マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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リアライゼーション

「―――旅行?」

 

「おう、そうだ。旅行だよ旅行。」

 

 そう言ってゲンヤ・ナカジマが手に握って見せるのは数枚のチケットだった。水色のそれはゲンヤの手の中でヒラヒラとしているが、軽く数えればそれが四枚、人数分ある事が確認できる。そして旅行と言われると……それが海外―――世界外旅行用のチケットである事が理解できる。民間での次元航行船、ひいてはリゾート用世界への旅行というのはそう珍しい話ではない。だがそれなりにお金がかかるのだ、旅行というものは。だからボーナスが入る訳でもないこの時期に、四月にいきなりチケットを持ち出して旅行、何て言うのは軽くおかしな事態だ。すぐ横で目を輝かせているスバルは、そんな事を全く気にしていないようだ。

 

「旅行!? 本当に!?」

 

「おう、マジだぞ! それに―――」

 

「―――懐は一切痛んでないから気にするな、ですよね」

 

「む」

 

 ゲンヤのリアクションで大体察した。このチケットはゲンヤが購入してきたものではない。貰ったものだろう。そしてそうやって世話を焼いてくる人物が誰かわかっている。チケットの出所を把握されたゲンヤが表情をしまった、何て解りやすく変えてくる。その表情を見るに、このチケットの出所は間違いなく”あいつ”で、そしてあいつの差し金なんだろう。そう思うと―――。

 

「っ!」

 

「あ、おい」

 

 次の言葉が聞こえる前に体は自室へと向かって走っていた。

 

 

                           ◆

 

 

「あー……」

 

「ティア……」

 

 娘がそう言って走って行った娘の親友の後を見る。スバルは本来もっと内向的な少女だったのだが、色々と出会いを重ねた結果いい感じに明るい少女になった。始まりはティーダやイストの馬鹿どもだが―――間違いなくこうやって他人を思いやれる少女になったのにはティアナの影響がある。だからできる事ならティアナにも元気になってもらいたいものだが、いまいち踏み出せないか、と小さくつぶやく。

 

 と、そこでティアナの後を追おうとするスバルの姿を見つける。優しくその肩を掴んで、そして頭を横に振る。

 

「もうチョイ待ってなスバル」

 

「でもティアが」

 

「誰だって一人で考えたいときがあるのは知っているだろう? もうちょい待ってやれ―――お前の出番はもう少しだけ後だよ」

 

「……うん」

 

 聞き分けのいい娘でよかったなぁ、と思う。スバルもギンガも、クイントがいないのにちゃんと育ってくれた。スバルなんかは一時期物凄い勢いで引きこもっていたが……それでも変わる事が出来た。だからティアナも不可能ではない。いや、もう既に変わってきている。それはハッキリと見えている。ただ―――

 

 

                           ◆

 

 

「―――理性と感情は別物よ」

 

 そう言ってベッドに倒れ込む。嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 今の私―――嫌な女だ。

 

 日頃から兄にメンドクサイ女になるな、と言われていてめんどくさい女とはいったいなんだろうと迷いもしたが、今になってその言葉の意味が理解できるようになってきた。そして若干手遅れなのでごめんなさい、と心の中で兄に謝っておく。どう足掻いても今の自分は面倒な女だ。理性ではどうやっても理解しているのだ―――彼の活躍を、そして何が必要だったのかを。……もう既に一年が経過しているのだ。これだけ時間が経過していれば馬鹿でも落ち着く時間は出来る。

 

 あの時の兄を見れば……兄が満足していたのは明白だ。そしてあそこで兄を生き残らせると言う事は”アイツ”を殺すという事だ。それはそれで……たぶん、というか確実にいけなかった事だ。あの頃は色々と動き回る状況に追いつけなかったし、考えようともしなかった。だから感情任せに色々叫んでいたが、終わってから気づいたことがいろいろある。その中でも一番衝撃だったのは、

 

 兄の死だ。

 

 兄は死んでいる。死んでいた。もう蘇らない……当たり前で、そして間違いのない事なのに、それが認められなくて、認められなくて……色々傷つけてしまった。後から聞いた話だと兄はたくさん人を殺したらしい。世間一般を騒がせていた魔導師連続殺人事件、その犯人はクローンとして蘇った兄だったらしい。ばかげた話だ。三流小説の内容だ。だけど馬鹿に出来ない。なぜなら実際に経験した事なのだから。

 

「あー……」

 

 嫌だなぁ。

 

 クッションに顔を埋めながらそう呟く。……アイツは、兄の仇を取ったのだ。そこはいい。それだけだったら許せる。だがなんだか知らない内に殺した張本人を保護してたりするのがちょっと怒りに触れる。いや、兄だったら確実に同じような事をやっているだろう、と想像できるだけに性質が悪い。いつもいつも、真面目にこのことを考えようとすると脳内がぐちゃぐちゃになって上手く考えられない。だから今日こそは、と思って頭の中を整理する。

 

 兄は殺された。

 

 生き残ったのはアイツだった。

 

 兄はクローンとして蘇って、アイツは兄のクローンを殺した。

 

 アイツは黒幕を倒して、そして被害者だったらしい兄の仇を保護してきた。

 

 波乱万丈だなぁ……と思えるぐらいには冷静になっている。そして並べて考えれば、アイツもまた相棒という立場を失った一人の犠牲者なんだって解る。そう、解っているのだ。……仕方がない話だ。

 

 こうやって考えれば考える程”仕方がない”というのはどうしてもわかってしまう。そしてそれが解ってしまう自分が嫌なのだ。それでは初めから兄を諦めるべきだった、そんな気がしてしまうのだ。それに感情に任せて言った言葉は少し、いや……かなり酷い。思い出すだけで自分の事が恥ずかしくなってくる。死ねとか、何でそう簡単に言えたのだろう。

 

「今はもう……怒ってないんだよね……」

 

 それが嫌になる理由の一つなのだ。そこまで、アイツの事を嫌ってはいないし、怒ってもいない。時間が経つに連れて落ち着いて、やった事も少しずつ意味が解ってきて、そして気づけば怒っていないのだ。だからこそ過敏に反応してしまう。許している、という事実を簡単に認めたくない。だって、だってそれでは、

 

 ―――偽物とはいえ、兄を殺した事を認めているじゃないか。

 

「いやだなぁ……」

 

 なんて面倒で嫌な女なのだろう自分は。働く意思を見せず、アイツが此方で暮らしている生活費や学費を出している事を知っているのに気付かないフリをして、現状に甘えている。何も考えないで過ごす時間が心地よいから何も考えずに過ごそうとしている。それじゃあいけないって毎回解っているのに。許せないままなら人生、どれだけ楽だったんだろうか。

 

「なんて無様……」

 

 クッションから顔を持ち上げて、両手でクッションを抱く。結局は気持ちをどう整理するかが問題なのだ。一年という平和な時間は間違いなくあの時の怒りを抑え込むのには十分すぎる時間だった。そしてその平和は甘えを生むには十分すぎる時間でもあった。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。結論は出ているのにそれを素直に認められない。そんな自分が激しく面倒で嫌い。大っ嫌い。誰もかれもが生きる事に必死で、頑張って、そしてその結果が今だって解っているのに、自分だけ子供のままで居続けようとするのが激しく嫌だ。

 

 もう、12歳だ。

 

 12歳と言えば管理局では”大人”扱いされる年齢だ。12歳での執務官は存在するし、前線で戦っている魔導師も存在している。そう考えると自分は大分甘えてしまっている。12歳で既に自立できるような人がいるのに、何時までもずっと同じところで行き詰っている自分は何なのだ。情けない……どうにかしなきゃいけないと解っているのに。

 

 と、そこでコンコン、と扉を叩くような音がする。間違いなくこのデリカシーのなさはスバルだ。今更疑う必要も考える必要もない。明らかに触れるなオーラを発しているのに近づいてこれるのはスバルだけなのだから。

 

「ティア……いる?」

 

 一瞬応えるかどうかを迷うが、答えた方がいいのだろうな、と思い口を開く。

 

「……いるわよ」

 

「あ、良かった。……中に入っちゃ駄目って言われてるからドアの前に座るね? あ、ポテチ持って来たけどティア食べる?」

 

 何だろう、この……スバルの残念具合は。ここに来る前に相談した事を一瞬でばらしたり、お菓子を持ってくるこの豪快さ。なんか色々とどうでもよくなってくる。今まで一体何の事で悩んでいたのだろう、と思ってから頭を振る。とりあえず、

 

「何やってんのよ」

 

「今? 袋を開けてるの」

 

 違う、そうじゃない……!

 

 もう素直に黙ってスバルが話しかけてくるのを待つことにする。会った当初はもうちょっと大人しい感じだと思っていたが、一緒に暮らしている間にドンドン明るくなったなぁ、と前のスバルと今のスバルを思い出しながら比べてみる。一体何がスバルをここまで変えたのだろう、とうらやむ事は多々ある。

 

「ねぇねぇ、ティア」

 

「何よ」

 

「師匠の事嫌い?」

 

 お前しばらくアレと会ってないのにその名称は続けていたのか、と軽くスバルのネーミングセンスを疑いながらもそうねぇ、と素直に思っている事を口にしてみる。

 

「嫌い……じゃないわね」

 

 意外とすんなりとその言葉は口から出てきた。そう、嫌いではない。むしろ兄友人として、仕事のパートナーとして、代えがたい相棒として、……そうやって家に遊びに来てくれていた頃はもう一人兄が増えたように思っていた。家族が兄以外にはいないから、友達もいなかったから……年上だったけどやっぱり、嬉しかった。

 

「じゃあ師匠の事許せないの?」

 

 ドアの向こう側からぼりぼりとポテチを噛んでいるような音がする。後で顔面に一発叩き込んでやろうか、と軽く誓ったところで、怒りと共に思い浮かんできた言葉をそのままストレートにスバルに向かって投げつけてみる。この言葉もやっぱり、一人で考えていた時よりもすっきりと出てきていた。

 

「私だって馬鹿じゃないわよ……必死だってのは解ってたんだし、頑張ってたのも解ってたんだし、許せないことは……ないわ」

 

 そう、許せないわけじゃない。冷静になって分析するとどう足掻いても仕方がないとしか言えないのだ。あそこでアイツが……彼が兄を殺していなかったら、間違いなく他の魔導師が同じことをしていた。いや、更に酷い事になっていたかもしれない。ゲンヤは死体は”解剖”されていたかもしれない、と言っていた。ならああやって姿も残さず消された事が救いだったのかもしれない―――それを目の前で見ていた人物としては、家族としては納得できないけど。

 

「じゃあ会えばいいんじゃないかな」

 

 それができたらどんなに簡単なのだろうか。

 

「だってティアも師匠も結局の所、お互いを怖がってばっかりだもん。ティアもさ、こうやって少し話しただけでいっぱい話せたんだよ? だったら師匠と話し合ってもきっと大丈夫だって。ほら、ティアって私よりも全然頭がいいし。それにこの旅行―――師匠達と一緒らしいよ?」

 

「え……」

 

 それはつまり、嫌でも顔を合わせるという事だ。今まで会う事をお互いに回避していたのに、どう足掻いても顔を合わせる必要のある状況を生み出すという事だ。

 

 相手が、アイツが、彼が、此方に会うという意志を見せている事だ。

 

「……」

 

「ねえ、どうするのティア? 私さ、ティアが落ち込んでいたりするの見たくないなぁ、なんて」

 

 好き勝手言ってくれる奴だと思う。良く考えてはいないのだろうけど、確実にこっちの事を思ってくれているのだろうという事は解る。……忘れられていたわけじゃなかった。逃げられていたわけでもなかった。なら、いいのかもしれない。それに、

 

「……兄さんの事、話したいなぁ……」

 

 思い出になって消えてしまう前に、兄の事を話し合いたいと思った。なら―――。

 

「旅行の日程は……四月二十九日、か」




 普段キチガイばっか描写してるから常人の思考描写が辛すぎる……。おかしい、こんなはずじゃ……。

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