きこきこ音を鳴らしながら車椅子が動く。油はちゃんと差しているはずなのにこうやって音が鳴るのは、根本的に車椅子が古すぎるから、なのだろうか。まぁ、そんな悪い響きではないと思う。少しだけこの古い感じが逆に自分にとってはそこそこ懐かしく、そして昔を思い出させる音だ。実家の方では乗っていた自転車がこんな感じに音を鳴らしながら前へ進んでいたような気がする。そうして周りを見て認識するのは多くの人だ。やはり車椅子に乗っている人間は珍しいのか、若干好奇の視線を周りから集めているのを認識する。まぁ、今の時代医療がかなり発達している。だからこうやって車椅子に乗っている人間なんてほぼ見ない。それが珍しいのだろう。もしくは―――後ろにいる彼女を見ているのかもしれない。確かに目立つ容姿ではある。
「どうしたんですか?」
「なんでもないよ、相変わらず一人で車椅子を動かす事が出来ない自分に辟易としているだけだよ」
そう言って車椅子のハンドルを握って、押してくれているユーリに言う。実際に嫌になってくる。機械式の車椅子には車椅子を動かすためのスティックが付いているが、それを十全に握るだけの握力が存在しないので一人で操縦する事さえもできない。故に外へと出るには常に誰かの助けが必要なのだ。
「気にする必要はないですよ。ハイパーじゃんけんで勝利した私の特権なのですから」
そのハイパーじゃんけんとやらの詳細は聞かない事にする。聞いたら何か嫌な思い出が一つ増えそうな気がするのでその発言はなかったこととして自分の中で処理する。入院生活が三か月。そして退院してから一週間。季節が夏から秋へと変わり、紅葉が美しく見れるこの季節になってようやくベルカ自治領へと移動する準備が整い、自分とユーリは遅れて現地へと到着した。そう、遅れて。ついに一緒に暮らす人数が六人となるとタクシー1台じゃ足りなくなる。それに車椅子となると必然的に遅くなる。だから車椅子を押してもらっているユーリと、そして遅い自分は置いて、他の四人には一足先にトラックとタクシーに乗ってベルカ自治領、与えられた家に家具や色々と物を置いたりしてもらっている。
ま、階級はそのまま管理局から聖王教会への移籍、と書類上では決まっている。ま……そんなに悪くはない話だろう、今の事考えると。職場に近い環境、マンションから一軒家へのグレードアップ、そしてベルカ人にとっては栄誉に近い騎士という称号の取得、綺麗な部分を見れば凄い良い話ではないか。まぁ……綺麗な部分だけを見れば。後ろ暗い部分に関してやら、聖王教会の思惑に関してはもう考えない。今の体では考えてもしょうがない話だ。
「ま、快適なドライブを保証しますから安心してください」
「頼んだぞドライバーさん」
ユーリに車椅子を押してもらうのを任せ、そのままベルカ自治領にある聖王教会、おそらくこの自治領内で一番広い敷地を持つ場所へと到達する。宗教的意図を感じる門を抜ければ聖王教会の敷地内へと入る。本国と比べれば圧倒的に小さいが、それでも流石ミッド一の大きさを誇る聖王教会だ―――その敷地はかなり広く、多くのシスターや見習いの姿が見える。此方の聖王教会には仕事や練習の時でしか来なかったが、此処に所属する事で来ることになろうとは思いもしなかった。子供の頃に憧れ、そして無理だと判断して諦めた道―――それが現在を諦める事によって手に入るなんて何とも皮肉な事だろうか。
「イスト?」
「さ、進もうぜ」
「はい」
少しでも自分の雰囲気を変えれば敏感にユーリが察してくる。この子は自分の変化に対して物凄い敏感らしい―――そう簡単に落ち込む暇もないな、と心の中で呟きながら敷地内を進んで行く。聖王教会、聖王信仰は他の宗教と違って縛りがかなり緩い。その為信者が多いとも言われている。飲める日は指定されるが、酒が飲めるというのも魅力的な部分かもしれない―――まあ、そこらへん、実家を飛び出して好き勝手生きている自分はまず間違いなく信者失格なのだろうが。
教会の敷地内をユーリに車椅子を押してもらいながら進んでいると、前方からカソック姿のシスターが此方へと向かって歩いてくるのが見える。赤髪の短髪の彼女は確かカリムの傍にいる女性で、その名は―――
「―――シスター・シャッハ」
「お待ちしていました騎士イスト」
「止めてください、まだ就任していないしそういうガラではないので」
そう言うとシャッハが軽くだが笑う。今のは少しからわかれたなぁ、と思っているとシャッハが背後のユーリにも頭を下げて挨拶をする。礼儀の出来ている人物だと思う。ここからは彼女が案内してくれる。若干複雑になっている教会の敷地を、シャッハが案内してくれる。
「話には聞いていましたがその様子を見る限り受けていた報告は本当のようですね」
あぁ、と呟く。この車椅子に乗っている自分の惨状の事だろう。まぁ、確かにこのありさま、と言える状態だ。……正直な話話題を避けられた方が逆に気を使われているようで心苦しい。だから逆に触れられる方が楽なものだ。―――まぁ、我が家の馬鹿どもは逆にネタにしたり弱みとして攻めてくるのが困った所だ。
「まぁ、そんな悲観するもんでもないんですけどね。義手にすれば従来通り活躍できますし、リハビリすりゃあペンを持つことだってできる。今はスプーンを手に取る事が限界ですがね。あ。ちなみにフォークは無理です。握れても食べ物に突き刺すだけの力が出ないんで」
「―――でも義手にする予定はないのでしょう?」
「まぁ、今の所は。カリムに細かい話は聞いていないですけど俺自身が振るえなくても技術を伝承する分には十分らしいですし、教えるだけなら……まあ、なんとかなりますし。昔から夢だったんですよね。何かを子供に教えるってのは」
「そう考えると今回の話はそんなに悪くない事でもあったのでは?」
「まぁ、そうなんでしょうね」
「イストが大人っぽい会話をしている、驚きです」
「お前少し顔を前にだせ」
「お、キスですか。やっぱ苦労には報いられないといけませんよね!」
ユーリが顔を前に出してくるので頭突きを顔面に叩き込む。
ぐわぁ、と乙女にあるまじき声を出しながらユーリが顔を抑える。その光景をシャッハは苦笑しながら見て、建物へと入る為の扉を開ける。ユーリと協力しながら車椅子を持ち上げてもらい、建物の中、おそらく執務などを執り行っている建物の中へと入れてもらう。あぁ、なんというか……数ヶ月前まで何でもなかった事が他人に面倒をかけてまでやるようなことになると物凄く死にたくなってくる。女の手を借りなきゃ普通の生活ができないのは男として非常に死にたくなる。
まぁ、そこらへんは……家族なので……飲み込む……。
飲み込めなくちゃいけないのだ……!
ともあれ、シャッハと軽く話をしながら道を進めば、そう時間も書けずに目的地へと到着する。シャッハが確認してから扉を開ければ、その向こう側は執務室となっており、そこには金髪長髪、カソック姿の彼女の姿があった。片手を持ち上げて挨拶をすれば彼女も微笑んで挨拶を返してくる。
「やあカリム」
「こんにちわイスト」
「ガッデム金髪巨乳シスターめ。やはり大きい。あ、イストは数年後の私を待っていてください」
貴様は少し黙ってろ。あと対抗心を燃やすな。
◆
最初の頃と比べてだいぶ気安い仲になったなぁ、と最初の頃を思い出す。手を伸ばしてテーブルの上のバスケットのクッキーに手を伸ばし、クッキーをつまむ。手は震えているが―――軽い。スプーンよりも軽いから持てる。手を少しだけ震えさせながらクッキーを口へと運び、歯で噛んで銜える。もう手で握る必要はない。そのまま一口に食べる。ほのかなビターな味と甘さが残る、明らかに手作りと解るこれは、
「手作りか?」
「えぇ、少し時間が空いたので作ってみたんですけどどうでした?」
「あぁ、ウチのシェフには劣るけど十分美味い」
「あら、そうなんですか?」
あぁ、と頷くとユーリが自慢げに胸を張る。
「ディアーチェの趣味ですからね料理は。レパートリーは毎日料理するたびに増えますし、研鑽と努力は忘れませんし。本人曰くまだまだ未熟で上手になるって言ってますけど―――アレ以上上手になったら逆にディアーチェの料理無しでは生きて行けそうになくなって怖いんですけど」
「それだけ絶賛するシェフなんだからユーリ同様、一度会ってみたいものですね」
「ま、もう隠す必要も守る必要もなくなったし暇な時にでも連れてくるよ」
ユーリとカリムの面識はある。というか事件が終わってから一度カリムは会いに来ている。その際に一緒だったのがユーリ―――我が家で一番実力のある者だ。やはりあの時は聖王教会側からの通達に対して警戒していたんだと思う。だからこそ無意識にユーリと一緒で通達を迎える事を選んでしまったのだろう。……まあ、その後に聞かされた驚愕の内容と、悪戯っぽく笑うカリムの表情に全てを持っていかれてしまったのだが。
「遅れましてけど、退院おめでとうございますイスト。生きていて嬉しく思いますよ」
「ありがとよカリム。ま、ほとんどぼろ屑同然の身だがね」
「それでも聖王教会からすれば貴方の身は、才能と成果は非常に重要なものです」
隠さないなぁ、と呟くと隠す必要がありませんから、とカリムが微笑みながら言ってくれる。そう、聖王教会が何を重要視しているのかは解っている。即ち俺が所有している覇王流に関する全知識と、その技だ。この世でおそらく唯一本物に匹敵する腕前を持っているのに戦闘し、経験し、そして勝利したのが己だ。―――肉体が女である以上、本人よりは確実に劣るが。ほぼ本人と言ってもいいような存在だ。
「たしかイングヴァルトに子孫はいたはずだが」
「ストラトス家ですね。たしかに覇王流を継承してはいますが、ここ数代、血がかなり薄くなってきているようでして覇王流そのものがほぼ失伝の危機にありますね―――ただ一番若い子がここ数代で最も色濃く継承しているそうですが、まだほとんど幼児ですし」
「ま、メインプランとサブプランはしっかり用意して、無くならないように管理しておきたいよな」
ま、そういうわけで己の価値というのは本人から食らって覚えた覇王流というものだ。デバイスが破壊されてしまった今、ほぼ完全な形で再現できるのはぼろぼろの俺のみだが―――この体ではリハビリが終わった後に見せる程度しかできない。実践する事は不可能だ。まあ、そこまでは求められていないのだろうが。とりあえずこれを誰かへ教えられる程度に回復させればいい、それが当座の目的だ。
まぁ、最低1年はかかると医者に断言されているだろうからキツイのだが。
「ま、全部は最低でも歩けるようになってフォークで肉を刺せるようになる頃さ」
「一年……短い様で長いですね」
「あぁ、俺の心がへし折れるには十分すぎる長さだよ」
イエーイと、言ってユーリがピースサインを決める。コイツら本当に要らん所まで迫ってくるから困る。食事とかフロは解る。実際無理だし。ほとんど介護の様な状況だし。だが流石にトイレとか着替えは止めてほしい。追い出すのに毎回苦労させられてしまう。あと特にナルは本当に勘弁して欲しい。他の連中のノリに合わせられると理性が持たない。冗談ではなく理性が持たない。
本当に冗談ではなく理性が持たない……。
その為にも早いうちにリハビリを何とかしないと。あとユーリの口にクッキーを詰め込んで黙らせておく。
「ともあれ、結構重い感じの話になってきたけど今日は引っ越しの挨拶にやって来ただけだから」
「あぁ、今日からでしたっけ。良き隣人として共に在れる事を期待しております」
カリムと力の無い握手を交わす事しかできない事に少しだけ歯痒さを感じつつ、引っ越しを済ませたらまたとんでもない日常が俺の事を待ってくれているのだろうなぁ、とほぼ確信できることを予感する。溜息を吐き、静かに呟く。
「やれやれ、少しばかり騒がしい休暇になりそうだ」
就職先決まってていいなぁ……。
あと確実に理性はどっかで死ぬ(断言