目覚めは電子音と共にやってくる。特定の時間になるとベーオウルフが目覚まし用に音を鳴らし、此方の意識を覚醒させてくれる。だがそれは常に同じ時間というわけではなく、眠りが浅くなった時を脳波を見て選び、そして最も抵抗なく起きられる時に起こしてくれているのだ。ネットでどこかの誰かが”徹夜で研究した次の日用”に開発した目覚ましプログラムらしいのだが、非常に役に立つ。偶には時間をかけてネットで色々と探すもんだなぁ、と再認識しつつ、ソファから体を持ち上げる。
開いているカーテンの隙間からは既に日差しが差し込んでおり、季節は冬から春へと移りつつある。それでもまだ朝の空気は少し肌寒く、外を出かけるのには長袖が欲しい。窓に近づき、朝の空気を部屋に取り入れるためにもカーテンと窓を開け放つ。開けた窓から一気に寒気が入り込んでくるが、これぐらい涼しい方が目を覚ませて丁度いいと思う。
「んー……おはようベーオウルフ」
『Good morning master. We have many works today.』(おはようございます主よ。本日は成すことが多いですよ)
「解ってる解ってる。な、とりあえずは」
体を捻り、伸ばし、軽くストレッチして疲労が残っているかどうかを確かめながら言う。
「マテ娘の歯ブラシ用意しなきゃなぁ……あ、インナーシャツ取りに行っても起きないかなぁ」
『Father……』(お父さん……)
窓から投げるぞ貴様。
◆
「んにゃあーおはよー……良い匂い……」
眠そうに眼をさすりながら、レヴィがパジャマ姿のままリビングへとやってくる。服装は昨日、ホテルで着ていた水色のパジャマだ。キッチンから吹き抜けとなって眺められるようになっている構造上、自然とレヴィの視線はキッチンで朝食の準備をしている此方へと注がれている。しかも此方を見て涎を垂らしかけている。流石にこれはいかん。急いで火を消し、
「あーこらこら、先に洗面所で顔を洗えよ。あ、ベーオウルフ、電子制御でよろしく頼む」
『Father……』(お父さん……)
本当に窓の外へぶん投げるぞ貴様。キッチンは完全に電子制御で出来る様になっているシステムキッチンなので、その管理をデバイスに投げっぱなしにしながら、眠そうなレヴィの背中を押して洗面所へと押しやる。その途中で、寝室の扉が開く。
「王の起床である―――なんてな、おはよう」
ディアーチェが寝室から眠気を感じせずに出てきた。どうやらレヴィとは違って朝には強い方らしい。腕を組んで元気な姿を見せている。レヴィの背中を抑えながら、片手で挨拶をする。
「おう、おはよう。丁度いい所に来た。ちょっとこの寝坊助の顔を洗ってきてくれ。俺は朝飯の準備してるから。シュテルとユーリは?」
「あの二人ならまだぐっすりと寝ておる。そして臣下の面倒、理解した。あい、任されよ。ほら、さっさと顔を洗うぞレヴィ」
「あ、歯ブラシは全部まとめてコップの中に入ってるから、好きなの選んで」
「あいあい」
ディアーチェの背中を見送りながら思う。
……シュテルとユーリがぐっすりと眠っている。それを疲れからと見るべきなのか、もしくは完全に安心して眠れているのか……どう判断すればいいのだろうか。……だがまだ一日、一日目だ。そんな早くに完全な信用を得られるとは思ってもいない。だからまだもう少し生活を続けて、そしてもっと気安くなれたと思ったら聞けばいいだろう。とりあえずは、
「焦げる前に何とかしよう」
少しだけ足を速く、キッチンへと戻って行く。
確か冷蔵庫に貰いものの、少しいいジャムがあったはずだ、と思い出しながら。
◆
それから30分もすれば家の中で寝ている者は一人もおらず、全員が完全に目を覚ました状態でリビングの中央のテーブルに朝食を乗せて食べている。が、元々食事用のテーブルではなく、リビングに置く低いタイプのテーブルで、一人の頃はこのテーブルに食事を乗せ、食べていたものだが―――このテーブル、ソファに乗って食べようとすると低すぎて逆に食べにくく、床に座らないと食べられないのだ。それは身長の低い少女達にも同じような事で、四人全員が床に座っている。一応クッションを持ってきているが、それでもまだ食べづらいだろう。
「微妙に食べづらいです」
「そう? 僕は好きだけど、この感じ」
シュテルはどうやら食べづらいそうだが、レヴィはそうでもないらしい。トーストを片手で掴み、もう片手でソファの上に置いてある箱の中身からあるものを取り、それを握る。
「ディアーチェはどうだ?」
うむ、とディアーチェは朝食を食べながら頷く。
「流石に毎朝これだと我も疲れるわな」
「ユーリにもこんなつらい体勢を取らせ続けるわけにもいかないからなぁ」
「すみません、何故かユーリだけ別待遇じゃありませんか?」
そこはたぶん勘違いなので気にすることなく朝食を食べ続けてほしい。
「いや、確実に勘違いではないぞ……というか貴様、朝食の席で何をしておる」
「なにって……」
手に握ったものをディアーチェへと投げて寄越す。段ボール箱の中にいっぱい敷き詰められているのは家に置いてある空のカートリッジ用薬莢、つまりマガジンへと装填する前の弾丸としての状態のカートリッジだ。中身が空のカートリッジに自分か誰かの魔力を込める事によって、カートリッジに魔力を保存する事が出来る。魔力量の低い魔導師でカートリッジへの適性を持っているのであれば、近年では必須のアイテムとなってきている。
片手で持ち上げたカートリッジに指を通して魔力を送り込み、その中身を満たす。片手で行うそれは十秒ほどで完了する。
「こんな風にカートリッジの作成。Aランク以上の魔導師相手になるとカートリッジの消費が激しいからな。特にニアSランク、Sランク相手になると百発使ってもたりねぇって話になるからな、いや、マジで。昔仕事で一回だけSオーバーの次元犯罪者に3人のチームで戦った事があるんだけどさ、これがマジで頭のおかしいやつで収束の適性が並はずれているから攻撃、収束で魔力集めて吸収、再びぶっぱという∞ループが続いてでだなぁ……」
「どこの解りやすい悪夢だそれ。良く勝てたな」
いや、勝てなかった。その頃はまだ総合Aの頃の話で、全員そろって時間稼ぎを必死に行っていたのだ。十数分後に本局のAAA級やS級の魔導師がやってきて、一瞬で勝負を終わらせて、それで終了だった。人生本当に根性ではどうにもならない相手が存在するのだなぁ、と気づかされた一件でもあった。
「まあ、そんなわけでメシ食ってる時とか大体こうやってストック作ってるんだよな」
軽くカートリッジへの魔力の込め方を見せたところで、出来上がったカートリッジを別の段ボール箱の中へとしまう。もちろんこれもソファの上に置いてある。基本的に作成したカートリッジは全てここに一旦置いておき、戦闘がある可能性を考慮してマガジンにここから込める。そしてマガジン自体は服の中にしまったり、デバイスの拡張空間の中に保存している。
「まあ、日課の様なもんだからあんまり気にしないでくれ。あ、というかこれはやらせねーけど家事とかやらせるからな? 炊事、洗濯、掃除、買い物! 我が家ではタダ食いは大罪である。美味しいご飯が食いたいのであれば労働の味を知るがいい小娘共!」
「おー、ここに魔力を込めるんだー!」
「すいません、話を聞いてください」
「いや……すまんな……」
ディアーチェが謝り、申し訳なさそうな表情を浮かべる。いや、レヴィが好奇心の塊だという事は解っている。解っていたつもりなのだが……。
「あ、失敗しちゃった」
ぼん、と音を鳴らしながらレヴィが握っていたカートリッジを一つ無駄にする。あらら、と声を漏らしてレヴィからダメになったカートリッジを取り、それをテーブルの横のゴミ箱へと捨てる。その光景を興味深そうにシュテルは眺めていた。
「それ、ただ魔力を込めればいいというわけではないようですね? 見た所込められる魔力量には限界があるようですし、少々繊細な作業のようですね」
シュテルが手を前に出してくる。何を催促しているのかは容易に解る。……正直な話、魔力を一旦使わせるとその楽しさを覚えてしまう。デバイスは管理局に押収されているが、それを取り返すつもりも新しいデバイスを与えるつもりもない。魔力なんてもの、生活する以上に必要が無ければ腐らせてしまうのが平和な生き方なのだ。だとすればあんまり魔力で遊ばないでほしいのだが……。
「大丈夫ですよ、イスト」
ユーリがデザート用にフルーツヨーグルトを手にしながら、此方へと視線を向けてくる。
「シュテルは難しい言葉を使って真意を隠していますが、今すぐできる恩返しがこれぐらいなので手伝おうとしているだけですから、手伝わせてあげてください。そしてできたら私とディアーチェにも何か、出来る事を」
「ゆ、ユーリ!」
シュテルがユーリの方に少し怒った様に、驚いたように頬を染めながら言うものだから仕方がない。レヴィからの視線を感じる辺り、レヴィも同意見なのだろうか。再び溜息を吐いてからカートリッジを二本取り、一個ずつレヴィとシュテルに渡す。そうしてもう一個自分用にカートリッジを取り、それを見せる様に握る。
「いいか? 一度に大量の魔力をぶっこむんじゃねぇ。魔力の密度を濃くして圧縮して、それを少しずつ流し込むんだ。デバイスとかがあると補助してくれてすっげぇ楽なんだけど魔力制御の練習にもなるから俺は補助なしでやってる。込められる魔力量は決まってるからその量の中にどれだけ圧縮して込められるかの勝負だ」
と今度は実演して見せる。ゆっくりとカートリッジに魔力を注ぎ込む作業を三十秒かけて、シュテルとレヴィに解りやすい様に解説し、そして終わらせる。完成したカートリッジを箱の中に入れると、なるほど、とシュテルは頷く。
「知識としてはありましたが、実物となるとこうなるのですね―――」
そう言ってシュテルは十五秒ほどで全く同じ事をやってのける。完成したカートリッジを握り、満足げな表情を浮かべると、それを此方へと渡してくる。そしてそれを握って激しい衝撃を受ける。
「やだ、ナニコレ俺よりも上手……」
シュテルの魔力が込められたカートリッジは自分よりも魔力が精密に、そして圧縮されており、自分で作るものよりもワンランク上の出来前であった。一回目で完全に自分の上を行かれてしまった事にショックを受けてぐったりしかけた時に、今度はレヴィの声がする。
「あ、僕もできたよー!」
「どらどら」
レヴィの手からカートリッジを受けとり、その様子を確かめるが―――何やらちょびっとバチバチ鳴っている気がする、安定はしているし魔力量もシュテルに負けていない、だが何故かものすごく不安になるこのバチバチ感は一体。
「え? だってやるからには最強を目指さないといけないからとりあえず雷に変換してから詰めたよ」
「なにやってんのぉ―――!?」
「ほほう、それは挑戦したくなってきましたね」
「あ、こら!」
素早い動きでシュテルがソファに乗っかってくるとそのままカートリッジを数本奪い、魔力を込め始める。しかも今回は込められる魔力がシュテルの魔力光である朱色ではなく、炎へと変換されているのが見えている。
「ほう、変換資質を使用して魔力を込める事もできるんですね。これは我が家における私とレヴィの価値が一気に上がりましたね―――王とユーリには変換資質ありませんし」
「わ、我料理するし! 掃除とかできるし!」
「あ、じゃあ私が洗濯とかしますね。と、言うわけで」
ユーリは此方へと視線を向けてくる。此方に真摯な視線を向けるも、その姿からは楽しい、という気持ちが伝わってくる。
「少々騒がしいし、迷惑かもしれませんが、私達は私達で報いる為に全力で頑張りますので、出来たら邪険にしないでくださいね?」
そう言って可愛らしく首をかしげるユーリの姿に呆れる。
「するわけないだろ。まぁメシの席にこんなもん持ってきた俺が今回は悪かったという事で、ほらメシ食ったらタクシー拾ってモールに行くぞ。今日はお前らの服を買いに行かなきゃいけねぇんだからよ」
はーい、と本当に楽しそうに彼女たちが声を揃え、返事をする。あー、何というか、大変なのは大変なのだが―――飽きることはなさそうだ。
主人公の魔力はAっす。で、マテ子達はオリジナルと変わりなしで。カートリッジに関してはほぼ創作で、大体そんな感じです。延々と日常と信頼を深めている感じですねー……。
何時になったらお仕事をするんだろうか。ともあれ、どこら辺で時間を区切るというか、時期を飛ばそうか非常に悩むところ。こういうどうでもない日常を描写するのはするので結構楽しいので。