マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 馬鹿は馬鹿をやっているから馬鹿に見える。


イディオッツ

「あー、疲れた」

 

 そんな声を漏らしながらばたり、と着替えとシャワーを終わらせベッドに倒れる頃には外は完全に暗くなっている時間だった。夏で暗くなっているのだからもちろん七時は過ぎている。すぐ横のリビングではまだ興奮冷めやらない娘達が着替え終わって色々と話し合っている。だが自分にそこまでの体力は残されていない―――一番体力自慢のはずなのに。何故かその事に物凄く理不尽を感じる。やはりアレか、年齢差なのか。二十歳が一番肉体的に優れていると思っているのだがそれは嘘なのだろうか。それとも俺が彼女たちの数倍は動きまわらされただけだろうか。たぶん、というか確実に後者だろう。何せビーチバレー勝負は俺にとって解りやすい地獄だったからだ。

 

 まるで最初から動きが見えているかのような連携プレー、右へと左へと容赦なく叩き込まれるスパイク、その度にダッシュする羽目になる俺、そして連戦する羽目になる俺。自分の出番が終わったと思ったら再び立ち上がらされて、その後罰ゲームとか言われて海に引きずり込まれる始末。ともあれ、疲れた。疲れたが、

 

「イスト、ご飯を食べに行きましょう」

 

「はぁい……」

 

「お兄さんが死んだ!」

 

「これは事件の気配ですね……!」

 

「犯人は間違いなくここにいますね」

 

「というか我らだろう」

 

 解ってるなら言わなくていい。というか追撃は止めてほしい。そしてレヴィ、背中の上でジャンプしない、地味に背中が痛むのでそれ。

 

「はぁ……」

 

 立ち上がろうとすると背中にレヴィがぶら下がり、引きはがすのも面倒なのでそのまま、ベッドサイドテーブルからカードキーとサングラスとベーオウルフを回収し、必要なものを装備する。軽く確認する自分の恰好はクォーターパンツにどっかで見た事のある様なプリントシャツ。髪の毛は……面倒なので纏めず適当なままでいい。レヴィを背負ったまま部屋の外を目指す。

 

「おら、メシ食いに行くぞ欠食児童共」

 

「肉だぁ―――!」

 

「蛮族か貴様は」

 

 がおー、と肉食獣をアピールするレヴィが飛び降りて扉の外へと向かう。一足先にエレベーターを呼びに行ったのだろう。遅れるわけにもいかないのでのそのそとエレベーターへと向けて歩き出す。

 

「それにしてもすごい消耗していますね」

 

 シュテルが此方を見てそんな事を言う。

 

「予想外にお前らの遊びがハードだったんだよ……!」

 

「少しテンション上がり過ぎたところはあります。だが反省も後悔もしません。なぜならそれは楽しかったからです……!」

 

 まぁ、そこでごめんなさいなんて言われても苦笑する以外には何もできないんで開き直ってくれた方がはるかにやりやすい。首を軽く押さえてそれを回し、凝った筋肉を軽くほぐしながらカーペットの敷き詰められた通路を進み、エレベーターへと向かう。既にエレベーターを呼んでおいたレヴィが扉を開けて待っている。

 

「レヴィ、エレベーターを止めるのは他の客へ迷惑だからやめんか貴様」

 

「来ちゃったから仕方がないんだよ王様」

 

 レヴィの言葉に呆れながらも待たせるわけにはいかないのでエレベーターへと乗り、レストランがある二階のボタンを押して下へと向かってゆく。幸い別に誰かがエレベーターに乗ってくる事はなく、少しだけ広いエレベーターの空間を五人で占領して二階へと到着する。降りたところで左右へと視線を移せばレストランが複数用意されているのが解る。

 

「で、どこで食べるかは決まっているのか?」

 

「もちろんです」

 

 ユーリがポーズを決めながらそんな事を言う。恥ずかしいのでそこまでテンションを上げてくれなくてもいいのに―――が、決まっているのなら早い。どこにするんだ、と問いかけるとあっちです、と指を指して答える。ユーリが指差した方向へと視線を向けて見つけられるのは、

 

「ベルカ式じゃねぇか」

 

 ベルカ料理のレストランだ。結構いいホテルなので入っている店もかなりいいもので、本来なら結構お金がかかる。自分たちの場合チケットでそこらへん無料なのだが。だがそれでも、ベルカ料理だったら俺も作れるし、ディアーチェだって俺から奪ったレシピでそれなりのレパートリーを持っているはずだ。正直にいえば家でも食えるものをここで食べる必要はあるのか、という疑問が頭の中にはある。

 

「いや、今はあるぞ? 食べて料理を覚えられるし、新しいアイデア湧くし、ベルカ料理好きだし」

 

「結構庶民派ですよね、旅行で他国へ行って自分の文化の食べ物を食べる人って」

 

「まぁ、お前らがそれで満足するなら俺はそれでいいよ」

 

「何を言うんですか。満足するグループの中にはあなたも入っているんですからしっかりしてくださいよ」

 

 そうかそうか、と誤魔化す様に頭を撫でられるようになった自分は、少しだけ卑怯になったなぁ、と思う。歳を取る度に嘘を突いたり、他人を騙したり、偽って行くのが少しずつ上手になって、色々と曖昧になる。……だが、まあ、この子達の前だけでは。

 

「仕方ねぇなぁ。俺もベルカ料理好きだし反対する理由はないなぁ」

 

「じゃ、席がまだ空いている内に入りましょう」

 

 手を引かれ店の中へと引きこまれる。少しだけ転びそうになりながら店の入り口、ウェイターに持ってきておいたディナーチケットを五人分渡し、自分たちが少しだけ特別である事を証明して支払をなしにする。そのままウェイターに案内されて窓際の席へと到着し、適当な場所に座る。その際誰がどこに座るかでちょっとした争いになるが、ステルスと暴力という点で一瞬でレヴィとユーリが勝利する。

 

「我一応王なんだが威厳が欠片も通じない件」

 

「ルシフェリオンが、ルシフェリオンがこの手にあれば……!」

 

 お前は砲撃でもぶち込む予定があったのか。

 

 そう言って俺の横ではなく対面側の席に座っている二人は少しだけ電撃でビリビリしている。いや、横のユーリも若干ビリビリしているのだが流石我が家最強、直撃していたはずなのにまるでノーダメージかのように振舞っている。

 

「根性と」

 

「愛の勝利だね!」

 

「電撃10割の勝利じゃないんですかね」

 

 確実に電撃10割だったのはもはや言わずともわかる事なのだが、付き合っていたら一生かかる。メニューを広げてその中に出ている物を確認してゆく。基本的に乗っているレシピは見た事のある様なものばかりだが、その中には見た事も聞いたことの無いものが混じっている。まぁ、こういうのを楽しむのが旅先での醍醐味だ。

 

「お前らじゃれあってるのもいいけど酒以外は好きなのを頼めー」

 

「じゃあ僕パフェから食べたい」

 

 迷うことなくレヴィに全力のデコピンを叩き込んでテーブルに倒す。その様子をシュテルが鼻で笑いながら見て、

 

「こういう時は―――イスト、貴方を―――」

 

「言わせんぞ」

 

 ディアーチェがシュテルの後頭部にチョップを叩き込んでテーブルに顔面をしばき倒す。倒れる直前にナイフやフォーク、皿といって危ないものや割れそうなものをさらっと回収する辺り、実に手馴れていると思う。その姿を微笑ましく思いながら眺め、全員分のメニューを聞いて、ウェイターを呼ぶ。そして、夕食を頼む。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぅ、食った食った」

 

「初めて食べるものばっかり頼んだが色々と面白いものが出てきたな。まさか鶏肉にあんな使い方があったとは思わなんだ。味は覚えたし後は家で何度か試してみれば再現できるやもしれんな」

 

「流石我が王、その無駄に発揮される有能さと情熱は素晴らしいですね」

 

「無駄とか言うな」

 

 世の中無駄になってもいいというものは存在する。彼女たちの才能はそう言う部類のものだ。だからどうか無駄に終わってくれ。有能として認められるときは来ない方がいい。そんなことを考えつつ、自分が確保したベッドに靴を脱いで倒れる。メシを食べる前にシャワーを浴びたし、もうこのまま寝てもいいんじゃないのか、という感じだった。実際昼間に遊びに付き合って疲れたし、このまま寝ても全く問題ないように思える。そうと決まれば早い。

 

「俺はもう寝る。おやすみ」

 

 ベッドにうつぶせに倒れて目を閉じる。サングラスだけはとって、カードキーものそのそとテーブルの上へと放り投げる。戦った後よりも非常に疲れているのが実に解せない。ともあれ明日もどうせ全力で遊ぶことになるのだから今のうちに体力を回復しておかなくてはならない。その為にもそのまま顔を枕に埋めて寝ようとした所、

 

「えい」

 

 何かが横に倒れ込んでくっ付く。面倒なので顔を上げずにいるが、その声が誰の物かは解る。ユーリの声だ。だから横に倒れ込んできたのはユーリなのだろう。

 

「あ、じゃあ私も寝ますんで」

 

「あ、ズルイ! 僕も僕も!」

 

 そうしてレヴィも突入し、シュテルが参加し、恥ずかしがりながらディアーチェも参加する。結局部屋はたくさんあるのに全員が大きなベッド一つに集まって寝る事になった。普段なら引きはがして元のベッドへと運んでゆくのだが、それが面倒な上に体力も残っていないので、

 

「もう……好きにしてくれ……」

 

「ひゃっはー!」

 

「許可がでましたー!」

 

「ではじゃんけんで誰が横か勝負です」

 

「あ、電撃警戒されている」

 

「ちなみに私はちょきを出します」

 

「一番得意な心理戦仕掛けてくるガチっぷり……!」

 

 楽しそうにそうやってじゃんけんで何度もあいこを繰り出し、再び心理戦へと突入して互いに睨みあう姿を顔を少し横へとズラし、見る。いつもいつも楽しそうで本当にいい事だ。この笑顔を、守りたい。守らなきゃいけない。その為の手段は選べない。……いや、選ばなかった。そして本当に手段を選ばないからこそ―――きっと、これからいっぱい人が死ぬ。たぶんその責任の大部分は自分にある。本当に善性の強い人間であればあのティーダから受け取ったデータの全てを管理局へと提供しておくべきなのだ。それを管理局へと渡せば間違いなくスカリエッティは数ヶ月―――いや、数週間以内に捕縛されているか、処刑されているか、消されているだろう。だがそれはしない。俺は自分のエゴに負けた。自分の手でやりたいという意志があるからだ。ヤツなら間違いなく欲望と囁き肯定してくるそれに、俺は負けた。そうやって、自分の欲望のままに行動する生き物を人はこう呼んだはずだ。

 

 化け物(モンスター)、と。

 

 倒れない、蘇る、死なない、欲望のままに生きる。そんな自分には相応しい名だと思う。

 

 ぺしぺし、と頭が叩かれる事で思考から引き戻される。そうして目の前にあったのはシュテルの顔だった。

 

「何をまた暗い表情をしているんですか。折角こんな美少女に囲まれて眠るんですからもう少し嬉しそうな表情をする方が女冥利に尽きるものなんですよ?」

 

 顔に出ていた様だ。まだ自分も未熟だなぁ、と思いつつ答える。

 

「なんでも―――」

 

「―――ないわけがなかろう。阿呆。どれだけ貴様の事を見てきていると思う。少しでも様子が変われば何かを隠しているということぐらい解るし、その内容を察せられぬほど我らも愚かではない。言っておくが我らに感謝しろよ? 貴様の為だけに我らは無能で居続けるんだからな」

 

 ……そんな事知っている。俺だってお前らの事はよく見ている。だから本当は俺を助けたくて助けたくてしょうがないことぐらい知っている。

 

「本当ならずっと一緒に横にいてあげたいんですよ? 降りかかる脅威に一緒に戦って振り払いたいんですよ? ですけどイストってそれ、嫌がるでしょ? 私達を守るために戦っているのに私達が自分から気づいたりしたら本気で嫌がるぐらいに私達のこと大好きですよね?」

 

 そりゃあそうだ。今ではお前らの為、そして己自身の為だけが戦うための理由なんだ。だから、

 

「もっと笑ってよ兄さん。僕たちがバカでいられるように。僕たちが杖を握る事を考える事すら必要ないぐらいに笑っていてよ。それだけで僕たちは満足できるし、心の底から安らげるから。そして―――」

 

「―――疲れたらいつでも頼っていいんですよ? 助けが欲しいなら何時でも頼っていいんですよ? 私達は戦場に立てませんが、それだけが戦いではありません」

 

「最終決戦が近いのだろう? なら家内の事は任せろ―――我々の翼は貸してやる。こっちはこっちで馬鹿やって待っているから貴様はとっととすべてにケリをつけて帰って来い」

 

 何心配するな、とディアーチェの声がし、あぁ、と呟く。

 

 ―――やっぱ、女には勝てないなぁ。

 

 どう足掻いても。明日で最後だ。




 馬鹿でいられる事は実は幸福なんですよ。

 そんなわけで、次回で海は最後。

 そのあとは、ですなぁ。

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