ピンポーン、と呼び鈴の音が家の中に響く。壁にかけてある時計を確認すればもうそんな時間かと、軽く時の流れの速さに驚く。最近は特にごろごろまったり過ごしているので時間の経過がかなり早く感じる。どうも楽しい時間は早く進むようだ。今日一日は少し姦しくなるだろうなぁ、と思いつつユーリに扉を開けるように頼む。二つ返事でユーリが玄関へと向かい、その間にリビングを確認する。しっかり掃除されているし、テーブルの上にはお菓子やら飲み物も用意してある。まぁ、軽く人数が集まる訳だしこれぐらいは用意しておいた方がいいだろう。振り返ればシュテルは何時も通りだが、少しだけワクワクした様子のレヴィと、そしてキッチンに立つディアーチェの姿が見える。口数少なく、若干そわそわしているようにも見える。唯一、ナルだけが落ち着いた様子を見せていた。流石自分を除いた最年長というべきなのだろうか。―――あ、待て、記憶情報は全て破却しているからコイツ一番記憶年齢は最低だ。駄目だ、他の娘共が末っ子に負けている。
「はーい、今開けますよー」
ユーリの声が玄関の方から聞こえる。カチリ、と鍵の開く音が静かなリビングにまでも響いて来て、そして扉の開く音がする。予想していた人物たちが来たのだ。直ぐにその騒がしい気配が家の中へと入ってくるのを感じて、少しだけ頬を緩めてしまう。見知った気配と声だ。
「ういーっす、遊びに来たよヒモ先輩ー」
「なのはちゃん、真実でも言っちゃあかん事があるで」
「なのはもはやてもいくらなんでも遠慮なさすぎないかな……?」
そう言って聞きなれない声が混じってくる。今のは一度だけ会った事がある―――フェイト・T・ハラオウンの声だろう。そしてそれに続く様に喋るのが、
「そうですよはやてちゃん! 親しき仲にも礼儀あり、ですからね!」
リンフォース・ツヴァイ、”正式”なリインフォース・アインスの後続だ。本当の意味での夜天の書の統制人格で、ナルの様に書とは別物にされていない、正しく夜天の書の統制人格としての後継。ちらりとナルの方を見るが、そう……彼女にはアインスとしての記憶は一切存在してはいない。あるのは知識だけだ。だがそれを見せるような仕草はない。まぁ……大丈夫だとは思う。少なくとも一番大丈夫じゃないのは自分だ。この数ヶ月、退院してからはなのはにあってなかった。だから、
「あ、先輩どうも」
「よっ、なのは」
片手を持ち上げて挨拶すると、遠慮なくなのはが近寄って手を握り、そしてにぎにぎと握力を確かめてくる。本当に遠慮のない様子にリビングへとやってきたフェイトはぽかーん、とした様子を見せ、はやては見守っている。ツヴァイは―――小さくて姿が見えない。
「ちょっと全力で握ってみてよ。ほら、握力ないんでしょ? 先輩、ちょっと全力で私の手を握ってみてよ。ほらほら」
「お前死体蹴りやめろよ。俺の繊細な心が折れたらどうするんだ」
そう言うとなのはが笑みを浮かべる。
「大丈夫、心が折れた場合のサポートはそこの肉食獣に放り投げるから。私のクローンならたぶん想像通りの行動に出るかなぁ、と思うんだ。遺伝子的には私と似た様なものだし」
振り返ると全力でサムズアップを向けるシュテルがそこにはいた。本来なら全力でデコピンでも叩き込みたい所だが、横に立っているレヴィが軽くシュテルに電気を流し込んでいるのでそれでいい事とする。少しぎこちなく、遠慮した様子でフェイトがリビングに入ってくる。車椅子を動かす事は出来ないのでなのはが退いて、前にフェイトが立つ。
「えっと、覚えているかどうかは解りませんけどお久しぶりです」
「なのはのダチならプライベートだし言葉に気を使う必要はないよ。気軽にイストって呼んでくれ。まあ、こんなナリだがよろしく頼むわフェイト」
「はい……いや、うん。よろしく」
手を伸ばしてフェイトと握手する。そして次にやってくるのがはやてで、別に握手する必要などなく、手を上げて互いにそれを叩きあう。いえーい、とついでに言ってしまう辺り、俺達は結構キャラ的に相性がいいんだろうと思う。そしての後ろからやってくるのは一人だけ姿が小さい、ユニゾンデバイスのリインフォース・ツヴァイだ。その小さな体でちょこっと此方の指先を握り、
「はやてちゃんが何時も世話になっています」
「いやいや、気にするな。悪友が増えたようなもんで楽しいよ」
はやてが”アレ”なのにこっちは割と真面目なのはリインフォース共通の所なのだろうか。ともあれ、此処に来てもらったのは勿論彼女たちを対面させるためだ。―――まあ、まずは一歩ずつ、という所だろう。焦ってもしょうがない。
「それぞれ話し合いたい相手もいるだろうし、好き勝手やってくれ。その方がお互いに色々と楽だろうしな?」
クローンとオリジナルの交流会が開かれる。
◆
と、いう事になると普通に一般人である自分は弾かれる。予想通りなのははシュテルへ、フェイトはレヴィへ、そしてはやてはディアーチェへ、リインフォースはお互いで交流し合っている。そこでなんでもなく、ぼっちになるのがユーリである。故に部屋の隅っこで邪魔にならない様に何時の間にか俺とユーリは存在した。他の四組が楽しそうに談笑する中、何故か俺達だけが疎外感を感じている。
「解せぬ」
「解せません。一応私だってなんとなくそんな感じに暗い過去を背負ったマテリアルズの一員というか、唯一デバイスなしでも焦土作戦を行える最強設定のはずなんですが。あ、ちなみに自爆すると中身がハッスルしすぎて凄い吹き飛びます」
「ツッコミを入れるのが面倒だから簡潔に言うけどさ、運が悪かったと思って諦めようぜ」
「解せません」
むーん、と少し寂しく感じながら端っこで二人で過ごしていると、此方に気づいてやってくる二人組がいる。おそらくこの場で最も残念でもっとも容赦がなく、そして最も遠慮のない二人組―――つまりシュテルとなのはのコンビ。その手に飲み物を握り、こっちへと接触してくる。ちーっす、と言って近づいてくる辺り、なのはも大分隊の芸風に慣れたなぁ、というか染まったと思う。
「まあ、お前ら元々顔見知りだもんな」
「ですね。オリジナル……いえ、なのはとは個人的に話し合ってみると色々と話の合うところがありますし、個人的にクローンのあーだこーだは激しくどうでもいいんですよね。クローンだから子供産めないとか言われたら今すぐブチギレて自己改造する所なんですが」
「やだなんて男らしいのこの子」
「ふふ、惚れてもいいんですよ」
「あ、それとこれとでは話が別なんで」
シュテルが舌打ちをしながらこっちを睨む。そんな事をしているからイロモノ扱いされているとこの少女はちゃんと理解できているのだろうか。……いや、たぶん理解してやっているんだろう。ただ引っ込みがつかなくなっただけで。キャラ転換は数ヶ月、ゆっくりやれば無理ではないぞ、とシュテルに視線で知らせるが、
「今更悔い改める気はありません」
「だからシュテルは駄目なんですよ」
ユーリとシュテルの戦争勃発。なのはが苦笑しながら背後へと回ると車椅子を押して紛争地帯から退去する。頬を引っ張りと可愛らしい戦いを繰り広げている二人から離れて、別のグループへ、フェイトのグループへと向かっているのが解る。まあ、否定する理由もないのでそのまま動かされていると、やがてレヴィとフェイトの会話が聞こえてくる。
「で、フェイトは執務官試験落ちちゃったんだ」
「うん、去年の事なんだけどね。これで二度目だから物凄く落ち込んじゃって一時は執務官諦めようかなぁ、なんて思ってたりもしたんだけどそれじゃあ駄目だってみんなに言われてもう一度勉強し直しているんだ」
「うんうん、僕のオリジナルが執務官試験程度で諦める筈がないよ。僕らの人生の難易度と比べれば明らかにヌルゲーってレベルなんだろうし!」
「そ、それを言われちゃうと何も言い返せないよ私……」
レヴィ、笑顔でフェイトを援護しているように見えるが地味に攻撃している。やり方が物凄く陰湿だ。近づきながらレヴィの小さなジャブに苦笑し、思う。この子はシュテルとは違ってオリジナル……フェイトに対する軽い対抗心、みたいな意識を持っているのかもしれない。
「フェイトちゃん、駄目だよ」
「なのは」
味方を得た、そんな表情でフェイトは振り返るが、
「そこは”知った事か”って答えなきゃ」
「そうやってどうでもいいって言っちゃ駄目だよなのは! それは流石に酷すぎるよ!」
なのはに対して必死にツッコミを入れるフェイトの姿があった。これがあの金色やら、閃光やら、死神と呼ばれている魔導師の普段……いや、友達に見せる姿なのだろう。何やらものすごく情けなく感じる。いや、なのはのキャラが濃すぎるというのが原因なんだろうが。
「なんか私生活が壊滅しているタイプだと見た」
「ほぼ初対面なのに容赦ないですね!」
「あ、でもフェイトちゃん私生活は基本的に駄目なんだよ」
「なんでそれを言っちゃうの―――!?」
フェイトがうわぁ、と声を上げながらなのはの口を止めようと慌てるが、まあまあ、とレヴィが後ろからフェイトを捕縛する。というか何気に綺麗に俺の関節技を決めている。それでもフェイトが若干焦った様子でじたばたしているのでその様子は面白い。流石親友、フェイトの弱点は知っているし、それを容赦なくバラすようだ。あの純粋無垢でツッコミをいれてたなのはちゃんの面影はもう完全に死んでいた。
「フェイトちゃん下着結構脱ぎっぱなしだし料理は出来ないからアルフ任せだし、ベッドには着替えないまま―――」
「うわあああああ―――!!」
「これは憧れの魔導師像一気に崩れるな」
「というかガチで容赦ないなぁ」
そう思うんだったらレヴィは関節技からフェイトを解放してやるべきだ。その後もなのはの口から語られるフェイトに関する驚愕の真実の前に、軽くドンビキしているとフェイトが轟沈し、静かに床に沈む。そうなってからようやく解放したレヴィはツンツン、とフェイトを突く。
「そっとしておこう」
「お前は親友に恨みでもあるのか」
「特にないから楽しいの」
コイツ本気で嫌な進化の仕方したなぁ、とは思うが矛先が此方へと向かない内はまぁいいやと思う。基本的にコイツがこうなる様に色々と教えたのは俺だ。だとしたらもうこんな感じの少し鬼畜でいいんじゃないかなぁ、と思ったりもする。まあ、レヴィがフェイトのフォローに回り始めているのでなのはがこっちを押してそっと離れてゆく。
「反省はしない」
「もうそれでいいよ」
なのはに関してはこれでいいとして次に近寄ろうと思うのはリインフォース達だ。位置的にも近いが、
「流石に野暮だよね、こっちは」
「だろうな」
ナルとツヴァイで語り合っているのはたぶん、己の事だろう。そしてそれはたぶん、俺達が土足で踏み込んでいいような領分ではない。静かに、だけど笑みを浮かべて話し合っている二人の様子は……そう、どこか救いがあるようにも思える。違う、とはいえ本来は出会わなかったはずの二人だ。だから、
「キッチン邪魔しようぜー!」
「おー! つっまみぐい! つっまみぐい!」
「貴様ら堂々とそう言いながらやってくるのは止めんか」
「あ、ちなみにこれサンプルな」
はやてがキッチンの上に置いてある皿の上から何かを取ると、それを此方となのはの口の中へと入れてくる。スライスされたトマトの上にチーズと、そして……あー……駄目だ。長い間台所から離れすぎて分析が甘くなっている。
「これ、地球の料理でカプレーゼっていうんよ」
「軽く話し合ってみたら材料もあるし、趣味も合うし、話も合うからな。軽く作ってみたぞ」
「このできる女感と比べてあのフェイトである」
「フェイトちゃんを苛めるの止めてあげようよ! 始めたのは私だけどね!」
「何故その様子で貴様らの間に友情があるのかは―――あ、いや、大体ウチと似た感じか。うむ、そうとなると実に良く理解できる。今までただのキチガイだと思っていたがそうでもなかったようだ。失礼だったな」
「ホントにな!」
「仲がええなぁ」
そう言うはやてに頷いておく。仲が良くなきゃ今まで暮らしていけてないと。……まあ、そこにはここの思惑やら色々あるんだろうが、何とかこの六人で家族としてやっている、やっていけているのだ。もう、隠れてこそこそする必要はない。これはまだ小さな一歩だが、少しずつ友人や知り合い、仕事仲間を増やせばいい。
少しずつ、狭かった世界を広げて行けばいい。
だから、
「……ありがとう」
「うん? なにか言った?」
なんでもない、と言って笑う。やっと、こうやってクローンとかオリジナルとか、そういう垣根を越えて笑えるようになったこの時に幸いを感じながら。
オリジナルと会いました、それだけの話。