荒い息を吐き出しながらリインフォース・ナルが苦しみ蹲っている床の上へと立つ。体を内部から殺しにかかる様な痛みはない。ここへ来る前に施してきたトリニティプログラムが魔力を失った事で完全に停止していた。術や魔力を全て此方に施してくれた彼女たちに感謝する。彼女たちの献身が無ければ今、此処で立っている事はなかっただろう。かなり無理をして体の内部がガタガタになっているが、それはもう問題ない。覇王……いや、イングとの勝負は結局の所一撃必殺―――先に一撃を決めた方が勝利するのだから。だから体が動くのであれば一撃で吹き飛ぶ状態であろうと関係ない。だから、
床に倒れ伏す姿を見る。
「かぁ―――ぺっ」
横を見て口の中に溜まった血を吐き捨てる。そして近づいて敵の様子を見る。胸にはタスラムが突き刺さったままだ。そして俺が上から降りてきたせいか、俺の血に濡れて、美しい髪の色に赤が混じっている。体のいたるところからタスラムのパーツを枝のように生やし、動く事も出来ずにいる。倒れ伏している状態では会話すらできない。ナルと己を呼んだ阿呆を足で転がして仰向け。そして苦しそうにするその表情へ笑みを向ける。
「よぉ―――俺達の勝ちだぁ。あぁ? なぁ、どんな気持ちだよ今。なぁ、どんな気持ち? 勝てない! お前の拳は届かない! キリッ、とか言いながら思いっきり負けた気分はどうよ。あぁ?」
ポケットからタバコの箱を取り出し、もはや意味の無くなったカートリッジを取り出す。シュテルの魔力の込められたそれを握りつぶす事で炎を発生させ、手を燃やす。口に咥えたタバコにそれを近づけ、そしてタバコに火をつける。煙を吸う。
まずい。
「まっず。おえっ」
タバコを握りつぶして全力で壁に叩きつける。こんな物をゲンヤは喜んで吸っていたのか。マジ信じられねぇ、と呟きながら答えを言わないリインフォース・ナルへと視線を向ける。目の前で己を道具と呼んだ女はその呟きには答えない。あぁ、と呟いて気づく。そういえばタスラムに絶賛ハッキングされ中だったな、と現状を思い出す。だからマウントポジションを取って、両手を使えない様に足で踏む、リインフォースの腹の上に座る。と言っても、
「お前にも敗者の矜持があるんだろ? こんなことしなくても暴れねぇよな」
苦笑しながら手を伸ばし、タスラムを2回ほど叩く。するとリインフォースの全身を貫いていた枝の様なパーツ群はその姿を縮小して拡張領域の中へと戻って行き、そしてやがて一本の銃剣の姿へと変更する。依然、それは心臓に突き刺さったままの状態だ。だが喉を突き破るパーツもなくなった。そこに手を当て、喋れる程度に魔力を使って回復させる。そして、リインフォース・ナルの第一声は、
「殺せ」
だった。考えてみればあまりにも当たり前な話だった。殺し合って、戦いは終わって、自分が勝利した。なら敗北者はどうなる? 殺すしかない。お互いに死んでもいい様に戦い続けてきたのだ。だから戦闘の後に殺すという目標があるのだから簡潔にそれを求めるのは間違ってはいない。だがこうやってリインフォースを無力化して、そしてこうやって抑え込んでいると―――実にそそるものがある。あぁ、こうやって美人を組み伏すのは中々経験できない事だ。ま、ここから先に発展する事は良心が痛むのでありえないが―――嗜虐心が疼く。このまま目の前にいる女は許せない気持ち、友の力によって勝利した事から清算された事実と、そして―――こいつのスタンスが気に入らないって事実がある。
だから組み伏して、手も足も動かせないリインフォースの顔に自分の顔を寄せて、言葉を吐く。
「―――お前、本当にそれでいいのか」
「何を言っているんだ貴様は」
リインフォースは表情を変えずに応えた。それが当たり前のように。それが常識であると宣言する様に、己の考えを吐き出す。
「私は敵で、お前が勝った。敗者の殺害は当然の権利で、当たり前の行動だ。貴様も私を殺して前へ進まなければ私と王が合流し、ユニゾンする危険性を考慮しているはずだ―――そして私はこの場を生き延びればまず間違いなく合流し、ユニゾン状態で迎撃する。お前は生かしておけない。敵対して初めて解る。お前は―――お前は死んでも目的だけは果たすタイプだ。その気になれば自身の負傷を無視して動けるだろう」
「正解」
もちろんできる。同僚にアンデッドやらゾンビとも呼ばれる所以だ。全身に魔力の糸を通し、それで自分の体を意識で操る。体がダメージを受けていたり、物理的に動く事が不可能でも無理やり操って体を動かす。ある種のリモートコントロール状態。そうやって戦闘不能の体であっても無理やり動かす事は出来る―――だから致命傷を受けても、意識が残っている内は相討ち覚悟で必殺技を叩き込める。それが対イングの最終手段。肉を切らせて骨を断つ。此方を殺される代わりに相手を消し殺す。その後でタスラムにセットしておいたプログラムルーチンで体を操らせてスカリエッティを殺す。これで死んでも目的を果たす事は出来る。
あくまでも、最終手段なのだが。
「だから、敵の道具であるお前を殺す事に異存はない。あぁ、そりゃあもう異存はないさ。だから質問しているんだよ”アインス”」
あえてオリジナルの名で呼ぶと、苛立ったような表情をリインフォースは浮かべ、そして此方を睨んで来る。此方に対して怒りと苛立ちを込めた視線を送り、全身を駆け巡るウィルスに抗っているのだろう、歯を強く食いしばりながら、
「その名で私を呼ぶな……!」
威嚇する様な声で此方に対して言葉を放つ。それを受け、笑ってやる。
「何をそんなに苛立ってんだよお前。無関係なんだろ? 道具なんだろ? 自分の事無って名付けちゃうぐらいナッシングな子なんだろお前? 何をイラついているんだよ。所詮コピーで道具なんだから別にオリジナルの事なんてどうもでもいい―――違うか?」
その言葉にリインフォース・ナルが噛みつく。
「ふざけるな!」
此方へと叫んでくる。ふざけるな、と。オリジナルを侮辱するな、と。あぁ、そうだ、侮辱しちゃあいけない。それは解るし、共感もできる。だけど、気に入らないのはそこじゃない。
「その感傷があって何が道具なんだよテメェ。ふざけるんじゃねぇぞ」
「……っ」
そう、結局の所ティーダ・クローンがティーダ・ランスターを思って死を求めるのも、イングが覇王イングヴァルトの名を捨てて死を願うのも全ては感傷からだ。彼らの生を汚したくはない。そう願ったから彼らは死を願っている。終わりを欲しがっている。ティーダもイングも、二人とも現実を受け入れていた。二人とも逃げる為に死を選んだのではなく、死という結末を持って終わりを迎える為に死を選んだのだ。だからこそ、目の前のこの女が許せない。
「自分を道具って呼んで目を逸らして”あぁ、そうですね解りました”って答えてりゃあ楽な人生だよなぁ、おい!」
段々と叫ぶ声に熱がこもってくるのが解る。最初は少しだけ言おうと思っていただけなのに、相手に掴みかかっている内に少しずつだが感情が漏れ出す。こいつが、こいつのスタンスが許せない。
「ふざけんなよリインフォース、道具だって言い張って存在している方が迷惑なんだよテメェ。んだよテメェ、ハッキリ言えよ。”私は怖かったので道具のフリをしてました”ってよ! 中途半端に覚悟した状態で戦場へと出てきてるんじゃねぇ……!」
「―――中途半端? 中途半端だと? ふざけるなと言いたいのは此方だ!」
ほとんど悲鳴に近い声で彼女が叫んだ。
◆
道具として思い込もうとしている? 現実を見ていない? ―――自分にどうしろというのだ。
自分にある記憶はシステムU-Dへ勝負を挑んだところで終わり―――そして研究所で目覚めるところから始まる。もうしばらくすれば主に看取られながら消える筈だった運命はコピーという存在になったおかげで解放された。だがオリジナルは既に世から消え去り、そして主もその死を乗り越えて新たな愛機を手にしたという。
そんな私にどうしろというのだ。
本来の主の所へ戻ればいいのか? 目の前の研究者を殺せばよかったのか? それとも自殺すればよかったのか? 解らない、解らなかった。自分はデバイスで、与えられた記憶は”記録”というのがデバイスとしての判断。デバイスの判断は論理的思考に基づくから”絶対に正しい”判断なのだ。だからリインフォース・アインスであってアインスではない己はどういう存在なのだ。解らない。
何も解らない。
完璧に再現した。完璧に動ける。全てがオリジナルと遜色ない。ただオリジナルではなくコピーなだけ。―――だからどうした。己がどういう存在であるかは機能として把握した。だが己はリインフォース・アインスではない―――全く別のおぞましい何かだ。解っているのは存在してしまった事が間違いであるという事だ。だから解らなかった。自分はどうすればよかったのだ。縋りつく相手がいない中で判断できたのは―――機能だ。己はデバイス。なら道具として振舞うのが”妥当”であるはずだと。
そう判断した。
それが逃げているのだと、目を逸らしているのだと解っていた。それでもそうしなきゃ自己肯定できずにそのまま崩壊しそうだった。助けなんて求められず、自分が壊れそうだった。あぁ―――だから、こうしか言えない。それ以外の回答を私は持たないから。持てないから。
「私は道具で―――」
「っ、これでもまだ言えるか!」
相手が、勝者が、イスト・バサラが腕を伸ばし、胸倉をつかむ。そして―――そのまま服を引きちぎって胸部を露出させた。下着ごと引きちぎられたのでそのまま胸が露出し、一瞬で顔が赤くなるのを自覚する。胸を隠そうと手を動かそうとするが、そもそも相手にマウントポジションを取られ、そして両手も踏まれるように封じられている状態だと悟る。魔力を使おうにも演算領域をウィルスの対処とハッキングの対処にフル稼働していて魔力を使う余裕がない。自分には反撃も抵抗する事も出来ない。
「道具のクセしていい胸してるんじゃねぇか」
その言葉を聞いて、少しずつ、心に恐怖が差し込んでくる。いや、まさか―――犯されるのか。自分は。こんな状態で、敵に。今から、抵抗も何もできない状態で。
イストは此方へと向けて手を伸ばす。その姿に恐怖を覚え、目を閉じる。軽く体が震えるのを自覚する。この先あり得る事態を想像すると恐怖を感じて仕方がない。
なのに、
―――その時が来ない。
「っち」
重みがなくなるのと同時に何かが自分にかかるのを自覚する。ウィルスに侵食されているためか、身体が上手く動かない。それでも目を開けて、軽く体を動かすと、横で背中を向けたイスト・バサラの姿がある。ボロボロの上着であるバリアジャケットは此方の胸を隠すように覆いかぶさっていた。
「……涙流して震えていて私は道具ですつっても説得力ねぇんだよ馬鹿」
「あっ……」
己の頬に軽く触れると、それは濡れていた。それを辿れば己の目へと辿り着き―――泣いていたという事に気づく。おかしい。自分は悲しくなんてない。そんなもの、道具である己は感じない筈だ。いや、そう言い聞かせたい。そうすれば自分は自分に関してひたすら考えなくていい―――己が壊れる様なあの恐怖を感じなくて済む。
あぁ、でも。
いやらしい程にあの狂人は”完璧”に己を作りあげてしまった。感情を学び、日常を愛したリインフォースならどうするか。彼女、いや、自分なら―――こうする。
「なら、私はどうすれば良かったのだ!? 私は何なのだ!? 何のために生まれてきたのだ!? 完璧性を証明するためだけに作られた私は完成した時点で用がない―――無用だと宣言されたのだぞ!? 私は……私はどうすれば良かったんだ!? 私はどうすればいいんだ、答えろイスト・バサラ!!」
それに、背中を向けたまま、イストは答える。
「―――愛に溺れればいいんじゃないのか?」
「貴様……!」
この期に及んでまだふざけるのか、そう言おうとするが、彼の声は真剣そのものだった。一切の虚構は感じられず、正気を疑うことに嘘をついていないという事を判断できた。そして、
「そもそも誰かにどう生きたらいいとか説教する程俺は長く生きてねぇよ。ただ”気に入らないから気にいらないって言う”とか、それぐらいしかできねぇよ。だからお前が現実から目を逸らして自分を道具が言い張るってのは気に入らなかった。だってお前どこからどう見ても感傷挟んでるし。私情挟んでるし。個人的な色々いれまくってるじゃねぇか。だからそうやって自分を偽って不真面目なお前が認められない」
「なら……私はどうしたらよかったんだ。こんな風に私は生まれたくなかった。生まれたくはなかった―――!」
心の底からそう思う。生まれたくなんかなかった。存在しているだけで辛かった。だから目を逸らして逃げた。それ以外にできる事が思いつかなかったし、解らなかったから。だから己はどうすれば良かったのだ。
「曰く―――人は己の生まれを決める事は出来ない。だから現状で満足するしかない。ティーダは己の生に満足したから死を望んだ。ティーダ・ランスターの物語はあそこで終わりだから、少しだけプレゼントを残して消えた。イングヴァルト・クラウスは己の終焉を望む。己が駆け抜けた世界は終わった。名を捨て去っても己が過去の遺物である事実には変わらない。だから覇王という存在の誇りの為に、勇者に討たれる事を待ち望んでいる。生まれは選べないんだ。それでも……生き方は選べる」
―――生まれは選べなくとも、生き方は選べる。
「ティーダやイングの様に死を望めば、マテリアルズの様に生を望むことだってできる。死者は蘇っちゃいけない。彼らの生を穢しちゃいけない。それでも……それでも―――どう生きるかは自由なんだ。だからお前も現実から目を逸らせずに生きようと思えばよかったし、死のうとも思えばよかった。ただ俺からすれば」
イスト・バサラからすれば、
「―――アンタの様な美人殺すのは俺にゃあ荷が重いよ。愛にでも溺れておいてくれ。曰く、愛に狂った女と言うやつは何時の時代も好き勝手生きているもん、てな。愛する相手が見つからないのならそうだな」
イストは振り返り、そして体に残されている力をかき集め、そして此方を見た。
「―――俺に惚れろ」
さあ、
「決めろナル。―――死か、生か」
◆
「―――おえぇっ」
口から胃の中身と血を一緒に吐きだす。頭の中がぐわんぐわんとする。痛みだけではなく精神的に辛い。正直な話、休みたい所だが、立ち止まる事も出来ない。吐瀉物を吐ききってから訓練場に開いた穴から再び広いホールへと戻ってくる。そこにはやはり人の姿はない。巻き込まれた人間は逃げ切れたのだろうか? ……自分とナルの戦いの余波で死んだのがいるかもしれない。
休みたい。
止まりたい。
帰りたい。
今すぐ家に帰って少女達を抱きしめたい。けど、ここで足を止める事はイスト・バサラとしては許されない事だ。追われない。終わらせなくてはならない。待っている。一番の強敵が、俺の到着と勝利をたぶん、誰よりも待ち望んでいる死神が。
殺さなくちゃいけない。
相手が歩いて行った方向は覚えている。だから訓練場へと視線を向けずに、再び歩き出す。
数歩前へと踏み出したところで、
「―――チェーンバインド」
「なっ」
体が緑色の鎖に掴まった。その魔法を発動させた主がホールへと続いているエレベータから姿を現した。よほど慌てていたのか、少しだけ服装が乱れている。だがその姿は疑いようもなく、ユーノ・スクライアのものだ。
「全く、無茶しすぎだよ。そんな状態で行っても死ぬだけだから少しは休んでみない?」
そう言ってユーノは此方へと寄ってくると、バインドを解除して回復魔法を発動させてくる。唐突に現れたユーノの存在に驚くが、問わずにはいられない。そして止まる訳にもいかない。だからユーノにありがとうと告げ、歩き出そうとする。
「悪い、客を待たせてるんだよ」
「テロリストでしょ? 大丈夫大丈夫」
ユーノは状況をある程度把握しているのだろうか、気楽に答える。ただこちらを見て、ユーノは言う。
「―――惚れた弱みってやつかなぁ? たぶん僕が最強って思う子が今、お客さんの歓迎をしてくれているよ。少しぐらい挨拶に遅れても大丈夫なんじゃないかな?」
ユーノが何を言ったのかを朦朧とする意識で理解し、頭を押さえる。
「―――あの馬鹿が……!」
◆
「―――止まらなきゃ撃ちます! あ、でも止まってもどうせやっぱり撃ちますので、とりあえず―――ハイペリオン・スマッシャー!」
話に聞いていた覇王を目撃した瞬間、なのはは迷うことなく砲撃していた。
涙目のリインフォースprpr。
さてさて、どこまで、と言うお話ですな。