マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ラスト・ヴァケーション

 幸いな事に旅行の日である四月二十九日は晴れた日になっていた。使えるのが臨界第8空港である為、そこへタクシーで向かって到着してもまだ朝早い時間であった。朝食もそこそこしか食べてなかったが、それでも既にスバルのテンションは天元突破していた。そういえば今までスバルやギンガ、ナカジマ家が旅行したという話を聞いてなかった―――この旅行の主催者としてはある意味恩返しでもあったのかもしれないと思う。ともあれ、テンション高くタクシーの裏から荷物を引っ張り出すスバルの姿は見ていてこっちが疲れそうな光景だった。一緒に荷物を下ろすゲンヤが苦笑し、そしてギンガが呆れていた。自分も荷物をスバルから受け取り、トランクを段差の上へと持ち上げる。

 

「もうちょっとそのテンションどうにかしなさいよ……」

 

「何を言ってるんだよティア! 旅行だよ旅行! 次元航行船に乗った事ないんだよ? これはクラスの皆に自慢できるよ!」

 

 はぁ、と露骨に溜息を吐く。テンションでちょっとだけ言語がおかしかったような気もする。ギンガへと視線を向ければどうしようもない、という視線が帰ってきて、完全に同意見だった。ただそれがちょっとだけおかしくて、ギンガと共に顔を見ながら軽く笑ってしまう。その光景を見ていたスバルが首をひねる。

 

「あれ、何か面白い事でもあったの?」

 

「ううん、何でもないのよ」

 

「アンタはそれでいいのよ」

 

「うん? まあ、いいや! お父さんお父さん」

 

「おう、なんだ残念な我が子」

 

 親がそれでいいのか。まあ、スバルも笑っているから特に問題はないのだろう、と自分の中で結論付ける。それよりも―――問題は別にある。空港の中へと視線を向ければ、その先に既に見える姿がある。大と小の幾つかの姿、それはここからでもすぐに解るシルエットだ。……長い間見ていなかったとしても、すぐさまわかるのは相手の事を考えていただろうか、単に忘れられなかっただろうからか。トランクを片手に体が硬直する。空港の入り口に立った所で体は動きを止め、前へと進もうとしない。

 

 ……昨夜進むと決めたのになぁ。

 

 そう簡単なものではないのかもしれない。

 

 体が意志に反して動こうとしない所、背中に軽い衝撃を感じる。横を見れば大きなトランクケースを片手にスバルがもう片手で、此方の背中を叩いてきていた。笑顔を表情に乗せて、立ち止まる此方の手を握ってくる。

 

「さ、行こうティア」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 少しだけ戸惑う。だが不思議とスバルに引っ張られると足は止まらず、そのまま歩き出す。そこには言葉には出来ない安心感があり、先へと進む事に忌避感を一切感じられなかった。結局の所、馬鹿にしつつも結構頼りにしているんだなぁ、と気付かされる。今度からもう少しだけ頼らせてもらおうと思いつつ、空港内へ踏み入る。

 

 何気にスバル達だけではなく、自分も空港へと入るのは初めてだ。両親が死ぬ前の記憶はおぼろげだし、両親が死んで兄だけになった時はお金がなかった。そして兄が死んでからは考える暇すらない。そんなわけで、初めて見る空港は清潔に保たれ、床が輝いて見えた。かなり広く、そして人も多い。今の時期は特に何か特別な休みがあったわけでもないと思うが……まあ、そういう時期なのかもしれない。ともあれ、空港内へと進めば近くに立つ集団が見える。その姿を見間違えるはずがなく、そこにいる集団が誰なのかを認識する。

 

「お久しぶりです師匠!」

 

「師匠やめい」

 

 スバルの遠慮のない挨拶にアイツが……イストが苦笑する。だがスバルが先に言ってくれたので此方は大分楽になった。スバルの後から、流れに乗る様に軽く手を上げて、そして挨拶をする。

 

「こ、こんにちわ……久しぶり、です」

 

「……おう、久しぶり」

 

 やっぱりはっきりとお互いに言葉が口に出せず、若干もどかしい。その間にギンガとゲンヤがやってくる。フリーズしている自分とイストを見て大体状況を察してくれたらしい。

 

「おっひさー」

 

「いえーい」

 

 スバルとレヴィがハイタッチで挨拶を交わしている。お前らそんなに仲が良かった以前に会ったことあったっけと思考する自分がいる。いや、たぶん自分の知らないところで会っていたのかもしれないけど。少しだけ裏切られた気分になる。ゲンヤとギンガも軽く挨拶と自己紹介をしているが、その中で一人だけ、集団の中で少し離れて背中を向けている人物を見つける。

 

 銀髪の女性だ。

 

 彼女が、何であるかを思い出す必要はない。

 

 ……だが、不思議と何も胸には何も湧き上がってこない。気まずそうに背中を向けている女性に向けて、感じる感覚は何もない。もう少し怒ったり泣いたり、醜い感じになるかと思ったが―――時間が自分を冷静にしてしまったらしい。心の整理はついていたらしい。だから近づき、軽く手の甲を叩いて此方に注意をひきつける。そして手を出す。

 

「初めまして、ティアナ・ランスターです」

 

「……いいのか?」

 

「……はい。たぶん、誰にとってもどうしようもない話だったんです」

 

 兄だったら―――まず間違いなく美人の死は世の損失だ、って言うだろうし。うん。だとしたら……こんな結末でいいんじゃないだろうか。本音を言えば引きずるのに少し、疲れてしまったのかもしれないという所もある。だから差し出してきたナルの手を掴む。リインフォース・ナル、兄の仇である人物と。

 

「ありがとう」

 

「いえ、何時までも誰かを憎んでいたりするのは……悲しいですから」

 

「あぁ、そうだな……よろしく頼むティアナ」

 

「はい」

 

 握手を交わし終わったところで、周りの視線が此方に集中していた事が解る。なんだかものすごい微笑ましい視線を送られているようだった。ギンガに至っては少しだけ涙を浮かべている。そしてシュテルはやはり、というか予想通りカメラを手にしていた。いけない、バサラ家は油断を見せた瞬間食いにかかってくると即座に思い出す。身内にも他人にも―――というか誰に対しても自重せず容赦のない連中だったと思いだす。

 

「貴様らに慈悲はないのか」

 

「王よ―――ネタには全力でなくてはありません」

 

「そうですよディアーチェ」

 

「お前ん家の教育方針はどうなってんだ」

 

「俺には無理だった。俺には無理だったんだ……!」

 

「なんとなく解ってた。とりあえず頑張れ。アドバイスだけはしてやるから―――あ、巻き込むなよ」

 

 男の麗しい友情というべきか。ゲンヤが間違いなく被害回避の方向で動く事を誓っている。なんだかんだでゲンヤも結構いい性格しているよなぁ、と思ったところでイストが少しだけ、真面目な表情で此方へと向かってきている。今度は先ほどの様に固まる事はない。ちゃんと正面からイストの顔を見る事が出来る。……ナルとの会話が少しだけ心をほぐしたようだった。だから前に立つイストの、

 

「……ちょっとだけ、向こうで話し合わないか?」

 

「……はい」

 

 その言葉に頷いた。

 

 

                           ◆

 

 

 他の皆が見えなくなる場所、空港の二階ベランダの様な部分。ガラス張りの壁の向こう側では飛行船やら次元航行船の姿見える。自分はともかくスバルやレヴィは喜びそうだなぁ、と思う空間、イストに奢ってもらったジュースを片手に、ガラスに背中を預けるようにイストを見る。相手はその、あの、等と言葉を作って間を取っている。……まあ、こんな様子を見てしまうと純粋にどうやって接すればいいのか解らないというのは嫌でも解ってしまう。でもそれは自分も一緒で、積極的に話しかけるとなると……少しだけ言葉に困る。だから、此処でも若干気まずい空気が流れそうになって―――。

 

「うし」

 

 イストがそう言って何かを取り出す。それは良く見た事のあるものだった。数年前までは毎日見かける程のものであり、そして良く自分も触れていたものだ。―――デバイス、タスラムだ。だが自分が知っている物よりもフレームは綺麗だし、細部のデザインが変化しているように見える。それを、イストは此方へと渡してくる。

 

「まずはすまん。これはもっと早い段階でお前に返すべきだったんだけどなぁ……ズルズル引き延ばしちまった。すまん」

 

「あ、……はい」

 

 そう言われ、タスラムを受け取る。グリップ周りも自分が握りやすい様なサイズになっている。イストが此方の視線に合わせるように軽くしゃがみ、そしてタスラムを指さしてくる。

 

「そいつには俺が手に入れられるだけのティーダの戦闘記録を纏めて整理したのを入れてある。あとアイツの友人の連絡先とか、使ってた魔法とか……兎に角そういうの、必要だった場合使いそうなもんを片っ端から纏めていれておいたから。お前が将来、どの道を選ぶことにしたとしても不自由にならないから。まあ、個人的には管理局員にだけはなってほしくないんだけど……たぶん、なる時は一番役立つと思うぞ」

 

 イストの発言に驚かされる。決して忘れていたわけではないが……こうやってそれだけのものを揃えるのにどれだけの時間とお金をかけたのだろうか。渡されたものの大きさに軽く戸惑っていると、再びすまない、とイストが頭を下げる。

 

「本当はもっと早く話すべきだったんだろうけどなぁ……だけど……いや、これは言い訳だな。色々と時間をかけたりしてすまなかった。たとえ本人じゃなくても、そりゃあ同じ姿してるんだ……嬉しかったよな……悪い」

 

「……ううん、いいんです」

 

 これでなにも思わない人間だったらまだ話は違うだろうが、目の前の人物があの件に関してどう思っているのか、こうやって目の前に立ってようやく理解できた。……後悔はしていないが、悼んではいるのだ。兄の死を忘れない、その意味を忘れない。殺ったことを、怒ってしまった事から逃げない様にするためにタスラムをこんな風にしたり、今まで持っていたのだろう。

 

「……うん、いいんです。なんか、こうやって実際に会って話してみると今まで何で避けてきたのかなぁ、ってちょっと馬鹿みたいになってきちゃった」

 

 この人も結局は自分とそう変わりはしない人間だったのだな、と思うとわだかまりもなくなって今まで避けていたのが馬鹿らしくなってくる。うん、今までの事を完全に忘れるなんて事は不可能だ。だけど、それでも、残ったものはあるんだ。だったらせめてそれを拾い集めて進むのが兄の言っていた事ではないのだろうか?

 

「……許してくれるのか?」

 

「うーん」

 

 チラ、っと近くにでているチュロスのお店へと視線を向ける。その視線をイストが追い、そして視線を戻してくる。

 

「買ってくれたら赦しちゃおう……かな?」

 

「逞しくなったなぁ……」

 

 逞しくなったと思うのであればそれは間違いなくナカジマ家へと自分を預けたイストのおかげだ。だから勇気を振り絞って、精一杯の笑顔を浮かべて、これからもう少しだけ頑張ろう、前を向いて進もうと思って―――笑顔をイストへと向ける。

 

「―――ありがとう、イスト兄さん」

 

 兄との約束を果たす為に私を、私の生活を守ろうとしてくれている人に言葉を送り―――

 

 ―――空港が激震した。

 

「きゃっ!」

 

「ティアナ!」

 

 ガラスの向こう側で飛行船が爆発する姿が見えた。一瞬で滑走路が炎に包まれ、そして地獄が生み出されて行く。それとほぼ同時にイストが此方へと接近し、覆いかぶさるように体を倒してくる。次の瞬間に爆破は外だけではなく此方へと伝わる。ガラスの割れる音と空港が揺れる様な轟音が響き、耳を炎の音が満たす。必死に守ってくれる人の胸にしがみ付く。そうやって押し倒される事数秒、肌に熱を感じ始める。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……はい」

 

 敬語を付ける事が出来る程度にはまだ冷静だったのは幸いだったかもしれない。ゆっくりとイストが退いてくれるので、此方も立ち上がる。―――そうして視界に入ってくるのは火の海だった。ガラス張りの壁は完全に割れ砕け、空港の滑走路は地獄の様な光景を写し、此処から見える通路も崩れ、炎で満たされていた。少し前まで平和だったはずが、急な変貌を研げた空間に戸惑いは隠せなかった。だがイストは冷静だった。

 

「テロか……クソ、魔法が使えないな」

 

「え?」

 

 即座に魔力を使おうと試し見るが、魔法が上手く使えない。その事実に軽く恐怖を感じ始める。非力な人間でも魔力さえあればこの状況から脱出するのは難しくはない―――だが魔力が使えないとただの人間になる。状況はより一層絶望的になる。その事実に気づき軽いパニックを起こしそうになるが、イストが頭を撫でてくる。

 

「大丈夫大丈夫、何とかなるって。えーと……タスラム」

 

『Reporting AMF in power. Seems as though at least 20 units in work』(AMFを確認。最低でも20ユニット確認できます)

 

「AMF……?」

 

「つまり魔法使えなくなるフィールドって事だ。砲戦魔導師の天敵だな」

 

 が、と人差し指をタスラムへと向けてイストは得意げな表情を見せる。

 

「全く使えないってわけじゃない。一時的に相手のフィールドを超越するだけの魔力を演算力を使用すれば力技で突破する事が出来るはずだ。だから安心しろ、お前だけでも無事に外へと送り出す事は出来るから」

 

 言っている意味を理解できた。だがそれは許せない事だ。

 

「待って、そうしたら―――」

 

 反論をしようとするも、イストは此方の頭を強引に撫でて言葉を中断させる。その間にも自分の足元には青色の魔法陣が―――イストの魔力によって構成された転移用魔法陣が出現していた。どうやら彼の言葉は真実だったらしい。だからといってこんな行動は、

 

「お兄さんは頑丈だから平気だよ。それにほら、ウチの馬鹿娘共を探さなきゃいけないし。迷子になって泣いているかもしれないだろ?」

 

 そう言ってイストが笑わせようと微笑んだ瞬間、

 

 顔に赤い液体がかかる。

 

「―――その必要はありません。残りは貴方一人ですから」

 

「―――」

 

 ゆっくりと顔に触れる。ぬちゃり、と音を立てて顔にかかった液体が手にも移る。赤く濡れる手を眼前へと持って行く事で―――初めてそれが血だと気づく。震える両手を何とか抑え、そして視線を前へと向ければ、

 

 そこには胸から腕を生やした彼の姿があった。驚愕したような表情を浮かべ、何かを確認する前に、力のこもっていない……籠らない手で此方の体を押す。

 

「飛べ……」

 

『―――Transport』

 

 体が魔法によって外へと飛ばされると理解した瞬間、喉の底から絶叫が響きあがる。青く染まりだす視界の中で口を開こうとしたイストの体から腕が引き抜かれ、そして背後からの襲撃者が彼の体を抱きしめるのが見えた。

 

「―――逢いたかった」

 

 それはまるで恋人が愛を語る様な声で、そして動かない男の体を抱いていた。此方には興味がないのか、一度も視線を向けたりはしなかった。此方が響かせる絶叫をまるで聞こえないかのように扱い、ただ貫いた男の体を抱きしめていた。

 

 凄惨な光景の中で体は恐怖とショックに凍りつき、何もできずにいた。目の前で大事な人を失うという光景で指一本さえ動けずに、ただ凌辱されるその光景を眺めつつ、転移の前に意識を失いつつあった。その光景は―――緑髪の女が男を炎の中で抱きしめる光景は、

 

 どうしようもなく心に刻み込まれた。




 おら、喜べよ。生きてたぞ。

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