訓練用の動きやすい服装に着替え終わり、隊舎の裏手―――湾岸方面に出る。細い通路が湾の上へと続いており、そこには人工島みたいな空間が見える。だだっ広い空間で、普通に訓練するには良さそうな場所が見える。ただ遮蔽物は何も無いように見えるので、そのままで訓練するわけではないのだろうな、と判断する。ある程度己の動きやらポジションに関して情報交換を終え、訓練場らしき場所の入り口で待っていると、なのはが教導官の制服姿で現れる。その腕の中には自分たちのデバイスが握られている。あの後すぐにやってきた技術官に預かられてしまったものだ。そしてやってくるなのはの横にはその技術官もいた。
なのはは此方へとやってくると此方を見渡し、そして頷いてくる。
「皆いるみたいだね。もし遅れたらヤキいれなきゃいけない所だったよ」
「やだアグレッシブ」
もちろん聞こえない様に呟く。聞かれたら何か地獄を見るハメになりそうなのは予感というよりは確信として解っている事だ。ともあれ、なのはは嬉しそうに此方の姿を見ると腕の中に持っていたデバイスを此方に返してくる。離れて数十分だけな筈なのに、手に馴染むタスラムの感触は実に懐かしく感じられた。そういえば日常生活ではほぼまったく手放さないなぁ、と思い出す。
「とりあえず色々と始める前に紹介するね、此方は君たちのデバイスのメンテやデータ取りをしてくれるシャーリーだよ」
そう言われ茶髪ロングでメガネが特徴の女が笑顔と共に挨拶してくる。
「通信士とメカニックを兼任しているシャリオ・フィーニ一等陸士です。皆からはシャーリーって呼ばれているので皆さんもそうお願いしますね」
そう言ってウィンクを送ってくる彼女は結構テンション高い系だなぁ、と思いつつも視線をなのはへと移す。余り畏まる必要はないと言われても、相手は文字通り次元の違う相手だ。歳も実力も階級も、全てにおいて格上の人物。内心少しだけ緊張しているという事実はぬぐえない。
「君達に返したデバイスの中にはこっちでデータが取れる様に少しだけ弄ってるから事後承諾だけど了承してね。機能そのものを損なうことはないし」
「そこらへんは自信を持っているので安心してください」
軽くタスラムの内部チェックを行えば、タスラム内にデータ収集用データチップが追加されているのを発見する。特に問題も存在しないのでそのままにしておく。タスラムを腰のホルスターへと戻し、背筋を伸ばしてなのはの言葉を待つ。
「うん、みんなやる気十分のようで安心したよ。じゃあシャーリー、お願い」
そう言うとシャーリーがホロウィンドウを複数表示させ、素早くそこに様々な数字や文字を入力し、操作を始める。そのスピードが自分のよりも遥かに早いのを確認できる辺り、やはり彼女もこの分野においては一流の人物なのだろうと思える。
「ふふふ、機動六課自慢の空間シミュレーター、ご覧あれ!」
そう言ってシャーリーが入力を完了させた瞬間、湾上に浮かび上がる光景があった。
―――廃棄都市だ。
平らで、何もなかった湾上の訓練空間。そこに突如として廃棄都市群が出現する。ゆっくりと出現し、そして確かな形を生み出すそれは完全に普通のシミュレーターの範囲を逸脱した現象だった。馬鹿の様に口を開けない様に気をつけながら驚いていると、横でスバルが馬鹿の様に口を開けていて、その姿にどこか安心感を覚えた。
「なのはさんと私で隊の予算を見る事無く強引に素敵仕様で作り上げた空間シミュレーターです! 無限書庫のユーノ・スクライア司書長に頭を下げて書庫から資料を持ってきたりしてものすごぉーい怒られそうなレベルでの建設を完了しました。いやぁ、いい仕事しましたねなのはさん」
「うん、他の隊から確実に文句が来そうだけどそこらへんは全部はやてちゃんやフェイトちゃんに丸投げするから私達は仕事をしたって言い張ればいいんだよシャーリー。私も何度破壊してもボタン一つで何度も再生する素敵仕様な訓練場が手に入って大満足だよ」
あ。やはりお金かかってるんだなぁ、と現実逃避気味に思考する。なのはが水の上に浮かぶ通路を歩いてシミュレーターへと向かうので、その後を追いながら横のスバルへと話しかける。
「憧れのなのはさんから教導を受ける事の出来る現在の気持ちを一言」
「物凄い嬉しいけど―――嫌な予感しかしない」
スバルがそういうのだからたぶん酷い事になるんじゃないかなぁ、と思う。スバルの持つ直感というか、野性的な勘は実際の所結構役立つ。前線というか、武装隊等の戦闘回数の多い魔導師ではそういう勘を信仰する者がいる程だ。そういう勘は結局経験から来る統計的なものなのだが……楽しそうに先を歩くなのはを見るとどう足掻いても絶望という言葉しか浮かび上がってこないのは何故だろうか。
◆
「……すご」
到着したシミュレーター空間、軽く床やビルに触れるが、そこにはちゃんと感触などが存在していた。ビルの壁を軽く殴れば相応の強度を感じるし、破片を取って軽く舐めてみれば―――普通に味覚としても感じる。舐めて口の中に入った物を吐き捨てながら、本当に途方もない金額が使用されている感覚に頭が狂いそうになる。考えれば考える程見えてこない。機動六課とは一体何を想定して新設された部隊なのだろうか。
「うん、じゃあとりあえず基本的に私の目標としては君達をこの一年の間に最低でもAAランク、もしくはAAAランク魔導師まで引き上げる事が目標かな。最低でもそれぐらいのランクがないと安心する事が出来ないし、君達にも死ぬ気でそれだけの実力をつけて貰うつもりだけどオッケイ?」
なのはが此方から十歩ほど離れた位置でそう問いかけてくる。四人全員で息を合わせ、答える。
「はい!」
返答になのはは頷く。
「うんうん、返事だけなら誰だってできるんだよ。重要なのは結果を残す事と過程にどれだけ力を入れられるか、だよ。少なくとも私は過程と結果を両方見る優良タイプでよかったね? ―――今のは賛同する所だよ?」
なのはのその言葉にフリーズする。横のエリオとキャロ、それからスバルを確認して、同様に固まっているのを確認してから、
「な、なのはさんは優良ですねー!」
「わ、わぁー!」
「うんうん」
満足げに頷いている。なんだろうこの茶番は、と思ってしまうがこれが社会に出るという事なのだろうか。割と前の陸士隊にいる時にごますりとかも覚えてしまったし、社会に出ると気遣いが必要で疲れると思う。
「ま、やる事はいっぱいあるし無駄話はここまでにしよっか。シャーリー」
なのはがそう言った瞬間。床に、道路に魔法陣の様な文様が浮かび上がり、そしてそこから卵型の金属が出てくる。卵のような形をしたその機械を目にして、一瞬でそれが何なのかを自分は把握する。徹底的に調べるタイプの自分と違って他の三人は軽く首をひねっている様子を見せている。
「……?」
……なのはが此方に視線を集中させたような気がした。が、勘違いだろう。確認する彼女は出現した機械のうち一体に近づき、それを軽く手で叩く。
「私達が任務の都合上一番よく敵対する事になるのがこの機械で、私達は”ガジェット・ドローン”っていう風に呼んでいるんだ。普通に戦う分には物凄く厄介な特徴を持っているんだけど―――」
なのはがガジェットから離れると、なのはの足元にピンク色の魔法陣が出現する。次の瞬間にはなのはの姿が消失し、その代わりにホロウィンドウがその場には置かれていた。その中にはシャーリーの横に立つなのはの姿が映し出されている。
『とりあえずちゃんと予習してきたか、どれだけ戦えるのか目で見たいから抜き打ちテスト行くよ。この程度で躓くんだったら最初から適性なしって事ではやてちゃんに部隊から切る様に言うつもりでいるからちゃんと頑張ってね』
やり口が若干悪辣すぎないか、何て思った瞬間、
『じゃ、基本的に逃げる様にAIは設定してあるから頑張ってね』
なのはがそう言葉を放った瞬間、八機出現していたガジェットは一斉に動き出して四方八方へと向かって一斉に動き出す。その姿を見てエリオとキャロがあ、と声を漏らしながら動き出そうとするが、動き出そうとする二人の首根っこを掴んでその動きを止める。
「ハイ、ストップ」
「あ、え?」
「逃げたら追いかける、そんな事してたら子猫だって捕まえる事が出来ないわよ。冷静になりましょう。高町教官がヒントすらも教えてくれないのは此方が知っていると解っているからよ。落ち着いて動きとできる事を話し合いましょう。そうすればこれぐらい簡単なはずよ」
まあ、スバルは元々コンビを組んでいるので動きを決めない限りは動きださないというスタンスを理解してくれている。だけどこの二人とは今日初めて会って、初めて組むことになる。だから改めて口にする。
「今日からチームよ、よろしくねエリオ、キャロ」
◆
「ふむ、どうですかなのはさん?」
「そうだね、たぶん問題にすらしないんじゃないかな」
「予想通りですか?」
「そうだね」
ホロウィンドウを通して新人四人の姿を確認する。既に相談や情報の交換は終えているのだろう、三人と一人という別れ方をしてチームが動き出している。機動力の足りないキャロを補う様に彼女をスバルが運び、素早く動けるエリオが並走し、そしてティアナが一人だけビルの上へと跳躍を繰り返して登って行く。司令塔に三人の兵士、という基本的な形だが、この状況においては何よりも正しい。本来なら一人だけ残るというのは悪手だが、この場合此方はAIを逃走用と指定してしまっている。これなら奇襲を受ける心配も必要なく指揮に集中できる。
「AMFの事もやっぱり知っていたみたいですね」
「説明の必要がなくなるし、ちゃんと対処法も解っているって事だから少しだけ安心かなぁ」
ガジェットに回り込む様な形でスバルとエリオが接近し、スバルの背中から飛び降りたキャロが魔法を行使する。データベースを探り、キャロの使用魔法のデータを表示させればそれは武装に対して障壁突破の力を与えるものだというのが解る―――つまりAMF対策だ。このシミュレーターの場合はデバイスの性能を降下させることによってAMFを再現しているが、支援魔法で見事に再現された疑似AMFをエリオとスバルは突破し、物理的な攻撃でガジェットを破壊している。下位のガジェットであれば十分に戦闘は可能、と少しずつ自分の中で彼女たちの評価を固めてゆく。
「エリオとキャロが現状才能だけが先走っている、って感じかな。あの年齢で体を作ろうとしたら成長の仕方がおかしくなるからあまり無理はさせられないけど―――スバルとティアナの方は上手い感じに出来上がってるなぁ。それにあの二人の感じは……」
ホロウィンドウを通してティアナとスバルへと視線を集中する。体の動かし方、武器の握り方、非常に懐かしいものを感じさせる。その事が少しだけ嬉しくて思わずこぼれそうになる笑みを我慢して、とりあえず彼女たちに何が必要なのか頭の中でプランを固めてゆく。
「模擬戦ばかり重ねて”後のある”戦い方に慣れられても困るからそこらへんは調整しつつちょいちょいやるとして、圧倒的に実戦経験不足だからまずは覚える所からかなぁ、やっぱり。実戦経験のない魔導師が戦闘でダメージ受けた時に驚いたり痛がったりして凄い迷惑がかかる時があるんだよね。その前に痛みになれるのと魔力ダメージを受けても気絶しない様に育てないとなぁ」
「なのはさん、そう言いながら楽しそうにレイジングハート振り回してますよね」
「こればかりは慣れるまで叩き込んで覚えるしかないからね。今のうちにスターライト・ブレイカーあたり経験しておけば同レベルの攻撃が来ない限りは割と冷静に戦えるようになるし」
「それを本気で行って実現しているからなのはさんって凄いですよねー」
そう褒められても全部真実なので別段思う事はそんなにないよシャーリー、と言って、再び視線をホロウィンドウの向こう側へと向ける。魔力量的にこの中で一番劣っているのはティアナだが、この中で一番恐ろしいのも彼女だ。試験を見ればスタイルと思考的には大体”完成”されているのが解る。寧ろ問題なのはまだ肉体が発展途上のエリオとキャロで、格闘術に関しては良く知っているとはいえ技術的指導をすることができないスバルだ。スバルに関しては後でザフィーラや彼のデータを参考に引っ張り出してくるとして、
「忙しくなってくるね、レイジングハート」
『As usual』(何時も通りですね)
慣れたレイジングハートの返答に苦笑を感じつつも、確かに感じる新世代の風に懐かしさを感じていた。
支援絵貰って割とテンション高いので気が付いたら書き終わってたよ。
クッキーもついに秒間30億だぁ