「うわ、オッサン臭い」
「お前らの相手をしていると気苦労が絶えないんだよ……!」
でも、とシュテルがニヤニヤと笑みを浮かべながら此方を見て口を開く。
「別に嫌いではないんでしょう?」
答えない代わりに近くの椅子に座ってリモコンを手に取り、テレビをつける。
「あ、逃げた」
「おら、海はホテルのすぐ後ろなんだから行きたきゃあとっとと着替えろばぁーかばぁーか!」
仕方がないなぁ、何て声が横から聞こえ、娘共がトランクから回収した水着に着替える為に別室へと向かう。
「あ、覗きたいなら別に覗いてもいいですよ?」
「とっと着替えろ」
「脈を感じない……これは挑戦と見ました」
コイツは本当に残念になったなぁ、と昔を懐かしみながら窓の外を見る。そこからは地平線の向こう側まで続く青と、そして白い砂浜の姿が見える。砂浜にまばらに見えるカラフルなのはおそらくパラソルなのだろう、そしてそれを見る限り結構な数が今ビーチにいる様に感じられる。他にも茶色い建造物を見るに色々と屋台っぽい店もある。これは昼食をビーチの方で食べる為にサイフを持ち歩いた方がいいな、と旅行用に改めて硬貨や紙幣へと変換した電子マネーを淹れたサイフをポケットから取り出し確認する。
「……はぁ、ついでに今のうちに出しとくかぁ」
自分のトランクへと移動し、そこに詰め込まれたしぼんだ浮き輪やビーチボールを取り出し、それを重ねておく。ついでにベーオウルフの圧縮空間にぶち込んでおいたビーチパラソルも取り出しておく。基本的に色々と突っ込んでおける圧縮空間にはアームドデバイスとしての本体部分が格納されているのだが―――そこに物をしまうと旅行の気分が薄れてしまうから実はあんまり使いたくない。
『Thick object penetrating me……』(太いものが私を貫通して……)
「お前までネタに走るなよ。お前の所有者だってバレると死にたくなるだろ。オラァ!」
ベーオウルフを壁に叩付けて遊ぶ。激しく虚しい。しかし、自分一人だったり暇だと空気を読んで話しかけてくれるのだがこのデバイス、AIが少々おかしいのか、割と此方を責めるかネタに走るかのどちらかしか選べないっぽい。何時か修正しなくてはならない、と思いつつもやはり人生で一番長い付き合いの相棒にはおいそれと手を出す事が出来ない。
「終わったぞー!」
そんな声がするので振り返ると、そこには水着姿のレヴィがいた。タイプはスタンダードなビキニ型で、柄はなく、レヴィが好きだと公言している水色だ。何でもかんでも水色で統一しようとするのでそのセンスをどうにかできないか若干困るものだが、ここまで来るともう十分に立派なものだ。
「どう?」
首をかしげながら聞いてくるので、頷く。
「おぉ、似合ってる似合ってる。かっこいいぞ」
「ふふ、解ってるのならいいのさ!」
そしてそれに続く様に、シュテルとユーリが飛び出してくる。
「あ、こら、抜け駆けは駄目ですよレヴィ」
そう言って出てくるシュテルはタンクトップ型のセパレートの水着、色はシュテルらしい情熱的な赤だ。そしてその横のユーリは白のビキニ型の水着をつけている。ただし此方はレヴィと違ってパレオを装備してアクティブというよりは上品な感じにしている。シュテルはアクティブに、ユーリは上品な感じに出来上がっている。此方に明らかに評価待ちの視線を向けてくるのでサムズアップを向けてやると、
「こう、ムラムラしてくる感じとかないんですか?」
「お前、帰ったら少し真剣に話し合わないか。主に教育方針とキャラに関して。ま、俺を悩殺したいんだったらそんな貧相な体じゃあ駄目だ。もうちょい色々と大きくしてから勝負しに来い」
「む、つまりイスト、それは大きくなったら勝負になると言っているんですか?」
それには答えたくないので黙る事としつつ、周りを見渡す。
「アレ、ディアーチェは?」
「着替えている途中であのテンションから我に返ったようで、着替え終わってから恥ずかしがっているようです。流石ディアーチェ、あざとい。実にあざとい」
「シュテるん達が色々と捨てすぎなんだと僕は思うんだけどなぁ……あ、王様ひっぱってくるね!」
レヴィが頭のリボンをまるで動物の耳の様にピコピコ動かしながらディアーチェが着替えている部屋へと突貫し、
「王様ー! 早くいこーよー!」
「あ、こら、待て。我はまだ決心が……」
「とりゃあ!」
「ぬわぁっ!?」
部屋から蹴りだされたディアーチェがバランスを崩しながらも出てくる。その恰好は上が柄の入った紫のタンクトップ型で、下はユーリ同様上と同じ色のパレオで隠しているスタイルとなっていた。若干顔を赤くしながら俯き、
「そ、その……変な所は……ないよな……?」
「我が王があざとい」
「可愛いです! ディアーチェ可愛いです!」
「ディアーチェ苛めは止めようよ。顔真っ赤だぞ」
普通に似合っていると言ってやれば少しは落ち着く様子を見せて安心し、窓の外の風景を一回見てから振り返る。
「そんじゃ海へと行くか」
「―――ちょっと待ってください。イスト、着替えていませんよね?」
そう言って浮き輪を拾って歩き出そうとするユーリが止める。だが大丈夫だ。なぜなら、
「下着の代わりに水着を着てきた」
「なんと用意周到……!」
「もしかして一番楽しみにしてたのお兄さん?」
夏。
海。
水着。
美女。
そうきたらナンパしかないだろ貴様ら……!
「あ、何か邪な事考えている」
そして―――楽しい時間が始まる。
ゆっくり、ゆっくり、でも確実に進んでいるのよ。