最近思う事がある。それは自分の立ち位置についてだ。……いや、それは聞こえの良い言い方だ。言い直そう。私―――シュテル・B・スタークスのカースト位置だ。そう、最近ネタに走り過ぎたせいか異様に扱いが悪い。色々と終わったテンションのまま突っ走ってきたのが悪かったのだろうか―――まあ、そこにそこまでの後悔はない。ただちょっと自分が軽んじられている現状に対して軽い不満はある。自分もこう見えて一応乙女なのだ。恥ずかしい事は恥ずかしい……表情に見せていないだけで。だからここら辺からそろそろヒロイン力を取り戻すべきなのだ。
「そう思うんですがどうでしょうレヴィ」
「手遅れなんじゃないかなぁ」
何を言っているのだこの相棒は。雷刃の襲撃者といえば星光の殲滅者である私のパートナー、そして出来の悪い義妹の様な存在ではないか。色的にも私が赤で、レヴィが水色。メジャー派とマイナー派。ここは舎弟として是非ともレヴィが何らかの意見を出すべきなのだ。そう、だからレヴィよ、
「あの熟女スキーを振り向かせる秘策を思いつくのです」
「別にお兄さん熟女スキーなんじゃなくてロリコンじゃないだけだからね? というかそっちの方が精神的に健全なんだし一般的には問題ないんじゃないかな」
「レヴィ、貴女は味方なんですか、敵なんですか!?」
「どちらかと言うと逃げたい」
がおーと、両手を上げて威嚇するときゃー、とレヴィが声を上げながら逃げてゆく。レヴィは何とも使えない相棒だ。やはりレヴィの様に脳筋魔導師では全く話にならない。怨敵ナルの誘惑から何とか此方へとイストを振り向かせなくてはならない。王は格好つけてあと数年待てばいいとか言っているが、男と言う生き物は大体が下半身と直結している。あんな銀髪巨乳を横にずっと置いておくとか正気か。
と、そこで階段を下りてくるイストの姿を見かける。片手は手すりを握っており、もう片手は杖を握っている。ゆっくりと階段から降りてくるその姿を何もせず見守る―――男のプライドというものは真に面倒なものだ。だから降りてくるまで一切手を出すことなく眺め、そして降りきってから近づく。何て言おうか、かける言葉を数百程思い浮かべてから―――、
「あ、シュテル、これから出かけるけど来るか?」
「はい、いっきまぁーす!」
解ってはいたが私って実はかなりチョロイ。
◆
二月半ばになると寒さのピークは抜けたばかりになる。それでもベルカ自治領の位置はミッドチルダの北部、この時期はまだまだ寒い。そして雪はもう振ってはないとは言え、十分に足首程度までは積もっている。気をつけなければ足を取られて転んでしまう程度には少しだけ、外を歩くのは危ない。特に体の不自由な人物であればなおさらだ。大丈夫だとは言うが、それでも何時イストが転ぶのかは解らない。だから杖を握っていない逆側の手は握って、此方で支えている。と言っても新年を迎えてからもイストのリハビリは上手くいっている。車椅子は必要なくなったし、杖を握る事も出来る。ちゃんと鉛筆やペンを持って文字を書く事だってできる―――ただ、もうこれ以上イストが握力を発揮する事はないだろう。手に関しては治せるところまでは完治したと言っていい。体の方もあと数ヶ月あれば完全に元通りだろう。
鼻歌何かを歌いながら歩く男の横で、手をつないで歩きながらも、少しだけ悩んでから質問する事にした。今までは黙ってはいたが、少々気になる事もある。だから思いきる。
「腕、義手にしないんですか?」
「だって腕を切る必要もないしなあ……」
必要性を感じないのが真実なのだろうか。まぁ、そこらへんはいい。そう言うのであればそう信じてあげるのが家族としての務めだ。だから手を少しだけ強く握って、そういう事にしてあげると、言葉で伝えずに教える。騙されたり信じたのではなく信じてあげるのだ。
「で、どこに行くんですか?」
「聖王教会」
あぁ、確かにこんな時間に出かける場所と言えばそれぐらいだろう……クラナガンへと行くのであればタクシーを呼ぶだろうし。しかしいい加減タクシーを呼ぶのも面倒だし年齢になったら自動車免許や二輪免許やら、色々と免許の取得を考えた方がいいかもしれない。
「あぁ、あの女のハウスですね」
「お前……別に何もない相手なんだからそんな警戒心を見せるなよ。仕事上の取引相手だよ取引相手。まあ、本当に色々優遇されちゃって個人的には心苦しい状況なんだけどな。何とかして溜まっている借りを返さなきゃならんよなぁ……」
カリム・グラシア―――若干先が読めない。面倒な相手だと思う。年齢はイストよりも一、二年ほど上と言った程度だろう。だが問題なのは彼女の卓越した手腕だ。ここまで見事に個人の評価をし、そして拘束している。その上で本当の意図が見えない。身内の贔屓目だが、この男はかなり優秀だ。リハビリが完了すれば教職以外にも色々とできる事はあるはずだが、まるで温存する様な、恩を売る様な方法でキープしている―――それが不気味だ。だから面倒な相手だ。此方に対して判断できうる材料を寄越さない相手だ。間違いなく自分の様にロジックをパズルの様に組み立てるタイプの人間だと思う。一体どこの馬鹿だ、イストと一対一であの女を相対させたのは。
「まあ、甘えられるうちは甘えましょう。恋愛自由は確約されていますので」
「お前ホントそれだけだよな。もうちょっと違うことは言えないのか」
此方の事を理解していてそう言うのだからこの男の諦めが悪い。ああ、それも時間の問題だとも誰もが理解しているのでこれはあくまでも口に出しているだけだ。何せ、中々面白いのだ。少しだけ苦悩しているこの男の様子は。我ながら悪趣味だと思ってはいるが、性分なので仕方がない。オリジナルのハッチャケ具合を見るからに間違いなく遺伝子が仕事をしている。
「では話題を変えまして……ホイホイついてきちゃいましたけど教会へ何しに行くんですか?」
「あぁ、教室とか、生徒とか、今教えている人とか……ほら、最近大分動けるようになっただろ? 車椅子に乗っている間は無理だったけどよ、こうやって歩けるなら階段とかも一人でどうにかなるしな。もう終わったから七ヶ月経過しているし、本格的に働きだす前準備ってやつだなぁ……」
「社会人は大変ですねー」
「テメェ何他人事の様に言ってんだよ。お前も将来バイトだか就職して働くんだよ。一生ニートやってんならマジでキレるぞオラ」
「永久就職予定なので問題ないですね」
「我が家にはディアーチェという超便利な家事の達人がいるから家にディアーチェ残してればいいんだよ!」
「王の好感度が一番高いっぽくて嫉妬した。だけど働きたくないです」
「こいつ……!」
雪の中、馬鹿な話をしながら進む。結局の所未来がどうなるかなんて良く解らないのだ。だから冗談半分に将来の話をしながらゆっくりと歩く。足元に気を付けて、転ばない様に、滑らない様に歩いて教会を目指す。心配してもしょうがない事はしょうがないとキッパリ諦め、解る事を片付けるしかない。だから、まずは―――職だ。
「収入ないと危ないですからねぇ」
「そうだなぁ、保険とか手当やらでいっぱい入ったけど一生食っていけるわけでもないからなぁ……」
そう思うと途端に未来が真っ暗に見えるのは何故だろう。ミッドチルダ、物価が高い。もう少しどうにかならないものか。
◆
冬場となってもベルカの聖王教会の人の出入りは変わらない。寒さでマフラーやら防寒具を増やしている人の姿はあるが、協会所属のシスターや騎士達の恰好は変わらずカソックやらの服装のままだ。そのままでは寒くないのか、なんて思いもするが―――騎士甲冑の方はバリアジャケットらしい。つまり温度調整が利いていて見た目よりも遥かに快適らしい。問題なのはカソックの方だけでそっちだけはどうしようもないらしいと、元教会関係者で現関係者であるイストがこっそりと不思議がる此方へと教えてくれる。しかし、
「今更ですけど教会へ行くのであればナルの方がよかったのでは?」
「別に誰を連れてきても同じだろ?」
心の底からそう思っているのでコイツは馬鹿だと思う。だけど、そういう馬鹿さは嫌いではない。いや、むしろ好きだ。だから何も言わず手を握っておく。そしてそのまま雪の積もっている教会内へと入って行く。イストだけは騎士甲冑でもなんでもなくコート姿で普段着なので場所的に若干の違和感があるが、自分も普段着だし、何も言われないのであれば問題ないだろう。そしてイストに案内されながら建物内へと進んでいると、目的地へと到着したのか、扉の前で動きを止める。軽くコンコン、と二回ほどノックすると向こう側からはい、と声が返ってくる。そして、扉が開く。
「どうも、どちら様でしょうか?」
出てきたのはカソック姿の男だった。メガネをかけた、金髪の少し、頼りなさそうな姿の男だ。たぶん司祭か何らかの役職についている人物なのだろうか、此方と相対する様子に落ち着きを感じる所がある。
「どうも、イスト・バサラです。シスターシャッハと騎士カリムが本国の方へと戻った際に用事がある場合はエラン神父を頼れと言伝を預かっていますので」
「あー、はいはい。私です。そろそろではないかとお待ちしておりました騎士イスト。本日の目的は確か見学や確認でしたよね? まだ授業までは少し時間がありますので教室の見学をしましょうか。たしか訓練場はご利用されてましたね。えーと、そちらの……」
エラン神父なる人物が此方に視線を向けるので答える。
「あぁ、一人ではまだ危ないので」
「なるほど、出来た妹さんをお持ちなのですね」
「嫁―――」
「えぇ、本当にできた妹の様なもんですよ」
イストの顔がこっちに向いて言わせねぇぞ、と視線で伝えてくるのが解る。他人がいる手前、舌打ちするわけにもいかないので心の中でそっと惜しいと呟いて我慢しておく。
「ははは、兄妹仲がいいのは素晴らしい事です。私は一人っ子でしてね、やはり兄妹などを見ると羨ましいものがありますね……と、これはどうでもいい事でしたね。ともあれ、まずは教室の方に案内します。そう離れてはいないので迷う事もないと思いますよ」
そう言って神父が案内し始めるが少し待て、と心の中でつぶやく。教室―――という事はつまりこの無学脳筋が子供に勉強を教えると言う事だろう。それは少々ヤバイのではなかろうか。本人中退宣言しているし、量産型イストとか悪夢以外でも何物でもない。馬鹿がベルカに増えるだけだ。……と、そこまで思ったところで座学も立派な仕事だったなぁ、と思い出して言おうとしたことを黙っておく。
「いやはや、実に参りましたよ」
エランが歩きながら語りかけてくる。少しだけ、困ったような声色だった。
「騎士カリムには執務などで色々と世話になっていて、彼女のおかげで仕事が捗っていたのですが……こうやって本国の方へと戻られてしまうとどれだけ頼りになっていたのか解ってしまいますね。事務関係の者達がカムバックと偶に叫んでいる光景が目撃できまして」
「あぁ、何よりカリム程の美人を見れないのは辛いでしょう」
「えぇ、やはり皆そこでして、どうやってシスターシャッハを突破して近づくのか、それを無駄に論議して熱くなっていたおかげで活気があったのですが、本国に帰ってから皆死んだようになってしまいまして」
「なんでこう、ベルカ関係者は揃いも揃って頭がおかしいのが多いんでしょうね」
覇王然り、イスト然り、腹黒系金髪巨乳然り、何故こうも頭のおかしい連中ばかりなのだろうかベルカ文化は。ベルカ人の遺伝子の中には確実にミッドとは別ベクトルで人を進化させる遺伝子が存在しているに違いない―――あ、あと地球人。
「本国の方で何かを発見したとか何とかで、どういう関わりがあるのかどうかわかりませんがその確保と確認のために動き出したそうですよ」
「ほぉ……そのロストロギアの名前何かわかりますか?」
―――アレ?
今なんか軽い違和感があった。いや、なんだと言う程ではないが、何か今の発言はおかしかった、……―――あ。
エラン神父は確か、と歩きながら呟く。
「―――レリック、でしたっけ」
ピコン!