そろそろかなぁ……。
リビングのソファの上でソーダ味のアイスキャンディを食べながらそんな事を思う。ディアーチェとシュテルは買い物、だから家に残っているのは自分と、ユーリと、イストとナル。割と色々と欠落しているメンバーというか一番の良識が存在していないメンバーだ。ディアーチェが最大の害悪を連れて行ったのが一番功を奏している。これで問題児はユーリ一人になった……いや、ナルもナルで十分問題児なんだが。まあ、ユーリもナルもシュテルも家族なんでもうどれだけ暴れようがじゃれ合いの様なもんだと自分は判断しているのだが。まあ、みんな忙しそうだ、
本当の自分隠したり、なりたい自分であろうとしたり。
でも、そんな事で悩めるのだから僕らは幸せだと思う。少なくともどういう自分になりたいのか、そんな事を考えられるのは間違いなく贅沢だ。だから皆悩むだけ悩むべきで、そして目指したい自分を目指すべきだ。自分のスタンスは最初から一切、欠片たりとも変わってはいない。ただ少しだけ、増えているというだけだ。自分に悩む余地はない。だから自分のセンサーに軽く引っかかる感覚にそろそろだな、と確信する。先ほどの様な疑問ではなく、見知った気配と感覚の接近に間違いがない事を確信する。だからアイスキャンディを口に咥えたまま玄関へと向かう。ダイニングテーブルの方で新聞を広げていたイストが此方へと振り返る。
「あん? 誰だー?」
「にゃのはとフェイトそん」
「お前フェイトの事をフェイトそんって言うの止めなよぉ!」
「いいじゃん! あだ名だよあだ名! とりあえず思いつかなかったから適当に付けたんだけどさ」
「もうちょっとまじめに考えてあげようよ! クソ、職場なら間違いなく俺が問題児の方なのに家に帰ったらまずツッコミだ。こんな環境絶対おかしい!」
「それよりネタを挟まないの?」
「今行く」
そこで迷うことなくネタに走るから安心して家族だなぁ、と認識できる。まあ、悪そうな顔をしているが―――この時点でオチは見えている。いやぁ、今日も素敵な(笑)を提供してくれるんだろうなぁ、と半ば確信しつつもイストを追って玄関へと向かう。それを見かけたユーリが途中から合流して、静かに、一緒にイストの背後へと回り込む。ユーリへとアイコンタクトを向け、瞼の瞬きで会話する。
『ナルは』
『三階で洗濯物干してる』
アイコンタクト完了。これでオチは完全に見えた。ユーリと共に少しだけ後ろへと下がり、リビングから玄関へと繋がる扉から顔だけを出す形で玄関を、イストの様子をユーリと共に眺める。玄関へと向かったイストが動きを止める。静かに、待機する様に、奇襲するかのように息を潜め―――そして家のベルが鳴る。イストが振り返ってくる。ニヤリ、と笑みを浮かべている。その意味は解る。
「あいあい、今開けるよー」
そう言ってイストはわざとらしく数秒経過するのを待ってから扉にチェーンをかけ、そしてチェーンが許す分だけ扉を開けた。そしてそこから外へと向かって、
「新聞は―――」
「えい」
そのわずかな隙間にレイジングハートを挟み込んでくる。レイジングハートが不本意な使われ方に抗議のシグナルを発しているが全力でなのはは無視し、レイジングハートで閉める事を防いだ扉の向こう側へとアクセルシューターを数個浮かべ、待機させる。
「せんぱーい! いーれーてー!」
「こうはーい! いーいーよ! クソがぁ!」
「なのは、本当にそんな芸風でいいの……?」
「予想していた砲撃がなかったですね」
「ちょっと残念」
「そこの二人組は私の事を無差別砲撃マシーンと勘違いしないでほしいんだけど」
ともあれ、扉の向こう側にいたのはフェイト・T・ハラオウンと高町なのはだ―――その図式から見て確実になのはが遊びに来るときフェイトを引きずってきたという感じなのだろうが……フェイトからは若干疲れているような気配がするだけじゃなくて、体の”流れ”が少し淀んでいる様に感じる。察するにフェイトの疲れを感じ取ったなのはが息抜きに自分が遊ぶのと一緒にフェイトを引っ張ったのが正解……なんだと思う。表面上は狂っている様に見えていて根本と性格は全く変わらないタイプの女だ、なのはは。この性格がマジであるところが一番頭がおかしいが、それでも根本が変わってないというのも十分頭がおかしい。
こんな存在を生み出すんだから地球は本当に修羅の世界。マテリアルズ事件、闇の書事件、PT事件、ギアーズ―――一体あと何回滅亡の危機やら高レベル魔導師を生み出せば気が済むんだあの世界は。まあ、たぶんもうあの世界と関わる事は永遠にないだろうし気にする事は止める。別にあそこは故郷でもないし。
「お前また犠牲者連れてきて何やってきてんだよ……」
イストの呆れたような目に、なのははわざと、あざとくにゃはははと笑い、そして今までのふざけていた気配を完全に払拭していた。その気配に驚くのは自分だけではなく、フェイトとイストもそうだった。予想外に今日に関しては真面目な内容だったらしい。ほむ、と声を漏らしながらリビングへと戻る。
「では来客用のケーキでもだしますね」
「毎週襲来するからケーキを買い置くクセがついちゃったよねぇ」
「……む、もうやっていたか」
階段から降りてきたナルが合流する。これで今我が家にいる面子は全員そろった。とりあえずは来客の準備だ。何の用事かはその後で知ればいい。”中途半端にもてなしたのであれば我が家の品格が疑われる、しっかりやるが良い”と言ったのは王の言葉だ。それを守るためにも準備を進める。
◆
リビングのソファでくつろぐように座る。フェイトにはまだだいぶ遠慮が見えるが私服姿で、それもめちゃくちゃくつろいでいる様に見えるなのはの場合は完全に見た目通りだろう。くつろぎに来ている。片手でケーキの乗った皿を持ちながら遠慮することなくケーキを食べている姿は図々しいなんて言葉がピッタリと似合う。
「いやぁ、私の為にいつもいつもケーキ用意してもらって悪いね」
「そう思うなら来るなよ」
「用意してくれるなら行かなきゃって使命感が出てくるの」
「誰かこいつ殴れよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
唯我独尊のなのはに対してフェイトはそのなのはの行動に対して謝る。もう、なんだか見ていて可哀想になる光景だ。こういうのは大体パターン化されている。自分の経験を含めた予想であればこの先、フェイトはなのはの横暴によってストレスが溜まりに溜まって、一点でそれが爆発してはっちゃける。……うん、自分がこうなのでフェイトも大分そっち系の資質はあると思う。まあ、そんな事はともかく、
「で、二人は今日は何をしに来たの?」
そこでフェイトはなのはへ視線を向ける。
「なんで私連れてこられたの?」
「無駄に美少女率を上げて家主一人だけが男という状況で精神的に追い詰めようかなぁ、何て」
「どこの馬鹿だこいつをこんなにしたのは!」
「貴方ですよ」
ユーリの的確なツッコミにイストがそうだったなぁ、と呟いて項垂れる。管理局のエースオブ・エースがこんな風になるとは一体誰が想像できたのだろうか。少なくとも自分が持っているデータでは高町なのはは正義感が強く、そして真面目な人物だった。そして同時に、それを体現する様な人格の持ち主でもあったはずだ。だが今はどうだろう。ただのヤンキー化しているような気もする。この様子を両親へと送ったら多分嘆き苦しむどころか発狂するんではなかろうか―――あ、悪戯になりそう。今度可能かどうか考えてみよう。
「で、にゃのは……めんどくさいからなのはでいいや」
「あだ名で呼ぶことはアイデンティティじゃなかったの!?」
「僕も本来のオリジナルの様にへーととかって呼ぼうかと思ったけどキャラ被るしあだ名設定は適度に使うことにしたんだ」
「そこ絶対設定とかって言っちゃ駄目だと思うんだ!」
「大丈夫大丈夫―――ほら、僕達って割と自由にやってるから芸風変わっても違和感ない」
「芸風って言っちゃうんだ……!」
フェイトのツッコミが激しくて少しだけ楽しくなってくる。基本我が家ではボケは垂れ流し状態でイストでもなければツッコミが来ない。だからネタに走るのはいいが扱いは割と辛辣だ。こうやってリアクションを即座に叩き込んでくるタイプの人間はいいなぁ、と思う。我が家の新人ナルはボケを殺してくるのでいけない。ボケの解説を求められた時には激しく死にたくなってくるのでナルの前でのボケはかなり危険な行為だ。
「で、何の用でここへ来ているんだ。何か用事があって来ているのだろう?」
ナルの言葉にそうだよなのは、とフェイトがいってなのはの方に視線を向ける。それに倣う様に視線がなのはへと集まりなのはがケーキの乗った皿をテーブルの上へと置く。そうすると再び玄関で見せた様な真剣な雰囲気を纏い、そしてゆっくりとイストへと向けて頭を下げた。
「―――短い間でしたがお世話になりました。教わった事絶対に忘れません」
「……あぁ、ついに行くのかぁ……もう、そんな季節かぁ……」
主題が抜けている。イストとなのは以外が何の事かは解っていない。だがそれが二人にとっては意味のある短いやり取りであるという事は容易に想像できた。なのはの珍しく真剣な表情を見ればそれは解ってしまう。……ただ、ある程度は予想がつく。それは、
「戦技教導隊ですか」
ユーリが見抜き、なのはが頷いて肯定する。
戦技教導隊への異動はなのはの本来の目的だ。その為に空隊へ、イストと同じ隊へと所属したのだ。……本来はキャリアの為だけの入隊だったが、それがズルズルとここまで伸びているのだ。なのはも割と長く所属した方ではないかな、と思う。それをイストがどう判断するかは解らないが、本来の目的へと戻るのであれば丁度いい頃なのではないかと思う。個人的な意見だが、若すぎる娘が他人への教導を目的とする教導隊へと入っても邪魔になるだけだと思う。
「まあ、本来の目的から離れてすっごい楽しんじゃったけど、いい加減本来の目的を思い出して教導隊へと移った方がいいのかなぁ、何て思い始めたんだ」
「推薦は?」
「隊長から貰ったよ。今までの功績と合わせて文句なしだって。教導資格もこの前取得したし、本当に6隊でやる事なくなっちゃったんだ。気持ちのいい場所だったけど、やっぱり夢は叶えたいし……私、前に進むことにしたよ」
「そうかぁ……」
感慨深げにそれを言うイストの姿を見て、軽く自分たちが蚊帳の外である事に気づく。まあ、少しだけ悔しいが別に取られるわけでもないし、一緒に相棒として働いていた二人なのだ。苦境をともに乗り越えてきただけに思う所はあるのだろう。ここは二人っきりにした方がいいんだろうなぁ、と思い、ソファから立ち上がる。
「話を聞くのに飽きたからゲームで遊んでくる!」
「高町なのはに興味がないんで混ざってきます!」
「少しはオブラートに包めよ貴様らぁ!!」
やれやれ、とナルが呟いて立ち上がる。別のテレビとゲームは二階に置いてある。だから上に上がろうとすると、笑顔でうん、と呟いて首をかしげるフェイトがいる。
「そこで察すことができないから……」
「アレ、何で私物凄く微笑ましい視線で見られているの……?」
「回収しまーす」
ユーリがフェイトの横へと回り込むとフェイトをソファから持ち上げてそのまま運んでゆく。
「え、私持ち上げられていうか力強っ!」
「最終兵器ですから」
ものすごく最終兵器と言う言葉が安い気がする。ともあれ、イストとなのはの方を見れば此方の意図を察してくれてありがとう、と唇の動きだけで伝えてきてくれる。別にどうと言う事でもない。なのはの為ではなく、イストの為なのだから。彼が後悔の無い生き方を、楽しい生き方をできるのであればそれでいいのだ。
というかそもそもなのはもフェイトも最初から今まで欠片も信用してはいない。信頼もしてはいない。
この女二人は身内や味方、家族よりも己の”信念”を絶対に選んでくるタイプの人間だ。極限の状態で味方が敵へと回った場合、己の信念と正義へと照らし合わせ、それに反するものであれば打倒し、そして自らの意見を通すタイプの人間だ。
僕たちの様に家族の為であれば主義主張を捨てる事のできるタイプの人間ではない。
だから絶対に信用できない。
言葉を言い換えれば―――彼女たちは敵になる可能性が存在する。それが欠片でも存在しているのであればそいつは絶対に信用も信頼も出来ない。時が来たら笑顔で斬り捨てられるようにならなければいけない―――それが力のマテリアルだ。
「レヴィ? どうしたんですか?」
「うん? なんでもないユーリ。それよりもレーシングゲームやろうよ! 僕フェイトそんをバグ技で苦しめたいから!」
「ゲス顔を披露してないで正々堂々と戦え」
僕は変わってない。僕は変わらない。大事な事は忘れないし何も違わない。だから今はこれでいい。平和で、問題が無くて、そして遊んでいる時はこのままでいい。僕は馬鹿でアホでいられるから。……こんな時間が永遠に続けばいいのに。
ありえないと解っていても願わずにはいられなかった。
誰よりも、自分自身がありえないって理解していたから。
家族以外はどうでもいい。可能性があるなら十分。レヴィの理論ですな。そしてなのは=サンついに卒業おめでとう。キチガイ、人を教える座につく。